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栃木県立しもつけ風土記の丘資料館に、家形埴輪が展示されていましたので紹介します。
(1) 富士山古墳の2つの家形埴輪
富士山古墳から2種類の家形埴輪が出ています
展示パネルを見ますと
富士山古墳は壬生町羽生田(はにゅうだ)に位置する6世紀後半の古墳で、墳丘直径85m、高さ12mの栃木県最大の円墳であることが判明しています。 墳丘は二段築成で、1段目が広く、「基壇(きだん)」になります。 埋葬施設は横穴式石室と推測されます。 墳頂部には大型の円筒埴輪や盾(たて)形埴輪が一周し、その内側に家や翳(さしば)などの埴輪が立てられていました。 家形埴輪には「入母屋造り(いりもやづくり)の家」と「円柱を持つ家」があり、いずれも高さ150cmを越える全国屈指の大型埴輪です。 墳丘1段目テラスにも大型の円筒埴輪列がめぐり、南西側では円筒埴輪列の外側で、人物や馬などの形象埴輪列の一部が確認されました。 その地点では8体分の埴輪が出土しています。 「しもつけの”埴輪群像” −そのすがたをさぐる−」 (資料1 p.34)を見ますと
「入母屋造りの家」は「上屋根」の部分が取り外せる、組み立て式になっています。 棟の部分には屋根をおさえるための板格子が表現され、棟の部分を串刺しにして留めた杭の頭が並んでいます。 棟の両側には板の先端が飛び出していますが、千木・堅魚木はありません。 屋根の表面に連続三角文が刻まれ、一つおきに赤彩が残っています。 壁の長い辺には長方形の小窓が、短い辺には円形の穴があります。 古墳から出土する埴輪は、実際にあったものの姿を反映した模型と考えますと、古代の建物にはいくつかの形態があったと推察できます。
「入母屋造りの家」は異常に窓が少ないですね。 これに関連して、奈良県佐味田古墳から出土した家屋文鏡に描かれた4種の建物とそれらの機能について、下のサイトで興味深く考察されています。
忘れられた機能/(2010) 建築絵日記
富士山古墳の窓の少ない家は、産小屋(サンヤ)であった可能性もあるのではないでしょうか。
(参考情報)
出産の情景 −産小屋をたづねて−(1996) 森田せつ子
一方、「円柱を持つ家」は、神殿のような立派な建物で、大阪府高槻市にある今城塚古墳の家形埴輪と似ています。 開放的な造りなので外界から中を窺うことができて、窓の少ない「入母屋造りの家」とは対照的です。 上記サイトの建築家さんが紹介されている家屋文鏡の4つの建物のうち、①「祭司の小屋」とよく似ていますね。 神殿として祭祀に使われたのではないでしょうか。
この家屋文鏡の説明図は、「忘れられた機能」/(2010) 建築絵日記
からコピーさせていただきました。
「入母屋造り」の家は、家屋文鏡の4つの建物とは違っています。 屋根の下半分以下の様子は、ちょっと飛びますが、昔の南国フィジーの家と似ています。
上図) Plate 21a. Navatanitawake Council House, Bau, c. 1880.
下図)Plate 21b. View of Bau, looking over the long visitors’ house to Navatanitawake, c. early 1870s (Fiji Museum photo).
出典は「ヒューゲル男爵のフィジー旅行記」(資料2, p.112)です。 "Council House" とありますので、国会議事堂のようなものだったのかもしれません。下の写真では周囲の建物に比べて高くそびえ立っていることがわかります。
(2) 菅田44号墳の家形埴輪
さて、しもつけ風土記の丘資料館に戻って見ますと、細長い家形埴輪が展示されていました。
これは足利市の菅田44号墳から出たもので、上の富士山古墳の「入母屋造りの家」を縦に半分に割ったような形をしていますね。 似ているのですが、棟の上に四角い板ではなく、堅魚木が4本載せられています。 左のパネルに「堅魚木(かつおぎ)」と「千木(ちぎ)」について説明されていますので読んでみましょう。
「千木」と「堅魚木」 不鮮明な写真ばかりで申し訳ないですが、この家も富士山古墳の入母屋造りの家と同様に窓(入口?)が小さく、左の側面には丸い窓が開いています(資料1, p.45)。
(3) 神保下條2号墳
資料館の入り口には、高崎市の神保下條2号墳の復元模型が飾られていました。
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山のてっぺんの真ん中に、家形埴輪が飾られています。 前のブログで見た奈良県御所市室の宮山古墳では、前方後円墳の後円頂上にある石室のすぐ横に家形埴輪が並んでいた様子が橿原考古学博物館に復元されていました(参考情報3)。 家形埴輪は、たくさんある埴輪の中でも特に大切なものだったのではないでしょうか。
(参考資料)
(1) 第28回秋季特別展の図録 「しもつけの”埴輪群像” −そのすがたをさぐる−」, 平成26年, 栃木県立しもつけ風土記の丘資料館
(2) “The Fiji Journals of Baron Anatole Von Hügel 1875~1877”, edited by Jane Roth and Steven Hooper, 1990 Fiji Museum Suva, p.112
(参考情報)
1) 佐味田宝塚古墳
2) 天理参考館で企画展「東国の古墳文化」を見る
3) 家形埴輪(日本各地の比較)
室宮山古墳石室の復元(橿原考古学博物館)
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2014年12月06日
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