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紀勢本線の和深で電車を降り、海岸へむかいました。
こんな感じの小さい湾です。
和深の海岸 (OLYMPUSデジカメのパノラマ写真)
湾は石がごろごろしていて貝殻はほとんど落ちていません。左の川の出口が石ころの下をもぐっていて渡れるので、左の磯まで行ってみます。
この日はこのあともう少し潮が満ちるはずなので、帰りは要注意です。 磯は石がゴロゴロですが、砂や貝がたまっているところも少しあります。 サンゴが落ちていました。
ひろった貝をならべてみました。
置き場に困るので、なるべく良い貝だけを持ち帰ろうとは思うのですが
鎌倉や三浦ではなかなか拾えない貝が多いので、全部持って帰りました。
7時に、貝ひろいした和深の左の磯を去ります。
和深の湾に戻りました。
サーファーが波乗りしていました。 YouTube
和深には、熊野古道の大辺路が通じているようなので、このあと線路の向こうの山側へ向かうことにします。
和深でひろった貝殻とサンゴの破片
〔ひろった種類〕 28種 70個
〔はじめての貝〕 メクラ貝、アダムスタマガイ、カノコダカラ、ノシメニナ
〔うれしかった貝〕 マダライモ、ヤナギシボリダカラ
Beach combing, Wabuka, Kii peninsula, Wakayama
潮岬で貝拾い
千里の浜で貝拾い
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貝と海
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串本駅を出て国道を北東へ20分ほど歩くと、橋杭岩が見えてきます。
向かいの大島にむかって橋渡しするように、とがった岩が並んでいます。
ここを訪れるのは、小学生のころ両親と一緒に来て以来、約47年ぶり。
写真の左側には道の駅もできて、車で訪れる人が多いです。
この日夕方は干潮で、弁天島まで歩いて行けました。
♪ここは〜 くしもと〜 むかいは大島〜 なかを取りもつ巡行船〜
という唄がありましたが、今では大島まで橋がかかっています。
橋杭岩の行列の先へむかって、少し歩いてみます。
橋杭岩の間から大島が見えます
木が茂った島は神社になっています。右の遠くに大島へ渡る、くしもと大橋が見えます。
砂浜の落書き I LOVE WAKAYAMA
わたしも好きです。
橋杭公園
橋杭海水浴場
18時ころに串本駅へ戻りました。
これからホテルにチェックイン。
ホテル 「シーカンス」 に泊まりました。「シーラカンス」 ではありません念のため。
もと 「静観荘」 だったのを建てなおしたそうで、新しくて清潔な部屋でした。
ツインの部屋に入れてもらって、1泊5500円。
駅から歩けるし、近くに LAWSON や飲食店があって、とても便利なホテルです。
潮岬半島 (串本町の観光パンフレットより)
橋杭海水浴場でひろった貝殻
〔ひろった数〕 13種類 (15個)
〔初めての貝〕 3種類: カヤノミカニモリ、シラオ貝、ユキ貝
〔ひろってうれしかった貝〕
ナガザル: 宮崎県の石波浜以来、2枚目。
マツヤマワスレ: 両弁でツルテカ。これまでひろったなかで一番新鮮です。
潮岬
Seashell, beach combing, rhyolite, Hashigui-iwa, Kushimoto, Wakayama |
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海岸へ出かけたい季節になりました。
タンスに収納した貝箱から、オニノツノガイ科の貝をひっぱりだして、再度ながめてみました。
今から25年ほど前のこと、家内の母がサイパンへ行き、ビーチでひろった貝がらをプレゼントしてくれた。 貝の名前は今でも分からない(写真右 1419 S2)。
写真の貝の番号は、保育社の図鑑 『貝』 (1) の図版に合わせている。
結婚後3年ほどたった私たちも南の島へ行こうということになって、当時人気が出始めていたフィジーのマナ島へ行った。 まったく貝拾いをするには素晴らしい島で、当時はサンゴ礁でスノーケルをすることも知らずもったいない旅だった。 雨上がりのビーチで、たくさんの貝殻を拾うことができた。
そこで拾ったのが、ヨコワカニモリガイ (上写真左 1404 F)。
マナ島の小山 「見晴らし台」 へ行く途中、ラグビーのグラウンドを横切ったときに拾ったのが、オニノツノガイ(下図)。 おそらく島の子供が海岸でひろって、しばらく遊んでいたあと捨て去ったものだろう。 大きくてゴツゴツしている。今でも私のコレクションの中では宝物。
その後、子供が10歳になる年に、オーストラリア北東部、熱帯に近いグレートバリアリーフの近くにある ダンク島 をおとずれたときに拾ったのは、ヨロイノツノブエガイ (1) または ヨロイツノブエ (2), (1403 D)。
千里浜や 潮岬 のような紀伊半島南部の海岸では、オーストラリアや太平洋の島でしか拾えないような貝を、ひろうことができる。
米国東岸の貝類図鑑を調べてみると近い種としては
“Dark cerith” Cerithium atratum が紹介されている(文献(3), p.73)。
・ダーク セリス Crithium atratum (Born) (= C. floridanum Morch) ヨロイノツノブエが和歌山とオーストラリアで見つかったこと、米国のダーク·セリスがノースカロライナからブラジルにかけて分布することから、この種族は熱帯海域を中心に、豊富な栄養源の沈殿がある暖海の海岸に生息すると考えられる。
(注) デトリタスdetritusと腐食連鎖detritus cycle
本州で見かけるカニモリガイもこの科に属する。 この科に近いと思われるウミニナBatillaria はウミニナ科、ヘナタリCerithiidea はフトヘナタリ科に属する。
Seashells belong to Cerithidae, from Australia, Fiji, Japan, Saipan
(1) 標準原色図鑑全集 第3巻 『貝』, 波部忠重・小菅貞男,1967, 保育社
(2) 世界文化生物大図鑑 『貝類』 2004, 世界文化社
(3) “Seashells of North Carolina”, Hugh J. Porter & Lynn Houser, North Carolina Sea Grant College Program, 2010, UNC-SG-97-03
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ホタテの稚貝が、近所のスーパーで200円で売られていた。22個入り。
どちらかというと貝殻が目的で買ってみた。
§付着している生物
どの殻にも細くて白い、ヘビガイのようなものが付着している。
付着しているのは、カサネカンザシ という生き物だそうだ。
環形動物門 多毛綱 ケヤリムシ目 カンザシゴカイ科 に属する動物の一種で(Wikipedia)
白い管の中に、ミミズのような軟体生物がおさまっている。
カンザシゴカイには美しい姿をした種が多いが、このカサネカンザシの見かけは美しくない。日本における外来種のワースト100に入るそうだ。
§ ホタテ稚貝の料理
テレビで放送されていたアサリの砂ぬきにならって、約50℃のお湯にしばらく漬けました。
その時点では身を取る勇気が出なかったので、少し煮て貝が開いてから、身を切り取りました。
貝殻がよごれていたため煮汁を捨ててしまったのは、もったいなかった。
貝殻をナイフで開いては、緑色の腹を切除します。ちょっと面倒な作業。
貝柱やひもの部分を、野菜のコンソメスープに入れて食べました。やわらかかったです。
§ ホタテ貝殻の外観
長年貝ひろいをしてきましたが、ホタテの両殻を眺めるのは初めてです。ホタテの殻は片側が茶色、もう片側が白色。すべての貝がそうでした。
2色に分かれているところなど、ホタテ貝はツキヒ貝と似た点が多い。
ホタテガイとツキヒガイを比較してみると
出典: (1), (2)
棲み分けがきっちりしている。ホタテは寒流に乗ってやってきて、ツキヒガイは暖流に乗って来るようだ。
kudamakiさんのツキヒガイ:
例によって 『ノースカロライナ貝図鑑』 に掲載されているホタテ貝を調べてみると...
(注1) 表の日本のホタテガイとは殻の膨らみが上下逆ということになる。
北米のホタテ生息域: 北はラブラドル海から南はノースカロライナまで
Yahoo Japan から地図画像をお借りしました
暖流のメキシコ湾流は北上してからハッテラス岬から東へ進む。
一方で、北からはラブラドル海流が南下してくる。
北米でもホタテ貝は寒流に乗ってやってくるようだ。
出典
(1) 標準原色図鑑全集 第3巻 『貝』, 波部忠重・小菅貞男,1967, 保育社
(2) 世界文化生物大図鑑 『貝類』 2004, 世界文化社
(3) “Seashells of North Carolina”, Hugh J. Porter & Lynn Houser, North Carolina Sea Grant CollegeProgram, 2010, UNC-SG-97-03
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2月の後半に家族が 「しまなみ海道」 を旅行してきました。私は留守番。
「サンライズ瀬戸」で、岡山に到着。
「サンライズ瀬戸」 は高松に向けて先に発車。
東京から一晩いっしょに走り続けてきた、うしろの 「サンライズ出雲」 が残ります。
「サンライズ出雲」 6:34 出雲市へ向かって発車です。
岡山で車を借りて、倉敷へ向かったようです。
倉敷のつぎは、広島県の尾道。
千光寺公園から向島のながめ
尾道から、しまなみ海道へ...
大三島から船で、大久野島へ
後方左は生口島、右は大三島と島を結ぶ多々羅大橋でしょう。
大久野島にはウサギがいます。
休暇村の夕暮れ
しまなみ海道で、愛媛県の今治へ渡り、松山へ。
松山城の石垣
愛媛から、香川県へ...
栗林公園の梅
高松から岡山へ戻ったようです。
岡電 タマ電車。
偕楽園の梅
タマ電車の天井
電車の写真と貝殻を、しつこく頼んでおいたので
おみやげを持って帰ってくれました。
大三島の貝殻
色がかすれて白っぽくなった貝殻も、それはそれで美しい。
思い出せば、幼稚園のころ父に連れられて尾道へ。初めての旅行らしい旅行でした。
新幹線が新大阪まで開業したころです。
島から島へ、島めぐり。乗り換えるたびに船は小さくなり、心細かったです。
泊まった宿から翌日、父は向かいの小島までボートを漕いでくれました。
渡った島には一面に貝殻が落ちていて、それを拾い出して止まらなくなったのが、私の貝拾いの始めでした。
ひろってビニール袋にいれた貝殻は、帰りの特急電車の車内に忘れてしまいました。
このとき忘れてしまったから、いつまでも貝殻が大切に思えるのでしょう...
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