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画像は http://island.iza.ne.jp/blog/entry/1367299/ から拝借しました。
诺贝尔和平奖受奖、快楽!
中国人がノーベル平和賞を受賞した。
中国国内にいる中国人のノーベル賞受賞は初めてとのこと。
「青年時代にマルクス主義を信じない者には良心がない」
「中年以後もマルクス主義を信じている者は頭脳がない」 by Liu Xiaobo イデオロギーというのは難しい。
ノーベル賞受賞者が出ても喜べない。
色んな民族をかかえる広大な地域を支配するには
白いものを黒と言うような強力な統率力が必要なのだろう。
『悪法も法』ということか。
ともあれ巨大な獅子中国が今目覚めつつある。
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中国
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八〇后
1980年以後に生まれた若者のことを、中国では「パーリンホウ」と呼ぶそうだ。
先ほどのNHKクローザップ現代で取り上げられていた。
日本で言う「新人類」といったところだろう。
わがままっ子で、インターネットを自由にあやつり海外情報を入手し、
まだ権力は持たないが、政府に対する見方はきびしい。
経済最優先よりは、穏やかで公平・公正な社会を好む傾向がある。
社会に参画して役に立ちたいという気持を持っていて
四川大地震のときは、率先してボランティア活動をしたそうだ。
そんな彼らの悩みのタネは
「今の中国には権力を監視するシステムが無い」 ことだそうだ。
これからの中国が八〇后たちの時代だとすると
今アメリカが懸念しているほど、中国は危険な国ではないのかもしれない。
幸いなことに、我が家にも一人、パーリンホウがいる。
八〇后のひとり韓寒(ハンハン)
韩寒 hanhan22 http://blog.sina.com.cn/twocold
【書評】『中国新人類・八〇后が日本経済の救世主になる!』
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地震があった青海省の玉樹県がどの辺なのか、Yahoo!地図で調べてみました。 ここまで中国なのか!?というほど大変辺鄙な場所で、地図は真っ白に塗られている。
ニュースでも報道されているが、この辺りは標高が3700mに達し、救助活動を行う隊員もバタバタ倒れる人が多い。
(富士山の9合目で吐き気がしてダウンしたことを思い出します)
中国青海省地震 児童が校舎下敷き繰り返された悲劇 最近絶好調の中国。軍事力などは相当増強されているようだが、僻地の児童たちを救えないようでは、いくら強くても「ひとつの中国」と胸をはって言うことはできないのではないだろうか?
地震多発地帯の建築強度の改善。
温家宝首相、どうぞよろしくご検討ください。
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18時頃、ホテル1階のカフェで、肉入り上海風ラーメンを一緒に食べた。部屋へ戻ってお笑い番組を看電視(カンディェンシー:テレビ)しているうちに、迎えのバスが到着した。 虹橋空港の搭乗ゲートでは、鄭州行きの2便が1便に統合されるとあって、乗客は搭乗券を配布するカウンターへ殺到し、チケットの取り合いとなった。このとき軍さんは、体を張って行列に割り込み(わりこまれた人は勿論さんざん非難した)、私の分まで搭乗券を確保してくれた。 お蔭様で何とか当日の鄭州行きに乗りこむことができた。 鄭州空港では、公司の出租汽車(チューツーチーチャ:タクシー)の運転手が出迎えてくれた。5時間は待たされたことだろう。お互いにホッして笑みがこぼれた。 京珠高速をタクシーは、トラックの間をすりぬけながら飛ばす。夜だし、怖いので、「請慢走(チンマンツォウ)」とお願いする。サービスエリアでトイレ休憩。売店で「帝豪(ディーハオ)」というタバコを購入した。売店を出て寒空を見上げると、満点の星が輝いていた。長時間待ってくれた運転手に「小意思(シャオーイースー)」と言って「帝豪」を一箱手渡した。 鄭州空港で飛行機を降りたとき、軍さんの姿は見えなかった。お世話になったお礼はできず終いになってしまった。
この後、2月23日の記事へと続きます。
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上海のホテルの一室で見知らぬ中国人と二人きりになった。 会話は続く。 「日本と中国は、むかし戦争したよな?」 とか 「日本で給料はいくらもらってるんだ?」 などと私にたずねてくる。私は中国語では答えられないので、とぼけた顔をしていると、 「そういうときは、听不等(ティンブトン)と答えるんだ」 と教えてくれた。便利な言葉だ。その後私は 「ティンブトン、ティンブトン」を繰り返した。 しかし、あまりティンブトンを繰り返すのも熱心に尋ねてくる彼に失礼だと思い、 「現在(シェンザイ)中国日本一様的(チョングォリーベン、イーヤンダ)。我門朋友(ウォーメンポンヨウ)。」と、思いつく限りの中国語で適当に答えているうちに、次第にうちとけてきた。 彼は鄭州の東方、汽車で2時間ばかり行ったところの、商丘という市から来たそうだ。「身分証明書」というカードを持っていたので見せてもらうと、「軍(チュン)」という姓だ。上海には玩(ワン:遊び)に来たのだそうだ。 |



