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下田 龍馬と唐人お吉

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                     宝福寺

文久3年のこと、坂本龍馬は勝海舟の舟に乗って下田で待機していた。
勝海舟はたまたま下田で足止めをくっていた土佐藩主山内容堂と会い、龍馬脱藩の赦免を願い出た。容堂公は杯の酒を飲み干せば許すと。
海舟は酒が苦手にもかかわらず、杯を干した。 これによって龍馬の脱藩は許された。
この出来事があった場所が、下田の宝福寺
そのとき龍馬は住吉楼で待機していたと言われているが、船から下田へ降り立ったのかどうか確たる証拠はない。

下田の町を観光してみると、龍馬関連の史跡は乏しい。その代わりというか、斎藤お吉の史跡や遺品が目についた。

『日米和親条約により日本初の総領事として赴任したタウンゼント・ハリスは当初から通商条約の締結を計画していたが、日本側は消極的態度に終始した。しかしハリスの強硬な主張により交渉担当者の間で通商条約やむを得ずという雰囲気が醸成され』た。(Wikipediaによる)

お吉は見知らぬ毛唐であったハリスのもとへ、待妾(メイド)として不承ながら仕えさせられる。
次第にハリスとうちとけ、彼が病の際には懇ろに看病した。
ハリスが亡くなったあとお吉は昔馴染みの鶴松と暮らし、店を開いたりもするが、地元の人からは毛唐に嫁いだ「唐人お吉」と呼ばれ冷たくあしらわれる。
いつか乞食同然の生活を余儀なくされ、とうとう嵐の日に下田を流れる川に身を投げ最期を遂げた。

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                       斎藤きち(宝福寺のホームページから借用)

1776年に大英帝国からの独立を宣言した米利堅国(当時13州)は、1775〜1783の独立戦争(独立革命)で英国に勝利すると急速に力を増した。バージニア州の原住民ポウハタン族の娘ポカホンタスや、下田の街の斎藤きちの人生まで変えてしまった。


下田の街並み

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               下田で見られる「なまこ壁」

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               お吉が2年ほど小料理屋を営んだという安直楼

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               ペリーロード

下田港のペリー像を見たあと、日露和親条約の長楽寺、日米和親条約の細目が制定された了仙寺へと向かった。

写真の中で黄色いジャケットの方は、ボランティアガイドの佐々木さん。
詳しくて分かりやすい説明を、どうもありがとうございました。


 

帰国

 
真昼の空の上で一夜を過ごすと翌日の日本が近づいてきた。
窓の外に犬吠埼が見えた。
 
 
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犬吠埼
 
 
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        成田空港着陸前、飛行機は利根川上空で旋回
 
 
 
黄金の稲穂で彩られた日本の国は、美しかった。
 
  

国の借金が900兆円を突破


国民1人あたり710万円
国債発行や税減収ひびく


 国の借金が6月末時点で904兆772億円となり、初めて900兆円を突破しました。財務省が(8月)10日発表しました。1990年代後半から景気対策に使うために国債(国の借金の証明書)をたくさん発行したことや、景気が悪く税金による収入が減ったことが影響しました。

 財務省が四半期(3か月)ごとに公表。借金総額は3月末から21兆1538億増えました。日本の人口(約1億2742万人)で割ると、国民1人あたりの借金は約710万円にのぼります。

                2010年 8月12日付け 朝日小学生新聞 による




リアルタイム財政赤字カウンターhttp://www.kh-web.org/fin/

1秒ごとに借金が100万円増加している。




  
 
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2010.5.17 栃木県足利市の麦畑
 
 
(崇神) 六十二年の秋七月の乙卯の朔丙辰(二日)に、詔して、
『農業は国家の大きな基本である。 人民の生きるよりどころである。 いま河内の狭山(大阪府南河内郡狭山町)の埴田(ハニタ;粘土質の田地のことか。現在狭山町に半田の地名がある)の水が少ないので、その国の百姓が農事を怠っている。 そこで、たくさんの池溝を掘って、人民の農業をひろめなければならぬ』 と仰せられた。
冬十月に、依網池(大阪府堺市池内)を造った。
十一月に、苅坂池・反坂池を造った。
 
〔一説では、天皇が桑間宮におられて、この三つの池を造られたという〕

                           中央公論社『日本書紀』(©1983)による
 
 
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 2010.6.12 群馬県高崎市の麦刈り
 

(宣化元年) 夏五月の辛丑の朔に、詔して曰はく、
『食は天下の本なり。黄金万貫ありとも、飢を癒すべからず。白玉千箱ありとも、何ぞ能く冷を救はむ。
 夫れ筑紫国は、遠く近く朝で届る所、去来の関門にするところなり。是を以て、海表の国は、海水を候ひて来賓き、天雲を望りて貢奉る。
胎中之帝より、朕が身に至るまでに、穀稼を収蔵めて、儲糧を蓄へ積みたり。 遥かに凶年に設け、厚く良客を饗す。 国を安みする方、更に此に過ぐるは無し。 (後略)』

                         岩波文庫『日本書紀』(三)より
                            (上の引用で漢字は不正確です)
 
 
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2010.6.19 奈良県天理市の田植え
 
 
 
 
 
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神奈川新聞の2009年3月23日付けふろくの【報徳新聞】のなかに、猪瀬直樹氏による講演
「二宮尊徳が日本経済に与えたもの」が伝えられていて、そこで日本の経済状況が分かりやすく説明されている。

高度経済成長のころから、日本政府は道路・新幹線・空港の建設やエネルギー供給体制の構築などを進め、産業発展の基盤を整備してきた。その結果、歳出額は増え続けてきた。それを追って、1990年、バブル絶頂のときまでは税収も増加していた。

ところがバブル崩壊とともに税収は頭打ち。その後は現在にいたるまで税収は徐々に減少している。にもかかわらず歳出額は決して減少しておらず、1990年の69兆円に対して2005年では82兆円も使っている。

このように、歳出と税収の差が急速に拡大している様子をグラフに表すと、下のように「ワニの口」が開いた図になる。


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ほぼ平行した緑色の2本の折れ線グラフのうち上は歳出、下は税収の推移。茶色のタテ棒グラフは国債発行額を表している。

1987年ごろの、税収50兆、国債10兆、歳出60兆、くらいが正常な運営ではないだろうか。



猪瀬直樹氏は説明する。『このまま口が広がっていきますと、あごがはずれて日本は破綻するということです。この口をだんだん閉じるようにしていかなければいけない。そのために小泉内閣のときに「国債発行30兆円以下」と言ったわけです。・・・』


昨日ご紹介した国債発行10兆円追加によって、ワニの下アゴの折れ線グラフがさらに下がり、
逆に国債発行額のタテ棒グラフが伸長するので、ほぼ同額になるか逆転すると予想されているのだ。


国家にかぎらず我が家でも言えることなのだが、不景気で収入が減ったのなら、その分支出を抑えて相応の暮らしをしなくてはいけない。ということで二宮尊徳の、倹約しながらせっせと着実に稼ぐ、という精神に結びつく。

支出を抑え増税することによって、日本の財政は健全な状態に復帰できる。

東西の緊張が緩和された現代、イスラムや北朝鮮といった仮想敵国を作って軍備を増強する必要があるだろうか。経済が破綻した米国の後を、どこまで追随するのか。
人口増加が頭打ちして物の消費も急がなくてよくなった今、道路を新たに建設する必要があるだろうか。

たしかに支出を減らせば、公共事業が縮小して景気が悪くなる。
増税すれば個人消費が落ち込むので、さらにまた景気が悪くなる。

しかし景気が低下すればするほど資源の浪費は抑えられ、地球にとっては良い方向に向かう。
地球が健康を取り戻せば、人類はまた生存の権利を得ることができる。


政府は、有権者やマスコミのご機嫌を取るだけではいけない。
景気が悪い今こそ胸をはって増税と歳出の削減を断行し、肥満化した日本経済をスリム化・健全化するチャンスだ。


今なら、まだ間に合う。


  

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