|
ゴルゴダの丘で処刑され息を引き取ったイエスの傍に残ったのは、イエスの母マリアとマグダラのマリアであった。十二使徒たちは自分に災いが及ぶことを怖れ、イエスから離れて身を隠していた。
マリアは墓の外に立って泣いていた。泣きながら身をかがめて墓の中を見ると、イエスの遺体の置いてあった所に、白い衣を着た二人の天使が見えた。一人は頭の方に、もう一人は足の方に座っていた。天使たちが、
「婦人よ、なぜ泣いているのか」
と言うと、マリアは言った。
「わたしの主が取り去られました。どこに置かれているのか、わたしには分かりません。」
こう言いながら後ろを振り向くと、イエスの立っておられるのが見えた。しかし、それがイエスだとは分からなかった。イエスは言われた。
「婦人よ、なぜ泣いているのか。だれを捜しているのか。」
マリアは園丁だと思って言った。
「あなたがあの方を運び去ったのでしたら、どこに置いたのか教えてください。わたしが、あの方を引き取ります。」
イエスが
「マリア」
と言われると、彼女は振り向いて、ヘブライ語で
「ラボニ」
と言った。「先生」という意味である。イエスは言われた。
「わたしにすがりつくのはよしなさい。まだ父のもとへ上っていないのだから。わたしの兄弟たちのところへ行って、こう言いなさい。『わたしの父であり、あなたがたの父である方、また、わたしの神であり、あなたがたの神である方のところへわたしは上る』と。」
マグダラのマリアは弟子たちのところへ行って、
「わたしは主を見ました」
と告げ、また、主から言われたこと伝えた。
「新約聖書 詩編つき」 共同訳聖書実行委員会,日本聖書教会,1989
「ヨハネによる福音書」 20章 より
アリマタヤ出身のヨセフたちが埋葬した墓からイエスの遺体が消えたことは、福音書の間で一致している。だが、血液の抜けた肉体が再び歩き出し話をしたのではなくて、マリアは幻を見たのではないだろうか。
イエスの霊とは別に、遺体はどこかへ運び出されたと考えられる。(「イエスの墓」 Richard Andrews,Paul Schellenberger著,東江一紀,向井和美訳,日本放送出版協会 参照)。
|