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けさ夜明け前の空を見ると、南東に逆向きの三日月が出ていた。 場所は? カラス座とスピカの左下。春の星座のあたりだ。 苦手な領域なので星図を見てみると、 おとめ座とさそり座の間、てんびん座のあたりだ。 注意して見ると、「く」の逆向きに3つ星が見える。 天秤座、初めて見た。 二十八宿で氐(ともぼし)と呼ばれる場所だ。 月は細くて影の部分もぼんやりと丸く見える。 あと3日くらいで真っ暗になりそうなので、月齢26日だろうか。 なるほど、月を見ると2つのことがわかる。 月がどんな形をしているかと、天空のどの場所にあるか。 それによって、日にちがどれだけ経ったのか分かる。 旧暦が月の満ち欠けの日数と二十八宿の2段がまえになっているのは
そういうことだったのか。 |
暦(こよみ)
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こちらの記事は、下記へ移動いたしました。 ご不便おかけして申し訳ありません。 二十八宿とナクシャトラの対応表 旺文社「漢和辞典」(1964) |
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ずいぶんと日が短くなってきた。 今年の冬至は12月22日の午前3時だそうだ。 それから先は、一日一日と日が延びて行く。 そう思うと福がやって来るような気がする。 そんな意味かと思っていたのだが、 一陽来福ではなくて、一陽来復と書くのが正しい。 この世界は陰と陽から成り立っていて、陰が極まったところから再び陽が増し始めるという意味らしい。 なるほど、日本で冬至のときにオーストラリアでは夏至だから やっぱり陰と陽はセットになって 増減を繰り返しながら時間は進んでいく。 幸運・不運もそういうことなのだろうか。 将棋では「勝つ」と思ったときが「負け」だそうだし 「万事塞翁が馬」という諺もある。 ともあれ一陽来福で、年末が順調に過ぎ、穏やかな新年が訪れますように。 |

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明治5(1872)年11月、政府は従来の暦に代えて太陽暦の導入を公布した。この結果、旧暦の明治5年12月3日が明治6年1月1日となり、明治5年の師走は2日間で終わることになった。これに伴い長年にわたって使われてきた閏月も廃止された。 太陽暦への変更による市民生活の混乱を避けるため、神奈川県は政府の命令に従い11月21日に「触書」を公布し、門松やしめ飾りは個人の判断で飾る日を選んで良いこと、雑煮を食べる日もそれぞれの家風に任せることを通知した。ただし、役所は新しい暦に従って元旦から3日間、閉庁することが通知された(注1)。 しかし、庶民にとって突然の暦の変更は各地で混乱を引き起こし、磯子村(注2)では11月28日に餅つきをする者があらわれ、新暦の元旦には早くも三河万歳が村にやってきた。しかし、東京や横浜では、「鳥追」(注3)の準備が間に合わず、市街地では「鳥追」の姿を見ることがなかったようだ。 ◇ 【注1】「触書」は横浜開港資料館所蔵「関口日記」の記述によった。 【注2】磯子村は現在、横浜市磯子区。磯子村に関する記述は堤真和家所蔵の堤磯右衛門著「懐中覚」によった。 【注3】「鳥追」は豊年を祈る歌を歌いながら門付けをする芸人。 2008年11月14日付神奈川新聞/横濱開港新聞 第7号 明治5(1872) より 太陰暦では毎年季節と暦日が10日ほどズレてしまうため、3年に1回閏月を追加して調整を行わなければならないのだが、月の満ち欠けを知ることができ潮汐も暦を見ればある程度予想ができるので、漁業には便利だったのではないだろうか。 暦に限らず、明治維新の西欧文化取り込みの時期にはいろいろと混乱が多かったことだろう。世代が変われば文化や常識も変わるのだろう。 鳥追い http://www.tabiken.com/history/doc/N/N149C100.HTM 越後湯沢の鳥追い http://jp.youtube.com/watch?v=lUB2O6fFPMM |

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1年は12ヵ月ある。 昔は月の満ち欠けを見て1ヵ月を決めていた。 新月の日は月の満ち欠けの始まりの日なので「月立ち」=「ツイタチ(朔)」と呼ばれる。 月の満ち欠けには何日かかるのだろう。 誠文堂新光社「天文年鑑」の「毎月の空」を見ると、『朔から朔,または望から望までの日数は平均29.53日であり,これを朔望月という』とある。 30日の大の月と29日の小の月を交互に繰り返すと平均29.5日なので、ほぼ月の満ち欠けを追随することはできる。 しかし(30+29)×6=354日しかないので、太陽暦の1年に11日足りない。 従って毎月季節に少しずつズレが生じてしまう。この季節のズレを補うために「二十四節気」が用いられていたそうだ。 イスラム教国で現在用いられているヒジュラ暦は太陰暦である。 ヒジュラ暦についてWikipediaを見てみると、西暦622年の遷都の年をヒジュラ元年としたそうだ。今年は2008年なので、イスラム教のカレンダーでは1387年頃なのかなと思ってヒジュラ暦を確認すると、ヒジュラ1429年となっている。 どうしてこんなに進んでいるのだろうか? Wikipediaの記事を読んでみるとヒジュラ暦では30年の間に、1年が354日の年を19回、1年が355日の閏年を11回、規則に従って配することになっている。これらを平均すると、ヒジュラ暦の1年は354.37日であることがわかる(下表参照)。 日本や中国の太陰暦とちがって、ヒジュラ暦では閏月を挿入して1年13ヵ月の年を作るという調整は行われないため、1年間は太陽暦に比べて1.031倍のスピードで経過していく。それなので太陽暦で1387年のはずが、ヒジュラ暦では1430年になり、西暦の人よりも歳をとるスピードが3%早いことになる。 ヒジュラ暦でも1年に12ケ月ある点は太陽暦と同じなので、1年354.37日を12で割ると1ヵ月平均29.53日となり、「天文年鑑」に記されている「朔望月」の日数とピッタリ一致する。 おそらくイスラム教の国は雨の少ない国が多くほぼ晴れているので、月の満ち欠けは毎日はっきりと観察できるはずだ。一方、赤道に近い位置なので季節の変動は少なく季節のズレは重要ではないのだろう。 ヒジュラ暦では今日は何年何月何曜日? http://www.phys.uu.nl/~vgent/islam/islam_tabcal.htm |




