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日南線で小内海〜内海の間の海岸。磯が見事な縞模様になっていた。 日南名物「鬼の洗濯板」と呼ばれる地形だ。 青島には下のような説明が掲示されていた。 書き下してみると、 青島の周囲の岩石は、第3紀(3千年前〜100万年前)に海面に体積した露出した砂岩と海床の泥岩が、海水による浸食を経て次第に地形が堅固なデコボコ岩形に成った。 この地形の成因を文章で説明すると、このようにきわめてシンプルだ。 長い時間をかけて海底に泥岩層と砂岩層が交互に体積したあと海底が隆起。 そのあと海面上に出た部分が波による浸食を受けて削り去られた結果、このような縞模様ができたという。 それにしても、この整然とした泥岩層と砂岩層の繰り返しはどうしてできたのか。 おととい霧島で見たように、多数の火山があって、大昔から爆発噴火を繰り返した結果ではないだろうか? 時代を追って、生成過程をイメージしてみよう。 1.堆積 火山の噴火による海底での土砂の堆積が何度も繰り返されたとしよう。 火山の盛大な噴火が2000年に1回、海岸の地層が数百層重なっていたとすると(注)、それらの層が堆積するのには約100万年かかったと推定される。 その間、下層に体積した泥砂は、上からの莫大な圧力を受けて固まり岩となる。 100万年といえば、おそらく人類の歴史よりも長い。 地球の年齢の中では約千分の1、地球の永い寿命を人生に例えると、1週間分ぐらいのできごとに相当するのだろう。 (注) 海岸で眺めていると100層くらいかと思うのだが、海岸だけではなく、日南線で鉄橋を渡る際に、河の底も「鬼の洗濯板」状になっているのを見ることができ、日南海岸のかなり広範囲にわたって、このような岩の層が存在することがわかる。 2.隆起 その後、隆起が起こり、もともと水平に堆積した層は傾斜する。 海面上に露出した岩の縞模様を見ると、層の傾きは、低い海底から陸地へむかって高くなるように傾斜している。青島における傾斜角は18゜とのことだ。これは最近の火山活動によって陸地側が盛り上がったため傾いたものと考えられる。 3.侵食 堆積や隆起を今日目にすることはできないが、波による浸食なら現在観察することができる。 「鬼の洗濯板」を間近で見ると、今現在も波による崩壊が進行していることは明らかだ。 堆積には100万年かかったとして、その後の隆起にまた数十万年かかるのだろうか。 最後の仕上げの波濤による侵食には数万年くらいしか要しないのかもしれない。 火山灰や砂泥が固まってできた岩盤が脆いものであるにせよ、これほどぶ厚い地層を、ちょうど海面のところで水平になで斬りにしているのだから、波による浸食は大変な威力だ。 「鬼の洗濯板」は、地球の年輪を示す貴重な証拠といえる。 世界遺産にも匹敵する価値があるのではないか。 |
宮崎
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飫肥(おび)の名所旧跡を巡ったあと、酒谷川にかかる稲荷下橋を渡って飫肥駅に着いた。 15時過ぎ飫肥発の1944Dに乗り宮崎へ戻る。 日南線はワンマンカー。 2両目に乗った。黄色に塗られたキハ40 8099。 運転室の入口には「運転中は話かけないで下さい」の表示がある。 車内放送も、 「飫肥ではホーム側の全てのドアが開きます」とか 「床に座るのはやめましょう」とか、ユーモラスだ。 ワンマンカーに乗るにはちょっとコツが要る。 無人駅から乗る場合には、2両目のドアは開かない。 1両目から乗るときに、後ろのドアから乗り、整理券を取るのが正解。 1両目の前のドアから乗ったときには整理券を取れなかった。 でも運転手は覚えてくれていて、自己申告で「いいですよ。」 2両目の車両は、無人駅ではドアが開かないので、車内は比較的空いている。 飫肥のような有人駅を利用するなら、2両目に乗った方がよい。 南宮崎に到着した日南線。黄色に青でイルカが描かれている。 日豊本線の電車は赤色に太陽が描かれていた。 どっちも宮崎らしい。 南宮崎から宮崎までは、特急に乗っても特急料金は払わなくてよい。 ワンマン列車の乗り方(山陰線):http://blogs.yahoo.co.jp/zabi4817/13190589.html |
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飫肥は江戸時代の風情を残す、落ち着いた感じの城下町だ。 飫肥城前の「おび天 蔵」で 「おび天定食」を食べたあと 小村記念館へ。 この日は暑くて、ちょっと疲れていたので、記念館前の花壇の庭に腰をおろして、ひとやすみ。 風にざわめく木々の音が心地よい。 小村寿太郎は明治の外交官。ここ飫肥の藩校、振徳堂の出身で駐英大使。 飫肥藩は小さいながらも強大な薩摩藩と対等に渡り合って栄えた。 そんな飫肥の風土で育った経験もあり、強国ロシアと対等に交渉した手腕で有名だ。 次は豫章館(よしょうかん)。 「飫肥城通行手形」600円を買うと、各名所は自由に見てまわれる。 訪れる人も少ない庭園に五月のさわやかな風が通り、どこからともなく、せせらぎの音が聞こえてくる。 ここでまた、ぼんやりと一休み。 庭のかたわらには石仏。 豫章館の向こうには酒谷川が流れていた。道理で風通しがいいわけだ。 田ノ上八幡神社の苔生す境内にさす木漏れ日。 |
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宮崎から南へ、日南市、南郷を過ぎて、もっと南へ。 都井岬の手前に、サルで有名な幸島がある。 幸島のサルはかしこい。 イモを食べるときに海水で洗って塩味をつけてから食べるので有名になった。 でも“百匹目の猿現象”ということばは、この日初めて見かけた。 流行が広がっていくときの、ひとつのパターンのことを言っているようだ。 誰もやってない変な行動を取るヤツがいる。 それが良い行動であっても、なかなか真似するサルは現れない。 ところが、その行動を取るサルがある人数に達すると、そのあとは見よう見まねで一気に群れ全体に広がり習慣化する という説のようだ。 私たち人間もサル真似が得意なので、流行り廃りは絶えない。 たとえば、以前に電車の中でトランシーバーのようなツーカーを持って話している人を見た時は、はじめ「変なヤツ」と思ったものだ。今では誰でもケータイを使ってる。 幸島へは渡し舟が、あるときにはあるらしいのだが、今日は連休後の平日のためか、防波堤に舟は繋がれていない。 目の前の幸島の岸を探したが、一向にサルの姿は見えない。 防波堤の裏側を見ると、海岸がつづいていた。 この先に、野生の馬がすむ都井岬があるのだ。 レンタカーが有れば! 「百匹目の猿現象」石碑の左にあった1回100円の双眼鏡でのぞいてみた。 すると、いました。対岸に2匹! 発見した直後にパシャッと閉じたので、また100円。 たぶん親子のサルで、こちらにはお構いなしに、変わった行動をとるでもなく、のんびりとすごしていた。 訪れる人も少ないこの海岸をサル前に、地元の小学校の生徒たちがマイクロバスに乗って到着した。 バスを降りるなり、波うち際まで走りだした。 幸せな島のサル:http://blogs.yahoo.co.jp/tsurukeito/8933112.html 百匹目のサル:http://blogs.yahoo.co.jp/tceblogs/45385480.html http://blogs.yahoo.co.jp/hiroasakawajp/2617501.html 〔交通〕 JR日南線の飫肥または油津または南郷から、海岸に沿って南下するバスに乗れる。 終点が「幸島入口」で、2時間に1本。残念ながら都井岬までは走っていない。 南郷駅から幸島までは近く、8時前の便に乗ったら8時20分ころに着いた。 |
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JRのキハ40は、究極の鉄道車両だ。 ワンマンカーなのでバスに似ているが、一両で前へも後ろへも走れるし、トイレ付きだ。 ディーゼルカーなので電線が無くても、線路さえあればどこへでも走れる。 伊比井を出た「列車」は一旦海岸線からはずれて山を越える。 次の北郷駅では、大勢の高校生が乗りこんできた。 先ほどの15分停車は、たぶんここから乗る学生さんの通学時間に合わせて調整していたのだろう。 「飫肥(おび)ではホーム側のすべてのドアが開きます」の放送が流れ (ホーム側のすべてのドアが開くって当然じゃない?) 「列車」は飫肥駅に到着した。 飫肥は、由緒ある飫肥藩の城下町だ。 日南では大勢の学生が降りた。日南学園があるのだろう。 南郷で停車すると、「列車」はほとんど空になった。 私もバスに乗り換えるため南郷駅で降りた。 |



