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関東

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東京湾観音

5月21日
東京湾、富津市の磯根崎で貝殻をひろった後、東京湾観音 を見に行きました。

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場所は こちら 。 最寄りの駅はJR内房線、佐貫町駅です。

東京湾を見おろす大坪山の上に立っていて、高さ56m、昭和36 (1961) 年に完成。

中のらせん階段を昇っていくことができます。

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東京湾観音から富津岬のながめ


この巨大な観音さんの建設を思いついたのは、宇佐美政衛さん。


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第二次大戦の末期、空襲で赤く焼ける東京を房総半島から眺め、戦争してはいけないと決心、平和を祈念して建立されたとのこと。




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B29による焼夷弾投下 (1945)
This picture by U.S. Air Force was shown on the article of THE WALL STREET JOURNAL, August 27, 2010, introducing a book “Bomber Country” written by Daniel Swift.
 
 
There lived many people under B-29s, and they lost their life after these bombing.

 
"ちいちゃんのかげおくり"
We Japanese now are forgetting those days,
but have a story of a girl named “Chii-chan”,
which is read by Japanese pupils at the school.   
 
 
             
 
 "一つの花"  
 
 
2011.5.29 付 神奈川新聞より
◆ 横浜大空襲 
1945年5月29日午前9時20分ごろから約1時間、米軍のB29爆撃機517機が横浜市の中、南、西、神奈川区を中心に無差別爆撃。計約2570トンの焼夷弾を投下し、市中心部は焦土と化した。県のまとめでは犠牲者は3650人だが、実際は8千人以上とも推測される。
 




鬼怒川と小貝川





常総市洪水ハザードマップ

茨城県台風18号等災害義援金


台風18号と17号のあいだに南北に細長く伸びた雨雲が、9月9日〜10日にかけて関東を襲い大雨を降らせた。

茨城県や栃木県には多数の川が流れている。

鬼怒川は上の写真の左上から南下し利根川に合流している。鬼怒川の東西には無数の支流が鬼怒川に沿って北から南へ流れていて、鬼怒川の東となりを南下している小貝川は、蛇行しながら東の向かったあと、やはり利根川に合流している。
鬼怒川の利根川への合流の仕方はやや強引な感じで、地形全体から受ける印象では、もともと小貝川の方向へ向かって流れていたのではないかと思われる。
利根川へ向けて南下するところで、小貝川の方向へと水があふれだし、堤防が持ちこたえられなくなったようだ。
おそらく蛇行している小貝川は氾濫しやすかったため、早くから治水が行き届いた利根川へとショートカットし合流させる流路が選択されたのではないだろうか。
ところが排水先の利根川も当時すでに水量が増していて、それほど標高差もない平坦な関東平野の中で、太平洋へ流れ込む水の量も速さも追いつかなくなってしまった結果、常総市の鬼怒川で河水があふれ出してしまったのではないだろうか。

過去の洪水の経験から、利根川をはじめ各地の河川で相当な労力をかけて治水が行われてきた結果、今回のような大雨で洪水に襲われる地域は相当縮小されてきたのだろう。 とはいえ利根川の水を人口が多い荒川や江戸川方向へ流れさせないように、東へ進む水路を開発した結果、鬼怒川の排水が間に合わなくなった面はないだろうか?

利根川東遷事業
(昔の流れ)
 鬼怒川→小貝川と合流し銚子の太平洋へ
 渡良瀬川→江戸川から東京湾へ
 利根川→荒川から東京湾へ
昔は荷物を運ぶための水路として活用された河川だが、明治以後は治水が重視されるようになった。


今後の対策として、対症療法的に今回決壊した場所の堤防を高くすると、別の場所から河水があふれ出すことはないだろうか。
どこまで治水工事をやれば全ての地域で安全になるのか、難しい問題だ。


(注)地図で中央右下の湖は牛久沼、右上の大きい湖は霞ケ浦。


関東鉄道運行状況
関東鉄道は常磐線の取手から水戸線の下館を結ぶ鉄道で常総市の地元の足なのだが、路線がちょうど鬼怒川と小貝川のあいだを走っているため、洪水の被害をもろに受けてしまった。




渡良瀬川

姿川






機織りの埴輪

 
しもつけ風土記の丘資料館で特別展として展示されている、甲塚(かぶとづか)の埴輪です。
 
直径約80mのホタテ貝型古墳が発掘されたときに、女性7体・男性7体の立った埴輪が並んでいました。
 
イメージ 1
人物埴輪1(女性)と人物埴輪15(男性)
 
この二人は埴輪列の左右両端の人物です。帽子をかぶって、首飾りをつけて、二人とも微笑んでいます。
 
この古墳の埴輪で特筆すべき点は、左側に女性7体、右側に男性7体が並んでいたのですが、女性の6体目と7体目の間に、機織りをしている埴輪が2組並べられていたことです。
 
イメージ 2
 
機織りをしている女性が、カラフルな水玉模様の服を着ているのは、面白いですね。
実際、埴輪には水玉が描かれています。
 
この機織りは、機台(はただい)を持つタイプで、『地機(じばた)』と呼ばれているタイプです。
これと同様の機織りが、何と現代まで引き継がれているのです。
 
  
イメージ 3
 
結城紬(ゆうきつむぎ)。現在も伝わる地機(じばた)による機織り。
 
4分20秒から機織りの様子があります。 ぜひご覧ください。
 
 
 
小山市特産の『結城紬』のうち、このような『地機』で紡いだものが、本物の結城紬と認められるようです。この地方では古くから養蚕が行われていたことが知られています。
 
 
 
日本への養蚕や織物の伝来については、『日本書紀』に以下のように記されています。
 
 大泊瀬幼武(おおはつせ わかたける)天皇の時代
『雄略十四年(西暦470年)の春正月の丙寅(ヒノエトラ、3日)の朔戊寅(ツチノエトラ15日)に、身狭村主青(ムサノスクリアオ)らが、呉国の使者とともに、呉(クレ;中国の江南の地)の献上した手末の才伎である漢織(アヤハトリ)・呉織(クレハトリ)および衣縫(キヌヌイ)の兄媛・弟媛らを率いて、住吉津(スミノエのツ)に碇泊した。
 この月に、呉の客の道を作って、磯歯津路(シハツのミチ)に通じた。これを呉坂(クレサカ)と名づけた。
 三月に、臣連に命じて、呉の使者を迎えさせた。そして呉人を檜隈野(ヒノクマノ)に置いた。そこで呉原(明日香村栗原)と名づけた。衣縫の兄媛を、大三輪神に奉り、弟媛を漢衣縫部とした。漢織・呉織の衣縫は、飛鳥衣縫部・伊勢衣縫らの先祖である。』
                                                                     
                                                                         中央公論社『日本書紀』(1983) p.282
 
 
秦の民と漢部 〜養蚕の始まり〜
『(雄略)十五年に、秦(ハダ)の民を臣連らに分散して、それぞれ思うままに駆使させ、秦造(ハダノミヤツコ)に委ねしめなかった。そこで、秦造酒(サケ)は、それをたいへん気に病んで、天皇にお仕えしていた。天皇は、秦造酒を寵愛され、詔して秦の民を集めて、秦酒公に賜った。そこで公は、百八十種勝(モモアマリヤソのスグリ)を率いて、庸調の絹・縑(カトリ;上質の絹)を奉献して、朝廷に充積した。よって姓を賜って禹豆麻佐(ウツマサ)というのである。
十六年の秋七月に、詔して、桑の栽培に適した国県に桑を植えさせた。また秦の民を割り当て移して、庸調を献じさせた。』
                                                         中央公論社『日本書紀』(1983) p.284
 
 
 
下野に戻りまして、この機織りの埴輪が男女の列のほぼ中央部に2体も置かれていたことから、この古墳の主は機織りと強い結びつきがあったと考えられます。
 
江南の呉国から招聘された機織りは『媛(ひめ)』と呼ばれているように女性であり、下野で機織りをしていたのも女性でした。
絹織物は当時の物々交換品の中では最も高価なものであったはずで、それを売ることによってこの地方は栄え、機織りをする女性も一族から尊敬されていたはずです。
 
 
この日の日高先生による講演では、当時機織りをしていたのが甲塚古墳の主であったと推論されていました。 ということは、並んだ埴輪の中の立っている女性や、機織りをしている女性は、この古墳の主を表したものかもしれないということです。
 
たくさんの埴輪の中に古墳の埋葬者がいる、というのはとても楽しい発見ですね!
 
関西地方に伝わった天皇制や歴史を記すという文化は、中国や朝鮮半島から伝わった男性中心の文化ですが、当時の関東地方では男女平等の生活をしていたようです。
 
 
(参考書)
『しもつけの"埴輪群像"』 しもつけ風土記の丘資料館 (2014) p.16~26, 60~61
 
 
 
 

しもつけの埴輪

 
しもつけ風土記の丘資料館
 
入館料100円を払って中に入ると、大勢の埴輪が楽しそうに迎えてくれた。
 
 
イメージ 1
 
左から3人目の女性は盃をささげていて、右から2人目の男性は琴を弾いている。
 
関東の埴輪はこのように、活き活き、のびのびとしていて暖かみがある。
男女がほぼ同じ人数で出土することも多いようだ。
 
これはらは資料館近くの 飯塚31号墳 から出た埴輪で、常設展示品。
 
飯塚は、渡良瀬川 支流の 思川 から 姿川 が分岐して、川と川に挟まれた台地の上にあって、琵琶塚の東側に位置している。31号墳というほどなので、小さい円墳が多数あったようだ。
川の傍の台地上に円墳が多数あってその横に大きめの前方後円墳があると言う点は、宮崎の西都原古墳と似ている。
 
遠く隔たっているものの、宮崎と栃木に同じ民族が住んでいたのではないかと思われる。
宮崎の住民が船に乗って、栃木まで移住した可能性もあるのではないだろうか。
それにしても、九州でこのような活き活きとした埴輪が出ているだろうか?
 
図録 「しもつけの埴輪群像 に、これらの埴輪や飯塚31号墳の写真が載っていて、琵琶塚と同じく6世紀前葉の築造と考えられている。
 
 
日本書紀 第十八巻 を見ると、
 
広国押武金日の天皇(安閑)の元年、閏十二月に

『武蔵国造 笠原直使主と同族小杵と、国造を相争ひて、年経るに決め難し。
 小杵、性阻(ウジハヤ)くして逆ふこと有り。心高びて順ふこと無し。
 密に就きて援を上毛野君小熊に求む。而して使主を殺さむと謀る。
 使主覚りて走げ出づ。京に詣でて状を言す。
 朝庭(ミカド)臨断(ツミサダ)めたまひて、使主をもって国造とす。小杵を誅す。
 国造使主、畏まり喜懐に交ちて、黙已あること能はず。
 謹みて国家の為に、横渟・橘花・多氷・倉巣、四処の屯倉を置き奉る。
 是年、太歳甲寅(西暦534年)』
                     (岩波文庫 『日本書紀』 (三) p.222)
                 (補注) 甲寅は甲子を元年(西暦484年)とする太歳の51年目の年。
 
とあり、およそこの時代に造られた古墳や埴輪と考えられる。
上記の武蔵国造、笠原の使主は、埼玉古墳群の稲荷山古墳の主ではないかと考えられている。 とすれば下野の琵琶塚の主は、下野国造のものかもしれない。
 
この頃に関東と関西との間で交流があったことがうかがえる。
 
 
 
 
 
〔栃木県立しもつけ風土記の丘資料館〕
入館料:100
開館時間: 9:30~17:00(入場は16:30まで)
休館日:月曜日・祝日の翌日と1228~14
 
329-0417
下野市国分寺993番地
TEL 0285-44-5049
 
 
 
 
栃木県の下野市で
『しもつけの埴輪群像” −その姿をさぐる−』
という特別展が開催されている。
会場:栃木県立しもつけ風土記の丘資料館
会期:平成26920日〜1124日(月)
 
1012日(日)には埴輪についての講演会も開催されるとのことなので
栃木は遠いけれど、出掛けることにした。
 
JR宇都宮線の小金井で降ります。西口から出て、旧国道4号線の交差点を越えると左手(南側)に公園があって、古い電車が一両、保存されている。
この交差点を南へ左折した後、右手約45度斜めに西方向へ伸びる道に入ると近道。
西北西へ伸びる農道と合流し、西方の森にある「紫」という集落を目指して、集落を抜け田んぼの中を進む。
 
 
イメージ 1
           ← 紫                  川南 (小金井駅方面)
 
 
30分ほど歩くと 姿川 に橋が架かっている。
 
イメージ 2
 
 
古墳というのは不思議と川岸の台地上に築かれることが多いですね。
 
ここ「しもつけ風土記の丘」の森も、渡良瀬川の支流、思川と姿川にはさまれた低い台地の上にあって、国分寺・国分尼寺の跡もある。
橋を渡ると「紫」の集落。森の中には石塔があって「紫式部の墓」とあるけれど、本当かどうか...
 
公園の森を北へ抜けると、近代的な円墳が見えてきた。
 
イメージ 3
 
 
昼食と取るのによい場所なので、駅前で買った弁当を開けた。うまいっ
 
森の北側を東西に横切る道路を北へ渡ると、「花ひろば」 という広い公園になっている。
3連休の中日ということで、公園ではフリーマーケット開催中で音楽も演奏され、とても賑やか♪
 
公園の左手奥に、「しもつけ風土記の丘資料館」がありました。
 
 
 
〔交通〕
東北本線(宇都宮線) 小金井駅から徒歩40分。
小金井は 「休日おでかけパス」(2,670円) の範囲内で、首都圏から出かける場合は、購入当日は乗り降り自由なこの切符は便利。
小金井駅前に、「こがねちゃん」 という弁当屋があって、少し待たされるけれど美味しかった。
 
 

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