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1969年頃の夏休みのこと
三重県名張市に住む叔父の家に泊めてもらい、翌日、赤目四十八滝に連れて行ってもらった。
実家を片づけたら古い写真が出てきました。
名張に住んでいた、母方7人兄弟の4番目の叔父さんと、滝の前で。
姉と一緒に谷川で遊びました。
昼食。京都から私たち姉弟を名張まで連れてくれたのは、母の下の3番目の叔父さんでした。
叔父さんはお酒を飲んでいるのか、うかぬ表情。
私の好物だった、ファンタグレープの瓶が下に見えます。
2人の叔父さんも姉もすでに亡くなってしまったので、生きているのは私だけになりました。
名張の叔父さんの家にはカラーテレビがあって、初めて見ました。
スイカを、近くに湧いている山の水で冷やされていました。
家の前に畑があって、真っ赤になっているトマトを、取って食べていいよ、と近所のおばさんが言ってくれました。
私は電車が好きで、近鉄電車に乗れるのがうれしかったです。
赤目滝へ行くのに、名張から方向を間違えたようで、たぶん伊賀神戸で降りて、右にカーブする線路を、初代ビスタカーの10000系が疾走してきました。
この電車を見たのはこのとき限りで、1958年生まれの1971年廃車とのことで、短命でした。
赤目口駅で降りてバスに乗るのですが、谷川の崖の上の細い道を走るので、怖かったです。
国土地理院の地図:
NAVITIMEの地図(バスの時刻表が出ます):
日本国内は山ばっかりで、赤目四十八滝を流れる滝川は北上して宇陀川と合流。
宇陀川は北東へ流れ、名張川と合流、
名張川は月ヶ瀬を通って北上し、木津川と合流します。
一番楽しかったときの思い出でした。 |
和歌山 三重
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8月16日(木)
2日前に串本の須賀浜、前日に那智と高野坂で遊んだあと、新宮市のサンシャインホテルに泊まり、 この日は新宮から帰るだけです。
昨夜の疲れや夜間の大雨もあって、目が覚めたのは6時。6時3分発の列車には乗れません。
そのかわりにホテルの朝食をゆっくりといただくことができました。
旅のあいだはコンビニか駅の弁当が多いので、ちゃんとした朝食には感動です!
熊野古道の伊勢路は行きたいところがたくさんありますが、この日はまだ天気がグズグズしていたので
古道歩きはせずに、尾鷲の熊野古道センターに立ち寄って帰ることにしました。
7:47 新宮駅発、多気行きに乗って...
熊野川 (←進行方向)
対岸が和歌山県の新宮、こちらは三重県です。
日本一きれいな海水浴場、新鹿(あたしか)
6:03 新宮発の列車に乗れたら、三木里で途中下車したかった。
九鬼駅を発車
このあたりは駅と駅の間は長いトンネルです。
9:03 尾鷲(おわせ)のひとつ手前、大曽根浦駅に到着。
大曽根浦駅で下車しました。
重い荷物をかかえて、熊野古道センターを目指します。
尾鷲湾の弁天島
雨がパラパラと降り出します。荷物もあるので、かんべんして...
ここを左折して線路をくぐると、熊野古道センターです。
熊野古道センターには、熊野古道を歩行するための情報、ルートマップやクマ・イノシシ出没情報などを期待していたのですが、ありません。
ここ熊野古道センターは学術チックな博物館でした。
熊野古道のことは、各場面の人形ジオラマや絵巻物など豊富な展示物でよく分かります。
けれども私の場合、この日展示されていた虫や貝の方に夢中になりました。
ゴホンダイコクコガネ♂ (右は拡大写真)
1cmくらいの虫なのに、オスにはツノがついています!
こちらはふつうのセンチコガネに近い姿です。
こんな小さい虫でも、オスには戦うための装備がついているんですね。
強いオスがめでたくメスをゲットするのでしょう。
紀伊半島のこのあたりには、関東にはいない青色にかがやくセンチコガネが多数棲んでいると、この館の案内の先生から教わり、展示品を見るのはやめて早速に館の周りの草むらなどをさがし回りましたが、ハズレ。
2年前に田辺市の熊野古道中辺路、継桜(つぎざくら)王子の石段でセンチコガネを見かけたのを思い出したが
残念ながら青色ではありません。
青いカラスアゲハ
前日、高野坂で青いアゲハ蝶を見かけ、オーストラリアの熱帯域の オオルリアゲハ(ユリシス) という青い蝶を思い出しました。
貝殻の展示も豊富でした。
上列①②③ 真ん中のアッキガイ科は沖縄旅行をした従姉妹から小さいのを拾ってもらったことがある。
中列④⑤⑥ 左の④は カタベガイ に似ているが、アッキガイ科のオキナワカセン
中央⑤ ホシキヌタ は2日前に串本の須賀浜で穴の開いたのを発見しました。
右の⑥ マツヤマワスレ はよく見かけるが、こんな色艶の美しいのにはお目にかかたことが無い。
下列⑦⑧⑨ 左の⑦ ナツメガイ は学生時代に白浜の臨界で若貝を拾いました。
同行した貝殻に興味ない友達にはずいぶんと迷惑をかけた。今になって大反省。
中の⑧ カズラガイ は渥美半島や浜名湖の外側で多数見かけました。
など、しみじみ感慨しながら眺めます...
上列⑪⑫⑬ 中の⑫ マルオミナエシ は沖縄あたりでないと拾えないと思っていました。
茶色のイナズマ模様が、紀伊半島や九州の タマキガイ(トドロキガイ) に通じるものがあります。
中列⑭⑮⑯ 右の⑯ ヨロイノツノブエ は紀伊半島以南で拾える、ひろってうれしい貝です。
下列⑰⑱⑲ 左の⑰ ヒオウギ は2日前に串本の須賀浜でみかけました。
中⑱ ネズミノテ や 右⑲ フトコロガイ はかわいらしい貝殻です。
小さい貝殻は、テングサ干場で昭和時代にはすごく豊富な種類が見られたのですが、最近では見かける貝の種類が減少し、小学生向けの自然観察を催してもがっかりすると、この館の案内の先生からうかがいました。
串本 須賀浜のヒオウギ貝。
串本から西の和歌山県側には今でもたくさんの種類の貝が見られるとのことで、その通りだと納得しました。
こんな感じで、思いがけず紀伊半島での自然観察の総集編ができたような、熊野古道センターでした。
10:39 のコミバスで尾鷲市街へ
尾鷲駅でコミバスを降りて駅の裏側、国道42号線まで行き(徒歩15分程)、回転寿司で昼食をとり、病院前交差点にある魚市場 『おとと』 で、魚の干物などを買って駅にもどりました。
ゴールデンウィークに尾鷲に立ち寄ったときの観光ガイドマップが役立ちました。
尾鷲駅の待合室で、13:32の特急【南紀】 を待っていると、「熊野古道伊勢路ガイドマップ」がありました。
伊勢路のほぼすべてのコースの地図が載っており、これは素晴らしいです。巻末はスタンプを押すペ−ジになっています。先月の田辺市につづいて、情報入手の順序が逆になってしまいました。
やはり、また来なさい、ということなのでしょう。
特急【南紀】の車窓 尾鷲〜紀伊長島 (←進行方向)
紀伊長島の手前で見える、古里海水浴場。 いつか貝殻をひろいに...
名古屋で新幹線に乗換え、帰宅しました。
肉づくし弁当、美味かったです。
横浜に帰宅。
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8月14日(火)
特急【くろしお1号】 は11:03 串本へ到着。
午前中に海に着けば少しは涼しいかと思ったけれど、この日照り、この暑さ。
大好きな串本ですが、これから海へ出かけようという自分に半信半疑になります。
串本駅前
駅前のオークワ(和歌山でよく見かけるショッピングセンター)に入り、つばつきの帽子と水泳用ゴーグルを購入。両方自宅に持ってるのですが、出かけるときは曇っていたし、こんな展開になるとは思っていなかったので持って出なかった。
串本は、潮岬の島と本州が砂州でつながった上にできた町です。近くに大きい川はなく、かわりに珊瑚礁があるので、陸をつないだ砂はサンゴのかけらでしょう。
串本で海水浴といえば、大島に面した橋杭海水浴場なのですが、その反対側、串本の砂州の西側に、南北にのびた白砂の浜が見えます。この須賀の浜へ行ってみることにします。
橋杭岩と橋杭海水浴場: https://blogs.yahoo.co.jp/hopi519/70039155.html
串本は国道42号が潮岬側にコの字型に迂回しています。国道にそっていけば須賀の浜ですが、炎天下国道を歩くのも苦痛なので、右(西側)へ曲がり、串本の町を横切って反対側へ出ることにします。
国道42号のエネオスを西へ曲がったところ。
立派な邸宅があって、高い石垣で囲われています。なんとなく沖縄チックです。
同じ邸宅の南側の門
海岸手前の民家
無量寺
西側の海岸に出ました。遠くは、特急くろしおが走ってきた海岸線です。
この向こう隣がビジネスホテル『魚よし』、右の国道の向かいは須賀漁港。
須賀の浜に到着!
駅に到着してからトイレで着替えたり買い物も含めて1時間あまり経過していました。
この暑さですから、海につかるしかありません。
きれいな波が打ち寄せ、サーフィンやってます
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8月14日(火)
このところ帰省したあとに紀伊半島を旅して帰るのを楽しみにしています。
今年3回目の夏休みです。
紀勢本線【くろしお1号】 新大阪 7:33 ⇒ 串本 11:03 早朝に京都を発ち、新大阪から 【くろしお1号】 に乗りました。
新大阪 3番のりば
運よく海側の窓際D席が当たったけれど、隣が女性だったので緊張します(高校生みたい)。
発車すると、もくもくと朝食の駅弁を食べ始めます(なるべくお行儀よく)。
列車は和歌山を出て海南を過ぎると、海が見えてきます!
遠くに見えるのは淡路島か?(冷水浦〜加茂郷) ←進行方向
みかんの産地 有田川 (紀伊宮原〜藤並)
広川ビーチ
切目(きりめ)を過ぎると海岸沿いを走り、広々とした太平洋を見渡せませす。
YouTube https://youtu.be/iNW_Nj6L4bk
千里の浜 岩代(いわしろ)〜南部(みなべ) ウミガメが産卵にくる浜です。
2年前の8月、千里の浜で貝拾い: https://blogs.yahoo.co.jp/hopi519/69604914.html
紀伊田辺からしばらく海岸から離れます。
朝来(あっそ) 8月中旬、稲穂がなり収穫間近。
白浜を出てしばらく山の中を走ったあと、ふたたび海岸へ出ます
周参見〜見老津
紀伊田辺で普通に乗換えてこのあたりで途中下車したくて早起きしましたが、岩代あたりの海でいつもより波が高かったので岩場は危険と思い、砂浜がある串本まで行くことにしました。
周参見(すさみ①)を過ぎると紀勢線はほぼ西から東へ走りますので、このあたりの太平洋の南側の先はるかかなた、角度によってはニューギニアとか西オーストラリアに当たるまで、全然陸地がありません。 海面の下伏角30度くらいのところにオーストラリアの北側が当たるくらいでしょうか?
この先海ばかりというのは、普段陸地に棲む私たちにとって不思議な感じです。
それくらい青くて広々とした大平洋です。
見老津
見老津〜江住(えすみ)に見える江須崎(えすさき)
江須崎は宮崎の青島と似たような感じで、島と本州がつながっています。
和深(わぶか)。サーファーがいます
11時に串本へ到着です。(つづく) 2年前の5月、【くろしお3号】で周参見〜串本: https://blogs.yahoo.co.jp/hopi519/69343433.html
季節がちがうと空と海の色がちがいます。 昨年の5月、和深で貝拾い: https://blogs.yahoo.co.jp/hopi519/70041826.html |
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5月1日(火)
尾鷲(おわせ)に 9:12 到着。
このまま多気行きに乗っていても、多気には次の特急よりも早く着くのですが
尾鷲で降りて、街を歩くことにしました。
尾鷲駅 Owase station
尾鷲市の玄関の駅ですが、コインロッカーも無くガランとしています。
重い荷物を持ったまま歩き始めます。
尾鷲市街たべ歩きマップ
シャッターが閉まった店が多い商店街を東の港の方へ歩いて、④を過ぎると 尾鷲観光物産協会 がありました。そこで地図をもらい、近くの魚屋さんを教えてもらいました。
※ 車で来た人は、上の地図の左の国道沿いにある、おわせお魚市場 「おとと」 で買物できるそうです。
①の 金盛丸(きんせいまる) というお店で、キスの干物 と カワハギのみりん干し を買いました。
実家に持ち帰って、夕食でいただきました。
キス は焦がさないように軽く焼きます。
白身魚なので目刺しにくらべてほのかな味わいで、食感がぷりっとしてめっちゃ旨かったです。
酒に合うし、何本でも行けそうな感じです。
カワハギのみりん干し は、軽く火であぶってから何と、金槌でたたいてから食べると美味しいそうです。
私はカナヅチは省略しましたが、それでも味付けがキスよりも濃く甘くて、ご飯と合ってとても美味しかったです。
金盛丸のカワハギみりん干し
山陰の沖ギス干物
さて、尾鷲駅にもどって、10:02 の特急 【南紀4号】 に乗ります。
尾鷲駅では列車交換が無いときは、上りの列車も改札口に近いホームに停まってくれます。
そういえば、かれこれ17年ほど前に山陰線で海水浴に行ったときに、右カーブの交換駅で特急が右側通行したことに感動したことがありました。
ドアの近くの低いフロアに、一人用の座席(注1) Express "Nanki"
この特急車両は、トイレも多機能式のすごく広いトイレです。
尾鷲を出ると、次は紀伊長島に停まり、そのあと荷坂峠を登って、山間部をひた走ります。
←進行方向 阿曽〜滝原の渓谷 Ouchiyama river at Takihara
滝原〜三瀬谷の大内山川
三瀬谷駅 10:54
三瀬谷を出ると、手前は国道42号(熊野街道)、奥は紀勢自動車道。
宮川の鉄橋を渡ります
さっきまで並行していた大内山川もこの先で宮川と合流します。
初めてこの区間を乗車したのは、50年近く前に両親にせがんで行ってもらった家族旅行でした。
小学生の当時から夢中で貝殻をひろうくせがありました。
串本から乗車した特急【くろしお1号】で、初めて食堂車に乗ってトンカツを食べました。
トンネルばかりで、雨が降り出したこともあって、この区間は退屈なところという印象でした。(注2)
今回5月晴れの日に走ると、景色が良くてなかなか素敵な路線だということに、ようやく気づきました。
多気駅
伊勢へ行く参宮線と分岐する駅ですが、ガランとしてのどかです。
多気を出ると、櫛田川を渡ります
熊野市・尾鷲市からこちら側の三重県は雨量の多いところで、川の水かさも豊かです。
11:25分、松阪で特急を降りました。
南紀4号は、左下新宮駅から出て右上へ進みます。
途中新鹿と伊勢柏崎で、普通列車と交換します。
昨年の新鹿駅を通過する南紀4号
昨年の記事
(注1) 一人用のバリアフリー座席が付いているのは、キハ85 100番台を改造した 1100番台。
(注2) 小学生のころから時刻表を見るのが好きで、特急や急行の種類が多かった当時は、ページを開くたびに新発見の連続で時間のたつのも忘れていました。
当時、特急 【くろしお1号】 は天王寺始発名古屋行きで、紀伊半島をぐるっとひとまわりしていました。
天王寺 9:10 → 串本13:47 → 多気16:10 →名古屋17:52。
ずいぶん気が長い旅ですが、当時日本海を走破した特急 【白鳥】 は、大阪 8:30 → 青森 23:40 でした。
キハ82が憧れの存在だった方も多いのではないでしょうか?
いい時代でした...
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