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8月14日(月)
夏休みで、和歌山県の岩代の海岸で遊んでいると、人の足跡ではない、人の乗り物の跡でもない足跡が、いくすじも、海から陸へと伸びていました。
足跡 ①
これは、ウミガメの足跡にちがいありません。
足跡 ②
足跡は、3〜4列あって、写真②では左下から、右方向へ進んでいるようです。
進行方向ハの字で、外側の小さいくぼみが前足、内側の大きいくぼみが後ろ足でしょうか。
足跡 ③ 邪魔物をよけながら、浜のかなり高いところまで続いています。
となりの千里の浜は、アカウミガメの産卵で有名な海岸です。
昨年おとずれましたが、波打ち際からずいぶんはなれた、高い場所に産卵されていました。
ここ岩代も、千里の浜のとなりですから、ウミガメが来ても不思議ではありませんね。
足跡 ④ 海へ戻っているようです。
無事産卵を終えられたのでしょうか?
この足跡が一番長かったので、行き先を確認しておけばよかったです。
このような足跡が、この日のこの浜には何組もあって、すべて海から上がった足跡と
海へ戻った足跡で一組になっていることが、ハの字の向きで分かります。
足跡 ⑤ ここでも上陸しています。
足跡 ⑥ 障害物にぶつかると、向きをかえています。
前の写真①〜④は、西岩代川の河口の、砂浜が広く堆積している場所ですが、
そこから西側は、砂浜が狭くなります。
写真 ⑨ これより高く登れないと分かると、産卵をあきらめて、海へ引き返します。
産卵に適した浜かどうか、上陸してからさとっているようです。
写真 ⑩ D字型に方向転換したあと、あきらめて海に戻っています。
この堤防の上は、紀勢本線が走っていて、ふだん快適に電車で通過しているところですが
海岸では、このような苦闘が、真夜中におこなわれていたようです。
ウミガメの卵は、海水につかるとダメになってしまうので、
海から離れた高い場所に産卵する必要があるそうです。
写真 ⑬ 産卵をあきらめて、海へ帰っていったような足跡
これらの何組もの上り下りの足跡は、何頭もの別のウミガメの足跡なのか、
あるいは1頭のウミガメが、何度も繰り返し産卵にトライしたのかもしれません。
千里浜のアカウミガメの産卵時期は、6月か7月が最盛期のようで、
8月のお盆の時期は、産卵よりもどちらかというと孵化が始まる頃で
ウミガメが産卵に来るには遅い時期ではないかと思われます。
この日は宿を御坊にとっていたので、岩代の浜で少し貝殻拾いをしたあと、御坊に戻りました。
夕食に、うなぎ屋「川常」でうな丼を注文したら、カウンター目の前の「日高日報」に、ウミガメの記事が掲載されていました。
みなべの千里の浜 台風でウミガメの巣穴流出 上陸254回に対して産卵は122回ですから、およそ半分は上陸しても産卵せずに海へ戻ったようです。
岩代に上陸したウミガメは、台風の高波が押し寄せても水没しないような高い場所に、卵を産みたかったのではないでしょうか。
8月のお盆という遅い時期に産卵のため上陸したのも、台風の高波が長い間つづいたことと関係があるのかもしれませんね。
日本ウミガメ協議会
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和歌山 三重
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8月14日(月)
夏休み、またしても和歌山の海へ。
昨年おとずれた千里の浜の海に、もう一度つかりたかったのですが、千里の浜は南部(みなべ)駅から遠くて、タクシー代がかかります。
千里の浜のとなりの岩代(いわしろ)だと、駅前が海岸なので、岩代へ行くことにしました。
昼前に御坊駅で特急くろしお5号を下車、コインロッカーに荷物を預けました。
御坊駅 いい天気です。
.11:50発 紀伊田辺行きの青い電車に乗ります
切目駅を出ると、海岸線が見えます。
岩代駅で、電車をおりました。
YouTube https://youtu.be/f8WVDAFCzqw
岩代駅 きれいなトイレがありました。
岩代の場所(国土地理院地図)
和歌山県日高郡みなべ町の東岩代と西岩代です。
岩代には熊野古道の紀伊路が通っていて、岩代王子という小さな社があります。
海岸へ出てから、ふりかえったときに、この神社の場所がわかりました。
岩代王子
岩代王子ふくむ切目〜南部の熊野古道の記事(チヌ太郎さん):
新古今和歌集 1910番、後鳥羽上皇の時代のよみびとしらずの歌です
※インターネットの時代なので、和歌も左から横書きですが、さて拝殿の長押(なげし)に書き記されていた歌は右から縦書きだったはずです。長押の幅はどれくらいあったのでしょうか...
スタンプは残念ながら廃止されていました。
岩代王子の前の木陰で水着に着替え、海岸へ。
海は気持ちいいです。
海岸に、2すじ一組の足跡が、海から陸に向って、通じています(2本の流木のあいだ)。
最初は人間の足跡だと思ったのですが、そうではなくて、
どうやらウミガメの足跡のようです。
切目〜岩代間を走る、特急くろしお9号
ここを通る度に、電車の窓から海の写真を撮っていましたが、今回は逆に海から電車の写真です。
YouTube: https://youtu.be/-SmJwaT5HuI
この日は小潮で、午後は少し引き潮。 波はおだやかで、クラゲにも遭いませんでした。
次回は、ウミガメの足跡について...
昨年、南部をおとずれた記事:
持統天皇の紀州行幸は、有間皇子を 偲ぶ旅:
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5月2日 三重県熊野市の鬼ヶ城を訪れました。
鬼ヶ城東入り口の看板 11時20分
奇岩が続く海岸です
観光客が多く、人が誰もいないところを撮るのは難しいので、申し訳ありません。
断崖絶壁を細い道が通じています。
駐車場近くの入口から入って、進むにつれて、人の数は減っていきます。
道幅が狭くて、海に落っこちそうで、戻りたくなります。
怖くて泣きそうになりながら、下をなるべく見ないように通過します。
高いところは苦手ですが、ここを通って熊野市駅で午後の特急に乗らないと帰れません。
熊野市の七里御浜が近づいてきて、道幅も広がり、ここまで来ればもう大丈夫です。
無事、鬼ヶ城を通過できました。
鬼ヶ城を出て熊野市駅へ向かうと、神社がありました。
木本神社 12時
熊野神社というと、本宮、新宮、那智大社と、いずれも和歌山県にあります。
下のサイトに熊野について説明されています。
熊野とは:
牟婁(むろ)郡が熊野に相当するそうですが、明治時代に牟婁郡が4つに分かれたそうです
和歌山側: 東牟婁郡、西牟婁郡 (熊野川の西側)
三重県側: 北牟婁郡、南牟婁郡 (熊野川の東側)
南牟婁郡の木本町を中心に、1954年に熊野市が発足したそうです。
熊野市:
そういうわけで、熊野市の中心は木本町で、熊野市にある上の神社は、熊野神社ではなくて木本神社なのです。
さて、余談ですが、熊野市駅にもどると、駅前に放置しておいた荷物が無くなっていました。
まあ自業自得です。熊野市駅は特急停車駅なのに、コインロッカーが無く、駅員さんも一人だけでした。
駅員の方に、「交番はどこですか?」 とたずねると
「警察署なら駅裏にありますが、そこまで行くと、特急に間に合いませんよ。
そういえば、朝、高校生が荷物を届けてくれました。」
「ああ、それです! ありがとうございます!」
というわけで、駅員の方にはご迷惑をおかけしました。届けてくれた高校生の方、ありがとうございました。
南紀6号に乗って、名古屋で新幹線に乗換え、無事横浜へ帰れました。
ずいぶん更新をなまけていましたが、ゴールデンウィークの旅はこれで終りです。
熊野古道、新鹿の砂浜、鬼ヶ城、と素晴らしいところばかりなのですが、交通がちょっと不便な場所です。
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紀勢本線沿線の家
紀伊田原駅裏
1階建ての家が多いです。台風のときの暴風雨がひどいためでしょうか。
新鹿駅裏
妻面の屋根の下の部分、幕板というのでしょうか、白色で 『く』 の字型の設計をよく見かけます。
屋根や壁の強度確保と関係があるのでしょうか。
大泊駅前
大泊駅前。1階建てで妻面軒下『く』字型白壁の家が多いです。
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5月2日 9時すぎに新鹿駅に到着。
このあと、午後の名古屋行き特急まで時間があるので、昨年の 大吹峠 のつづきで、松本峠を越えてみようと思います。
松本峠登り口の大泊まで行くことにします。
新鹿 9:40 ⇒ 9:47 大泊ホームのベンチに腰掛け、この日2度目の朝食(パンの残り)を食べました。
新宮行きの列車は、亀山 6:08発 ⇒新宮10:21着で、走行時間が長い普通列車です。
2両編成で、乗務員は運転手さん一人で、黙々と定刻運転されています。
単線の無人駅で、特急列車との交換も行われます。
波田須の海と、田植えされたばかりの田んぼ
トンネルを抜け、大泊駅で下車しました。
ここまで乗せてくださり、ありがとうございました。
4月30日 新大阪⇒串本
5月 1日 串本⇒和深、安指平見〜串本⇒熊野市
5月 2日 熊野市⇒波田須、新鹿⇒大泊
紀勢本線で利用した列車のダイヤ
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