|
切れ者ジャーナリストの切れ味鋭い文章に、第二次世界大戦後の歴史を横臥した強者達が甦る。 |
全体表示
[ リスト ]
こんにちは、ゲストさん
[ リスト ]
|
切れ者ジャーナリストの切れ味鋭い文章に、第二次世界大戦後の歴史を横臥した強者達が甦る。 |
| 日 | 月 | 火 | 水 | 木 | 金 | 土 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 1 | 2 | |||||
| 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 |
| 10 | 11 | 12 | 13 | 14 | 15 | 16 |
| 17 | 18 | 19 | 20 | 21 | 22 | 23 |
| 24 | 25 | 26 | 27 | 28 | 29 | 30 |
[PR]お得情報
721名のトルコ人兵士が戦死
1950年6月25日、北朝鮮が、韓国の兵士が境界線(38度線)を越えたと主張して開始された攻撃が、血なまぐさい戦争の発端となった。これを背景に、米国の要請により国連安全保障理事会は北朝鮮の韓国への攻撃を、以前より取り決められていた平和の侵犯として認定。
国連が、攻撃停止と紛争の平和的解決を目的として行った介入を北朝鮮は無視し、ソウル市にまで侵攻した。この侵攻を受けて、国連から加盟国になされた緊急要請において、韓国に対する攻撃停止と半島における平和と安全の確保を目的に、援助に加わることが要請された。
トルコを含む16カ国が国連要請にこたえ、各国からの軍事力をまとめて「国連軍」が結成された。参謀本部は、朝鮮半島への出征のため1司令部、3歩兵大隊、補助部隊からなる1旅団と、第231歩兵連隊に任務を割り当てた。
イスケンデル港より海路で朝鮮半島に向かったトルコ軍は、妻や、1歳にも満たない子供、父を、母を、そして兄弟たちを残し、7000キロ彼方の援助要請にに応えるため出征したのだった。
2017/1/29(日) 午後 10:47 [ 反日デモは黄色人種の恥晒し ]