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城郭電脳日記
〜倭城と日本の城郭〜

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旧永登邑城縄張図

 今回レポートするのは、前回の続編とも言える旧永登(クヨンドゥン)邑城である。

 当城は韓国巨済島の北端に位置する、永登浦倭城の北麓に占地し(詳しくは前回ブログ「№1:永登浦倭城」を参照)、遺構の保存状況が比較的良好な事から、慶尚南道の史跡にも指定されている。永登浦倭城のある大峰山を背にして、眼前は巨済島と本土に挟まれた加徳水道で、鎮海湾と外洋とを繋ぐ東側の出入り口となる海上交通の要衝である。

 この旧永登浦邑城は1490(成宗21)年に築かれたが、1592(文禄元)年、日本軍の攻撃により落城した。その後1623(仁祖元)年、同島の古県(コヒョン)邑城に機能を集約するために廃止された(沈奉謹1995『韓国南海沿岸城址の考古学的研究』、学研文化社)。

 「邑城」とは朝鮮半島の伝統的な築城様式で、多くは朝鮮時代前期の15世紀頃に、倭寇の侵攻に対抗して築かれた。言うなれば都城のミニチュア版で、集落全体を城壁で囲郭し、中央に役所があって周囲に民衆が居住している。

 城壁には「角楼(カクル)」や「雉城(チソン)」と呼ばれる横矢掛かりの突出部を等間隔に設ける。虎口を東西南北に開口するが、日本の丸馬出しに似た「甕城(オンソン)」と呼ばれる半円形の城壁を外部に向かって突出させ、いわゆる“2折れ1空間”となる。また城壁の周囲に堀を巡らす時は、城壁から数mから時に十数m程度の空間地を設けるのが特徴である。

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写真1:旧永登邑城の日本式石垣(1996年撮影)

 さてこの旧永登邑城の中心部には、日本式石垣で積まれた居館状の方形区画が存在する。この居館状遺構は1996年の踏査段階では、先行研究はおろか城郭研究仲間の情報網でも全くのノーマークであったが、“発見”の経緯はちょっとしたアクシデントが発端であった。

 1996年4月29日、筆者が所属する城郭談話会で永登浦倭城を踏査した際の出来事である。麓でタクシーを降りて永登浦倭城への登山口へ向かう途中、メンバーの一人が心が逸ってか、道順も知らないのに水先案内人よりも先へ先へと急ぎ、やがて本来の道を間違って進み始めたのであった。言葉も通じない外国で迷子になっては大変と、筆者がその後を追うのだが、相手も気が逸って小走りとなり、中々その距離が詰まらない。

 そうこうして追いかけているうちに、ふと脇に眼をやると、日本の城跡で見慣れた石垣が横たっわているではないか。最初は何故日本風の石垣があるのだろうかと不思議に思ってしまったのであった。

 石垣は法面に傾斜を付けて積み、築石(つきいし)は「割り肌仕上げ」と呼ばれる、石材を真っ二つに割った割れ口を表側に向けた積み方で、織豊期の城郭に多く見られる手法である。朝鮮半島の城郭石垣は、「あご止め石」と呼ばれる根石を水平に据えて、そこから少し後退させた位置から垂直に近い角度で積み上げるのを特徴とするが、明らかにそれとは異なっている(写真1)。

 考えるにこの石垣は、開戦当初に日本軍がこの邑城を占拠し、朝鮮側の城壁をそのままにその中央に日本式の巨館を築く事によって、日本側の城郭に再利用したと評価できるのである。同時に、永登浦倭城の山麓居館としても機能したのであろう。

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写真2:旧永登邑城の日本式石垣(2013年撮影)

 この日本式石垣であるが、1996年当時は方形区画内に古びた民家が建っており、石垣の天端も多少崩れて“荒城”の雰囲気を醸し出していた。ところが筆者が2013年4月30日に再度訪城した際、かつての民家は今風の物に建て替えられ、それに伴って崩れた天端には良く似た大きさの石材を補充していた。オリジナルの石材はそのままであったが、写真だけを見るとまるで史跡整備された城跡のようですらある(写真2)。

 ところがその後に同城を訪城された、“倭城ナビゲーター”植本夕里氏が撮影した写真を見て愕然とした。野面積み石垣の隙間にコンクリートを充填してしまって、こうなると見た目だけでは、本当に日本式石垣か否かの検証もできなくなってしまったのである(WEBサイト:夕里「倭城ナビ」を参照)。同様の行為は、釜山倭城(母城)でも見られた。

 このように記すと、倭城は日本人の遺跡だから蔑ろにされているのでは?と思う向きもあろうが、どうもそうではないらしい。路線バスを乗り継いで韓国を旅していると、古い民家の野面積石垣にコンクリートを充填しているのを時々見かけるので、かの国ではそれほど珍しい事ではないらしい。

 しかし野面積の隙間は、曲輪面に降って地中に潜った雨水を外部に逃がす“暗渠”の効果もあると聞いている。隙間をコンクリートで塗り込めてしまうと、雨水の逃げ場がなくなり、やがて石垣の孕みの原因となり、最悪の場合崩壊の危険性すらある。今直ぐの危険性はないにしろ、遠い将来に何とかそのような事態にならないようにと願うばかりである。
(文責:堀口健弐)

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