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日本人の起源

日本人の起源

日本人は何処から来たのでしょうか?
日本人は単一民族ではありません。
様々な民族の混血です。
民族の混血は何処の国でも存在しますが、日本人は更に広い範囲での混血が進んだ民族でしょう。
隣国の朝鮮民族にしても民族間の混血により生まれましたが、朝鮮民族の混血範囲は日本人よりも狭く、殆どが北方モンゴロイド間での混血で成り立っています。
では具体的に日本人の起源を遡ってみましょう。
最初に日本列島に渡ってきた人々はアイヌや琉球人に代表される原日本人です。
古モンゴロイドとの名称は欺瞞に満ちていますので、ここでは原日本人と表現しましょう。
現在はアイヌ人と琉球人しか知られていませんが、本来は数部族存在し各々が独自の言語を使用していました。
アイヌ人と琉球人以外の原日本人は後からやってきた日本人と同化し、現在は各地の伝統や方言に僅かに残るのみとなっています。
次に朝鮮半島を経由して、西方から落ち延びてきた超人類移民団の末裔の集団が旧人類に追われるようにやってきました。(超人類再移住派末裔の発祥は古代文明を参照)
彼らは最終的に極東の最果ての地で安住の土地を発見したのです。
また、当時の朝鮮半島には先住民族の北方モンゴロイド系住民が僅かしか居住していませんでした。
そして、日本列島の原日本人は旧人類の中でも性質は温厚であり、彼らもまた旧人類社会に馴染めず東へと逃れた意味では超人類再移住派の末裔と同じでした。
超人類再移住派の末裔の集団は南朝鮮の任那と北九州に王国Amhta国を築きました。
この名称は時代と共に転化していますが超人類の言語の”Amh”即ち”生命の中心”の意味を持っており、阿弥陀と同じ語源でもあります。
そうです、このAmhta国が邪馬台国や大和と称されているのです。
Amhta国の勢力は南朝鮮と北九州及び中国地方までに及びました。
その間にも各民族の大移動は進み、超人類再移住派末裔の集団の後に朝鮮民族が朝鮮半島に大挙して居住するようになりました。
更にその後を追うようにツングース系民族も南下してきました。
こうして、百済や新羅や高句麗等の国家も生まれました。

朝鮮民族と原住の北方モンゴロイド系民族と日本民族の複合民族国家であった百済は当初はツングース系民族の国家である高句麗の属国でしたが、Amhta国の勢力が強まるにつれAmhta国に靡くようになり、最終的にはAmhta国に吸収されます。
その後、朝鮮民族の国家である新羅及び原日本人の国家が乱立していた南九州の諸国もAmhta国の保護国となりました。
Amhta国は積極的な各国王族への政略結婚を繰り返しAmhta国の文化と言語は百済及び南九州全域にも広まりました。
これが日本語の発端です。
その後、Amhta国の勢力は東北を除く日本各地に及ぶまでになりました。
しかし、隆盛もそこまででした。
王位継承問題で王都北九州で騒乱が起こり、中央の勢力が弱まりはじめたのです。
遂に、王族は北九州と出雲に分かれ長い反目が続くようになります。
それに乗じたように、朝鮮半島で分離独立紛争が生じるようになりました。
これには、大陸での混乱も原因として上げられる事でしょう。
その後、王都の騒乱は和解により落ち着きましたが王都は忌諱された土地とされ、奈良の山奥に移りました。
新羅はその間に混乱に乗じた結果、Amhta国から離れていき、遂には縁を切り唐に恭順しました。
対照的に、当時既にAmhta国との強い絆で結ばれていた百済は新羅の属国勧告にも応じませんでした。
それにより唐・新羅連合軍とAmhta国・百済連合軍の戦が始まり、百済は最初に滅ぼされる運命を辿りました。
その後、Amhta国の一部であった任那が唐・新羅連合軍に平定されるのは時間の問題でした。
Amhta国王都からも朝鮮半島に大軍を送りますが惨敗を帰します。
それが天下分け目の白村江の戦いです。
この決定的な惨敗によりAmhta国の勢力は朝鮮半島から完全に消え去り、百済や任那の多くの人々は日本列島に落ち延び、日本語を話す人々も朝鮮半島から居なくなりました。

確かに、滅亡した高句麗や存命した新羅にも多くのAmhta国出身者、即ち日本語を話す人々が王族及び側近内に存在しましたが、新羅が高句麗も滅ぼし次第に土俗の言語や唐の影響を受けるにつれ最終的には日本語も日本人の存在も時代と共に忘れ去られていきました。
この一連の時代の流れの間にも極少数の南方系や北方系のモンゴロイドが日本列島にやって来ていた事も付け加えておく必要があるでしょう。
また、ユダヤ十支族の末裔が日本列島にやって来ていますが、これは以上の流れからすれば非常に少数の集団にしか過ぎませんが、政治に関与し歴史に影響を残した点では大きな意味があるでしょう。(ユダヤ十支族の末裔については古代大戦を参照)

日本人のミトコンドリアDNA解読は如何なものでしょうか?
遺伝子を中国人や朝鮮人と大別して日本人にどれだけ中国人や朝鮮人の遺伝的特徴が入っているかと論じる行為は科学的とは言えません。
それ程、繋がりを感じたいのでしょうか?
それとも中国が中心で文化や民族は中国から広まったとの説を断定付けたいのでしょうか?
歴史家が過去に学んだ説を認めたい気持ちは分かります。
若かりし頃の洗脳は中々溶く事が難しいものですから。
しかし、そこに強引さはありませんか?
中国も日本と同じく広範囲での他民族国家です。
朝鮮も北方モンゴロイド内と遺伝的範囲は狭いのですが、多くの民族の血が入っています。
我々の遺伝子解読では大勢の朝鮮人の遺伝子が日本人に入る割合は11%、中国人の中の漢民族の遺伝子の割合は16%、原日本人の遺伝子の割合は28%、超人類の遺伝子の割合は26%、南方系モンゴロイドの割合は8%、北方モンゴロイド系が11%となっております。

ミトコンドリア遺伝子の僅かな違いを喧伝する行為には加担出来ませんが、違った見方を持つようにする事は必要でしょう。
旧人類及び超人類との遺伝的差異も僅かなのですから。
ただし、真実を語る事と曲解で自尊心を保させる事とは違うのです。

さて、文化は本当に一方的な流れだったのでしょうか?
古代日本の大陸への影響力や秀吉の朝鮮出兵や大日本帝国の時代でも文化は西から東へ流れていたのでしょうか?
文明や文化とは長い年月をかけて、お互いが影響しあって成長するものなのです。
一方的な流れを求めて優越感を味わう行為は慎むべきでしょう。

http://www.medianetjapan.com/2/20/lifestyle/mitwirkende/neuemensch/kotoba/filename.html#onnen

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