徹底検索、堀進

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魂の法則1

逆恨みや、身勝手な思いこみから、自らの尊い人生を放棄する者も少数ながら存在する。自らの今生の生命を絶つことである。この転生のプロセスを深く読み、どんな苦難に出合おうとも、生き抜くことが大切だと言うことを気づくだけでも、その価値は大きい。とにかく、生き抜くことである。魂の法則、大摩邇

我々全員には、魂を指導し守護してくれる、高度に進化した個人的なガイド霊がついているのだ。宗教では「守護神」と呼ばれる者だ。この存在は、多くの低級霊を束ねたよりも強い力を持ち、正しい道へと我々を導くために、常に我々の傍にいる。その気になれば、絶えず邪魔しようとしている低級霊たちなど、簡単に追い払ってしまえるのだ。
多くの場合、人はこの援助を欲しがらず、本人の自由意志が尊重されているので、「守護神」は自分の生徒がつき合いたい仲間と一緒にいることを容認し、生徒が再び意見を聞きたくなる時まで待機するのだ。

高次で善意ある霊魂と通信するには、自他の魂の改善にその交信を役立てたい、という誠実な思いを持つことが一番確実なのだ。気高い気持ちや思考になると、チャネラーとその周りには高い波動が生じるので、善意を持たない低波長の霊は近寄れなくなるのだ。

低波長の霊は、自分が波動を下げた時にだけ同調してくる。魂の弱点や欠点のスキをつかれて、つけ込まれるのだ。有害な感情や「愛の法則」に反する行為などが、つけ込まれるきっかけとなる。

霊体を見ることのできる霊視霊媒と、彼らの話を聴くことのできる霊聴霊媒がいる。直感霊媒は霊感を与えられて、直接頭の中で霊的メッセージを受け取る者だ。憑霊霊媒は、自分の身体や感覚の全体または一部を、肉体のない霊が物質界で具現するために一時利用できるように貸したり受容する者。

進化途上の魂にも同じことが言える。解答を直接あげてしまったら、自力で霊的な試練を解決しようとしないので、進歩がない。怠慢になり、ガイド役が自分の問題を解決してくれるのを待つようになるだろう。

身体が眠っている間、魂は物理次元をしばらく離れて霊的次元に行くのだ。そしてそこでガイドや親しい者に出会って、日々の諸問題を解決するために手を貸してもらい、頑張る気力を貰う。つまり、意識はしていないが、夜の間に皆がアストラル体で旅をしているのだ。
大抵の人は、睡眠中の霊界との交流体験をはっきり覚えてはおらず、夢として大まかなイメージや記憶が残る。夢には、覚醒状態では理解しずらい事柄を明確にしてくれる霊的な援助が、暗号化されて含まれているのだ。
元気でいるには、充分に睡眠を取ることがとても大切なのだ。良く眠れないと霊界と直接交信できなくなって、物質界の試練と向き合うための助言や活力を受け取れないからだ。

瞑想も有効だ。霊的観点から言えば、瞑想は、日常の問題から頭を解放して内面の声が聞けるような冷静な状態に達することだ。それは、自分の欠点を見つめ改善し、気持ちを大切にし始めるのに役立つ。
瞑想は、自分自身を知るために自己分析をすることでもあり、いつ我欲のままに行動し、いつ心に従って行動したかを認識できる。それが分かるのであれば、どんな瞑想法を用いるかは、重要ではない。見栄えが良かろうが悪かろうが、構わない。

霊界から助けてもらうにはどうしたらいいのでしょう。とても簡単な事だ。ただそう頼めばいい。心からの願いをテレパシーで霊界に送って、何が起こるかを待てばいい。ただ単純に、自分の状況や必要なことを話して、助けを頼むのだ。これが本当の祈りなのだ。神やイエスや聖母を崇め祭るお祈りを何回となく繰り返すのが祈りではないし、それは君たちとっても霊界にとっても全く意味をなさない。、大摩邇
「愛の法則」に反して行動している者のオーラは汚い。つまり、色が不透明だったり濁っていて、それぞれの色が黒と混ざったようなのだ。情緒的に落ち込んでいたり病気の場合もオーラの輝きは減少する。

アストラル体は、輝いていて半透明であるとのことですが、それなら見ることができますか。適切な訓練をすれば、肉体からはみ出ている通常オーラという名称で知られる、アストラル体のエネルギーを見ることができるようになる。中には自然にこの能力が発達した人もいる。

両親から継承されるのは遺伝要素の90%で、肉体に宿る魂は、アストラル体の遺伝的な構造を通して残りの10%を寄与する。

アストラル体は、外見は人間の身体に似ているが、光り輝いていて半透明である。実際には、太陽からの高周波の光で活性化されたヘリウム・アルゴン・キセノン・クリプトンという四つの貴いガスを組み合わせた、ガスエネルギーの流動体で構成されている。

物的な肉体は、実を言うと、アストラル体の構造で決定された型やタイプを基に成り立っているのだ。そしてアストラル体は、メンタル体を構成した型が基になっており、メンタル体は、霊体が示した型に基づいている。メンタル体は、霊体とアストラル体を橋渡しするもので、アストラル体は、肉体と上位の二体とを繋ぐものだ。

霊体・メンタル体・アストラル体は、日本的に伝えられてきた言葉で置き換えるなら、霊体・精神体・幽体と言ったところであろう。幽体とは、いわゆる幽霊の身体である。

菜食主義者に何かの栄養が不足するということはない。豆類は、肉からは採れない豊富なたんぱく質の源なのだ。菜食は基本的栄養素が欠けるどころか、全くその反対で、より健康的なのだ。菜食主義者なら、肉体器官の中で肉が腐ることから生じる多くの病気を予防できるし、進化上自分に似た存在を食べることでアストラル体の波動が狂い低下してしまうのを避けられる。

大多数の者が動物の苦痛に敏感になって、彼らが進化上では肉体的にも霊的にも類似する兄弟のような存在なのだと気づけば、動物を奴隷化したり虐待したり、殺して肉を食べたり皮で服を作ることなどを止めるだろう。

進化を後戻りさせることになるので、人間から動物への転生は不可能だ。

動物界は、初期の単細胞から多細胞へと変化した。時間が経つと脊椎動物が現れ、その中に魚類がいた。魚類から両生類が、両生類からは爬虫類が進化し、爬虫類からは鳥類が、鳥類からは哺乳類が、何百万年という時間をかけて進化した。

魂は進化すると神に近づくが、個性を失うことは死ぬに等しいことなので、神と融合して個別性を失うということはない。むしろ、その魂の意志が益々創造主の意志に近づき、自発的に神聖なる計画の一部となるのだ。、大摩邇

どの惑星もエネルギー的に対応するアストラル球体と繋がっている。これは物理的な惑星の上に覆い被さっていて、大きさはずっと広いもののずっと繊細な性質をしている。物理的な惑星がコーヒーの豆粒ほどの大きさだとしたら、アストラル的惑星の大きさはサッカーボールに相当する。だがエネルギーの性質上、コーヒー豆はサッカーボールの中心となる。
アストラル界には様々なレベル、つまり密度の異なる色々な波動層があるが、物理的な惑星の表面に近い層が最も濃密で、繊細になればなるほど表面からは遠ざかる。
アストラル上層の霊魂たちは、魂の目的が何であるかを完全に自覚しており、意識的な進化の段階にいる。彼らは、自己の意志と努力の全てを霊的な進歩に向けており、多くの場合に気づいてもらえなくても、進化の劣る他の魂の進歩を手助けすることに注力する。
「悪者」は知力のみにおいては進歩したが愛に関してはほとんど成長していない、怠惰な魂、と呼んだ方が良かろう。
高次元の魂ほど自由に動き回ることができ、君たちが沼地を歩く時のような不快感はあるものの、下のレベルに降りることができる。下層の魂は自己の波動レベルを高めない限り、自分より上のレベルに行くことができない。霊的に進化した時にのみ、そうできるようになるのだ。それゆえ、違うレベル間での魂の交流は、常に、より進歩した者が低い域に降りることで成り立つ。

純粋に霊的な世界と物質界との間には、濃度の中間的な階層が存在している。一番希薄なものから最も濃密なものへと、順に、霊界・メンタル界・アストラル(エネルギー)界・物質(物理)界にまとめられ、その各々に特性があり、独自の法則がある。

転生している時より霊界にいる時の方が、現実をずっと良く自覚しているのだ。一種の混乱期を経るとは言え、魂は霊界で真の生を見い出し、色々な事を自覚するのだ。霊界は君たちの世界以上に実体のあるところ。君たちの世界というものは、霊界の実像が歪められて投影されたものに過ぎないのだ。

魂の目的は、愛と叡智において果てしなく永遠に進化し続けること。愛なくして進化はない。愛なくして叡智はない。愛なくして幸福はない。進化は、各人の意志と努力にかかっている。

この人生で出会う状況は偶然の産物などではなく、前世の行為の結果であること。我々は生まれる前から、今生で取り組む試練を知っていて、それらを上手く乗り越えようと周到に用意してきたこと。

僕は何のために生まれたのでしょうか。 君は進化するために来たのだよ。エゴを愛に変化させていく過程を、私は進化と呼ぶのだよ。進化とは、愛について学ぶことだ。
憎悪、戦争、飢餓、貧困、苦悩があるのは進化のためだ。これらの災いは全て、愛の欠如、つまりエゴと呼ばれる同一の源から生じたものだ。各人のエゴが集積すると、現状のようにこの世を完全な地獄にしてしまうが、それぞれのエゴが愛に変わって合わされば、この世を天国に変えられる。、大摩邇

神は、生き物が自由に体験し、間違いから学べるのを容認している。この世の悪は、神から生じたものではなく、霊的法則を知らないために他の被創造物を傷つける、進化の途上の者が生んだものだ。

我々は、創造されたのではなく悠久の時から存在し、今後も永遠に存在する、全存在物の法則と規範を定めた最初の創造主を認めなければならないこととなるのだが、それが神なのだ。

神の作品を見たことがないのか? 宇宙、生命、君自身だ。神はこれ以上君に近づけないほど近いところにいる。だが神は、自分を認めろとか心を開けとかを強制しない。君自身が神を感じたい、気づきたいと思わなくてはならない。

物質界で独りだと感じられたとしても、霊的世界においては、決して独りになることなどない。この繋がりを発見し、その繊細な扉の向こう側に本当の生を発見するのは、一人ひとりにかかっている。だがその扉を開くことができる鍵は、愛情だけなのだ。
真心を込めて願えば、君たちの感受性を目覚めさせ、君たちの苦悩を癒してくれる助けが得られるだろう。だが、それを受け取るためには愛を阻む鎧を自分で脱がなくてはならない。一人で孤立していたいと願う者には、その意思が尊重されるからだ。、大摩邇

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