徹底検索、堀進

あちこちの優れた情報を引用させていただいて載せます。詳しくは本文を。

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体験例違う人生1

ダウン症の金澤翔子さんはIQが低い。だが、翔子さんに書道家であった母親が書道を教えた。書道にIQは関係なく、味わい深い書を描くことができる。
翔子さんは母親ではなく、新しい師についた。
翔子さんは知恵遅れであるがゆえに、神に最も近い。大きな欠点があるがゆえに。
一点の曇りもない聖天のもとに生きている。感謝だけの人生になった。TV

野沢道生。ヘアデザイナー。
一目見ただけでその人に合ったヘアがわかる。数多くの弟子を持つ。若い女性だけでなく、年配女性のヘアも切る。福島被災地にもボランティアで行った。コミニュケーションの手段として、あっという間に切ってしまう。世界的なショーでは斬新なヘアで注目された。

河除静香さん。子供の頃から、動脈が浮き出る奇形で、アヒルのような口になり、いじめられ続けた。母親は静香さんに明るくふるまうように指導した。現在は二児の母となり、醜さを逆に利用した一人芝居をして全国を回っている。NHK

韓国で天才少女として話題になっている女子フィギュアスケートのユ・ヨン(YoungYou)。五輪での金メダルを目指し、1日6時間の過酷な練習に励む彼女は、目標達成のためならどんな努力もいとわない覚悟を決めている。1月に韓国の全国選手権を史上最年少で制したユは、引退した氷上の女王、金妍児(Yu-NaKim、キム・ヨナ)さんの後を継ぐと評される逸材だ。

永崎裕麻さんはシステムエンジニアをしていたが、この先、幸せはないと感じ、フィジーに移住。何事もあいまいでテキトー、車を買ったら近所の人と共有になる。過去を反省せず、未来の心配もしない。世界一幸福で「テキトー」な国フィジー。大摩邇

人に言われたからやる。誰かに褒められるからやる。お金をもらえるからやる。どれもスタートが違う。
まず大切なことはあなたがやりたいかどうかだ。人に評価されてもあなたがやりたいことでなければやってはならない。
人から褒められることを目的に自分の行動を縛ってはならない。お金のためにあなたは生きているわけではない。
やりたいという気持ち。それがとても大事。
自分の心のままに生きよう。そのためにあなたはいるのだから。http://ameblo.jp/oranger13/

曲直瀬道三(まなせどうさん)戦国時代の名医。幼少の頃、母は病気で父は戦で死んだ。名医と出会い、数年間、その師に学んだ。医者としてどんな患者も治した。治療代の代わりに芋や野菜を受け取った。誰からもしたわれた。数百人の医者を育てた。

松尾悠さんは筋ジストロフィで寝てばかりいた。余命半年と言われた。友人たちが来て励ましてくれたりパンチクラフトという美しい芸術品を創ることを教えてくれた。今は食べるのも忘れるほどパンチクラフトにのめりこんでいる。できた芸術品は友人たちに贈ったりしている。NHK教育

※毎日、料理のコツの情報を集める。ネットからもテレビからも本からも、徹底的に情報を集める。それを項目ごとに分ける。自分でその料理を作って、間違っていたら削除する。それを五年も続ければ、あらゆる料理の達人になれる。
何十年もかけてコック修行して編み出した料理のコツを、たったの数分で知ることができる。

小山明、博久兄弟は二人で自動車整備をやっている。ここに車を預けると、ポンコツ車も新品同様になる。実際に乗ってみて、どんな不具合も逃さない。休みには各地に回り、整備に役立つ器具を買ってくる。自動車レースの人たちも車をここに預けレースに勝つ。そんな兄弟も最初は全くものにならなかった。テレビ

鶴岡のおじさん。ある小学校に匿名で、毎月数千円の寄付し続けたおじさん。ある小学校で大変に図書室にある本の数が少ないことに気付いたおじさんが、それ以来、毎月数千円をある小学校に匿名で送り続けている。テレビ

佐藤さんは認知症になった。始めは絶望的になったがある工夫によって希望が持てるようになった。どうしたら失敗が防げるか工夫帳を付けた。携帯に書き込んだり、撮影したりして記録した。記憶はないが記録が残る。ボランティアもしている。認知症者なりのことができる。不便ではあるけれど不幸ではない。認知症になってから積極的になった。NHK

たいこ茶屋の嵯峨さん。1100円で魚料理食べ放題。魚市場の仲買人が嵯峨さん用の魚を残しておいてくれる。インターネットで安いものがあったら買う。とても繁盛しているが安く売っているため収支トントン。太鼓を叩いて一部無料にする。テレビ

チベットの光
ミラレパは、北宋時期の十一世紀に生きた人である。人々ともに各種の法術を学んで見返りを期待しても幸福を得られなかった。しかし良師に出会ってからは、苦しみながらも法を得て実修し、数々の苦難を経験し、最後には大きく解脱した人である。
ミラレパは、修煉して大神通に到達し、天を飛翔したが、大悪人が彼を傷つけようとしたときでも、慈悲で対面できた人でもあった。私は以前によく思ったものだが、修成して解脱してこそ、そのような慈悲と度量をもつことができ、世間をでて稀に見る慈悲を表せてこそ、解脱したと言えるのではないだろうか。
ウェンシー(ミラレパ)は何不自由なく暮らしていた子だった。ウェンシーの父親が死亡した後、叔父夫婦がその貴族的な財産をかすめとり、ウェンシーの金銭を奪って、皇帝のような生活をし、そのうえウェンシー兄妹に労働を強いて、衣食を与えなかったのである。
母とウェンシー(7才)と妹は極貧の生活になった。15才の時、叔父夫婦に追い出された。母は叔父夫婦をひどく恨んだ。それに子供たちは同調した。
ウェンシーは呪術を学びに行った。そして、人を殺す方法などを学んだ。
それを学び終えたとき、叔父夫婦以外の身内35名が死んだ。ウェンシーの母はウェンシーの呪いだと言いふらしたので、村人はウェンシーと母を殺そうということになった。
別の人からひょうを降らせる方法を学んだ。学び終えたとき、村にひょうが降り麦が全滅した。
ウェンシーの大悪人がやったに違いないと村人達がウェンシーを殺そうと思った。
ひょうを降らせる方法を教えた師が村人たちを脅したので、ウェンシーは助かった。
「私はきっと地獄に堕ちる」。彼は常にそう思うようになり、その恐怖が波のように彼に押し寄せた。
ロンツァ地方に、「マルバ釈師」という人がいた。彼はインドのノノバ尊者に直接師事し、大きく成道した尊者だった。ウェンシーは、「マルバ釈師」の名号を聞くと、心の中に言い知れぬ喜びが湧いてきて、涙が止まらなかった。彼は、マルバ尊者を師父とすることに決め、さっそくロンツァ地方へと足を運んだ。
ウェンシーは尊者の願いである地方にひょうを降らせて麦を全滅させた。また、尊者の願いである地方に内乱を起こし、多くの人を殺した。
尊者に正法を教えてほしいと頼んだが、「君はそんなに大きな罪を犯しておいて、まだ私に正法を求めるのか?全く笑わせる。」と教えてもらえなかった。
尊者が山頂に石屋を建ててくれと言ったので、ウェンシーは来る日も来る日も石を山頂に運び石屋を建て続けた。今度は石を元の所に戻してくれと言った。石を戻した。
西の山に階層のある家を建ててくれと言ったので、それに従った。それをも壊し、数多くの建物を作っては壊した。背中にできた傷は耐え難いものになった。それでもなお、やれと命ぜられた。大紀元

癌を100%治す治療法を開発した医者。
ライフ博士は、専門分野をいくつも独学で身につけており、それまでの科学の枠にとらわれない答えを直感で探し当てることができる科学者でした。新しい技術が必用とされるときに、ライフ博士はすべて自分で機械を発案し、設計していました。
見ることのできた微生物のうち75%は、紫外線を使ってのみ観察できる。ヘテロダイン(周波数を変換する技術)を使い、この問題を解決しました。
ライフ博士は、その姿を視覚化させるのに用いた技術と同じ共振・共鳴の原理を用いて癌のウイルスを破壊することに応用したのです。http://www.thinker-japan.com/life.html

ハイデマリーさんの一切お金を使わない20年間の生活。お金は一銭残らず他人に与えて、家も財産もない生活を始めたのだ。家事や庭仕事など住み込みの労働をする代わりに食糧と生活必需品を得て、「金銭は一切もらわない」というルールを作り実践した。店の掃除をする報酬として果物と野菜をもらい、眼鏡屋さんが飼っている猫の世話をして眼鏡をもらい、旅行へ行く友達の家の留守番をすることで暫く住む場所を確保した。大摩邇

イギリスで孤児院を五十年間運営していた人は、孤児たちに一度の飯も欠かした事は無いと言ってたな。その人は最初は自分のなけなしの財布からお金を出して孤児たちを養っていたんやけれど、お金が底を尽きもうこれまでやと思って神様に、「私のお金がもう底を尽きました。これ以上孤児たちに食事を与えることが出来ません。どうか、あなた様のお力でこの孤児たちを救って上げてください。」とお祈りすると、誰かがドアをノックしてたくさんの野菜などの食料を置いていたんや。またお金を寄付したり、何か食べる物を寄贈したりする人が毎日のように現れて、五十年の間、奇跡の毎日やったと言っておられたな。大摩邇

中国のある村で盲人ともう一人は両腕のない人たちが1万本の植林をし、洪水を防ぎました。世界の裏側ニュース

必要最小限のモノで暮らす「ミニマリスト」の生活とは? 先月12日に発売された佐々木典士さんの書籍「ぼくたちに、もうモノは必要ない。」が、5万部を突破するヒット作になっている。部屋に置く物を自分にとって必要最小限にする「ミニマリスト」の生活を提案するもので、物を減らすと思考や生き方も変わってくるのだという。なぜ人々は、「ミニマリスト」生活に惹かれるのだろうか。ヤフーニュース

本田静六氏(林学博士)(氏は大学教授として勤める傍ら独自のスピリチュアルな生き方を貫き、莫大な財産を築くが、定年退官と同時に全財産を匿名で寄付し、自らは簡素な生活を続け、370冊を超える著書を著しています。今のままでも、「神の理(ミチ)を進むものは嫌でも金がたまる」(日月神示)のです。一厘の仕組

堀文子という方の生き方を知った。大正7年生まれ。現在96歳。その歳にして、尚、創作に取り組む日本画家である。彼女のモットーは、「群れない 慣れない 頼らない」。そして、現在兵庫で開催されている展覧会のテーマは「一所不住・旅」。自立していることを重んじ、自然の中に身を置き、住まいを移ろい、ひたすらにいのちを観察し、それを作品にしてきた。60歳を過ぎてきからの海外放浪。70歳を超えてからのイタリア在住。
歳をとることは忙しい。分からないことがどんどん増えてきます。今まで知ったふりして分かったふりしててね、いずれちゃんと考えようと思ったことが溜りにたまってますから。」堀文子、るいネット

ある人は世界一美味しいケーキを作ることを目指し、ついにそれを達成。今は3人の弟子を従え、気が向いたときしかケーキを作らないという超わがままなケーキ屋を営んでいる。美味しいケーキを作ることにしか考えが及ばないというバカ。アスペルガーにはぴったりの生き方。

パッチ・アダムス。若い時に何度も自殺未遂を繰り返し、任意で精神病院の閉鎖病棟に入院する。精神病院で患者が薬漬けにされ、医者や看護師たちに威圧的に扱われる現実を患者として味わう。精神病院の入院患者たちを笑わせている時に、彼らの心が開き、状態がよくなることに気づく。精神病院の中で「人を笑わせて治癒する医者になる」ことを決意。米国ヴァージニア医科大学に入学。「笑う」ことにより、病棟の患者たちへの薬の投与量はどんどんと減り、症状が改善する人たちも増えていった。死を遠ざけるのではなく、生を高めるのが医者の務め。死ぬ人すべてに短くても楽しい生を。
多くの人たちは「何らかのキッカケ」で、人生の力強い変転を迎えるわけで、例えば、日本最初のヨガ行者、中村天風なら、そのキッカケは「重い結核」にかかったことですし、パッチ・アダムスなら、「自殺未遂を繰り返して精神病院に入ったこと」です。InDeep

インドの「スーパー30」学習塾は、英ケンブリッジ大に合格したものの、家庭が貧しくて進学を断念した経験を持つ数学講師アナンド・クマールさん(42)が、「貧しくても優秀な子にチャンスを与えたい」と2002年に開設した。試験で選抜した生徒30人を無料で1年間鍛える方式で、目標は、卒業すれば世界各国のIT企業から引く手あまたの名門インド工科大(IIT)。これまでの12年間で計360人中308人がIITに合格した。ヤフーニュース

森田さんはうどん店を経営している。15歳で高校中退し、うどん店の弟子となる。うどん店を開業した当初は客が全く来なかった。数多くの工夫研究をし、次第に上手になった。今では10人以上の弟子を育て、行列ができるほどの人気店になった。うどんと少々のねぎだけののもの。弟子が作ったうどん生地を手直しして出す。NHK

吉田克也さん(28)は一昨年11月に東京・世田谷から自転車でリヤカーを引いて移住してきた。ネットで検索して見つけた140平方メートルの空き地を45万円で購入。業者に依頼して井戸を掘り、最低電流の電気も引いた。テントで暮らしながら、近くのホームセンターで建材を買い、ネットに掲載された建築の方法を参考にして毎日少しずつ建設。約1カ月で4畳ワンルームの小屋を完成させた。ここまでの出費は計約90万円。普段の生活も質素だ。水道代は無料だが、電気代は月約400円。日々かかるのは食費がほとんどだが、家庭菜園で野菜を作ったり、近所から食料品を分けてもらったりも。締めて月3万〜5万円ほどの出費だ。大摩邇

※絵を描くアイデアがひらめいたら、それを実行してみる。何かのアイデアがひらめいたら、それを実行してみる。モノになそうなら更に深く掘り下げる。今はただただ、情報を集めるのみ。優れたタネをまいたら、優れた実が成る。何か一つ、逆転ホームランを打ちたい。
絵を描くのが下手な画家。まともに絵を描くのではなく、画期的なアイデアで今までにない絵を描く。絵の描き方の発明家になる。

カンボジアのプノンペンには多くの路上生活者がいて、その日暮らしをしている。多くはゴミ捨て場のゴミから資源をあさっている。強烈な匂いと熱気でそこから逃げてしまいたくなる程の所だ。1日中働いても50円にしかならない。やっと一食食べられる程度。四才位の子もそこで裸足で1日中働いている。なわ

ゴミを一つ捨てる者は、大切な何かを一つ捨てている。ゴミを一つ拾う者は、大切な何かを一つ拾っている。志賀内康弘氏は、1年間に10万本の吸殻を拾って歩いていました。毎日300本です。それも75歳になってから始め、10年後の85歳になった時、100万本を達成しました。一厘の仕組

※ある想いで有頂天になったとき、瞬間的に神の音楽のようなものが聞こえてきた。全く混じりけのない純粋なカネの音のような音だった。そのような楽器はまだ地球上には作られていない。神の楽器で奏でる音楽はどれもこれも心を洗う、心に響く。

※猫の餌をよく食べるようになった。腹が減っているときに食べると空腹をいくらか満たしてくれる。別のメーカーのものを食べると味が違う。猫の餌ではなく人間の餌を作ってくれないかな。米ぬかとおからと野菜を混ぜたビスケットのようなものを。

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本日も沢山の記事を集めてくれてありがとうございます。
なるほどと思う事ばかりです。
大変な作業でしょうがお体に気をつけて頑張って下さい。

2016/2/28(日) 午後 7:47 [ chikota ]

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コメントありがとうございます。
真実を明かされると快く思わない人たちがいて、脅されています。
対決するのでなく、できるだけ、調和しようと思っているのに残念です。

2016/2/29(月) 午前 9:55 [ hor*s*sum*8 ]


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