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「ホルン」の名器を生み出したドイツ工房「クルスペ」について書いています。
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「ファンタジー」・・・とお断りしつつ書いてきて良かったことも多々あります。つまり、いろいろ調べた結果、こうではないか?そうではないか?と、自分勝手に空想し、クルスペ工房の過去を語ってきましたが、(もちろん多くの資料や楽器そのものを何十本と吹いて来たという自負も・・・なくはないのですが・・・)やはり、そこは事実と違っていた・・・なんてことがあります。過去いくつか書いてきたものの中には、明らかな間違いもあります(修正も考えましたが・・・ま、当時、自分はこう思っていた、という記録も残す意味でそのままにしてあります(^^;)。今回分かったのは、ベルの彫刻の問題です。クルスペの大きな特徴(一番大事な音色には関係ないのですが(^^;)、また考え方によっては、大きな「魅力」と成り得る、ベルへの彫刻。特に鷲がホルンを咥えたマークには心惹かれるものがあります。しかもこれが年代によって大きく変わるのです。もちろん最初の頃は名前と創業地名のエアルフトだけでしたが、その内、宮廷御用達(のようなもの)だの、マーク保護だの、登録商標番号だのが増えていき、雲のようなマークで囲われ、そしてついに鷲がホルンを咥えたものが彫られるようになりました。鷲マークは、最初は小さく、だんだん大きくなり、一時中くらいになったあと、また大きくなり、戦後になると、大きなマークから小さくなり、ついには鷲が飛び立って、いなくなってしまいました(^^;。もっともシンプルなのは、1890年代、創業者(正しく言えば、創業者の長男)のエドワルドの時代のマーク(写真左)か、東独時代終わり頃のシュナイダーのマーク(写真右)でしょう。これ以上はシンプルにはできないくらいシンプルですね(^^;。これらの彫られた模様である程度の年代が分かります。私に取っては楽器が作られた年代を判定(^^;するのにもっとも分かり易く、もっとも確実なものだと思っていました。概ね20年前後の間隔であれば、ほぼそれで間違うことはないのですが・・・・・後年、昔の彫りを現代で真似した場合があるということがあります。実はそういう事例があることは、承知はしていました。例えばヘルドマン氏の時代であっても、某日本人ホルニストの要求で、この時代のこういうマークを彫って欲しい、とリクエストして、その通りに彫ってもらった事実があります。これは実際にその方から聞いた話であり、現代の話ですので(と言っても、もう30年近く前の話になりますが(^^;)間違いはありません(もちろんその楽器も残っています)。ですので、そういうことが他もあって良いと考えなかったところに私の浅はかさがあります。彫物で判断せず、ベルそのものの作り方から見ることができるのは、楽器を作れる職人さんだけです。我々素人にはおよびもつかない「職人の世界」です。彫物はある程度真似ができますが、ベルそのものの作りは、なかなか真似は難しいそうです。実はそういうベルも何種類も存在します。欧米でホルンの修理というのは「直す」より「交換する」ほうが手っ取り早い修理方法です。特にマウスパイプは一番傷む部品ですので、古いクルスペは、欧米では違うメーカーのパイプが付いてくることが非常に多いのです。実はそれと同じくらい傷むのはやはりベルでしょう。ですので、当然ベルも「交換する」があってもいい訳です。そのベルにそれなりの彫刻を施しても不思議はありません。実際、年代の判断は非常に難しいです。ただ、いつ頃作られたのを知りたくなるのは使う立場の人間からしたら、非常に興味あるところです(あ、もちろん興味の「一部」ですよ!)。今後も目を肥やして行きたいと思っております。何事も勉強!勉強ですね!!!最後に私の師匠の名言(迷言?)を・・・「昔のクルスペは鷲が飛んでいたが、最近のはスズメだな!これがそのうち飛んでって、最後は誰もいなくなった!だな!」(ちなみに1970年代後半の名言です(^^;

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プレホーナーとはなんぞや!ということで再び考えていきたいと思います。前に書いたブログ(クルスペファンタジー -74-「再考・プレホーナー」参照)と重複する部分も多々ありますが、おつきあいください。アントン・ホーナー氏はドイツからアメリカへ渡り、のちにフィラデルフィア管弦楽団の首席ホルン奏者として活躍し、多くの有名な弟子を育てた名伯楽であるとともに、クルスペという楽器をアメリカに持ち込み、アメリカホルンの礎を築いた人でもあります。彼がクルスペ工房に作らせた楽器がホーナーモデルです。これはフリッツ・クルスペの時代にグンベルトが考案した世界初のダブルホルンを進化させ、フリッツ自身の名を冠したフリッツモデルを更に改造したものです。フリッツモデルとの大きな違いは、表側にFのチューニング管が付いたことだけで、他の巻方は基本変りありません。当時はFBのロータリーを120°に通していたため、1〜3番のロータリーほど大きく作らず、小さなロータリーを別に作っていました。そのためかどうかは不明ですが、FBロータリーはアクション部が表側にくる逆転型のロータリーでした。アレキサンダーのモデル103がFBロータリー逆転型ですが、それ以前にクルスペのダブルはこの形を採用していました。フリッツモデルの中にもこの逆転型のFBロータリーがありますので、それがそのままホーナーモデルにも採用されたようです。最初にホーナー氏が吹いていたのはセミダブルとも、5vのフルダブルグンベルトとも言われていますが、アメリカに渡ったあとは、ホーナーモデルを吹いていたようです。しかも最初の頃はこのFBロータリーが逆転したモデルだったらしいのです。ですので、今、巷で言われているプレホーナーは、実は元々のホーナーモデルであったようです。この「プレ」というのは、アメリカで、後にこのタイプをそう名付けて呼んだもので、当時本国のドイツや日本などでは、そういう呼び方はしませんでした。ではなぜアメリカで、そういう呼び名になったのか?「プレ」とは、正確に言えば「第一次世界大戦前のモデル」(pre World War I)という意味で、プレWW1ホーナーです。ではなぜわざわざそういう呼び方を作ったのかと言えば、のちに、ドイツでオリジナルホーナー(カタログ名称)を作り、そこからヴェンドラーなどが別のホーナーモデルも作り、それらのモデルと区別するためだったようです。ま、戦勝国のアメリカならではの呼び方だったのかも知れませんね。ですので、現在通称プレホーナーと呼ばれているモデルが本来オリジナルホーナーであり、オリジナルホーナーは実は1920年代あたりに改良されたモデルである訳です。またプレ(第一次世界大戦)と言っても、その大戦後もこのモデルは作られていた形跡もありますので、この形が必ず1918年より前、とは限らないようです。そういう意味では「鷲」のマークと工房のあった場所を彫った「エアフルト」の間によく彫ってある「ホーフレファラント」や「ザクセン=マイニンゲン公国」(日本的に言うと「宮内庁御用達」)の文字も、公国でなくなった1918年以降も、ベルに彫られていますので、こういう〇〇御用達というのは、そのものが無くなっていても、名前は残すようですね。さて、この現在の通称となったプレホーナー、最初、鷲は飛んでいませんが、のちの時代の鷲マークはなかなか立派なものが多いです。改良は重ねたようですが、特に変えたのはベルの太さと形状でしょう。元々は細めのタイプが多く、徐々に太くして、1920年代にはクルスペ史上最大の太さを採用しています。太くし過ぎた感もあるようですが(^^;。そしてこのベルに彫られた鷲は、おそらくクルスペ史上最大で最も彫りが細密で派手な彫りになっています。鷲の羽の上に彫られた「マーク保護」の文字や、鷲が掴む止まり木(のちこの止まり木はなくなります(^^;)など、現在では見られない彫り物が沢山あります。もちろん最大太ベルだけのためではなく、この時代に近い細めタイプベルのプレホーナーモデルにも、この彫師が彫ったものが残されています。プレホーナーのほとんどは鷲が飛んでない(^^;タイプの彫りが多いのですが、時代が下るに従い、鷲が飛び、派手になって行ったようですね。細いタイプと極太タイプのベルではもちろん吹き心地も音色も変わりますが、古き良き時代の素朴な音が魅力です。特に細めのタイプはきちんと直された楽器は非常に吹きやすく素晴らしい音がします。是非試して欲しい楽器ですね。
 
プレホーナー情報を書いていますので、こちらもご覧ください。

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セミダブルの元祖と言われているクルスペのグンベルトモデルのベルは、シングルホルンからの進化ですので、基本太ベルと言われるクルスペの中でも、細いタイプのベルが使用されていました。セミダブルという形が決まったのはおそらく1900年頃ですので、FシングルやBシングルというシングルホルンが基本だったこの当時の時代では、この細めのベルが主流であったことは間違いありません。ところがクルスペがダブルホルンというものを作ったために、フルダブルのグンベルトモデルやのちのフリッツモデル、ホーナーモデルの流れの中で、極太ベルが作られるようになり、クルスペではこの太ベルをセミダブルにも付けるようになったと思われます。この時代以降、他の工房のセミダブルはフルダブルとは違う細めのベルになったようですが、クルスペでは、セミダブルにも太ベルを付けていたようです。クルスペのベルの金型は細いものと太いものの2種類と思われてきましたが、その後の資料や実物の計測により、10種類近くあったのではないかと言われています(もちろん時代を経ていますが)。つまりクルスペの太ベルと言っても、太さ、形状の違う何種類かが存在しています。1910年代から20年代に作られたプレホーナーの一部のタイプに使用されたベルが現在最も太い超極太ベルですが、太さだけではこれに負けないくらいのベルが、この当時のセミダブルのグンベルトに付けられています。形状が明らかに違うので(一言で表現すると「首の長さ」が違う・・・ただ実際に長さが違うという意味ではありません)、同じベルを使用した訳ではありません。つまりこの191020年時代のダブルホルンには、セミダブルグンベルトに2種類、ホーナータイプ(フリッツなどのモデルも含む)に2種類以上が確認されています。つまりダブルだけでも4種類以上。これにシングルホルンも入りますのでこれ以上の金型がすでにこの時代にあったと思われます。さて太いベルは、大型に進化するオーケストラのために、ただ音量を上げるためのものという意見が見受けられますが、はたしてそうなのでしょうか?私は、全くそうは思っていません(←あくまで私見です(^^;)。太いベルの特性は大きな音が出るのではなく、響きや音色を変えるためのものであると信じています。とは言え、例えば古い時代のオーケストラ、当時のゲヴァントハウスなどでは、オペラでピットに入る時とホールでコンサートをやる時と楽器を変えていたという話を聞いたことがあります。(この話はクノッフから聞いたのですが、オペラでは細ベルを、コンサートでは太ベルを使っていた。つまり当時のホルン奏者はベルの太さが違う2本の楽器を使用していた、ということらしいです)となると、太ベルはコンサート用で大きな音が出たから・・・と判断されているので、この話だけを聞くと、そうだったのか?と考えられます。でも現在細ベルの主流と言われるアレキサンダー103が、細いベルだから大音量が出ない・・・とは、誰一人として考えませんよね?つまりベルの太さと音量は、ほぼ関係ない・・・と考えても良いのではないでしょうか?ゲヴァントハウスがオペラとコンサートで違うベルを使ったのは、音量のためではない・・・・・・と、私は信じています。さてかなり話が逸れてしまいましたが、クルスペのセミダブルグンベルトモデルについて話を戻します。グンベルトモデルは、圧倒的に細いタイプのベルが数多く作られています。現在にも生き残っている(^^;楽器をみると、グンベルトのほぼ9割は細いタイプのベルです。ただ、同じ時代(191020年代)に、すでに極太ベルが付けられていたのです。この写真の楽器もニッケルで極太ベルが付けられた超希少な楽器です。パテントナンバーは間違いなくグンベルトのナンバーが付いていますし、巻きもグンベルトです。ただこのベルの太さは現在のホーナーよりも太いのです(ただしホーナーに比べて首が短い・・・と言っても実際短いのではなく、形状が違うという意味)。これだけの太さがあれば、かなり豊かでふくよかな響きがします。ホーナーモデルと遜色ないでしょう。しかもニッケルは、自分で吹いていると分からないのですが、録音などで聴くと、音の周りにクッキリとした輪郭が見えるようで、現代の大音量オケの中でも十分のパフォーマンスを発揮できる力感が十分にあります。私自身はニッケルの楽器の力強さが逆に少々苦手ではありますが、録音で聴くと、決して冷たさや鈍重な感じはせず、温かみのある重厚な音色が魅力です。私の師匠や、古きアメリカのオケ奏者達が好んで使った(代表格はメイソン・ジョーンズ氏)ニッケルの魅力はここにある!と再認識させられた超名器です!


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戦前のクルスペは、基本、ベルカットモデルはありません。と、断言して良いのかどうかは分かりませんが、少なくともカタログや資料上では見たことはありませんし、私自身も見たことはありません(もちろんオリジナルで、という意味で。戦前のオールドを、のちに持ち主の方の都合でベルを切った・・・ということは多々あります)。オリジナルでベルカットモデルが作られるようになるのは、戦後、1950年代前後のことではないでしょうか。昭和33(1958)頃、師匠が直接クルスペから入手した新品はベルカットでした。ですので、この頃にはオリジナルベルカットが存在したことは確かです。さてベルカットについては、あくまで私個人の意見であり、反対意見も多々あると承知のうえで言わせていただければ、ホルンはワンピースベルが基本である・・・と思っています。ただこれも結局は個人の好みの問題となりますので、議論する気は全くありません(^^;。ただ、ベルカットにすると、ベルフレアの部分の観察がやりやすくなりますね(^^;。写真を添付しましたので、ご覧ください。左がクルスペ形状で、右はアレキ103のベルフレアーです。クルスペ形状は、フレアの上部から垂直に絞られて、フレアの下部で一気に広がっています。このギリギリまで絞って一気に広がるベルフレアは、おそらくクルスペ工房くらいしかない形状だと思います。世の中に太ベルという楽器は多々あれど、これだけ急激な形状は他に見当たらないようです。アレキ103のベルはカットされた部分からベルの縁輪までに緩やかに広がっています。写真でもはっきり分かりますね。(誤解ないように申しておきますが、アレキ103は、元も細く緩やかに広がって行きますが細ベルです。右手を入れる部分は緩やかに広がっているアレキではあっても、急激に広がるクルスペよりは明らかに狭くなります。)もちろん、ベルは根本の部分からのテーパーの広がりで、各々の工房の特徴が出る訳ですが、このフレアー部分だけでも、クルスペとアレキでこれだけ違いが出る訳です。ですので、ベルカットの楽器のフレアを交換するだけで、全く別物になってしまいます。これはクルスペやアレキの違いというだけでなく、同じメーカー内であっても、厚さの分布や、硬さ、重さなどで全く違った楽器となります。昔、師匠がヤマハのセミダブルを手がけられた時、数種類のベルを作り、いろいろ試されていたことを思い出します。ベルにグラム数がマジックで手書きされてあったのには笑いました。グラム数だけでなく、焼き入れをするかしないかの違いもあり、同じ本体にこれらの違うベルフレアを付けると、驚くほど音が変わって、びっくりさせられたのを鮮明に思い出します。その時のニヤニヤ笑う師匠の顔も忘れられません(^^;。写真の楽器は海外からまわって来た時は、クルスペ本体にアレキのベルフレアが付いていました。最初吹いた時はなぜかクルスペらしくないなぁと思っていたのですが、アレキのベルであればそれも納得できます。のち、クルスペ形状のベルを付けたところ、オールドらしいクルスペトーンの楽器に戻りました。元ある場所に収まった名器ですね!(^^;


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クルスペ工房の楽器は、その多くが現代ホルンの形(巻き)の元になっています。所謂ホーナー巻きと言われるタイプはヤマハを始め、コーン、ホルトン、など、数多くのメーカーがコピーしていますし、セミダブルに至っては、その多くがグンベントモデルのコピーです。特にセミダブルに関しては、グンベルトモデルを基本に数多くのマイナーチェンジが行われ(その中で生まれたヴェンドラーモデルがセミダブルの代表のようになってしまいましたが)、その中でもいろいろなタイプのものが作られてきました。車に例えると、同じモデル名であっても、車のタイプ(例えばセダンかハッチバックかワゴンか、など)や排気量、エンジンの違いで性格が全く変わりますよね。ホルンもこれと同じで、クルスペのセミダブルと言っても数多くのタイプが存在します。戦前のセミダブルのヴェンドラーモデルは、元々グンベルトモデルのマイナーチェンジになりますので、その時点で変化形ですね。更に巻き方や管の向き、曲げ方、などが注文により変化します。が、当時、色の違いはイエローブラス・レッドブラス・ニッケル(黄色・赤・白)の3種類が基本で、現在時々見られるパイプの色だけ変えたり、ベル本体だけの色を変えたりすることはほぼありませんでした。(ついでですが戦前はベルカットモデルはありません。クルスペがベルカットモデルを作るようになったのは戦後からです。)ロータリーから延びる外管にはほぼニッケルを使っています。ロータリーヴァルブのケーシングもほぼニッケル素材です。ただ稀に、ロータリーから延びる外管部分に、本体と同じイエローブラス素材を使ったモデルも存在します。このあたりがクルスペ工房の面白いところです。更に珍しいのではロータリーケーシング本体がイエローブラスで作られたものも存在します。通常、このモデルならこう作る、ということになるのですが、これも車に例えると、〇〇パッケージとか限定モデルとかの類です。車の性能が変わるようにホルンの性能も変わります。こう言ったなんでもなさそうな部品ひとつで音色などが変わってきます。当時果たしてそれを意識して作ったかどうかは定かではありませんが、なんらかの意図があったとは思われます。実際この全て(外管全て)黄色で作られたモデルは、通常多くあるモデルより、よりしっとり感が感じられます。もちろん数多く吹いた訳ではありませんので(過去2本しかお目にかかっていませんが)確かな違いは感じられます。私が最初にお目にかかった全て黄色でできたモデルは、現在のヤマハYHR-841の元になったもので、当時私の師匠が所有していたモデルです。この写真のモデルはハンガリーから出てきたもので、ベルは後切りになっていますが、外管も全て黄色で作られています。私が仕事で常時使っているモデルと製造年が非常に近く、戦前オールドの黄色の現代とは違う明るさと、柔らかさとしっとり感を兼ね備えた名器です。レアもの(^^;ではありますが、これもパーツ違いのクルスペの醍醐味のある逸品ですね!「オールドヴェンドラー 統一色パッケージ」とでも銘打ちましょうか?(^^;


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