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「ホルン」の名器を生み出したドイツ工房「クルスペ」について書いています。
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クルスペ工房の楽器は、その多くが現代ホルンの形(巻き)の元になっています。所謂ホーナー巻きと言われるタイプはヤマハを始め、コーン、ホルトン、など、数多くのメーカーがコピーしていますし、セミダブルに至っては、その多くがグンベントモデルのコピーです。特にセミダブルに関しては、グンベルトモデルを基本に数多くのマイナーチェンジが行われ(その中で生まれたヴェンドラーモデルがセミダブルの代表のようになってしまいましたが)、その中でもいろいろなタイプのものが作られてきました。車に例えると、同じモデル名であっても、車のタイプ(例えばセダンかハッチバックかワゴンか、など)や排気量、エンジンの違いで性格が全く変わりますよね。ホルンもこれと同じで、クルスペのセミダブルと言っても数多くのタイプが存在します。戦前のセミダブルのヴェンドラーモデルは、元々グンベルトモデルのマイナーチェンジになりますので、その時点で変化形ですね。更に巻き方や管の向き、曲げ方、などが注文により変化します。が、当時、色の違いはイエローブラス・レッドブラス・ニッケル(黄色・赤・白)の3種類が基本で、現在時々見られるパイプの色だけ変えたり、ベル本体だけの色を変えたりすることはほぼありませんでした。(ついでですが戦前はベルカットモデルはありません。クルスペがベルカットモデルを作るようになったのは戦後からです。)ロータリーから延びる外管にはほぼニッケルを使っています。ロータリーヴァルブのケーシングもほぼニッケル素材です。ただ稀に、ロータリーから延びる外管部分に、本体と同じイエローブラス素材を使ったモデルも存在します。このあたりがクルスペ工房の面白いところです。更に珍しいのではロータリーケーシング本体がイエローブラスで作られたものも存在します。通常、このモデルならこう作る、ということになるのですが、これも車に例えると、〇〇パッケージとか限定モデルとかの類です。車の性能が変わるようにホルンの性能も変わります。こう言ったなんでもなさそうな部品ひとつで音色などが変わってきます。当時果たしてそれを意識して作ったかどうかは定かではありませんが、なんらかの意図があったとは思われます。実際この全て(外管全て)黄色で作られたモデルは、通常多くあるモデルより、よりしっとり感が感じられます。もちろん数多く吹いた訳ではありませんので(過去2本しかお目にかかっていませんが)確かな違いは感じられます。私が最初にお目にかかった全て黄色でできたモデルは、現在のヤマハYHR-841の元になったもので、当時私の師匠が所有していたモデルです。この写真のモデルはハンガリーから出てきたもので、ベルは後切りになっていますが、外管も全て黄色で作られています。私が仕事で常時使っているモデルと製造年が非常に近く、戦前オールドの黄色の現代とは違う明るさと、柔らかさとしっとり感を兼ね備えた名器です。レアもの(^^;ではありますが、これもパーツ違いのクルスペの醍醐味のある逸品ですね!「オールドヴェンドラー 統一色パッケージ」とでも銘打ちましょうか?(^^;


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当然ですがホルンの音色は楽器の全てのパーツが揃うことで成り立っていますので、そのパーツのどこがどう変わるかで、それぞれの工房の特色が出てきます。巻き方やテーパーの付け方など、大きなパーツの部分から、管を繋ぐほんの小さな支柱や、それを接着するハンダに至るまで、音色への影響は計り知れません。ただ、その中でも特に音色に対して重要なパーツのひとつがベルであることは間違いありません。クルスペでは金管楽器を専門に作り始めたエドワルドの時代以降、特に息子のフリッツが後継し、ヴェンドラーの時代までは、ホルンのベルの芯金の種類がかなりたくさんあったことが分かってきました。もちろんカタログなどに残っている資料などからもある程度判断できますが、なにより、その当時の楽器の実物を、実際に計測することにより、何種類もあったことが判明しています。同じ芯金を使っていても、当時は人の手で、巻きに合わせて曲げる訳ですので、曲げ方によってもベル形状が違うものになることもあります。また当時のクルスペでは、現在のようにひとつのモデルに対して同じ規格で同じモノを作る・・・という感覚はなかったと思われ、作る度にこの部分をこうしよう、とか、こうしたらよいのでは?と・・・変な言い方かも知れませんが、1本作るごとにマイナーチャンジをして行ったのではないかと思います。というのも、当時の楽器を見ますと、同じタイプなのに、巻きや太さ、長さが違うものがあるということです。もちろん、奏者の希望も多くあったと思います。何度も書いていますが、当時のホルンの作り方は作ったものを奏者が買うのではなく、奏者の希望に合わせて楽器を組み立てていたということらしいですので、楽器1本1本が同じモデルでも全く違ったものになった可能性は高いです。さてベルですが、この度の写真ホルンなどは、かつて見たことのないベル形状です。基本クルスペでは、極太ベル(アメリカ向けのニッケルプレホーナーによく使われたタイプ)と、太ベル(ホーナーモデルや一部のヴェンドラーモデルなど)に使われたタイプ、中太ベル(シングルなど)に分類されますが、ベルに対して「太い」「細い」を使いますと、何に対してということになりますので、ここではあくまでクルスペの中での比較として太さを表しているつもりで、我々は通常クルスペのベルでこういう言い方はしません(^^;。特にアレキサンダーのような基本細ベル(と、世間一般で言われている言い方をしてみますと(^^;)と比べると、クルスペのベルは太さだけはなく、形状もまるで違う形をしています。また同じ太いベルと言っても昔のハンス・ホイヤーや、メーニッヒのベルとも全く形状が違います。ですので、ここではあくまでクルスペ内の形状比較としてご承知おきください。で、この写真の楽器の場合は、所謂太いベルであっても、ホーナーの形状と、昔グンベルトに使用された(希少ですが)太いベルとも、また違う形になっています。年代は、1920年後半から1930年前半あたりの楽器のようですが、初期型ヴェンドラー(作り手に取ってはグンベルトとも言えるそうです)で、このタイプのベルは過去見たことのない特殊なベル形状です。こんな楽器も作っているのですから、当時のクルスペの研究熱心?さには頭が下がりますね(^^;

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戦前、ベルを作る方法は、現在と違い手間がかかっていました。使う道具、曲げるための方法、熱処理等々、ベルが出来上がるまでに、かかる時間が今とは全く違います。当然「職人技」も必須の必要事項です。現在、なんでも便利にモノが出来るということは素晴らしいことではありますが、こと楽器などに関して言えば、その便利さがアダになってしまうこともあるのかも知れませんね。戦前のクルスペのベルは現在と違い、かなり薄いです。材質の違いもありますが、元々の素材の厚さが薄く、それを人の手で曲げて叩いて形を作っていきますので、ベルフレアの先に行くにつれ、更に薄くなっていく訳です。これが所謂オールドクルスペと言われている楽器の特性の一つです。昔はオールドというと、ダブルホルンに使われているベルの芯金は2種類と言われていました(我々が若い頃の日本での定説ですけど)。ところがいろいろ調べていくうちベルの芯金は当時、数種類あったということが分かっています。同じ時代(例えば1930年前後)の同じタイプの楽器(セミダブルのヴェンドラーモデル)であっても、ベルの太さや形状の違うものが少なくとも3種類は存在します。ホーナーモデルで、同じ時代のプレホーナーであっても違うベルがやはり数種類。これがヴェンドラーモデルと全く同じものを使ったかどうかは定かではありませんが、明らかに太さ、形状の違うものがあります。当然吹奏感も変わってきますね。昔はこの楽器にはこのベル1種類!なんて思っていたのは大きな間違いであったということです。何度もこのブログで書いてきましたが、当時の楽器の作り方は、その人に合わせて楽器を作っていたようで、例えば「上吹き」か「下吹き」か、はたまた「ソリスト」か、で仕様が変わったそうですし、またベルやマウスパイプパイプの選択、支柱の位置や有り無し、等々、1本1本が違っていたそうです。写真は、1930年代前後の初期型ヴェンドラーモデルです。グンベルトモデルの最終形とも言える楽器です。作り手から分類するとグンベルトモデルですが、彫ってある特許番号からするとヴェンドラーモデルです。ヴェンドラー氏がクルスペを引き継いだ1924年以降、ヴェンドラー色(^^;を出そうとしていた時代ですね。作り手はグンベルトモデルと思って作っていても、ヴェンドラーはやはり自分の名前を全面に出したかったのかも知れませんね(^^;。この2本の同じ時期の楽器を比べても、ベルの太さ形状は明らかに違います。これだけでも当時の選択肢の多さが分かりますね。当時のクルスペで楽器を作ってもらえるとしたら、自分ならこうしたい!なんていう妄想が膨らんでくるのも楽しいですね!(^^;

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↑ルディ・シュナイダー氏の写真(1960年代のカタログに載っている写真ですが・・・当時のシュナイダー氏はもう少しお年を召した様子の写真が残っていますので、この写真はおそらく・・・ですが、戦前のもう少しお若い時だと思っています。ということは、この組立中の楽器、ホーナーモデルは戦前のオールド(^^;。つまりオリジナルホーナーと言われる名器の可能性大(^^;。)
 
さてルディ・シュナイダーについて前々回のブログで書いていますが、その後もいろいろ情報が入ってきたので追加で書いてみたいと思います。なにせ30年数年前まではご存命だった方ですし、浜松の工房主さまは直接お会いになってらっしゃる方ですので、そう古く(^^;はない。・・・と思われがちですが、実はシュナイダー氏は1930年代にはすでにクルスペで修行を始めていますし、戦前あたりの楽器の多くも手掛けていますので、オールドの楽器を作った人、と言っても過言ではないですね。私の師匠がよく「戦前のオールド」「戦後のオールド」という言葉を使ってらっしゃいましたが、すでに戦後72年も経っていますので、楽器として戦後であろうが、オールド、と銘打っても、あながち間違いとは言えないでしょう(^^;。さてシュナイダー氏の境遇についてですが、やはり戦争という波に翻弄された人生であったことは間違いないでしょう。もしあの戦争さえなければ、ホルンメーカーとして大きな会社になっていたであろうことは想像に難くありません。戦争に負けて国が分割され東に入ったことで会社の命運は尽きたのかも知れません。戦後のシュナイダー氏は国の政策のために、思うように楽器作りはできず、部品の供給のないまま修理を主に生き延びてきたようです。ただそんな中でも新しい楽器は作りました。というのも、戦前大きな工房だったクルスペでは、ほぼ全ての部品を自社制作していましたので、ベルもかなり大量に作り置き(^^;していたという資料が残っています。つまりホルンにとって非常に大事なベルという部分は、かなり残っていたようです。本体を組み立てて、昔作ってあったベルを付けて作るということができたようです。ただロータリーの部品や支柱などは時が経つにつれ供給品になり、ストックされていたベルも底をつくと、もちろん自分で作るしかなくなったようで、これがおそらく1970年代前後のことではないかと推察されます。またその頃になると部品も少なくなってきたので、黄色の楽器の一部に赤を混ぜたり(その逆もあり)、その時ある部品で楽器を組み立てた形跡もあります。こんな様々な推論(^^;から、現代に残るクルスペのオールドは、年代がベルやその他の部品などにより、およそ何年くらいに作られたのか分かるようになりました。もちろんこればかりは絶対!はないですが(^^;。シュナイダー氏が手掛けた(と思われる)楽器の中では、セミダブルのヴェンドラーモデルとフルダブルのホーナーモデルは特に多く残っています。少し話はそれますが、オールドクルスペを話題にいろいろな方と話をしていて、よく交わされる話題に「戦時中に楽器なんて作っていたのか?」という疑問。ドイツの当時の方々やその歴史を生きてきた末裔達の方々は「そんな大変な時期に楽器なんて作っている訳がない」というご意見。ただ、私は、当時のドイツについて調べたり、実際自分の親達の戦時中の話(もちろん日本ですが)を聞くと、戦争で大変であっても、戦争に行ってない人は生きるための生活があるわけで、やはり商売はやっていくしかない訳です。楽器作りも、戦時中には軍楽隊のための楽器を作る必要があるわけで、当時の軍楽隊の楽器を調べると、クノッフやクルスペのFシングルが使われています。ということは少なくともそういう楽器は作り続けているはずなんですね。ですので、1940年頃から45年の終戦までの戦中であっても楽器の製造はあったのではないか?と私は勝手に思っています。閑話休題。さてシュナイダー氏の作った楽器、日本にもたくさん入ってきました。もちろん東独時代には少なく、当時は「幻の名器」と言われていたほどですから、数は少ないですけど・・・。その後本国ドイツはもちろん、ヨーロッパの各地(特にチェコやハンガリーなど)やアメリカから古いクルスペが沢山日本に渡ってきました。1980年代頃、私の師匠が所属していたN響では、シュナイダーが作ったクルスペを4名ものホルン奏者が使用していた時期もあります。別のブログで詳しく書いていますので、興味のある方は是非ご覧ください。ただし・・・肖像権などの問題が発生しましたら写真は即削除させていただきます、すみませんm(_ _)m
 
http://ameblo.jp/horntry/(こちらも更新いたしまた。ご覧ください。)

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クルスペ工房ではホルンに限らず信じられないほど多くのタイプの金管楽器が作られていました。クルスペというとホルンやトロンボーンが有名ですが、実は金管楽器のほとんどが作られていました。縦、横のトランペット、コルネット、テナーホルン、アルトホルン、バリトン、そしてチューバーなどの大型金管楽器。そしてホルンでもシングル、ダブルはもちろん(元祖ですから(^^;)、ワグナーチューバからデスカントホルンまで作られていました。さすがにトリプルホルンの歴史は新しいのでトリプルは作っていませんが、B−ハイFのデスカントダブルはあります。実際何本かのクルスペB−ハイFのダブルホルンはお目にかかりました。さすがに下吹きの私には必要のない楽器ですし、デスカント管の吹き方は分かりませんので、実際そのB−ハイFのクルスペを吹いても、扱いがなんとなく分からず(^^;、あまり興味の持てないままでした(^^;。ところが、今回出会った「ハイFシングル」のホルンはあまりに衝撃でした(^^;。クルスペがこんなホルンも作っていたことには驚きませんでしたが、でも実際モノを見たときは感激しました(^^;。まずは作りが「美しい」のです。ベルも通常のクルスペの広げ方をそのまま小さくしたような感じで、ハイFシングルなのにとりあえず「太ベル?」っぽいのがなんとも言えず嬉しいですね(^^;。しかもこの楽器は「赤」で且つ幅の広いクランツ付き。これで通常の甲高い?明るいハイF管が、なんだか落ち着いたしっとり感のある音色で、ハイF管を吹いたことのない私でもしばらく手放せなくなるほど良い響きで鳴ってくれるのです!通常デスカントは「高い音が出る!」という意味ではなく「高い音が当たりやすい」という意味で、高い音を出すために使う楽器ではありません。つまり高い音が出ない吹き方をしていたら、デスカントでも高い音は出ないものなのです・・・が・・・この楽器は、高い音が出る!・・・という楽器・・・のように勘違いしてしまうほど、高い音が吹きやすいのです(^^;。下吹きの私がいうのでその勘違いは勘違い以上のモノといえるでしょう(^^;・・・・・!やはり余計なモノが付いていないのが良いのでしょうか?私の師匠がシングルホルンにこだわっていた理由がココにあるような気がします。ともあれ、ハイFシングル・・・おそるべし!(^^;です。

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