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【再放送】教育テレビ ETVともに生きる 『認知症 あきらめないで』
(http://www.nhk.or.jp/heart-net/wide/)
「認知症とともに生きる社会」にむけて、わたしたちができること。
注) 「認知症になっても誰もが安心して暮らせる社会」を目指して、
NHKではただいま「認知症キャンペーン」を展開しています。
私は、高校を卒業して特別養護老人ホームに就職した。
大学受験を失敗し、浪人を許してもらえなかったから、
自宅から山2つ超えて「寮母」として特別養護老人ホームで働いた。
(父には、とても反対されたけれど・・・)
日勤、日勤、日勤、日勤、朝晩、遅番、夜勤、明け、公休のシフト。
なぜか?
○○ちゃん!
と、
お年寄りを呼んでいた。
= 徘徊 =
この番組でも言っていたが、
周りにしては“徘徊”と取るのだろうけれぢ、
本人は、目的を持って 行動している。
私の大好きだった “ミヨちゃん”
ミヨちゃんは、夕方近くになると、
息子の食事の支度をしなければならないので、
帰らせて頂きます。
そう、挨拶をして出て行こうとする。
そうすると、
園では、どうすると思う?
ハイハイ。
では、帰る支度のお手伝いをいたしましょう!
と、2キロの砂袋を4つ(8キロ)を風呂敷に包んでお婆さんのミヨちゃんに背負わせる。
お部屋から玄関にたどり着くまで、
私たち寮母が、
ヨタヨタ、ふうふう言いながら帰ろうとしているミヨちゃん
の傍を歩く。
ミヨちゃんは、
息子が、お腹を空かせて帰って来るから!
と、
とても小さな体で、
丸まった背中に8キロの砂袋を背負って、
ヨタヨタ、ヨロヨロ歩く。
何度も、何度も、転びそうになりそうになっても、
よろけて、寮母に支えられても、
寮母が「今日はお辛そうだから明日にしては?」とささやいても、
息子が帰る前に食事を作らなくては!
と、
ミヨちゃんは家を目指す。
着ている着物は肌蹴て、
草履も脱げてしまっても。
終いには、ヘトヘトになってしまって、
気力でもどうしても立ち上がれなくなり、
今日は、やめておきます。
申し訳ありませんが、今夜、泊めてください。
と、言い出すまで、
私たち寮母は砂袋をミヨちゃんの背中から降ろさない。
夜勤の3人の目が離れた時、
“徘徊”してしまったミヨちやんが、
山ふたつ、山3つ超えて見つかった報告を受ける。
当日なら良いけれど、数日経ってからの事も。
そうなると、拘束をし、点滴をする。
その繰り返しをすると、
ジュクソウが酷くなっても痛みを感じることもなく、
食事も取らず、昼夜、眠ったまま。
そして、
永遠に目覚めることはなくなる。
私は、
まだ、高校を卒業したばかりの世間知らずの箱入り娘だった。
入院していた父を1年間看病し、見送り、
2人の子どもを成人させた現在。
ミヨちゃんとの生活を思い出す と 涙が出て来る。
三代さんは、立派なお母さんだった。
三代さんは、私にいろいろ教えてくださった。
けれど、
私は、あの三代さんを早死にさせる共犯者になってしまった。
テラさんと言う色白の品の良いお婆ちゃまは、
「寮母さんに捧げる詩」を作ってくださった。
なのに、
私は、ミヨちゃんと同じように「手」を下した。
ナチのように、非情に・・・
(その時は、一番良い方法だと思っていた。
特別養護老人ホームに入れるお年寄りは幸せだ!
と、S54年の高校卒業したばかりの少女は信じていた)
☆ オレンジのバンドを着けたいネ。☆
無知は、必ず後悔を招く の。
参考:
日本老年精神医学会
学会が認定する老年精神医学会専門医と医療機関を紹介します。
社団法人 認知症の人と家族の会
認知症に関わる当事者を中心とした全国的な民間団体です。
研修を受けた介護経験者による電話相談が 受けられます。
<電話相談>
0120-294-456(午前10:00〜午後3:00 ※土・日・祝日は除く)
※ 全国どこからでも無料(携帯電話・PHSは不可)
お住まいの市町村役場内にある介護保険担当窓口
あるいは地域包括支援センター窓口でも相談を受け付けています。
◎ おまけ 「福祉は、将来、お上の仕事ではなく、
サービス産業として皆に必要とされる時代が来る!
だから、あなたは勉強して、資格を取りなさい!」
そう、先輩にアドバイスされて、
就職した夏、過酷な仕事である職場、特養を辞めてしまう。
そして2年後、私は短大に入学することになる。
短大を卒業すれば、社会福祉主治任用資格が得られる
4年生大学に編入できる!と思ったから。
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オレンジのバンド 持ってます・・でもむつかしいです、認知症。
勉強もしています、大学で。その時 その場にいないスタッフには通じないです。
他には何ができるか?の自問の繰り返しの毎日です
2013/10/3(木) 午前 8:15