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北電、揚水発電所の利用率2%どまり
2017/2/18 7:00
情報元
日本経済新聞 電子版
http://www.nikkei.com/article/DGXLASFB17H8T_X10C17A2L41000/

 北海道電力が2014年に新設した揚水発電所の発電利用率が低迷している。15年度は約2%にとどまり、16年度も同程度で推移している。

 北電は低利用率を「火力発電所の計画外停止に備えて常に使える状況にしているため」と説明。ただ太陽光や風力など再生可能エネルギーの発電量の変動を吸収するために利用率を高め、再生エネの活用促進につなげるべきだとの声もある。

 北電は14年10月に道内で初めて純揚水発電所、京極発電所(京極町)の運転を始めた。15年11月には発電機を2台に増やし、最大出力は中規模火力発電所並みの40万キロワットになった。総工費は1600億円にもなる大規模事業で、26年度以降、さらに60万キロワットに能力を拡大する計画がある。

 京極発電所はダムが川をせき止めて造った下部調整池と、それより400メートル高い位置に人工で造った上部調整池で構成している。電気が余っている時間帯に電動ポンプで上部に水をくみ上げ、足りない時間帯に水を落として発電する。

 利用率が低いことについて、北電は「経済性の観点も大きい」と話す。揚水発電所は電力需要にあわせた運用が難しい原子力発電と組み合わせて利用することが多い。
 泊原子力発電所の運転が長期停止しており、揚水に多くの電気を使ってまで利用する利点が薄れているようだ。全国でも、ここ数年の揚水発電所の利用率は2〜3%だ。
 北電は京極発電所の利用目的について(1)太陽光や風力発電所の発電量の変動を吸収する(2)電力需要が増える時間帯に電力を供給する(3)火力発電所の計画外停止に備える――と、3点をあげる。

 実際、最近の北海道の需給実績では太陽光の発電量が増える昼間の電気で水を上部に上げ、需要が増える夕方から夜間に発電する事例が多い。

 ただ、多額の費用をかけて新設した電源の利用率低迷について、環境経済学が専門の北海道大学の吉田文和名誉教授は「太陽光や風力の変動対策にもっと使えば、(道内で制限している再生エネの)導入量をもっと増やせるはず」と指摘する。

















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「電力会社」はあと3年でなくなります
明けましておめでとうございます。昨年は電力小売全面自由化(4月)や「貫徹委員会」(9月〜12月)など電力システム改革の流れの中でいくつか重要なイベントもありましたが、今年はどのような年になるのか、電力システム改革は今後どのように進んでいくのか、年頭のコラムにて展望したいと思います。

我々は歴史的変革の只中にいる。

図1に経済産業省が提示した電力システム改革の流れを示します。このような「年表」はどこかで見たことがありませんでしょうか?例えばフランス革命や明治維新など、大きな変革を伴う歴史的イベントは、ある単発の事件で一夜にして歴史が変わるのではなく、複数のイベントがさまざまに発生し、行きつ戻りつしながら進んでいくものです。年表などに描いて俯瞰的に眺めないと、大きな変革の流れが掴めません。電力システム改革の流れも同様で、ある制度変更が施行され一夜にして大変革が起こるのではなく、さまざまなルール変更が段階的に行われ、時には大きく進み、時には残念ながら後退することもありながら、全体的に数年かけて進展していくものです。

図1 電力システム改革の工程表(一部筆者加筆)
図1 電力システム改革の工程表(一部筆者加筆)
(出典)経済産業省:「電力システム改革専門委員会報告書」、2013
※画像クリックで拡大

図1の資料は、実は2013年の段階で当時の「電力システム改革専門委員会」が公表した報告書に記載されている電力システム改革の工程表です。この年表を2017年の現時点から振り返ると、2015年に広域機関の設立、2016年に小売全面自由化と1時間前市場の創設など、当時想定した工程が現在までに順調に進んでいることがわかります。

一方、2016年9月に発足した「電力システム改革貫徹のための政策小委員会」(以下、貫徹委員会)において提案された「ベースロード電源市場」「非化石価値取引市場」など、この工程表にはないものが突然登場し、電力システム改革の流れに逆行する(市場分断や規制強化という意味で)決定が行われつつあるのは本コラムでも既に議論した通りです。

このように、図1のような工程表(年表)を俯瞰する際に重要なのは、いつまでも「過去の考え方」を踏襲しているのではなく、「未来のやり方」に思いを馳せることです。我々は今、電力システム改革という大きな歴史的変革の只中にいます。ひとつひとつのイベントに一喜一憂するのではなく、またルール変更が自分にとって不利か有利かという近視眼的な損得勘定ではなく、大きな流れのゴールに向かって未来志向で進んで行くという「意思」を常に確認することが重要です。

電力システム改革のおける当座のゴールは図1に見える通り、2020年の「送配電部門の法的分離」です。ただし、これはあくまで「当座」であって最終ゴールではないことに留意が必要です(理由は後述)。この発送電分離は2015年6月17日に国会成立した改正電気事業法(第3弾)で定められた決定事項です。つまり、発送電分離まで残すところあと3年と、カウントダウンが始まっているのです。

「電力会社」は何を意味するのか。

冒頭で、いつまでも過去の考え方を踏襲するのではなく未来のやり方に思いを馳せるべき、と申し上げました。発送電分離や電力自由化などの電力システム改革の流れの中で、過去に囚われた考え方の代表格として、筆者は「電力会社」という言葉を挙げたいと思います。「電力会社」という言葉自体に発想の後進性が内在していると言えるでしょう。

みなさんは「電力会社」という言葉を聞いて、何を想起するでしょうか? おそらく多くの人は東京電力や関西電力などの「一般電気事業者」を思い浮かべると思います。あるいは、現在は「新電力」や「市民電力」「地域電力」などの新しい形態も登場していますので、そのような(比較的)小さな会社を連想する人もあるかもしれません。そもそも電力会社ってなんでしょうか?電力会社は今後どうなっていくのでしょうか?

発送電分離の工程をもう少しわかりやすく理解するために、図2のような図を描いてみました。現在は発送電分離前夜なので、垂直統合された電力会社(一般電気事業者)が存在する一方、発電部門と小売部門の両者を持つ(ただし送配電部門は持たない)新電力や、発電設備だけを持つ発電会社や、また数は少ないものの、設備を持たず小売サービスのみを行う小売会社などが混在しています(図2(a))。

図2 発送電分離前後の電力産業の構造(筆者作成)
図2 発送電分離前後の電力産業の構造(筆者作成)
※画像クリックで拡大

しかしながら、2020年に発送電分離が行われると、従来電力会社が所有していた発電部門・送配電部門・小売部門は、それぞれ「発電会社」「送配電会社」「小売会社」として3つに分離されます(図2(b))。ただし、2020年の時点では「法的分離」に留まっており、分離された会社は資本関係を持ってもよく、3つの会社はそれを束ねるホールディング会社の傘下のグループ企業として存続することが可能になります。ここで実は、送配電部門は公共財に近い役割を持ち引き続き独占が認められので、公共的な役割をもつ送配電会社と自由競争部門の発電・小売会社同士が資本関係にあるというのは、冷静に考えるとおかしな話です。

本来、送配電会社はすべての利用者(発電会社・小売会社)に公平に差別なく扱わなければならないのですが註1、同じグループ会社を優遇せず本当に他社と平等に扱うかどうかは、性善説に頼るほかありません。また同様に、グループ会社内では会計上の抜け道も多く、透明性も充分保証されません。実は「法的分離」は改革としては中途半端な状態に過ぎず、これが冒頭で「当座であって最終ゴールではない」と述べた理由です。

註1 透明性と非差別性に関しては、下記の筆者の論考を参照のこと。
•安田陽:「透明で、非差別的な・・・。」、京都大学再生可能エネルギー経済学講座コラム、2016年11月17日掲載

経産省が発表した図1ではこの最終ゴールが描かれていませんが、「法的分離」と呼ばれる形態(図2(b)に相当)の先には、「機能分離」とよばれる形態(図2(c)に相当)がある、ということは念頭におかなければなりません。ここでは送配電会社と発電・小売会社は資本関係も分離され、完全に別会社となります。このような形態になって初めて、すべての発電会社・小売会社が公平に送配電インフラを利用できるようになるわけです。電力システム改革の流れを見るとき、我々は図1に描かれていないその先の「機能分離」の状態まで思い描かなければなりません。それが未来への原動力です。

このように、あと3年で発送電分離(ただし法的分離)が行われる、さらにその先に機能分離が待っている、という状況の中で、いつまでも垂直統合された(発送電分離をしていない)「電力会社」という言葉を使い続けると、本来目指すべきゴールがちっとも見えてこないことになってしまいます。「電力会社」という言葉自体に発想の後進性が内在している、と述べたのはこのためです。

市場プレーヤーとして何を目指すのか。

厄介なのは、新規参入者の中にもこの古い発想に囚われて、自らを好んで「電力会社」「○○電力」と呼ぶところも多いという現状です。筆者は市民団体や地方自治体関係者の方々などとさまざまな講演や委員会などでお話を伺い、ご協議する機会がありますが、その際に「みなさんが思い描くビジネスは何ですか?発電に特化したビジネスですか?小売サービスを売りにするビジネスですか?地域配電網を所有する配電ビジネスですか?はたまたガスや熱なども扱う総合エネルギービジネスですか?」と質問させて頂いています。残念ながら、明確に「我々が目指すビジネスは○○です」と明確に即答して頂けるところはまだまだ少なく、漠然となんとなく「(ミニ)電力会社」を掲げているに過ぎないケースが多く見られます。それは図2(a)に示すような発送電分離以前の発想から抜け出すことができず、従来の大手電力会社のシェアを少しだけ奪い取るミニチュア版「電力会社」をイメージしているに過ぎないからではないか、と筆者は見ています。

また、発送電分離が完了して送配電会社が公共的組織として機能すると、それと同時に電気という商品を取引するための「電力市場」も活性化してきます。なぜなら、従来垂直統合された電力会社内では発電部門から小売部門への社内取引(取引という意識すらないかもしれません)であったものが、複数のプレーヤーが市場を通じて透明性高く効率的に取引できるからです。もちろん、市場を通さずに特定の発電会社と小売会社の間で契約を結ぶ「相対(あいたい)取引」という手もありますが、合理的な経済行動としては、リスクヘッジのために市場取引も利用するのが一般的です。なぜなら相対だけだと与信リスクがあるからです。発電所の運用期間である10〜20年のスパンを考えたときに、10〜20年後も確実に契約相手の会社が存続しているかわからない、というのは当然のリスクとして考えなければなりません。

ところが、筆者が多くの新規プレーヤー(特に市民電力系や地方自治体系)の方に話をお聞きすると、大抵は相対取引のみに関心が集まり(特に一般送配電事業者の管内を越えた越境取引に関心があるようです)、市場取引という言葉が出てくるケースはあまりありません。
電力市場が活性化してくると、単に従来型の発電ビジネスや小売ビジネスだけでなく、バランシング・レスポンシブル・パーティー(需給調整責任会社 BRP)やパワートレーダー(市場取引代行会社)、アグリゲーターデマンドレスポンス管理会社)、再エネ出力予測会社などさまざまなビジネスが勃興してくるということは、本コラム連載でも既に述べた通りです(2016年2月29日掲載「電力市場と再エネ出力予測ビジネスの最前線」参照)。図3に同コラムで掲載した図を再掲します。規模の小さな発電会社や小売会社だと、高度な知識や経験が必要な市場取引に人材を避けないため、専門性の高い代行ビジネス(証券会社や資産運用会社と同じです)が出てくるのは自然の流れです。

図3 自由化された電力システムにおける電力取引の概念図(筆者作成)
図3 自由化された電力システムにおける電力取引の概念図(筆者作成)
(初出)安田陽:「電力市場と再エネ出力予測ビジネスの最前線」、環境ビジネスオンライン、2016年2月29日掲載

このように、電気の流れとしては送配電会社を中心に、取引の流れとしては電力市場を中心に、さまざまなプレーヤーがそれぞれの得意分野や独自コンセプトを活かしてビジネスを行うのが、図1の工程表の右側に待っている電力システムの未来の想像図です。しかしながら、その未来を担うはずの多くの新規プレーヤーが「電力会社」という古い発想を容易に想起させる言葉に引きずられて、従来型のビジネスに留まっている、というのは何とも残念なところです。新規プレーヤーに必要なのは「新しい発想」です。そのような発想を思い描くことができ、それを実現する能力のあるプレーヤーのみが、今後の公平で透明な自由競争の下で生き残ることでしょう。

「電力会社」に未来はあるか。

恐らく、2020年の発送電分離(法的分離)以降も、現在の一般電気事業者は「○○電力ホールディングス」と名前を変え、「電力会社」という言葉が直ちに消滅することはないでしょう。相変わらず従来の考え方を変えたがらず「電力会社」を好んで使いたい人たちは2020年以降も確実にいるでしょう。発電会社と小売会社を兼ねる会社も相変わらず「新電力」と呼ばれ続ける可能性があります。しかし、2020年以降に「電力会社」と呼ばれるものと、我々が現在「電力会社」と呼んでいるものとでは、確実に中身が異なります。このような状況で、無省察に「電力会社」という言葉を使い続ける限り、古い時代の考え方を知らずに踏襲してしまい、新しい時代に対応できないことになってしまいます。

電力市場に参入する新しい形態の会社がどのような名前で呼ばれるのかは、2020年をもう少し過ぎてからでないとわかりませんが、少なくとも「電力会社」ではなく、「発電会社」「小売会社」という言葉が日常会話として当たり前に使われる日がやがて来るでしょう。さらに電気だけではなくガスや熱などの他のエネルギーを同時に取り扱う会社も増えてくると予想され、最終的には「エネルギー会社」という新しい一般名詞が認知されることになるでしょう。・・・と、将来の夢と初夢が少々混在していますが、筆者の目出たい夢想をもって新春のご挨拶に代えさせて頂きます。





転載
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年頭にそもそも電力自由化とは何かを再考する

明けましておめでとうございます。再エネの事業に携わっている方々にとって昨年2015年は悲喜こもごもおありだったかと思いますが、まずは新年のお慶びを申し上げます。とりわけ本年2016年は電力システム改革が一段落して、電力自由化が一般消費者まで広がり、一応の完成を見る年でもあります。屠蘇気分も覚めやらぬ新年の年頭にこの場を借りて、今年の「旬」の話題である電力自由化について議論してみたいと思います。

自由に選べることが自由化?

さて、今年4月の電力小売完全自由化を迎えるにあたって、筆者の元にもさまざまなメディアから「電力自由化によってどのような恩恵がもたらされるのか?」というお問い合わせを頂いております。特に「一般の消費者にとってどのようなメリットがあるのか?」という消費者目線での質問が多く、消費者の期待や関心が高まっていることを感じさせられます。例えば「電力会社(小売会社)を自由に選べるようになる」という期待は多くのメディアでも取り上げられています。


しかしながら、ここで気をつけなければならないのは、「自由」というキーワードについつい引きずられがちですが、会社を「自由に」選べるようになることだけが電力自由化のゴールではない、ということです。消費者が自由に小売会社を選べること自体はもちろんよいことなのですが、それはあくまで電力自由化の要素のひとつに過ぎません。電力自由化のより本質的な目的は、実は「公平性(フェアネス)」と「透明性(トランスペアレンシー)」の担保なのです。


一般の消費者から見れば、公平性や透明性といった言葉は抽象的過ぎて少々縁遠く、「それによって我々に何のメリットがあるの?」と思われがちかも知れません。しかし実は、これこそが回り回って消費者にとっても大きな影響を及ぼす重要なキーワードなのです。


図1に示すように日本の電力の供給は現時点では地域独占が認められており(図1左図)、例えて言うなら社会主義国の価格統制された配給制に似た状態です。野菜や魚を買いたくても各地域で政府から許可された一軒のお店からしか買えないというイメージです(契約電力が2000kW以上の大口需要家は2000年に部分自由化されているため、複数の店から自由に選んで買える制度に移行していますが、一般家庭など小口需要家は他の店から買えない状態が続いていました)。それが今年の4月を境に、さまざまな八百屋さんやスーパーができて(図1右図)、誰でもどのお店からも自由に買えることになるのです。自由、万歳!



ところが、前述の通り、自由にお店を選べるようになることだけが自由化のゴールではありません。消費者がせっかく自由にお店を選べたとしても、そのお店に商品を届けるための流通ルートや市場がきちんと整備されていなければ、それぞれのお店は健全な意味で競争ができません。各店が健全な競争をしなければ、見かけ上は選択肢が豊富で自由にお店を選べたとしても、消費者にとって何が得になるかわからなくなってしまいます。

図1右図では需要家(電力消費者)から上流を辿っていくと、需要家→小売会社→送配電網→発電会社と連なっています。ここで送配電網は道路であり、特に送電線は高速道路に例えられます。高速道路を所有したり管理したりする会社(送電会社)が、商品を生産する会社(発電会社)やそれを受け取って消費者に届ける会社(小売会社)を所有していると、自社の商品を載せたトラックばかりを優遇し、他社のトラックを冷遇する可能性があるため、これらの会社を分けなければなりません。これが発送電分離の考え方です。


しかしながら、発送電分離は2015年6月に電気事業法が改正されGOサインが出ていますが、その施行は2020年とまだ先の話です。また、厳密に言えば、小売の料金規制が撤廃されるのも2020年以降であり、これは消費者にとってお店を選ぶことは自由になったけれども、お店の方が価格を自由につけることにまだ制限がある、ということを意味しています。


過度な期待にはご注意を・・・。

おそらく2016年4月の電力小売完全自由化とともに、さまざまな会社がさまざまなメニューを用意するため、一般消費者にとってもどの会社を選ぶべきか、ひとつの大きなイベントとして一時的にかなり盛り上がることになるでしょう。そこで新しいものにすぐに飛びつく消費者もいれば、慎重に様子を見る消費者も出てくることになると思われます。もしかしたら首尾よく電気代が下がったと喜ぶ人もいるかもしれませんし、却って手数料が上がってしまったとか、複雑になりすぎて徒労感だけが残ったという人も出てくるかも知れません。自由であることには一定のリスクも伴います。

しかしながら前章で指摘した通り、小売会社より上流にある流通システムはまだ完全に自由化されていないことに留意すべきです。「電力小売完全自由化」の「完全」は、これまで大口需要家のみに与えられていた部分自由化を小口需要家にも開放したという意味での「完全」であり、電力システム全体が完全に自由化したわけではありません。


そのような移行期に、過度な期待感の裏返しで「こんなはずじゃなかった」という極端な落胆感ばかりを喧伝したり、他人の失敗を嘲笑って足を引っ張ったりするという風潮だけは避けなければなりません。性急な変化を過度に期待するとその分落胆感も大きくなります。どのような商品やシステムも初期には必ず不具合がありますし、ましてや発送電分離はまだ道半ばです。その中でおそらく発生するであろうマイナーな不具合もある程度許容し、それを前向きに修正しながら着実にイノベーションを進めなければなりません。それが2016年の電力小売完全自由化の年に日本全体で必要とされていることだと筆者は考えています。そして、そこで必要となるキーワードこそが、冒頭に登場した「公平性」と「透明性」なのです。

そもそも自由化とは?

さて、そもそも冷静に考えて、「自由化」とは何でしょうか?「自由化」は英語では“liberalization”と訳されます。日本語の語感からして誤解されやすいのかも知れませんが、「自由化」は決して“free”を目指しているわけではありません。目指すのは“liberal”な市場です。“liberal”という形容詞は辞書的には「自由な」という意味はなく、「偏見のない」とか「公平な」という意味で使われます(もちろん名詞で使うと「自由主義者」と訳されることもありますが)。こう考えると、本来の自由化は、何をやっても「自由」ですという状況を目指すのではなく、みんなに「公平」な環境を作りましょうという意味合いであることがわかります。


また、「自由化」は英語では“deregulation”とも訳され、電力自由化の文脈では専らこちらの方が使われます。この“deregulation”を再度日本語に直すと「規制緩和」とも訳される場合があります。つまり、これまで政府の規制が強かった部分を緩和しましょう、という発想です。規制が強かったのは、図1左図にある通り現在までの電力事業が地域独占だったからです。独占と強い規制は双子のペアなのです。


このように、自由化と規制緩和は実は同義であることがわかります。また、本コラムでもたびたび取り上げてきた通り、送電部門は引き続き独占が認められるため、電力自由化の流れの中でも送電部門は却って規制強化となる、ということもここから理解できます。しかしここで注意しなければならないことは、発電・小売部門は規制緩和だからといって全ての規制を完全になくすわけではなく、全てのプレーヤーに「公平な」環境を作るためのルール(すなわち規制)は必要最小限なければならない、という前提があることです。


たとえば独占禁止法や商法や会社法は、日本の「自由経済」を支えるルールに相当しますし、公正取引委員会や金融庁はそのようなルールを遵守しているかをウォッチする規制者になります。自由経済だからといって何をやっても自由でルールやレフェリーが存在しないわけではありません。むしろルールがありレフェリーがいるからこそ、公平で透明性の高い自由競争が可能となるわけです。


筆者は決して市場原理主義者ではありませんが、自由市場はとりあえず公平性や透明性を担保するという点では、人類がこれまで編み出してきたさまざまな制度の中で最もマシなシステムだと考えています。現実にはさまざまなルールの綻びやチートな行為も散見しますが、少なくともそれを修正しながら(市場自体が自己修復する場合もありますし、政府が介入する場合もあります)なんとか進化し続けています。あえて理想論を言えば、自由市場とはルールのない弱肉強食のカオスな世界ではなく、全ての市場プレーヤーがフェアに戦えるように公平性や透明性が担保されたリングなのです。

自由化の恩恵はじわじわとゆっくりやってくる

再び図1右図に戻りましょう。小売の自由化はとりあえず今年の4月に完成するものの、その上流の発送電分離は2020年までと、まだずいぶんタイムラグがあることも、前述の議論でわかりました。また、発電と小売の取引は、現在そのほとんどが相対(あいたい)取引であり、電力取引所を介した市場取引は日本の総消費電力量の数%程度しかない状況です。


このような制度のタイムラグと未だ脆弱な市場の元で、一般消費者が商品の出口(小売会社)で仮初めの自由を享受したとしても、肝心の上流で自由化がうまくいっていなければ元も子もありません。一般の消費者にとって市場の公平性や透明性はなかなか実感しにくいところですが、商品の出口だけでなくその上流にも関心を払い、公平性と透明性の担保を監視しなければならない、ということがいかに重要かお分かり頂けると思います。


その点で、2016年4月以降、ブームに乗って実際に契約する小売会社を乗り換えるかどうかは別として、多くの一般消費者が電力価格に対して身近に感じ、関心を持つようになれば、そのこと自体が消費者にとって大きなメリットになると言うことができます。多くの人が、株価や天気予報と同じような感覚で電力市場の動向を日々確認し、電力情報が人々の日常にとけ込むようになると、国民の高い関心と監視によって市場が健全化し、国民に対する便益が増すことになるでしょう。


今年4月にやってくる電力小売完全自由化によって、特に一般消費者には目に見えた形でのメリットの享受は、あまりすぐには感じられないかもしれません。しかし、自由化の本来の目的は「公平性」と「透明性」であることを念頭に入れながら、自由化の恩恵はじわじわとゆっくりやってくる(おそらく次世代への贈り物になる)ことを期待して、長い目で温かくかつ厳しくウォッチする必要があると思います。






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米ハワイ州の電力大手、2040年に電力の100%再エネ達成へ

州に申請した再エネ計画を修正、5年前倒しに
  • 大場 淳一=日経BPクリーンテック研究所
  • 2016/12/26 17:45
 米ハワイ州の電力大手であるHawaiian Electric Companies社は23日、同州が定めている再生可能エネルギーの導入方針に対応し、同社として策定した具体的な計画の概要を発表した。
 同社が「電源改善計画アップデート(Power Supply Improvement Plan Update)」として、同州の公益事業委員会(HPUC)に2016年4月に申請した計画の修正を申請したもの。

 これにより同社は、同州が定めている「2045年までに同州の電力を100%再生可能エネルギーで賄う」という目標を達成、または上回ることを目指している。ハワイ州の再エネ導入目標は、全米で最も先進的なものの一つとして知られている。

 今回同社が発表した修正計画では、同州が義務化する再エネ導入を率先的に前倒しするものとなっている。同社のサービス地域である5つの島で今後5年間の予定で進行中または計画中の事業を強調したものという。

 また、この計画は柔軟であることの必要性を訴えており、発電や配電、蓄電などの分野で将来起こり得る技術的な進歩を、今回の決定で排除しないようにするとしている。

 同社は2020年の時点でハワイ州の再エネ導入目標を上回り、2030年および2040年の時点で再生可能エネルギー・ポートフォリオ基準(RPS)を上回ると見込む。

 具体的には、まず、2020年の末までに再エネ比率を48%とする(州の目標は30%)。2030年末までには、再エネ比率を最低72%とする(同40%)。そして2040年末までには、再エネ比率を最低100%とする(同70%)。このような計画により、同社は「2045年までに再エネ100%」という州の定める期限を5年前倒しで達成するとしている。

 また、この計画では顧客による発電の自家消費や定置型蓄電池の普及も考慮に入れた場合、2030年以降のRPSは100%を超える可能性があると見積もっている。

 目先では、まずモロカイ島で太陽光、風力、定置型蓄電池、バイオ燃料を組み合わせて使用することにより、2020年までに再エネ比率100%を達成する。2020年までに、ハワイ島は80%、マウイ島は63%、ラナイ島は59%、オアフ島は40%に達すると見込む。

 同社は、顧客が屋根上に設置する太陽光発電が継続的に増加するとみており、それも計画に反映されている。現在でも既に7万9000件の顧客が太陽光発電を設置しており、それが2030年の時点では2倍以上の16万5000件に増えると試算している。同社における屋根上の太陽光発電システムの設置比率は、全米で最も高いという。

 計画では、さらにメガソーラー(大規模太陽光発電所)が360MW、風力発電が157MWを見込む。一方で、再エネの出力変動を緩和できるデマンドレスポンス(DR:需要応答)対応可能な需用家設備の容量は115MWになると予測している。


転載
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「容量市場は社会主義的」という言説をご存知ですか?
経済産業省の「電力システム改革貫徹のための政策小委員会」(以下、貫徹委員会)では、電力システム改革についての(システム改革に逆行するかに見える)議論が足早に進行中です。貫徹委員会については既に本コラム連載でも評論していますが(「日本のエネルギー政策にフェアネス精神はあるか?」2016年11月14日掲載)、本稿では、もうひとつ別のテーマである「容量市場」についてスポットライトをあて、議論したいと思います。そもそも容量市場という聞き慣れない市場は何を意味するのでしょうか? 

そもそも「容量市場」とは?

電力自由化により自由競争が進むと、電源の新設や維持に対する投資の意思決定も市場原理に委ねられます。将来必要な供給力や予備力(調整力)が十分確保できるかわからないと、最悪の場合電力の安定供給が脅かされ、大停電を引き起こすリスクがあると指摘されています。そのため、供給能力(kW)を入札などによって長期に確保する方法が「容量市場 capacity market」と呼ばれるものです註1

註1 日本語で読める専門的な書籍・論考としては、例えば以下のものを挙げておきます。
(1)服部徹:「容量メカニズムの選択と導入に関する考察-不確実性を伴う制度設計への対応策−」、電力経済研究、No.61pp.1−16(2015)
(2)電力改革研究会:「ミッシングマネー問題にどう取り組むか(第1回〜第15回)」、国際環境経済研究所「電力システム改革論を斬る!」(2015−2016)
(3)諸富徹編著:「電力システム改革と再生可能エネルギー」、日本評論社(2015)

しかしながら、この容量市場、海外では「導入に慎重にならざるを得ない」「市場をゆがめる」「社会主義的である」などの声も多い註2、ということは日本ではあまり知られていません。実は容量市場とは、「市場」という名前がつけられているので誤解されやすいですが、自由競争市場というよりは官製市場と言うべきもので、しばしば「社会主義的だ」と揶揄されるのも思わず頷けてしまうほど、規制色が強い性格ものなのです。

註2 例えば、インターネットで簡単に入手できる資料として、以下のようなものがあります。
これらは必ずしも学術的な論考ではないものの、市場関係者がこのような発言をしていること自体、興味深いものがあります。
(4)C. Morris:『EEX opposes capacity markets and supports marketing green power』,
Energy Transition The German Energiewende(July 2, 2013)
(5)P. Ring:『AEP CEO: Treatment Under PJM Capacity Market is 「Socialism」』, Energy Choice Matters(July 26, 2013)
(6)D. Vegas:『Energy Reliability: The Capacity Market Debate in Texas Heats Up!』, Acclaim Energy Insider Blog(Aug. 22, 2013)

ここで「社会主義的」という表現を用いると、「右か左か」という安易なイデオロギー上のカテゴライズが連想されがちですが、本稿ではこのような単純化された二元論的白黒論争には組みしません。議論すべきは、自由化(すなわち規制緩和)とはなにか、市場と政府の役割とはなにか、という電力システム改革の本質です。ここでは先入観や色メガネなしに、淡々と冷静に分析を試みたいと思います。

「容量市場」はさまざまな選択肢のうちのひとつに過ぎない

現在日本にもある「電力市場」は、厳密には電力(kW)ではなく電力量すなわちエネルギー(kWh)を取引するため、「エネルギー市場」とも呼ばれます。エネルギー市場は短期限界費用(=変動費≒燃料費)で入札され、そのときどきの需要に応じて限界費用が低い順から落札されていきます。したがって、燃料費が高い石油火力やガス火力(場合によっては石炭火力も)は落札機会を失うことも多く、長期的には固定費が回収できなくなる可能性もあります。

容量市場はそれを回避するための手段のひとつですが、より広い意味でエネルギー市場以外の手段を用いて将来の電源を確保する方法は「容量メカニズムcapacity mechanism」と総称されます。両者よく似ている言葉なのでややこしいですが、幸い経産省がわかりやすい図を用意しているので(図1)、それを元に見ていきたいと思います。

容量メカニズムと容量市場の関係
図1 容量メカニズムと容量市場の関係
(出典)電力システム改革貫徹のための政策小委員会:第2回配布資料3(2016年11月11日)

図1を左側から辿っていくと、中長期の供給力を確保するために前述のエネルギー市場以外の手段を用いる手法の総称として「容量メカニズム」があります。容量メカニズムの中にはさまざまな選択肢があり、ドイツが採用している「戦略的予備力」(後述)やスペインが採用している「容量支払」(図1では「定額支払」)という方法もあり、数ある選択肢のひとつとして「容量市場」という方法がある、ということが図からわかります。

さらに付け加えると、容量メカニズムに頼らない方法もある、ということも留意すべきです。図1左下では「人為的なスパイク」とありますが、これを採用する米国テキサス州のERCOT(という送電地域)では「希少性価格 scarcity price」と呼ばれているもので、需給逼迫時に通常の数十倍〜百倍もの価格高騰を短期間自動的に(市場プレーヤーの自由意志によらず)発生させることで消費抑制を促し、かつ年間たまにしか運転しないが供給力・調整力として必要な電源の投資も回収しやすくする、という方法です。さらに図1では描かれていませんが、需給逼迫時に自動的な価格設定や上限を設けず完全に市場メカニズムに委ねるという「エネルギーオンリー市場」という考え方もあります。

経産省が用意した図1は確かにわかりやすいのですが、容量市場以外の手法の問題点は付記されるもののそれらの利点はまったく書かれておらず、また容量市場の問題点についても一切触れられていません。さらに容量市場のところにだけ「今回の検討対象」と赤枠が描かれています。「なぜ数ある選択肢の中でわざわざ容量市場を選択するのか」という議論がほとんどないまま、このような一方的な情報を付加されると、バイアスがかかった誘導的な提示方法だと取られても仕方ありません。

ここで筆者は決して、容量市場はダメだ、と主張したい訳ではありません。さまざまな選択肢の得失がそれぞれ精査され、最終的に日本においては容量市場が最適である、という結論に多くの研究者や実務者、国民が納得するのであれば、それは理に適ったことでしょう。しかし、充分な議論がなされないまま結論を拙速に急ぎ、多くの国民がよくわからないうちに決めてしまうとしたら、深い憂慮を覚えます。ゆえに本稿では、容量市場以外の選択肢もあるということを紹介し、また容量市場を取った場合のリスクについても言及したいと思います。

ドイツで否定された容量市場

図1にある通り、ドイツは容量メカニズムの中でも容量市場ではなく、戦略的予備力という選択肢を採用しています(「電力市場2.0」としても知られています)。この議論の経緯は非常に興味深く、日本にとっても示唆的なので、本稿でも紹介したいと思います。ドイツでは、2014年10月に一旦、グリーンペーパー(緑書:問題提起書)がドイツ連邦経済技術省(BMWi)から発行され、容量市場と戦略的予備力の2案が国民に提案されました。その後、国民的な議論を経て、2015年7月に今度はホワイトペーパー(白書:政策提言書)を発表し、容量市場を選択することを否定して戦略的予備力を選択した、という経緯があります。

戦略的予備力は、緊急時に稼動させる予備力を事前に競争入札で確保しておく制度であり、あくまで緊急時のための電源をエネルギー市場とは切り離して調達するため、市場を歪める可能性が少ない方法と言われています。ドイツが選択しなかった容量市場は「市場を歪める可能性が高い」ことが多くの市場関係者から指摘されています
(前述の註2の文献(4)はこの議論の前後に出てきたものです)。容量市場は将来予測のための外生要因が多く、複雑で恣意性が入りやすいため、従来型電源の過度な優遇政策につながりやすく、健全な自由市場を歪める可能性があるのです。

白書自体にもそのことが明確に書かれており、「容量市場は規制の失敗を起こしやすく、エネルギーシステムの変革をより困難なものとする。電力市場2.0(筆者註:戦略的予備力に相当)は市場メカニズムへのいかなる干渉も必要とせず、すなわち規制の失敗はより起こりにくい」(同書p.4、筆者仮訳)と明言されています。ここで登場する「規制の失敗」は非常に重要なキーワードです。

「市場の失敗」と「政府の失敗」

「規制の失敗」は「政府の失敗」とほぼ同義ですが、それらと似たような言葉で、「市場の失敗」というよく耳にする言葉もあるので、それから先に説明したいと思います。「市場の失敗」はれっきとした経済学用語であり、市場が理論的最適状態(各経済主体が価格シグナルに基づいて自由に経済活動を行うことにより最適な資源配分が達成される状態)でないことを指します。市場の失敗と言うと「だから市場は信用ならん!」という市場懐疑主義的なご批判も出てきそうですが、そもそも経済学が考える理論的最適状態は現実にはなかなか実現できない場合が多いので、市場は常に何らかの形で失敗しているとも言えます。市場が失敗した場合は政府が規制などで介入する必要がありますが、全面的に市場を否定してしまうと、どんどん規制が強まり、すべての経済行為に政府が干渉することになります。その究極は、社会主義です。

一方、「政府の失敗」も経済学用語です。政府が規制などで市場介入した場合に、かえって効率的な資源配分を損う場合もあります。先進国の多くが規制緩和の流れになっているのは、政府が失敗する場合も多々あるということが十分認知されているからだとも言えるでしょう。しかも、市場が失敗した場合は政府が正すことができますが、政府の失敗は市場が正してくれるわけではありません。政府の失敗は政府自らが正すよりほかはありません。一般に政府が自らの過ちを自ら正すことはなかなか期待できないので、政府を選ぶ国民が言論や投票などによって政府を動かさなければなりません。

筆者は理論としての社会主義を決して否定するものではありませんが、実際には多くの社会主義国でこの「政府の失敗」を正すことができない状況に陥っているというのは、多くの人が認めることでしょう。この政府の失敗をどのように回避するかは、今後の日本にもますます重要になってきます。そのような文脈の中で、ドイツの連邦経済技術省自らが政府の失敗と同義である「規制の失敗」について明示的に言及し、それを強く戒めているということは、瞠目に値します。

容量市場の議論に足りないもの

前述の図1は非常によくできており、図の左側に行くほど規制が弱くなり(すなわち市場主義的)、右側に行くほど規制色が濃くなる(つまり社会主義的)という規制度合いのグラデーションの構図を的確に表現しています。現時点での筆者が調べた限りでは、容量メカニズムに関する日本の議論では、市場の失敗については精緻な理論を展開するものがあるものの、規制の失敗(の防止策)についてはあまりにも楽観的で過小評価しているものが多いように思われます。「容量市場は社会主義的」と海外の市場関係者から揶揄されるほどリスクが懸念されているにも関わらずです。
さらに技術的な議論として、日本では容量市場に関する多くの議論において、再エネの供給力や予備力が過小評価(もしくはほとんど無視)されている、という点も指摘しなければなりません。日本では「kW価値」という独自指標が用いられ政府審議会資料にもたびたび登場しますが、これは国際的に議論されている「容量価値(容量クレジット)」の概念とは大きく乖離しています註3。また、多くの商用風車に既に実装されている予備力の供給能力についても日本語で書かれた資料は極めて少なく註4、日本ではほとんど認知されていない状態です。
註3 容量価値(容量クレジット)について日本語で読める翻訳書として、以下のものを挙げておきます。
(7)欧州風力エネルギー協会:「風力発電の系統連系〜欧州の最前線〜」、日本風力エネルギー学会(2012)
(8)H.ホルティネン他:「風力発電が大量に導入された電力系統の設計と運用」、
国際エネルギー機関風力実施協定第25分科会(IEA Wind Task25)第1期最終報告書、日本電機工業会(2012)
註4 日本語で読める数少ない解説論文として、以下のものを挙げておきます。
(9)安田陽:「再生可能エネルギー大量導入を可能とする系統柔軟性」、火力原子力発電協会誌、Vol.66、No.8、pp.439−449(2015)
(10)斉藤哲夫、荻本和彦:「電力系統との融和を図る風力発電の制御機能」、風力発電協会誌JWPA、No.12、pp.103−111(2016)

日本ではまだまだ「電力の安定供給」の錦の御旗の下、再エネの大量導入に懐疑的な意見も多いですが、電力の安定供給だけを唱えていればよい時代はもうとっくの昔に終わっています。世界は今や、電力の安定供給と再エネ大量導入を両立させる時代です。再エネの技術はインターネットやスマートフォンに匹敵するくらいここ10年で急速に進展しているのに、それらの情報がほとんど欠落した議論が日本では未だに多く見られるのは残念なことです。

繰り返しますが、筆者は決して容量市場の理論そのものを否定しているわけではありません。各国・各地域で電源構成や自然環境はそれぞれ異なるため、ドイツやテキサスの方法がそのまま日本に当てはまるとは筆者も思っていません。市場を過度に信頼するのも禁物です。しかし、多くの国民に十分な情報や議論の時間を与えられず、よくわからないうちに拙速な議論でそれを導入しようとするならば、そこには「政府の失敗」の芽を懸念せざるを得ません。

電力システム改革はどこに向かうのでしょうか? 規制強化の方向でしょうか? 社会主義的な政府を目指すのでしょうか? そして、政府の失敗のリスクを認識しながら規制強化を支持する市場関係者がいるとしたら、彼らに何のメリットがあるのでしょうか? 「容量市場」という概念は、単に電力の安定供給には留まらない、この国の制度設計の根幹にまで関わります。拙速ではない、じっくりと時間をかけた国民的議論が必要です。

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