|
私の祖父は、明治の末期アメリカに留学しその時洗礼を受け、クリスチャンになりました。 子供の時は、祖父が大好きで今でも暖かい思い出がいっぱいあります。 そんな影響なのか、大学生の頃、よく聖書を読んでいて、ある時期は真剣にエホバの証人になろうと勉強していました。 結局、教理に納得がいかず入教をやめました。 しかし、エホバの証人の人たちが、誠実な人であることを知っています。聖書を研究し、聖句を大切にし神様の願う人格になろうと努力しています。当時は、エホバの証人の人たちと一緒に生活したいと思っていました。 今でも、エホバの証人の人と会うと、慕わしく感じ、神様のためにとがんばっている姿をみると抱きしめたくもなります。 では、その人達と我々食口は、何が違うのでしょうか。 それは、いろいろな角度から説明ができるでしょう。「摂理があることが違う。」「中心宗教であること」「新婦宗教の役目も果たし新婦を迎えている」「真の父母(メシア)と共に歩んでいる」「全ての罪を清算している宗教である」「人類全てを罪から解放し、本然の人間へと復帰する宗教」等 数限りなく説明ができると思います。 しかし、そのような第2イスラエルの人と話す時、何を観点に話したらいいのでしょうか。 上記の内容を話しても、ほとんど反発されるかもしれません。 一番の教理・意識の大きな違いは、人間の責任分担の捉え方です。 真の父母様が勝利した内容は、人間の責任分担を勝利したのです。 聖書にも人間の責任分担がところどころに書かれていますが、まだはっきりしていないため、 キリスト教信徒は、人間の責任分担がわかりません。 聖書では、「真の愛の復帰」ができないため、聖句を大切にし、生活しても、 愛に限外があります。信仰の厚い信徒であればあるほど、愛の限界を感じているのです。 人類史上初めて、人間の責任分担を明らかにし、人間の責任分担を勝利されたのが、 真の御父母様です。 メシアの使命は、サタンを完全に自然屈服し、人類の罪を全て完全蕩減し、真の愛を復帰すること、つまり人間の責任分担を完全に勝利することです。 また、全ての堕落人間が、本然の人間へと帰っていくことができる道を造ることでもあります。 つまり、全ての人が、人間の責任分担を勝利できるようにすることです。 キリスト教の人を復帰することは、教理上の議論をしても難しいと思います。 私達祝福家庭が、まず、人間の責任分担をしっかりと歩み、人間の責任分担を全身全霊で伝えていくことしかないと感じます。
|

- >
- Yahoo!サービス
- >
- Yahoo!ブログ
- >
- 練習用



こんにちは。はじめまして。
少しづつ読ませていただいています。
とっても勉強になります。
エホバの皆さん、ホントに熱心ですよね。
一体どんなモチベーションでやってるんだろうと毎度毎度感心します。
私もあんなふうに一生懸命になれたらいいのになって思います。
hos*a*84さんのモチベーションは何ですか?
2009/10/3(土) 午後 0:58 [ oとpの間 ]
はじめまして、訪問していただきありがとう。
モチベーションですか・・答えにならないかもしれませんが、
ここで、書いていることは、カイン圏から否定を受けてやっと神様から教えていただけことが多いんです。また、間違いがないか、み言でできるだけ確認しているので、私なりに確信があるんです。ですから、時々、教会の人に内容を軽く扱われたり、誤解されたり、「間違いだ」と言われることもあるのですが、そのような否定を受けても気にならないことでしょうか。
また、ぜひいらしてください。ご意見があれば教えてください
2009/10/4(日) 午前 0:27 [ hos*a*84 ]
はじめまして、人間の責任分担は、私の中のサタンを消滅、分立することと思いますが、それによって、神様をお迎えして、初めて神人愛一体の世界、天国を築き上げていくことができると思うのですが、違いますか?
2012/6/29(金) 午後 0:30 [ ミニー ]