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昨日、真のお父様の「自叙伝」を読んでいて感じた箇所があったので紹介します。 私は今でも、人間が人格完成しようと思えば、三十歳になるまでは苦労をしてみなければならないと考えます。三十歳になるまでに、人生のどん底を這いずり回るような絶望の坩堝に一度ぐらいははまってみるべきでしょう。絶望の奈落の底で新しいものを探し出せというのです。そうすれば「ははあ」と驚きの声を上げながら、「今の絶望がなければ、このような決心はできなかったはずだ」と心を新たにするようになります。絶望の淵から驚きの声を上げて抜け出してこそ、新しい歴史を創造する人に生まれ変わることができるのです。(平和を愛する世界人として P85)真のお父様は、親として私たちに「絶望圏(嘆息圏)を勝利しろ!新しい歴史を創れ!」とおっしゃっているのです。涙が出てきます。 感謝です。 「絶望の淵から驚きの声を上げて抜け出してこそ、新しい歴史を創造する人に生まれ変わることができるのです」 真理です。
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お疲れ様です。
私はこのみ言を生活環境における苦労というよりも、心情の苦労と理解しています。生活環境圏の苦労は乗り越えやすいです。借金かかえている私が言うのも何ですが。笑)
ある信仰歴の古い祝家庭の先輩が、とてつもない「愛の減少感」が襲ってくると言われたことがありました。
夫婦や家族、子女たちの家庭、さらには孫までが幸せな生活状態にあって、すべてがうまくいっているようなまさに模範家庭です。
その話を聞いて、第一祝福、第二祝福を超えて、創造理想を成していく、最後の関門がその先輩にきていることを感じました。
2009/12/19(土) 午後 5:05 [ モラロリヤ・ダム ]
もうヨシュアさんもお気づきですね。
真の子女の心情圏でなければ超えられない関門です。
でも・・
この関門を越えた祝福家庭がいないのです。先の先輩しかりです。
ここを超えると、いよいよゴールが見えてきます。
絶望圏(嘆息圏)の勝利は、愛の減少感の勝利であり、さらには真の神の子としての出発点だと悟りました。
私自身にもその時はきました。そして
乗り越えたとき
『すべては私が悪いのです』という神様の声を聞きました。
そこには、誰も悪くない、すべてを赦し、赦される自分がありました。
新しい歴史の扉を少し、開けた瞬間でした。
2009/12/19(土) 午後 5:58 [ モラロリヤ・ダム ]
モラロリア・ダムさん
ご無沙汰しています。ゲストブックにもたくさんコメントをいただき感謝しています。
>絶望圏(嘆息圏)の勝利は、愛の減少感の勝利であり、さらには真の神の子としての出発点だと悟りました。
本当にそうだと思います。
>乗り越えたとき 『すべては私が悪いのです』という神様の声を聞きました。そこには、誰も悪くない、すべてを赦し、赦される自分がありました。
絶望圏で神様と出会ったのですね。その出会いは誰もわからない神様との絆ですね。素晴らしいと思います。
2009/12/20(日) 午後 1:20 [ hos*a*84 ]
ヨシュアさんは今も何かブログ書いておられますか?
2015/9/13(日) 午後 8:57 [ natural wing ]
> natural wingさん
私は知人ですが、ヨシュアさんは、今は霊界で活躍中だと思いますm(__)m
2016/3/5(土) 午後 4:49 [ mek*ta*mama ]