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前回の記事で、ヨセフ物語のDVDから、ヨセフは牢獄の中で内的蕩減条件を立てたことを説明しました。 牢獄に入る前、サタン世界の奴隷(僕の僕)の位置から出発したヨセフは、最初そのひととなりと能力から、大臣に認められて位置が上がっていくように見えましたが、結局、打たれて牢獄に入ることになってしまいました。 このことは、とても大切なことを私たちに教えてくれています。 人格があって能力があり、サタン世界の中でがんばっても、内的蕩減条件がなければ勝利できないということを教えているのです。 内的蕩減条件がなければ(内的にサタンを分立しなければ)サタンに奪われてしまうということです。 ですから、神様はヨセフを牢獄にいれて内的蕩減条件を立てる道を与えました。 このことを、私たちは今まで明確に理解できていませんでした。 試練があった時、内的蕩減条件のことが明確にはっきりわかっていないと、心情が奪われて、サタンに主管され勝利できないのです。 前の記事でも説明しましたが、牢獄でヨセフは絶望圏で絶望せず、嘆息せず、怨讐視せず(怨まず)、神様を絶対的に信じていきました。 ヨセフは、その時牢獄の中で、枯れ果ててしまう寸前の一本の木を大切に育て蘇らせ成長させていきます。 まさにその木が、ヨセフの心情=神様への信仰を表しています。 暗い牢獄の中で、天井からわずかに注ぐ太陽の光を得て成長していきます。 絶望の中で、神様の光を求め、絶望を希望に変えていったヨセフの心情を表し、
木が生長するのは、ヨセフの信仰が成長することを表しているのです。 |

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根本的な解析に、いろんなことが整理されるような気がします。「内的サタン分立」がいかに大事か。復帰された当初、教会で紙に条件物を書き、期間を書いてやってきたけれど、私自身の「中身」がなかったような気がしています。現在も教会で条件を全体でたてようとリレー断食などやっていますが、形式に流れていってることで、何もならないという以上に、むしろサタンに奪われていく可能性もあるのかと思います。今はとうげん条件ではなく「誠成条件」となっていますが。
ヨセフのところ聖書で読みました。「木」は象徴だったんですね。的確な表現をする感性に驚きます。霊界が協授するのでしょうか。
「サタンがこびりついている」という自覚から全てがはじまるのかもしれません。人間になるための戦いからもう逃げてはいけないんですね。肝に銘じないといけませんね・・・
2010/9/28(火) 午前 11:35 [ konayuki ]
>「サタンがこびりついている」という自覚から全てがはじまるのかもしれません。人間になるための戦いからもう逃げてはいけないんですね。肝に銘じないといけませんね・・・
そのように感じてくださり、うれしく思います。
そのことが一番重要だと思います。
私たちの中にサタンはいます。
本然の人間ではありませんので当然です。
そのサタンをはっきり見つめることが難しいのです。
内的サタン分立は、そのようなサタンを見つめてはっきりわかることにより早く勝利ができると感じます。
2010/9/29(水) 午前 1:20 [ hos*a*84 ]
>現在も教会で条件を全体でたてようとリレー断食などやっていますが、形式に流れていってることで、何もならないという以上に、むしろサタンに奪われていく可能性もあるのかと思います
そうなんです。内的蕩減条件つまり信仰基台の本質は、どんな状況でも神様を絶対的に信じることです。
外的な条件物そのものではありません。条件物がないと心情が伴わないので、条件物を捧げて神様を絶対的に信じることです。
本質は、神様を信じることなのです。そのことを忘れてしまえば、サタンに讒訴されると思います。
2010/9/29(水) 午前 1:27 [ hos*a*84 ]