正林堂 本の気休め

群馬県渋川市の小さな本屋が、本に関する話やお客さんとの会話、地域での出来事、ホームページの更新情報などを気ままに綴ります。

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私が「家族」にかかわるテーマなど取りあげるのは、
くちはばったいばかりか、石を投げられての仕方がないような問題ですが、以前からあたためていた問題点を昨夜のNPOの会議で資料を出す機会にめぐまれました。
これは話し出したらとてもやっかいな問題なので、レジュメを配っただけで、突っ込んだ討議はしませんでしたが、予想したよりは素直に受け入れられた感じがしました。

通常「家族」を語る場合は、ほとんどその内容は親子や夫婦の間の愛情問題が中心になりますが、ここで取り上げる家族問題とは、その家族愛も含みますが、
自然と社会の命の再生産の基礎単位としての家族
のことです。

地球環境や経済問題を語る上でよく「持続的発展可能な社会」といった表現が使われますが、
私は以前からこの表現には違和感を感じていました。

それは、この言葉の「発展」を前提としたようなニュアンスが、果たして人類の進歩と同一レベルに考えてよいものだろうか?

といった疑問によるものです。


今、地球全体で問われているのは、むしろ

いかに環境に対する負荷を押さえて持続的な経済発展をはかるかということよりも、

自然と社会の再生産の構造そのものが破壊されている現状を
いかに本来の姿に復元させるか、

といった視点のほうがはるかに重要なのではないかと思います。


そのうえで、より大事な視点が

自然と社会の生命の再生産の基礎単位としての「家族」の問題です。



私の関わっているNPOなどにおいても、地域との関わり方を考えるうえで、

「家族」というキーワードは、とても重要な役割をもっています。

ところが、このキーワードを親子や夫婦などの「家族愛」以外の内容で語ることは、

とても難しい作業で、以前からこのページをホームページ上でつくることは考えていたものの、まとめあげる自信がもてず、長い間放置したままになっていました。


しかし、最近になってようやく私のブログなどで、
この問題に関連した内容を書く機会が重なり、

少しずつかたちが出来てきたので、断片のツギハギではありますが、まずは公開して作業を開始してみたいと思うようになりました。

「かみつけの国 本のテーマ館」内
第一テーマ館 根源から「お金」を問う エンデの遺言
「自然と社会の再生産の基礎単位としての家族」
http://kamituke.hp.infoseek.co.jp/page054.html
しばらく、このmixiやブログばかり関わっていてホームページの更新は久しぶりになってしまいました。

最近、身勝手ながら私の未整理な問題提起も
とりあえず出してみると、みなさんから貴重な助言や感想がいただけるので、ちょっとここにも放り出してみます。

内容は上記リンクからホームページを見ていただきたいのですが、ここにコミュに出した文をコピペしておきます。


「家族力」
−生命再生産の基礎単位として−

**** キーワード「家族」について *** *

 映画や文芸作品などを通じてみる家族は、
「家族愛」がその多くのテーマであるが、
地域社会の復興においても「家族」、「家族労働」、
「個人事業」といったことがらは、極めて重要な意味を持つ。

ここで家族というキーワードの「家族愛」以外の側面に注目したい。



1、 高度な資本主義が発達した現代においても 、
    世界中の生産活動の基本的形態は、
    いまだに圧倒的多数が家族労働である。

   ・アジアに限らず、ヨーロッパの経営形態を見ても、
      家族・血縁による経営形態は根強い。
      人口構成比からみれば、
      世界の圧倒的多数が家族労働と個人事業。
巨大組織化した企業も、その実態の多くは膨大な下請け中小零細企業で成り立っている。

  ・家族・血縁にこだわらない組織形態が発展したのは 、
     アメリカと日本が突出している
   日本も血縁にこだわるが、
   養子という血縁を越えた組織が可能な稀な国
    (企業社会につながる「家」、これは他に例がない)

最先端産業においても、時代のベクトルは「より小さく」の時代へ移ってきている。
今は過渡期:「一極集中の巨大化」と「分散化」の時代。



2、 これまで企業に代表される大規規模生産こそが、      生産力発展の最大条件とみらえれ、
   地域環境を支えていた個人事業、家族労働が
   限りなく企業に吸収されてきた歴史がある。
   ・初めに農業労働 → 都会の工業労働者へ
   ・地元の自営商業労働者→大型SCやスーパーマーケット、
           チェーン店などの労働者(パート)へ
  実際にこのことによって見かけの生産性は 飛躍的に増大してきた。
 


3、自然と社会の再生産を前提とした、
  膨大な量の無償の労働(自然からの贈与、人間による贈与)によって社会が成り立っていることを忘れて、 一次的な利益につながらないそうした労働をすべて切り捨て、疲弊した自然、地域社会や企業風土、家庭をつくってきてしまった。

   ・生産の基本部分は大自然からの贈与
      この贈与に対して企業は代金を払っていない
   (略奪と破壊の繰り返しで、再生産の構造維持の費用負担をしてない)
電気・水道などの料金はもとより、化石燃料の消費は、大自然に対してその費用は払ってない。

   これまで人類は、大自然の恩恵に対する尊敬、
  崇拝の念をもってその維持・再生産につとめてきた

この無償の労働の意義や価値を見失うことが
会社から帰ったら役に立たない多くの父親の姿を生んでいる。
会社の利益追求以外のたくさんの仕事が地域を支える。



4、 安易な企業誘致や産業の育成よりも 、昔からその    地に暮している人々による生業(なりわい) の復興支   援の方が「強い地域」経済を育てることにつながる。    (大企業依存の地域経済が、いかに脆いものであるかは立証された)

  個人事業・家族労働の生業(なりわい)は、
もともと地域の再生産のために必要なことを 不可分の業務として持っていた。
  (国や行政にまかせることではなく、 自分たちのものとして必要とする作業)

  企業誘致やベンチャー育成よりも、
   既存事業の復興、イノベーションの方が
   決して簡単ではないが、はるかに容易い。
    既存事業の復興の能力がないまま、新規事業に手を出しても成功しない。



5、家族労働、個人事業を中心にした経済構造のが、      ワークシェアリングや地域福祉、高齢者の健康維持と
  生きがいのためにも効果が大きい。

ひとりの年収300万円、500万円で家庭を支える労働ではなく、
  子どもからお祖父さんまでが、出来ることで支えあう構造 の意義。
 福祉予算を増額することよりも、実際のメリットが多い。

 生涯、自分が他人が喜んでくれることで、
 何をしてあげることができるのか
  持ち続けることが、生きがいになる。
 (組織にうもれた肩書き人間が失ったもの)



6、単一労働の組み合わせによる分業化を推進する
  企業社会に対して、ひとりひとりが自分の作業を管理し   て、「総合的」に生きていける姿は、
  人間の一生をみわたしたうえでも限りなく価値がある。

  「製品開発」、「製造」、「営業」、「販売」、 「経理」は、個人事業において
特別な意識を持つことなく 、一つの必要な一連の行程として行なっている。
ここに本来の人間の営みの姿がある。



7、利害で結ばれた組織形態である企業にくらべて、
  地域コミュニティーや家族といった結びつきの関係は、  たとえ条件の悪いことが多少あっても、
「あきらめない」強さがあり、
 それが長い人間社会の歴史を築いてきたともいえる。

企業や団体などの組織 : 特定の利害で結びついた集団。
      目的達成のための一定の資質や能力を要求する。
家族や地域 : 構成員の能力や資質にかかわりなく、
     与えられた条件を天賦のものとして受け入れ、
     多くの場合は、あきらめることのない関係を
     築きながら問題を解決していく。

* 家族愛や文化、宗教などの精神活動も、この点から見ると、純粋なイデオロギー上の問題ではなく、地球と人類の再生産を維持するための生産活動の大事な一要素であることに気づく。

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