金貨夜話

金貨の魅力にとりつかれた奴が気ままに書き綴りました

祈復活!ピンボール

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 フィールドは比較的シンプルな構造ですが、当時のマシンで、はやり始めた上下2段フィールドを持ち、
3球のマルチボール機能があったことも画期的でした。

 マルチボールが始まると、特に3球時はせわしなく、ターゲットに狙いをつける暇もない状態になったものです。
時にはビリヤードのごとく、フィールド上で動いている球を狙ってショットすることも試みました。

 シングルボールの時は、よくフリッパーを上げた状態で球を止めておき(トラッピング)、役(シークェンス)達成になるターゲット確認の時間を稼いだりしますが、マルチボール時にうかつにこれをやると、時には2球トラップの状態になって、これが結構重たかったり‥

 BKの由来でもあり、思い出深い名機です。
(1980年、ウィリアムス社製)

イメージ 1 イメージ 2
そろそろ、結論に入りましょうか。
ピンボールの魅力はいくつもありますが、やはり最大のものは、実際に物理法則にしたがって球が動くことです。
これは、ビリヤード、ボウリング等にも共通することですが、ビデオゲーム類には原理的に不可能です。
いえ、ビデオゲームにも独自の面白さはあるのですが、所詮、
 “プログラムと闘っている”ことに過ぎない!というのは言いすぎでしょうか。

別の見方をすると、アナログとデジタルの違いですね。
実際に球が動くものはすべて、アナログ(連続量)で決定されるために、初期条件のわずかな違いが到達時の最終結果に大きな狂いをもたらすことになり、そこが難しさ・面白さとなってきます。
ボウリングですと、リリース時の手元でのそれこそ0.0何秒といった違いが、ピンに当たる際の大きな差となって現れてきます。もっとも、ボウリングの場合には特に球の移動距離が大きいこともあり、途中のレーンの状況などにも相当左右されますので、単純には説明できませんが。
 これがビデオゲームの場合には、デジタル(離散量)で決定されるため、人間の操作する動きのある一定の閾値(しきい値)以下のものは、キャラクターなどの微細な動きとして反映されない、
すなわち、いかに名人芸を持っていても、それがそのまま機械の応答に結びつきにくいわけですね。

 最近、ゲームセンターからピンボールの姿が殆ど消えて久しいのは寂しい限りですが、いつかまた復活して脚光を浴びる日が来ることを心より願っています。
できれば、BKの目の黒いうちに‥

イメージ 1 イメージ 2
スペースシャトル(1985、ウィリアムス社)
 米国での異常人気で、当時のウィリアムス社を立ち直らせたとの噂もある名機!ただし、高得点をマークするのは意外と困難だった‥
 
 時が経ち、BKも中学→高校と進学しました。
 部活や趣味、そして少しばかりの勉強と、今振り返ってみれば結構忙しかったのでしょうが、少年の頃のあの誓いは決して忘れてはいなかったようです。
ある日、本当に久々にゲームセンターに入ってみたところで目にしたものは、やや暗めの照明の下、壁際に10台近く整然と並んでBKを待っていたかのような、ピンボールマシン群でした。
今でも、感動に震えたかのようなその時の感覚は記憶に残っています。
その日から、何かに憑かれたかのごとくプレイに励む日々が始まりました。

 何万円、何十万円(はちとオーバーですが)つぎ込んだでしょうか。

 当時、そのモチベーションを維持する原因となることもいくつかありました。
その最大のものは、ゲームセンター内の各マシン毎に、月間最高得点者とそのスコアを掲示して、“栄誉”としてサービス券などの提供もあったことでしょう。
本当に限られた範囲の、しかも仲間うちだけで通用する“名誉”でしたが、自分が最高得点を記録した時はさながら、世界中で最も上手なプレーヤーにでもなったような気持ちで反対に、他人に取られた時は滑稽なほど落ち込んだりしたものです。
 さらに、ビデオゲームにはないピンボールだけの特徴として、クレジット機能とリプレイ機能があったことも一因です。
ご存知の方も多いでしょうが、それぞれのマシンに定められた規定の得点をクリヤーすると、正面ボード(バックライト)に表示されているクレジットが増えるため、上手になればなるほど100円あれば、それこそ無限に近くプレイできるようになっていました。
 パチンコのように換金することは皆無で、いかに上手になろうとも実益はゼロでしたが、疲れを知らない年代でしたから、手が痛くなっても眠くなっても狂気の沙汰のようにやっていた時期もあります。
ちょうどゲームセンターも風営法の適用を受ける前だったため、24時間営業の店ならば、店員から叩き出されるか根気が尽きるまで、何十時間居ようがネバろうが問題ないという良い時代でした。
(次回に続く)

イメージ 1 イメージ 2 F14トムキャット
(1987,ウィリアムス社)
当時のウィリアムス社製マシンに多く見られた、マルチボールと金属製レーンで熱狂!

 BKと同じ、もしくは近い世代の方でしたら、このタイトルに賛同してくれる方が結構多いかと、実は密かに期待しています。
 ピンボール、若い人だと「なにそれ?新手の球技でも出来たのかい?」とでも言われそうです。(^^;)

 かつて、ゲームセンターに中高生が出入りすることが不良の象徴であるかのように見られていた頃‥
 (“不良”という言葉自体なんか懐かしい!)
 テレビゲーム系統は、テーブルテニス→ブロック崩し→インベーダーのように進み始めていた頃‥
 もちろん、UFOキャッチャーの類など影も形もなかった頃‥
 スロットや競馬といったメダルゲームも、その殆どが機械式メカで動作していた頃‥
 明らかにピンボールは、その最も輝ける時代を迎えようとしていたと思います。

 196×年の或る正月、BKは両親と、とある温泉ホテルに泊まっていました。
そのホテルの片隅にはゲームコーナーがあって、今となってははっきりと覚えていないけれど何種類かの機械式のゲームが数台、置いてありました。
その1台に幼いBKが近づいていき、えらく興味をそそられたのが運の尽きでした。
どうやら、下の方からボールを打ち出して、ゆるく傾斜している台の上のほうから転がり落ちてくるボールが、途中の障害物に当たると機械音と共に弾き返されて、正面のスコアボードになにやら点数がガチャガチャと表示されているようでした。
 その機械の左右両サイドには一つづつボタンが付いていて、押してみると機械の手前側で何かがひょこひょこ動いています。
どうやら、上の方から転がり落ちてきたボールを逃がさないように、また上部に向けてはじき返すための装置(フリッパー)のようです。
 BK、さっそく100円だったか10円だったかを入れて、トライしてみました。
当然、上手にいくはずもありません。背が低くて盤面を殆ど見渡すことができず、ボタンを押す力が弱いせいもあり、点数も取れず、あっという間におわってしまいました。
 そのとき、BKの胸に去来したものは‥
「今は背も小さくて体重も軽く力が無いから出来なかったけど、将来背が伸びて遊べるようになったら、
必ずこの手のゲームを征服してみせる!」
と幼心に誓ったのでありました。
(次回、中高生篇に続く)

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