|
レートは点10・ウマがワンスリーという、学生の分際にしては少々負担の大きい勝負でした。 今のフリー雀荘のルールの主流はあまり知りませんが、その時は赤5筒だけが入っていて、 リーチの有無にかかわらず常にドラ扱いと、今からみると比較的おとなしいルールでした。 BKの対面が友人、上家が愛想のよい常連、そしてマスターが下家という席順だったので、 「こりゃ、俺が少しでも甘い牌を出すところを狙われるな」 と、いつもより打牌を絞って、安全牌を抱えるような打ち方を東1局からしたことを覚えています。 細かな展開はもう思い出せませんが、最初の半荘はほとんど浮き沈みなく終わりました。 友人も、ちょい浮きくらいの点数だった筈です。 思ったほど怖くない、意外と行けるかもしれない‥と思って次の半荘に入ったのが運の尽きでした。 東の2、3局あたりで、BKが親になりました。 配牌を取ると、マンズが7〜8枚の絶好のチャンス手、悪くとも親満いただきか? 頭の中ではもう「4万点のトップだと××円の稼ぎ、初めてにしては上出来じゃん」と皮算用。 ところがどうしたことか、第一ツモ以降、ツモってくる牌のほとんどがマンズで5、6順目にして メンチン状態に‥おそらくあまりにも予想外で焦っていたのでしょう、 上家のおじさんの切ってきた二万をみて思わず、「ロン!」といってしまいました。 内心、「あっ、大丈夫だったっけ?」とは思ったのですが、案の定手牌を倒して理牌して、 どう組み替えてみてもアガリ形がありません。 親満、いやメンチンですから親っパネのつもりが逆に親チョンボ、というお粗末でした。 3回目の半荘以降のことは殆ど記憶にありませんが、その晩は結局、当然負けたものの大一枚 (当時は聖徳太子!)で済んだのは幸運だったかもしれません。 マスターも、愛想は全くといっていいほど最後までありませんでしたが、特に恐くもなく、 「そうか。金が無いならあとは学生証を置いてけ。今度金を持ってくるまで預かる。」 などと言われるかも‥というのも杞憂に終わりました。 その後、4人でのセット麻雀はちょくちょくあっても、単独でのフリー打ちの機会は無いままですが、 時々あの事も思い出します。 ○○町のあの雀荘、今でも健在だろうか‥マスターは元気だとしてももう七十にはなってるだろう‥ でも、もしかしたらあのマンズ一色のツモ牌、マスターの積み込みが間違って流れてきたンぢゃ? (この項おわり) |
麻雀悲歌怒楽怒楽
[ リスト | 詳細 ]
全1ページ
[1]
|
もうかれこれ×十年前にもなりますが、BKが初めて友人と二人でフリーの雀荘に行った時の話をしましょうか。 |
|
今仮に、貴方がある会社(別に会社でなくとも、役所でも組合でもNPO団体でもかまいませんが)の福利厚生係を担当しているとしましょう。 |
全1ページ
[1]





