金貨夜話

金貨の魅力にとりつかれた奴が気ままに書き綴りました

旅行は移動にあらず

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

全3ページ

[1] [2] [3]

[ 次のページ ]

北陸貧乏旅行その2

夜行急行「アルプス」は5、6回ほど利用しました。
急行と名がついていたけれど新宿駅のホームで最初にみたときには、確か昔の東海道本線の普通電車と同じような車両、−いわゆる湘南電車と言うんでしょうか− だったので、ひどくがっかりした憶えがあります。
そして、季節感をとても感じた列車でした。
夏は、丈夫な登山靴を履いて大型のザックを背負った人たち、冬はスキーを長々と網棚に載せて
‥といった風に。

今見ている昔の時刻表には、新宿発23:20の1本だけしか記載されていませんが、たまたま10月号だからでしょうか。
夏や冬に乗った時は臨時列車まで含めて一夜に3〜4列車ほど出ていたような気がします。

大月、甲府、そして上諏訪と夜中の零時台から3時まで走り続けます。
もちろん寝台もなく、しかも座席は4人向かい合わせのボックス席で、リクライニングもできない形式(だった筈)です。鈍行乗り継ぎに負けず劣らず疲れます。

松本につくのが早朝の4:10です。
ここからは大糸線に入り、豊科、穂高、信濃大町といかにも“アルプス”らしい名前の駅に停まります。
終点の南小谷(みなみおたり)に到着した時は5:52になっていました。

 ここで普通電車に乗り換えて糸魚川まで行きますが、一度、真冬に利用した時に南小谷で猛吹雪に見舞われたことがありました。
乗り換えるのがBKただ1人だったからか、駅員さんが心配そうに出てきて、
「中で待ってないと、凍死するよ(大袈裟?)」
と忠告(?)してくれたので、慌てて駅舎に入りました。確かに、待ち時間は50分近くあるので、
もしホームで待ってると言葉通りになってたかもしれません。

糸魚川到着7:35、いよいよ北陸本線です。
ここから富山までは一時間ちょっとの快速電車ですが、車両のやりくりの為か、何故かいつ乗っても2ドアの特急仕様の車両でした。しかも大抵殆ど1人で貸し切り状態だったので少し得をしたような気分です。
終点の富山着は8:49、もし金沢までさらに普通で行こうとすると接続が悪く、一時間半待ちで11:16着、総乗車時間は11時間56分にもなります。

 それでも、富山までだと9時間半なので、東海道回りより3時間以上速く着きます。
金沢まで乗るとすると、12時間05分(東海道)対11時間56分(アルプス)、いい勝負ですがわずかにアルプスの勝ちです(もっとも、品川駅からと新宿駅から乗るのを比べると、住んでいる場所によっては逆転するかもしれませんが‥)
福井だと明らかに、東海道回りの方が有利でしょう。
ということは、北陸で東京から最も遠く不便なのは金沢(および石川県)となる(^^;)?

北陸貧乏旅行その1

 かつて、東京に2年間ほど住んでいた時期がありましたが、何度か北陸方面へ旅行をしました。
金は無く暇はある学生時代だったため、移動手段はもっぱらJR鈍行列車か、せいぜい周遊券を使った
夜行急行を利用するのが関の山でしたが。
方法としては(1):東京駅から大垣行き夜行鈍行→大垣、米原と普通列車乗り継ぎで北陸へ
(2):品川駅から朝一番の普通列車に乗り、以降普通列車乗り継ぎ
(3):新宿駅から夜行急行「アルプス」で松本→糸魚川経由で北陸へ
(4):上野駅から夜行急行「能登」で長野→直江津経由で北陸へ
こんなところだったでしょう。

(1)の大垣行き夜行鈍行列車については以前触れましたので、(2)〜(4)、手元の当時の時刻表を頼りに再現してみます。

 品川発の時刻をみると、4:35(沼津行き)となっています。
当時下宿していたのが小田急線沿線だったため、始発電車に乗ってもとても間に合わないため、
最終電車で品川駅に向かい、駅前で一夜を過ごしました。
シャッターの閉まった前で所在無くブラブラしていたら、そのうち案の定、警察官が(怪しんで)事情を聞きに来ました。
ただ、始発を待っていることを話すと、「気をつけて。寝ないようにしてね」と言ってくれたことは憶えています。

 4;35に品川を出て、沼津に着くのが6:34、約2時間後です。11分待ち合わせで浜松行きが6;45に出発となっています。
浜松着が9:03、僅か2分の待ち合わせで今度は一気に米原行きに乗り換えです。
思い出すと、待ち合わせが2分しかないため両手に荷物を持ってダッシュの準備をしていた筈ですが、確か向かいのホームに停車していたため、跨線橋を昇り降りすることは幸い免れました。

 米原に着いたのが12:34、ここからはいよいよ北陸本線に入ります。
米原でのお昼は、井筒屋という会社が作っている「近江牛ステーキ弁当」を買って、車内で食べるのが常でした。果たして今でも健在でしょうか‥
 米原発が12:51で、福井着15:01、また乗り換えて金沢着16:40、富山着が17;51と、
富山まで計4回乗り換えて、所要時間は13時間余りかかりました。

 今ならおそらく確実に、新幹線→特急コースを選択するんでしょうが(^^;)
 

開く トラックバック(1)

都区内フリーきっぷ

 なんとも懐かしいものが出てきたものです。
もう30年近く前のことですが東京都民だった頃、都内の古本屋・中古レコード屋めぐりをする際、
一日の計画を立てて、使ってました。

 まだ、駅の改札は有人で、客一人一人の切符に入鋏をしていた時代です。
客が通過する間に、鋏を空打ち(どういう表現が適当か分りませんが、物を挟まない状態でカチャカチャ
動かしていること)させていたのも、覚えています。
 最初は、何のためにやっているのか分りませんでしたが、入鋏時に出る切り屑を落とすために、絶えずああやってるんだ、と友人に聞かされて納得しました。

 これ、駅によって、鋏を入れたときの形が異なってるんですね。
もう不可能なんですが、こんなのを見るとついつい、山手線全駅の鋏を入れた乗車券を作ってたら
面白かったろうな、なんて思います。

イメージ 1 昭和56年の都区内フリーきっぷ 
まだ「国電」だったんですね‥

出張先の赤提灯

 BKは、只今出張中です。
出張の楽しみの一つに、その地域の旨い物、旨い酒がありますね‥
ただ、私は焼鳥大好き人間なので、地域の特産よりもむしろ、地元の人が通うような焼鳥屋を探して
飲み屋街を歩き回ります。

 今日も仕事が終わった後、JR駅近くの飲み屋街を散歩しました。
遠くに赤提灯がみえてくると、期待感からか何となく嬉しくなってきます。
今日入った焼鳥屋も、"当たり”でした。

 「一期一会」という言葉のとおり、もしかするともう一生来ることはない街かもしれませんが、
地元の方との話に花を咲かせて、楽しめたことがこれまでも一つ一つ思い出になっています。

 これから生涯、どれだけの出会いを経験できることでしょうか。

 △十年前の小田急線沿線の風景。忘却の彼方になる前に‥

・南新宿:新宿の次の駅なのに、あの喧騒が嘘のようだ、と思った駅。

・代々木八幡:曲線ホームだったので、常に到着時の、
 「ホームと電車の間が空いている所があり、お気をつけください」が印象的だった。

・東北沢:河合塾駒場校の看板が目についた。昔、改札を出てすぐの所に「ファゼンダ」
 だったか「アシェンダ」だったかの名前の喫茶店があったけど今は?

・東北沢〜下北沢:下北沢の駅が近づいてくる頃、小田原方向にむかって左側に、
 「金子ボクシングジム」と窓に大きく書かれた建物が見えたのを、今でも覚えている。

・世田谷代田〜梅ヶ丘:「環状七号線」と大書きされた歩道橋を左側に見る。

・梅ヶ丘:「ぴあMap」で紹介されていた、皮だけ食べてもうまい!という餃子屋(名前は忘れた)に、
 わざわざ行ってみたけど、いざ食べてみたら、(´Д`;) だった‥

・豪徳寺:世田谷線に乗り換えのため、時々利用した。
 世田谷線、初めて乗ったときは「えっ!」と少々驚いたことがあった。
 それは、環七か環八かとの踏切で、電車が車に負けるのを初めて見たから。

全3ページ

[1] [2] [3]

[ 次のページ ]


.
BlackKnight
BlackKnight
男性 / A型
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について
友だち(1)
  • Satoshi
友だち一覧

スマートフォンで見る

モバイル版Yahoo!ブログにアクセス!

スマートフォン版Yahoo!ブログにアクセス!

1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31
検索 検索

過去の記事一覧

よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

ふるさと納税サイト≪さとふる≫
実質2000円で好きなお礼品を選べる
毎日人気ランキング更新中!
数量限定!イオンおまとめ企画
「無料お試しクーポン」か
「値引きクーポン」が必ず当たる!

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事