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家をテーマにした映画をいくつか見てきました。
人生の中での大冒険とも言える、「自分の家をつくる」という過程。
「家」を持つことは絶対的な価値が無くなってきた時代ではありますが、「家」をつくることは、
ただ、住む場所、暮らすスペースを得ることではなく、
つくるということ、その後、そこに住むということ、それぞれに関わる人々との人生の接点となることで、
「家」は物理的に存在する物として以上の人生の根幹となっていると思います。
特に、愛しい家族のための家ならば・・・
映画 [海辺の家-Life as a house-] の主人公、建築事務所に勤めるジョージ・モンローは42歳の建築デザイナー。
彼が住むのは、海を臨む、ペンキのはげ落ちた木造の家。
これは彼の父親がつくったものですが、父との思い出はジョージにとって、
けっして楽しいものではなく、
彼の心の内にはこの家と決別したいという思いのほうが強く宿っていました。
一方、別れた妻のロビンは勤勉な夫と再婚し、子供にも恵まれ、
幸福な生活を送っているかに見えます。
しかし実は、ジョージとの間にできた子供サムの非行ぶりに手を焼き悩んでいました。
模型づくりのスペシャリストとして、建築設計事務所に長年努めてきたジョージでしたが
時代は、コンピューターグラフィックスに取って代わられます。
必要とされなくなった彼は ある日突然 解雇されてしまいます
そのうえ その後倒れ、余命3ヶ月と医師に宣告されてしまいます。
失意のどん底の中で、ジョージは退職金と保険を解約して得た金で、残された3ヶ月の間に、
いまだに父を憎み続ける16歳になる息子サムと、新しい家をつくることを決意します。
それは彼にとって自分自身と家族の関係を、もう一度つくりあげることでもありました。
ジョージの容態も気持ちも知らないサムは 強引に家づくりを手伝わせる父に反発しますが、薬物と無縁の"家づくり"という労働のなかで、少しずつ人間らしさを取り戻していきます。
父子の関係を心配して、ロビンも現場に顔を出し、
かつて家族の間に通っていた愛情が日ごとに復活していきます。
しかし、同時にジョージに残された時間は少なくなっていくのです。
新しい家が完成に近づき、ジョージとサム、そしてロビンが
それぞれに確かな愛情を感じるようになった頃、
すでに、ジョージは病院のベットから離れられない体となっていました。
そのとき、初めて父の容態を知ったサムにある考えが浮かびます。
それは、海辺の家をジョージの病室の窓から見えるようにライトアップすることでした・・・
この映画は、家とはいったい誰のために、何のためにつくるのか、
家族が、家づくりのプロセスのなかで何を発見し、何を思うのか、
そのことをさまざまな角度から考えさせられた映画でした。
耐久性の高い構造、美しくデザインされた部屋、便利な設備で埋め尽くされたキッチン、家は、耳慣れたそんな要素で意味付けられるものではありません。
極論を言わせていただければ、そんなものが全部なくても
「これさえあればいい」 というもの
それが、家族のいる情景です。
「家」は、家族があってこそ意味をもつものなのです。
現在、いつ事件に発展してもおかしくない社会問題の多くが、家庭の問題と切り離せないものです。
それを引き起こすのも、「家」ですが
解決できるのもまた、「家」だと私も思います。
夕日の美しい海辺、こだわったロケーションの美しさとともに、「家」をテーマとして取り扱ったこの映画を、ぜひご覧になって頂きたいと思います。
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