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『一 葉 恋 歌』;石川さゆり
作詞;吉岡治
作曲;弦哲也
編曲;若草恵
この歌は、明治の作家;樋口一葉自身のことがモチーフとなっている。又、樋口一葉といえば2004年の秋に新しく発行された五千円札としても有名である。そして、この歌を唄われたさゆりさんは、”文の京一葉物語推進大使”に任命された。この歌を通して、明治時代の女性の生き様についても触れていただけたら…と思っている。
樋口一葉は、本名;樋口奈津といい、東京の内幸町に次女として生まれた。一葉は、明治に生まれた女性であったが、決して家柄が貧しいというわけではなかった。どちらかといえば高貴な家柄に生まれ、父の理解もあり歌塾にも通っていた。一葉の母は、そんな父とは対照的に、”女性は勉学よりも針仕事”という考えが強かった。そんな中、一葉の兄は肺病に侵され24歳という若さでこの世を去る。又、その後父も帰らぬ人となってしまう。残されたのは、一葉と一葉の母、そして姉妹。しかし、この時代である。たちまち、高貴な生活から貧しい生活になり、女ばかりで身を立てるのは相当な苦労が伴ったであろう。その上、父が事業に失敗していた為、多額の借金も残されていた。働いても働いても、その汗と涙の結晶は、借金返済に消えてゆくばかり。毎日そんな貧しさに明け暮れ、辛い日々を過ごしていた。そんな時、一葉はある人に出会う。新聞社に勤めているという一人の男性;半井桃水であった。その出会いが、一葉に光を与えることになり、又それと同時にせつない思いをも経験することになるのである。
一葉は、小説などを読むことが幼い頃から好きだった。ある時、小説を書いてその作品が世に受け入れられるといくらかの金銭になるということを知る。そして、一葉は試みた。自分も小説を書いてみよう!と、そう思ったのである。一葉は、この貧しさから一刻も早く這い出したかった。少しでも今のこの生活を楽にすることができれば…と、身を削る思いで働き、そして小説も書いた。しかし、当時は作家という職業は男性のものとされ、女性が小説を書くなどということは、到底受け入れてもらえるような世の中ではなかった。新聞社の仕事をしているという半井桃水にも、一葉はそれらの作品を見せてはみた。しかし、桃水は一葉に、文章自体は素晴らしいのだが新聞に掲載する作品としては向いていないのだと言う。それは何故なのか。新聞は、民衆が読むものである。その為、民衆に受け入れられ興味を引くようなものでなければならない。となれば、やはり悪人の話や男女の露骨な描写を主にした作品が多かったようだ。しかし、桃水は、一葉のそれらの作品を非常に優れており素晴らしいと評価する。
そんなやり取りをしながら、お互いにだんだんと男女として意識し合うようになっていく。一葉は、桃水のことを兄のように慕っていた。桃水も又、いつしか一葉を一人の女性として見るようになっていく。桃水は、一葉にさり気なくそのような気持ちを伝える。けれども、一葉は桃水のことをただ兄のように慕っているのだとしきりに言う。実は、それにはわけがあった。桃水は酷い女好きだとの噂があり、歌塾の先生や友人にも彼との交際はきつく反対されていたのである。しかし、そのような噂は何があろうとも信じたくないのが恋心というものだ。信じたくはない。でも、本当のところは本人でなければわからない。その上、二人は結婚を前提とした交際をしているなどという噂まで広がってしまっており、一葉は動揺し、又腹立たしくもあった。ましてや、一葉は一家を支え日々暮らしていかなければならず、その為には働かなければならなかった。恋愛などしている余裕はない。余裕はないのだけれども、恋心は日々強くなるばかり。恋する気持ちというものは誰にも止められはしない。自分自身にさえ、止めることは難しい。自分で自分の気持ちをコントロールすることが困難になってしまうのである。そんな自分自身でさえコントロールすることの難しい恋心とも、貧しさの中で必死に向き合い懸命に生き抜いたのが、作家;樋口一葉という一人の女性なのである。
そんな一葉にも、やがて転機はやってくる。小説「たけくらべ」や「にごりえ」などが受け入れられ、作家として成功していく。しかし、不幸にも、一葉も又肺の病に侵されており、24歳という若さでその生涯を閉じたのであった。明治時代の女性の中では初めての職業である作家を、見事に成功させた樋口一葉は、まさに女性代表といえる人物であろう。
さて、さゆりさんの『一葉恋歌』の歌詞について書こうと思う。まず、「闇にさえ 桜は咲いて 散らして 散らない恋ごころ」という部分についてである。貧しくて貧しくて、到底恋などする余裕もないはずなのに、そんな中でさえ桜は咲く。ここでいう「桜」とは、一葉の”恋心”のことであろう。そんな恋心である桜は、どんなに貧しく苦しい日々を送っていても散ることがない。散りそうでいて散らない。恋をしてしまった今、貧しくてもこの気持ちだけはどうにもできない。押えきれない感情が、痛い程よく伝わってくる。又、一葉の作品に「闇桜」というものがある。この作品とさゆりさんの歌;「闇にさえ 桜は咲いて」という部分とは掛けられているのであろうか。もしそうだとするならば、それは又非常に素敵なことであると思う。次に、「慕ってははげしく厭い 火のような通り魔がゆく」とある。火のように激しく燃えながら通り魔が行過ぎる。「通り魔」というくらいであるから、その人は、特に一葉でなければならないというわけでもなかったのであろう。そして、「ぼんやりと紅灯ながめ 文綴る 一葉ーー丸山福山町」と続いている。これは、一葉が手紙を書いている場面である。一葉は、数多くの手紙を残している。様々な人達に、たくさんの手紙を書いたようだ。「紅灯」という表現から時代を感じる。
続いて2番の歌詞についてである。「その身体 任せてくれと 露骨に言い寄る人がいた」となっている。個人的に、露骨なのはあまりよろしくないとは思うが、いろいろな人がいるのでこのような人も又いるのであろう。そして、「貧しさに明け暮れ泣いて 身を削りこの世を生きる」と続く。泣くような貧しさの中で、それでも働きながら身を削ってこの世を生きなければならない。一葉は、貧しさの中でふと死にたい,死んでしまおうか…とまで思ったようだ。しかし、一葉は負けなかった。貧しさにも世間にも、そしてどうにもならない恋にさえも負けなかった。
そしていよいよ3番の歌詞である。「いつの日か みどりの野辺を そぞろに歩いておいでなら」・・・「いつの日か」となっているのだから、それは”そうなればいいな…”という想像にしか過ぎない。次に、「その袖にまつわる蝶は まだ慕う化身のわたし」とある。私は、この部分が最も印象的である。又、さゆりさんもこの部分は激しくせつないまでの歌声で、抑揚をつけて表現されている。袖にまつわる蝶は、まるで一葉自身の激しい思いそのもののようだ。思いを遂げられなくて、この世に未練を残しているのではないだろうか。作家としても恋愛においても、まだまだこれからであったはず。それなのに、「微笑みもやつれて病んで 絶えだえに」と続く。とうとう息も絶えてしまうわけである。息絶えてしまってからも、まだあの人のことを慕っている。私は、一葉がしきりに息絶えてからも慕い続けている人物というのは、半井桃水だろうと思う。慕い続け過ぎて、化身にさえなってしまう。24年7ヵ月という、本当に短い生涯であった。その短い生涯の中で、一葉は作家として、娘として、又一人の女性として一生懸命に生き抜きはしたけれども、どうにもできないことって、やはりあるのだと…。恋愛においても、又人の生命においても、どうすることもできないことはあるものだと思う。一葉は、死を前にしてどんなに悔しかったことだろう。まだまだこれからしたいこともたくさんあったであろう。そのような一葉の気持ちを思うと、さゆりさんのこの歌が、より一層せつないものに聴こえてくる。
さて、歌詞についてはこのくらいにしておいて、次はさゆりさんの『一葉恋歌』の唄い方についても少し触れておきたいと思う。さゆりさんの歌の中には数々の文学作品をモチーフにしたものがあるが、今回のような実在した人物自身のことをモチーフとした歌は初めてである。さゆりさんは、この歌を制作さるにあたって、東京の”一葉記念館”を訪れたそうだ。より一層歌の世界へと入り込み、一葉自身の気持ちをも理解しながら一言一言を大切に伝えたいとの思いから訪れられたのだと思う。その為か、さゆりさんの歌声にも力が入る。特に、3番の歌詞「まだ慕う化身のわたし 微笑みもやつれて病んで 絶えだえに」というところ。非常に、気持ちが高ぶっているように聴こえるのだ。もう少し細かくいえば、「化身のわたし」から「微笑みも」という部分にかけてである。「わたし」の後、さゆりさんは一度大きく息を吸い、次の「微笑み」という部分に激しく繋げている。この部分が、『一葉恋歌』の中で最も盛り上がりをみせる、いわばクライマックスのようなものだと、私は感じている。成就できなかった恋心を、しきりに訴えかけているように聴こえるのである。又、メロディーも非常に哀調を帯びたもので、このメロディーが、より一層歌詞とさゆりさんの歌声を引き立たせる役割をしていると思う。私は、この歌が『天城越え』と『夢の浮橋』に並んで大好きだ。樋口一葉という一人の女性の生き方に感銘し、さゆりさんの新たな歌の魅力にも出会った。新札の肖像にもなった今、『一葉恋歌』は全国の人達から愛され続ける歌となることであろう。そうなることを、私は強く願っている。
★又、私は今回のCDジャケットも好きだ。発売当初の『天城越え』のジャケットと同じくらい好きである。こんなにも色っぽいさゆりさんは、私達ファンを虜にさせてくれる。何となく、紅灯を眺めながら文を綴っている樋口一葉を思い起こさせてくれるジャケットである。尚、このコメントを書くにあたって、さゆりさんのファンの方からいただいた佐伯順子;著「一葉語録」という本を参考にさせていただいた。この本は、非常にわかりやすく樋口一葉について書かれているので、興味のある方は一度読んでみられてみてはいかがだろうか。きっと、もっとさゆりさんの『一葉恋歌』の世界が広がってくれることであろう。
それから、私事ではあるが、このコメントを書き終えた時(※何年か前の頃のことである)、ひらひらと一匹の蝶が私の目の前で舞い上がった。「その袖にまつわる蝶は まだ慕う化身のわたし」という歌詞が、私の脳裏によぎったのであった。。。
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「林檎」さん、樋口一葉さんのサイトからまいりました。とっても樋口一葉さんのことがすきなんですね?思わずTBさせていただきました。ご迷惑なら削除なさってください。傑作に投票させていただきました!本名が樋口奈津さんだなんて?気づかせていただきありがとう存じます。幸せ、感謝!
2007/4/15(日) 午前 11:45 [ あんしん ]
ついているさん>訪問&コメントありがとうございます★御迷惑なんてとんでもないです〜(^^)b感謝までしていただいて有難いくらいです♪樋口一葉さんの『十三夜』とか結構好きです☆24歳の若さでお亡くなりになられて…早過ぎますよね。素敵な作品が多いです!!お札にもなってくれて嬉しいです(*^o^*)v
2007/4/16(月) 午前 0:18 [ 林檎 ]
改めて読み直してみて、誤字脱字をいくつか発見したので…今更ですが直しておきました(笑)樋口一葉さんって、明治時代に必死に生きた女性ですよね★半井桃水との恋…成就させてほしかったなぁ〜って思います。24歳って…本当に若いですね。
2007/4/16(月) 午前 0:30 [ 林檎 ]