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『飢餓海峡』;石川さゆり
作詞;吉岡治
作曲;弦哲也
編曲;南郷達也
この歌は、水上勉先生の小説『飢餓海峡』がモチーフとなっている。貧しい貧しい一人の女性と、身体の大きな男性との悲恋物語であり、社会派推理小説でもある。女性の名は杉戸八重。男性の名は、犬飼多吉こと樽見京一郎である。これについては、私などが説明するよりも小説を読んでいただいた方がより一層さゆりさんの世界に引き込まれることと思うが、少しだけ触れておきたいと思う。
青森県下北半島の部落の貧農に生まれた酌婦である杉戸八重は、貧しさからはい上がり食品工業会社の社長となった犬飼多吉こと樽見京一郎を愛してしまう。ところが、八重が愛したその男は実はある事件と関係していた…。さゆりさんの歌からもわかるように、八重は波瀾万丈の一生を送り、波瀾万丈の恋をした。
又この小説は、左幸子さん,三國連太郎さん主演で映画化もされた。とてもすばらしい作品だったようで、昭和四十年度には映画賞も受賞している。映画はもちろんモノクロである。私もビデオで見たが、推理ものである為モノクロ映画はやはり迫力が増す。一度機会があれば見られてみてはいかがだろうか。
さて、さゆりさんの『飢餓海峡』についてである。この歌にはシングルバージョンとギターバージョンとがある。シングルにはシングルの、ギターにはギターの良さがあるが、私はギターバージョンが好きだ。そして、私が最もこの歌に感動したのは、さゆりさんのコンサートで生の『飢餓海峡〜ギターバージョン〜』を聴いたことである。私の大好きなギターバージョン。その上、さゆりさんの朗読入りであった。これはコンサートならではのことで、杉戸八重の思いをさゆりさんが朗読される。初めてそれを聴いた時は、本当に鳥肌が立った。すばらしい!絶品だ!こんなにも歌を表現しきることができるだなんて!と、私は感激して声も出なかった。テレビなどでこの歌を聴いてもさゆりさんの世界に引き込まれるのに、コンサートでの生朗読と歌には酔いしれるものがあった。しばらくじっと聴き入っていた為、頭の中は自然と『飢餓海峡』の世界へと吸い込まれていった。もちろん、会場は物音一つ聞こえない程に静まり返っている。さゆりさんの切ないまでの歌声が、会場に私の心に響き渡る。もう本当に頭がぽーっとし、このまま時が止まってしまえばいいのに…とさえ思ってしまった程である。
それから、この歌は推理小説がモチーフとなっている為、歌詞の中にもその内容を思わせるような言葉が織り込まれている。織り込まれてはいるのだけれど、さゆりさんが唄うととてつもなく切ない思いが伝わってくるのだ。この歌は、演歌という歌の範囲を明らかに越えているように思う。それをみごとなまでに唄い上げられたさゆりさんは、歌手でありながら一人の表現者と呼ぶに相応しい方だと、私は思っている。
そして歌詞についてであるが、「たとえ 地獄の果てまでも 連れてって…」という部分がある。小説を読まれたことがない方は、凄い歌詞だな…と思うかもしれない。けれども、『飢餓海峡』という小説を読んでみると、ただ単に凄い歌詞…だけでは終わらない。その歌詞に込められた杉戸八重の深い思いに気付くことだろう。小説『飢餓海峡』を読むことによって、この歌のすばらしさや切なさがより見えてくるような気がする。又、「連れてって…」という部分は、まるでさゆりさんが私達一人一人に語り掛けているように思えるのだ。この部分で見せるさゆりさんの表情,歌声は、もうたまらない。最高である。是非、小説『飢餓海峡』を読んでみてから、さゆりさんの『飢餓海峡』を聴いてみてほしい。そして、機会があれば是非生でさゆりさんの文学作品の世界を楽しんでいただけたら…と思うのである。
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