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『星の旅びと』;石川さゆり
作詞;五木寛之
作曲;幸 耕平
編曲;竜崎孝路
この歌は、直接日本の文学作品と関連しているというわけではないが、この歌を作詞されたのは作家;五木寛之先生なのである。さゆりさんの歌の中では、初めての五木寛之先生の作品なのだ。又、この歌はテレビ番組「百寺巡礼」のエンディングテーマ曲でもあり、ファンの声援に応えようとCD化されたようだ。
さて、『星の旅びと』というタイトルから、どのようなことを想像するだろうか。私は、このタイトルにある「旅びと」という部分に注目したいと思う。何故、「旅人」ではなく「旅びと」なのか。私は、真っ先に疑問に思った。「人」と漢字で表してみれば、それは単なる人間にすぎない。しかし、「びと」と敢えてひらがなで表現することによって、単なる人間という意味だけではなく、何かこの星の生物全体を表現しようとしているのではないだろうか…と思ったのである。つまり、単に人間だけではなく、この星の生物全てがこの歌の主人公に値するのではないだろうかと、独自の考えではあるが思うわけである。私は、この歌は、この広い星に生息する全ての生き物と人間との共用した世界を背景に描かれているものだと思っている。
歌詞の中に、「鳥や風の歌に 疲れた心も いつか忘れて 歩きだす」とある。通常私達は、鳥は「鳴く」,風は「吹く」と表現するだろう。しかしここでは、「歌う」と表現されている。このことから、人間と生物は同じ星で共に生息してるのだということの強調が感じられる。人間の疲れた心を癒すのは、人間だけとは限らない。一人になり、鳥や風などのあらゆるこの星のものと出会い、人間は癒される。この歌を通して、何かそのようなあたたかい生物の共存ともいうべきものが感じられるのである。
又、私がこの歌の中で最も美しいと感じるところは、サビの部分だ。「幾千年の星のかなたへ 幾千年の愛の世界へ」となっている。何千年もの時を越え、そこには何があるのか。この歌の女性は、愛にさまよい旅をしているわけである。「この坂をのぼったら あなたに会えますか」と続いているのだから、やはりこの女性は愛を求めているということになる。この女性にとっての「坂」とは、どのようなものなのかはわからない。しかし、この歌は、私達一人一人にも当てはめることが可能なのではないだろうか。誰でも、一度くらいは悩み傷つき一人になりたいとか、優しさに出会いたいなどと思ったことがあるだろう。何か特別に思い悩んでいるわけではなくとも、流れゆく時の中で不意に癒されたいと思うこともあるだろう。そんな時にこそ、この歌の素晴らしさに出会えるような気がするのだ。
慌ただしく過ぎてゆく時の中で、ふと一人になって自分を見つめ直している女性の姿。女性に限らず、人は自分自身を真っ直ぐ見つめ振り返る時間も、時には必要だと思う。それは、決して過去のことを悔やんだりするわけではない。振り返ることで、又新しく見えてくるものもあるのではないだろうか。そして、又一歩一歩進み越えてゆくのだと、この歌を通して感じたのである。時間に流され疲れてしまった時には、是非この歌を聴いてみてほしい。心が癒され、何か優しい気持ちにさせてくれることであろう。さゆりさんの歌のパワーは、それほど素晴らしいのである。
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