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			<title>カルト・ミュージック・コレクション</title>
			<description>ロック、ジャズ、現代音楽など、あらゆる音楽を熱くレビューする。読め！聴け！</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/hotikisusensei</link>
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			<copyright>Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.</copyright>
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			<title>カルト・ミュージック・コレクション</title>
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			<description>ロック、ジャズ、現代音楽など、あらゆる音楽を熱くレビューする。読め！聴け！</description>
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			<title>Noise From The Basement / Skye Sweetnam</title>
			<description>&lt;div align=&quot;center&quot;&gt;&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-40-f6/hotikisusensei/folder/940464/50/32338450/img_0?1514451995&quot; alt=&quot;&amp;#x0030a4;&amp;#x0030e1;&amp;#x0030fc;&amp;#x0030b8; 1&quot; class=&quot;popup_img_260_260&quot; width=&quot;260&quot; height=&quot;260&quot;/&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&amp;nbsp;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;前回紹介したFreyaが天使の声だとすれば、このSkye Sweetnamは小悪魔だ。いかにも今どきの女の子風のジャケット写真そのままだ。このジャケットから、レコード会社によって作られたタレント歌手、といったイメージを持ったとすると、それは大きな誤算だ。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&amp;nbsp;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;アルバム1曲目「Number One」の冒頭、ギターのアルペジオをバックにした巻き舌のボーカルが印象的だ。このアップテンポの曲はギターのリフも若々しくてスピード感があり、いかにもアルバムの最初を飾るにふさわしい。余計なエフェクトを極力排したボーカルの録音も、生々しく声を聴かせてくれるものになっている。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&amp;nbsp;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;ミドルテンポの2曲目「Billy S.」は名曲だと言っていいだろう。覚えやすいメロディー、印象的なリフは、思わず体が揺れ、コーラスを口ずさんでしまう。この曲では、部分的にあえてLo-Fiに加工したボーカルが加えられており、まるでAMラジオから流れてくるような音になっている。これが実に効果的だ。またソロボーカルとコーラスを加える部分をうまく織り交ぜながら、効果的にメロディーを際立たせている。素晴らしいアレンジだ。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&amp;nbsp;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;3曲目にはスローな曲「Tangled Up In Me」が置かれている。静かなギターのアルペジオをバックに、語りかけるようなボーカルで始まる。ドラマチックな曲だ。4曲目「I Don&amp;#39;t Really Like You」はメタルっぽい要素を用いた曲。しかしあくまでポップに仕上げられている。5曲目「I Don&amp;#39;t Care」は軽快なポップス。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&amp;nbsp;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;6曲目はブロンディの名曲「Heart Of Glass」だ。ハート・オブ・グラスはブロンディの1978年のアルバム「恋の平行線」に収められ、シングルとして発売されてから有名になり、アメリカやイギリスなどで音楽チャートの1位になった。当時の音楽シーンは「ニュー・ウェイブ」というカテゴリが巻き起こっており、ブロンディも「ニュー・ウェイヴ」のグループとしてジャンル分けされることが多いが、実際にやっていた曲は限りなくポップである。ここでは原曲のイメージを損なうことなく、今日的なアレンジに仕上げている。ややハードなイメージだ。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&amp;nbsp;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;7曲目「Sharada」も軽快で印象的な曲だ。曲の一部に4+2の6拍子が使われている。変拍子は曲のメロディーを際立たせる効果を持っている。いい使い方だ。8曲目「It Sucks」はロック的な曲。9曲目「Fallen Through」はアコースティックギターをバックに語りかけるように歌う曲。ドラマチックに展開し、重厚な曲だ。10曲目「Hypocrite」はアップテンポの軽快な曲。11曲目「Unpredicable」は音が途切れるような面白い演出が面白い。12曲目「Shot To Pieces」はパンク風。13曲目「Smoke + Mirrors」はストリングスで始まるスローなバラード。アルバムをどっしりと締めてくれる。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&amp;nbsp;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;とにかく、どの曲もシングルカットにふさわしい印象的なものばかりだ。このアルバムは2004年にCapitolから発表された。このCDはEMIから発売されたEU盤だ。（20100911/yoc/カルト・ミュージック・コレクション）&lt;/div&gt;</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/hotikisusensei/32338450.html</link>
			<pubDate>Sat, 11 Sep 2010 22:20:07 +0900</pubDate>
			<category>洋楽</category>
		</item>
		<item>
			<title>Freya / Tea With The Queen</title>
			<description>&lt;div align=&quot;center&quot;&gt;&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-40-f6/hotikisusensei/folder/940464/37/32320637/img_0?1284211000&quot; alt=&quot;&amp;#x0030a4;&amp;#x0030e1;&amp;#x0030fc;&amp;#x0030b8; 1&quot; class=&quot;popup_img_260_260&quot; width=&quot;260&quot; height=&quot;260&quot;/&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&amp;nbsp;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;今日からしばらく、最近こだわっているガールズ・ポップについて書く。「ガールポップ」という言葉があるが、こちらは日本の若手女性ポップス歌手・シンガーソングライターを盛り立てていこうというメディアミックスムーブメントを想起させるので、あえて「ガールズ・ポップ」という言葉を使った。とはいえ厳密にジャンル分けをしている訳ではなく、とにかく女性ミュージシャンのアルバムをこのカテゴリに収めていく。今日のアルバムはFreyaの「Tea With The Queen」だ。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&amp;nbsp;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;FreyaはFreyjaとも綴り、ノルウェー神話で愛を象徴する女神のことだ。CDライナーの内本順一によると、Freyaは1978年にデンマークのチュナーという小さな町に生まれた。デンマークとノルウェーはスカゲラク海峡を挟んで海に隔てられた隣国だ。両親はともにデンマーク人で、1982年に教師である両親がボランティア団体によってタンザニアに派遣され一家転住、タンザニアのアメリカンスクールで学ぶようになる。Freyaが4歳の頃にあたる。その後一度デンマークに戻るが、1988年にはケニアに移り住むことになる。ナイロビ近くの町ティカのイギリス系寄宿学校に学び、ここで歌のレッスンを受けたという。このときFreyaは10歳ほどの頃だ。1991年にはデンマークに戻りギターを学ぶ。地元の音楽学校にも通い、9年生の中等学校に在籍中からバンド活動を始めたという。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&amp;nbsp;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;Freyaの魅力は、裏声をうまく使ったハスキーな歌声にある。歌い出しにかすかに裏返る歌声。そして自分の声を効果的に表現するメロディーライン。若々しいエネルギーにあふれている。アルバムに収められた曲は14曲で、シニカルな歌詞の曲もあるが、Freyaの声質のために、どの曲もポジティブで明るいイメージに彩られている。だが歌詞は恋人との離別を歌ったシニカルなものもある。一度聴けば忘れられない印象的な曲ばかりで、語りかけるように歌う1曲目「It&amp;#39;s Already Wednesday」、ドラマチックな「Sir Oliver」、とてもポップでFreyaの声がぴったりの3曲目「Yellow Ladybird」と軽快な曲が続く。4曲目「Mother」では母との心のつながりを歌い、5曲目「Little Miss」では少し気持ちのあわない友達のことを歌い、6曲目「No Pity From The Flowers」ではひとりの女性の成長を花の成長と重ね合わて歌うと、少し落ち着いた雰囲気の曲が続く。そして7曲目「She Was Always On Her Mind」は女性が女性に惹かれる歌。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&amp;nbsp;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;8曲目「Why Girls Like Me Eat Boys Like You」ではアコースティックギターだけをアルペジオ伴奏して歌う、とても印象的な曲だ。歌詞も「女の子が男の子を食べる」といったシュールなもの。9曲目「Toungue Tied」、10曲目「Stupid Liar」は恋の曲。11曲目「The Laws Of Digging」は叙事的でドラマチックな曲。12曲目「Oranges」はあなたと私をオレンジとリンゴなどに喩えて言葉遊びをする。13曲目「Mr. Opposite」は少し深刻なイメージで、互いに心がぶつかりあう二人を歌っている。最後の14曲目は「Yellow Ladybird」のアコースティックギターバージョンだ。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&amp;nbsp;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;とにかく清々しい。そしてキュートだ。飾ることなく素直に自己を表現している感じがある。余計なエフェクトを排したボーカルの録音手法もいい。天使の歌声だ。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&amp;nbsp;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;このアルバムは1999年にPolyGram Denmarkから発表された。このCDはポリドール株式会社から発売された日本盤だ。（20100906/yoc/カルト・ミュージック・コレクション）&lt;/div&gt;</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/hotikisusensei/32320637.html</link>
			<pubDate>Mon, 06 Sep 2010 23:34:44 +0900</pubDate>
			<category>洋楽</category>
		</item>
		<item>
			<title>New Killer America / SKRAPE</title>
			<description>&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-40-f6/hotikisusensei/folder/938530/89/31000389/img_0?1259512013&quot; width=&quot;260&quot;&gt;&lt;br /&gt;
このアルバムも「ジャケ買い」だ。ジャケットデザインというものは、ミュージシャンが訴えたい何がしかのことを伝えるものであるはずだが、このジャケットがCD店に並んだとき、彼らは何を伝えようと思ったのだろう。もちろん客の目を惹くことだけは間違いない。それにしても痛痒いデザインだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
SKRAPEは1990年代からアメリカで活動しているバンドで、最初は「JOJO」と名乗っていたらしい。バンド名を「SKRAPE」と変えた彼らはRCAレコードから2枚のアルバムを出すことになるが、これは2001年に発表されたファーストアルバムだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
1曲目と2曲目あたりはボーカルの押しつぶした声が「デスメタル」風である。しかし3曲目の「Good By」では遠い距離感を感じる深く長いリバーブをかけた澄んだ声を聞かせてくれるし、4曲目の「Isolated」ではシンセサイザーの未来的な音がかぶさるなど多様な面をみせてくれる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
音の特徴はギターで形づくられている。ギターバンドである。6曲目「Sunshine」や10曲目「Broken Knees」などで聴かれるパワーコードを中心とする強力なリフ、8曲目「I Know」のメロディアスなボーカルラインなどにニルヴァーナを連想させるものがある。アルバム全体を通じて重厚なリズムと炸裂するギターが曲を埋め尽くしているが、メロディアスなボーカルも魅力である。シャウトぎみの歌い方ではあるが、メロディアスでハーモニーも重視されている。3曲目「Goodbye」、9曲目「Kill Control」、13曲目「No」あたりにボーカルが印象深い。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
それほど技巧に優れている訳でもなく、リフを刻むリズム感ももたついたところもあるが、やりたい音を出しているという感じのギターは爽快だ。このアルバムは2001年に発表された。このCDは2001年に株式会社BMGファンハウスから発売された日本盤だ。（20091130/yoc/カルト・ミュージック・コレクション）</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/hotikisusensei/31000389.html</link>
			<pubDate>Mon, 30 Nov 2009 01:26:53 +0900</pubDate>
			<category>音楽レビュー</category>
		</item>
		<item>
			<title>I am an Elastic Firecracker / TRIPPING DAISY</title>
			<description>&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-40-f6/hotikisusensei/folder/848693/96/30937396/img_0?1258553432&quot; width=&quot;260&quot;&gt;&lt;br /&gt;
「ジャケ買い」という言葉がある。この言葉をネットで調べると「用も無いのにCD屋に入りびたり、中味をまるで考慮せずに、ジャケットの印象のみでCDを購入してしまうという病気。主に小遣いに微妙に余裕のできる10代の半ばにかかる病気で、20代になると少し収まるが、大人買いできるようになる20代後半で再び発症することが多い。根本的な治療法は無く、なるべくCDショップに近づかないという対処でやり過ごすしかない。」と書かれたblogがあった。まさにぴったりの解説だ。ただし俺はもはや10代でも20台でもない。だが未だに時折「ジャケ買い」の衝動にかられる。そこでだ。今日からしばらく、最近の「ジャケ買い」で正解だったアルバムを紹介してやろう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
今日はこれだ。「TRIPPING DAISY」というバンドのアルバム「I am an Elastic Firecracker」である。グループ名の「TRIPPING DAISY」は「軽快なひな菊」、「I am an Elastic Firecracker」は「私は、弾力性がある爆竹です」というかんじか。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
このジャケットは、いったい何だろう。体中に赤いペンキのような塗料を塗りたくった初老の男。この写真の男は何物なのか。なぜこのジャケットに登場したのか。そもそもどんな意図が込められているのか。あるいは無意味なのか。CD店でこのジャケットが人目につき、手にとってレジに向かうことを期待しているのだろうか。それにはあまりにも意味がわからない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
このバンド「トリッピング・デイジー」はギタリストでボーカルのTim DeLaughterティム・デラフターと、ドラムのJeff Bouck、ギターのWes Berggrenウェス・バーグレン、ベースのMark Pirroマーク・ピローによって1990年に結成され、米テキサス州ダラスで活動した。1992年にドラムがBryan Wakelandブライアン・ウェイクランドに交替し、ファースト・アルバム「Bill」を発表した。そして1995年のセカンド・アルバムがこの「I am an Elastic Firecracker」だ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
演奏はラフで、いかにもギターバンドというものだ。ガレージ・パンク風の音作りとサイケデリックな作風がミックスしたもので、あるひとつの型にはめられたのではない、自分たちがやりたいロックを自由にやっている雰囲気がある。バンドとしてのコンディションもよく、それぞれのメンバーが自分の持ち味を生かして曲を紡いでいる。疾走感のある曲もいいが、バラード風のしっとりとした曲にむしろ味わいがある。英語版のwikipediaには「Tripping Daisy was a neo psychedelic pop rock band」という記述がある。「ネオ・サイケデリック・ポップ・ロック」とはうまく表現したものだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
1992年にファーストアルバム「Bill」、1995年にこのセカンドアルバム「I Am an Elastic Firecracker」を発表。そして1998年に「Jesus Hits Like the Atom Bombを発表しているが、その後1999年10月27日にギタリストであるウェス・バーグレンが自宅のアパートで死んでいるのが発見された。ドラッグの過剰摂取とみられている。そのためにグループはツアーやレコーディングの計画を中止せざるを得ず、結果的に1999年12月14日に正式に解散を表明した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ウェス・バーグレンの死後、当時のメンバーだったティム・デラフターとマーク・ピロー、ブライアン・ウェイクランドは、2000年頃からThe Polyphonic Spreeポリフォニック・スプリーというグループをやっている。このアルバムは1995年に発表された。このCDは1995年にIsland Records Inc.から発売された米盤だ。（20091119/yoc/カルト・ミュージック・コレクション）</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/hotikisusensei/30937396.html</link>
			<pubDate>Wed, 18 Nov 2009 23:10:32 +0900</pubDate>
			<category>音楽レビュー</category>
		</item>
		<item>
			<title>30 Jahre Live / GURU GURU</title>
			<description>&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-40-f6/hotikisusensei/folder/850501/89/30265589/img_0?1248789452&quot; width=&quot;300&quot;&gt;&lt;br /&gt;
GURU GURUの音楽をどのジャンルにするか迷ったが、「ロック・アンド・ブルース」に分類することにした。GURU GURUの音楽は、かつては「プログレッシブ・ロック」に分類されることもあったし、音楽のスタイルではなく「ジャーマン・ロック」と呼ばれることも多かった。しかし音楽のスタイル、そのスピリットは「ロック・アンド・ブルース」だと思う。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ドイツ語の「jahre」は英語の「year」つまりこのアルバムは、GURU GURUの30周年記念ライブという訳だ。3枚のCDで構成されており、1枚目は「Finkenbach Festival 1998」とあり、2枚目は同フェスティバルのうち「Supersession」だとある。3枚目は「Live in Frankfurt 1971」とある。3枚目はボーナスCDの扱いだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
1枚目のCDのハイライトは、まず5曲目の「Moshi Moshi」だ。タイトルは日本語の「もしもし」で、歌詞には日本語が使われている。「Hello,hello モシモシ Hi, I like the うめぼし」「いち、さん、し I&amp;#039;m a guy of Germany. I saw the jungle of 京都」「なな、ろく、はち、く We enjoy 大阪区」「あなた、わたし between 心斎橋」というかんじだ。ごきげんだ。この「Moshi Moshi」はオフィシャル・アルバムのタイトル曲でもある。ぜひ聴いてみたい。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
CD1の演奏は、マニ・ノイマイヤーMani Neumeier(drums,vocals,percussion)、ローランド・シェッファーRoland Schaeffer(guitar,sax,vocals and nadaswaran)、ペーター・カームシュテットPeter Kuhmstedt(bass,vocals)、ルイージ・アルケッティLuigi Archetti(guitar,vocals)である。ゲストとしてハンス・レッフェルトHans Reffert(guitar)、ウチハシ・カズヒサUchihashi Kazuhisa(guitar)、ブッツェ・フィッシャーButze Fischer(percussion)、ラゼム・レーベルRazem Rubel(vocal)の名前がある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
CD2のスーパーセッションはすごい。ギターはカンのミヒャエル・カローリ、ボーカルはダモ・鈴木がいる。他はアックス・ゲンリッヒAx Genrich(guitar)、インゴ・ビスコフIngo Bischof(keyboards)、マンジャオ・ファティMandjao Fati(bass)、サムソンSamson(percussion)、カルロスCarlos(percussion)、ギュンター・レーガーGunter Reger(sax)となっている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
CD2の冒頭は「30 Years Celebration」で、どうやらコンサートでは前曲からの続きで演奏されているような出だしの切れ方である。グルーヴ感のある演奏がいつ果てるともなく続き、最後になって絶叫とともに現れるのはダモ・鈴木であろうか。曲はフェードアウトで切られており、コンサートではまだ続いていたことがうかがえる。途中で切られたのが残念だ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
CD3の録音も貴重だ。音質は良いとはいえないが、まさに1971年の音である。「Bo Diddley」は16分40秒、「Babycakewalk」は15分38秒、「Oxymoron」は18分01秒。いずれも充分に堪能できる長い演奏だ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
このアルバムは、最初1998年に日本でリリースされたと書かれている。このCDは2006年にRivisited Recordsから発売された独盤だ。紙ジャケット仕様でCD盤はレコードのようなデザインになっている。またグルグルの歴史や30周年記念ライブの模様の解説とコンサートなどの写真を収めた16ページの簡単なブックレットがついている。（20090728/yoc/カルト・ミュージック・コレクション）</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/hotikisusensei/30265589.html</link>
			<pubDate>Tue, 28 Jul 2009 22:57:32 +0900</pubDate>
			<category>音楽レビュー</category>
		</item>
		<item>
			<title>King Crimson Songbook Volume Two / CRIMSON JAZZ TRIO</title>
			<description>&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-40-f6/hotikisusensei/folder/853000/57/29873957/img_0?1245678614&quot; width=&quot;300&quot;&gt;&lt;br /&gt;
元キング・クリムゾンの公式メンバーだったドラマーのIan Wallaceが参加しているクリムゾン・ジャズ・トリオの2枚目のアルバムだ。残念ながらIan Wallaceは2007年2月22日に米カリフォルニア州ロサンゼルスで亡くなった。60歳だった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
イアン・ウォレスの正確な名前は、Ian Russell Wallaceで、1946年9月19日に英ランカシャーのBuryで生まれた。学生時代にThe Jaguarsというバンドを結成し、その後はYesの前身ともいえるThe Warriorsというバンドにジョン・アンダーソンとともに在籍したこともあったらしい。このあたり、イギリスのプログレッシブ・ロックのミュージシャンが互いに影響を与え合ったことがわかって興味深い。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
さてこのCDだが、いきなり冒頭に、これもキング･クリムゾンを代表するといえる名曲「The Court of The Crimson King」が演奏される。この演奏を聴いて、ああ、このアルバムは前作のVolume Oneの単なる続編ではないのだ、と思わされた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
Volume Oneに収められた名曲の数々は、Jazzとして演奏されてはいるが、基本的に原曲のイメージを踏襲したものだった。しかしこの「The Court of The Crimson King」は違った。リズムが全然違う。早いのだ。原曲はゆったりとしたリズムで重厚感のある曲だが、ここでは軽快なJAZZになっている。全く違う解釈で、これを聴いたロバート・フリップはVolume Oneのように「Yes!」と言うかどうか興味のあるところだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2曲目の「Pictures of a City」はキング・クリムゾンのセカンドアルバム「In the Wake of Poseidon」からの選曲で、アルバム冒頭の天使の歌声のようなPeace &amp;#8211; A Beginningから一転して暗黒へ突き落とされる印象深い曲だ。このJAZZバージョンでは原曲のモチーフを使い、原曲の持つ重厚なイメージを再現しようと試みている。Ian Wallaceのドラムが緊張感を高めてくれる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
5曲目のInner GardenではピアノのJody Nardoneがボーカルをとっている。Inner Gardenはいわゆる再々結成クリムゾンのアルバム「Thrak」に入っている曲だ。ボーカルの雰囲気はエイドリアン・ブリューに似ていなくもない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
忘れてはならないのは、このJAZZ TRIOにソプラノとアルトのサキソフォンでメル・コリンズが参加していることだ。メル・コリンズのサックスは9曲目の「Formentera Lady」と続く「Sailor&amp;#039;s Tale」で聴くことができる。郷愁を感じるサックスではあるが、やや力ないところが寂しく思わせる。トリオの録音とミックスは米カリフォルニア州のWoodland HillsにあるMudZoneスタジオで行われたが、メル・コリンズのサキソフォンだけは英ロンドンのSilesia Soundスタジオで録音されたとある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
このCDは紙ジャケット仕様であり、中に表紙を加えて6ページのカラーブックレットが入っている。ステージの写真などが収められており、ピアノのJody Nardone、ベースのTim LandersなどがIan Wallaceの思い出などを綴っている。俺はこのアルバムを末永く味わい続けるだろう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
このCDは2009年にInner Knotから発売された。（20090622/yoc/カルト・ミュージック・コレクション）</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/hotikisusensei/29873957.html</link>
			<pubDate>Mon, 22 Jun 2009 22:50:14 +0900</pubDate>
			<category>音楽レビュー</category>
		</item>
		<item>
			<title>King Crimson Songbook Volume One / CRIMSON JAZZ TRIO</title>
			<description>&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-40-f6/hotikisusensei/folder/853000/84/29847284/img_0?1245518891&quot; width=&quot;260&quot;&gt;&lt;br /&gt;
もしかしたらドラムがイアン・ウォレスでなければ聴こうと思わなかったかもしれない。キング・クリムゾンとジャズは相性がいいとは思えなかった。イアン・ウォレスは第一期キング・クリムゾン後期のドラマーで、アイランドとアースバウンドに参加している。アイランドは荒涼たる静寂さを感じさせるアルバムだが、アースバウンドはエネルギーに満ちている。ロバート・フリップさえコントロールしきれない邪悪なエネルギーが。あのリング・モジュレーターで歪んだ怒涛のドラムは、一度聴いたら忘れられない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
このCDにはキングクリムゾンの第一期、第二期、そして再結成まで幅広く選曲された演奏が収められている。名曲は数々あるが、何といってもキング・クリムゾンを代表するといえる曲は、まさにファーストアルバムの冒頭を飾る「21st Century Schizoid Man」だ。このCDにも第一曲目に掲げられている。だがしかし、この曲が果たしてジャズになるのだろうか、といささか危惧をしていたが、それは杞憂にすぎなかった。原曲の印象を壊すことなく、ジャズとして魅力を感じる演奏に仕上げられている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
おそらくジャズにしてもぴったりだろうと思われたのは4曲目の「Starless」だったが、予想通りだった。後半の盛り上がりではイアン・ウォレスのドラムが暴れまくる。そして「I Talk To The Wind」もいいかんじだ。この曲はオフィシャル・アルバムでもファーストの「In The Court Of The Crimson King」に収められ、その後「The Young Persons&amp;#039; Guide To King Crimson」という2枚組のLPに女性ボーカルのバージョンが納められていたことを思い出す。この曲はどんなアレンジにしてもいい。普遍性を持った名曲だ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「Three Of A perfect Pair」は再結成クリムゾンの曲で、歌が曲の主要な部分を占めている。その点、ジャズ・トリオではやや物足りなさが残る。これは「Matte Kudasai」にも言えることで、歌のメロディーをなぞりながらの演奏は悪くはないのだが、あまりにもエイドリアン・ブリューの歌が印象深いので物足りなく思ってしまう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
意外なところでは「Catfood」では原曲がジャズ風のピアノを有しているにもかかわらず、いざ曲全体をジャズ風にしてみるとしっくりこないところだ。原曲がブルースに基づいているからだろうか。これと似たようなところが「Ladies Of The Road」にもあって、なんとなく違和感が残る。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「Red」はジャズにして文句なしだ。原曲を超える魅力があると言ってもいい。「Red」という曲はまるで最初からこのようなジャズにして演奏されることを想定して作曲されたかと思えるほどだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
CDの裏にはロバート・フリップのいかにも彼らしく几帳面に2005年7月1日金曜日17:56と時間まで書かれ「最初の印象は、いいぞ！次の印象は、ボリューム2が待ち遠しい。」「キング・クリムゾンの曲をレパートリーにするバンドはほとんどなく、卓越した演奏は一曲か二曲くらいしかない。しかしこれらの演奏は素晴らしく、私にクリムゾンの曲の新しい解釈をみせてくれた」というような賛辞のコメントがある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ザ・クリムゾン・ジャズ・トリオはドラムがIan Wallace、ピアノがJody Nardone、ベースがTim Landers。このCDは2005年にVOICEPRINTから発売された英盤だ。（20090621/yoc/カルト・ミュージック・コレクション）</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/hotikisusensei/29847284.html</link>
			<pubDate>Sun, 21 Jun 2009 02:28:11 +0900</pubDate>
			<category>音楽レビュー</category>
		</item>
		<item>
			<title>Piano Concerto, KRAFT / Magnus Lindberg</title>
			<description>&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-40-f6/hotikisusensei/folder/329004/58/23207058/img_0?1210775760&quot; width=&quot;300&quot;&gt;&lt;br /&gt;
久しぶりに強烈な感動を受ける曲に出会った。マグヌス・リンドベルイの「クラフト」だ。この曲はリンドベルイの代表曲のようだが、この曲を聴いたときの感動は、エドガー・ヴァーレーズの「インテグラル」を初めて聴いたときの感動に匹敵するものだった。&lt;br /&gt;
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大胆な打楽器で始まるダイナミックな演奏は、ミュージック・コンクレートのようでもある。ヴァーレーズの音楽のように、時間を音という色で塗っていくかのようなイメージがした。マグヌス・リンドベルイは1985年のヘルシンキ・フェスティバルにピアノコンチェルトを書くように依頼されたが、より大きな形式と大アンサンブルの形式にまとめられたのがこの「クラフト」だということだ。またこの曲が完成する過程で、マグヌス・リンドベルイ自身と彼の友人たちによって「トイミー・アンサンブル」が設立された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
この「クラフト」はマグヌス・リンドベルイの言葉で「超複雑な形式と単純な形式の協調」と説明されている。たいへん大きな構成で、オーケストラに加えて、クラリネットとチェロ、ピアノ、パーカッションのソリストアンサンブルが入っている。これが「トイミー・アンサンブル」だ。ポピュラーミュージックで使われるようなドラムキットの音、そしておそらく電子ドラムも使われており、洗面器の水をかき回して泡立てるといった音も使われているらしい。人間の声も使われている。打楽器に対するこだわりを強く感じる曲だが、マグヌス・リンドベルイ自身はもともとピアニストだったらしい。&lt;br /&gt;
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マグヌス・リンドベルイはフィンランドの作曲家で、セリエリズムの遺産から始める初のフィンランド人作曲家だと言われている。シベリウス音楽院にて伝統的な作曲法をエイノユハニ・ラウタバーラに学び、フィンランドで最初の12音音楽の作曲家であるパーヴォ・ヘイニネンにも学んだ。またフランコ・ドナホーニの影響下にあったシエナの作曲マスタークラスで様々に異なる世界観の音楽に出会った。ダルムシュタットではヘルムート・ラッヘンマンの世界に出会い、極端に複雑な構造をとる「マキシマリズム」のブライアン・ファーニホウからも影響を受けたようだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「クラフト」を聞くと、これこそ現代音楽の醍醐味との感想を持つが、しかしその背景にあるものは、やはりあくまでもロマン主義である。新しい手法を使いながらも、曲から伝わってくるパッションは普遍的なものだ。決して奇をてらったものではない。そのことは「クラフト」とともに収められたもう一曲の「ピアノコンチェルト」からもわかる。これは1990年から1994年にかけて作曲されたもので、「クラフト」の作曲が1985年であるから、こちらの曲の方が新しい。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
演奏はフィンランド放送交響楽団とトイミーアンサンブル。指揮はエサ＝ペッカ・サロネン。2004年にOndineから発売されたオーストリア盤のCDだ。（20080514/yoc/カルト・ミュージック・コレクション）</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/hotikisusensei/23207058.html</link>
			<pubDate>Wed, 14 May 2008 23:36:00 +0900</pubDate>
			<category>音楽レビュー</category>
		</item>
		<item>
			<title>Complete Pianoi Music 3 / Manuel Blancafort</title>
			<description>&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-40-f6/hotikisusensei/folder/329004/39/23162239/img_0?1210609396&quot; width=&quot;260&quot;&gt;&lt;br /&gt;
マニュエル・ブランカフォートのピアノ曲は、ナクソスの「ブランカフォート・ピアノ音楽全集」として4枚のCDが発売されている。ブランカフォートの素朴な味わいが最も強く出ているのは、初期の作品が収められた第1集であり、この第1集を聴けば、きっとそのほかの曲も聴きたくなるに違いない。およそ音楽というものは技巧的に進化するものであり、ピアノ曲も時代の流れとともに、より華麗で複雑なものが好まれるようになってくる。そうした流れの中にあって、ブランカフォートのような素朴な音楽が現れると、実に新鮮な喜びを感じる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「ブランカフォート・ピアノ音楽全集」には、演奏者であるミケル・ビリャルバの詳細な解説がある。この解説を読みながら聴くと、味わいもいっそう深くなる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
この第3集には、1919年から1926年の間に作曲された作品が収められている。第1集に収められた1915年から1919年の作品は、素朴さが強調されたものであった。第2集にはそれより少し後の、1918年から1921年の作品が収められており、結婚の前に作曲された明るくポジティブで叙情的な趣のあるものと、内省的で哀愁がありノスタルジックな印象を受けるものと、2つのタイプの曲があった。だがこの第3集では、より技巧的で表現力があり、ダイナミックな印象を受ける曲が収められている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ミケル・ビリャルバの解説によれば、ブランカフォートは1920年にヘレナ・パリスと結婚し、フランス、ベルギー、ドイツ、イタリア、アメリカ合衆国そしてカナダへと旅行をしたという。これが彼の人生に大きな変化をもたらしたとのことだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
1920年から1923年にかけて作曲された「道」では、とても静かに始まった曲が、大胆にクレッシェンドする。このドラマチックな展開は、第1集や第2集の曲にはなかったものだ。1919年から1924年にかけて作曲された「親密な歌供廚蓮△気蕕傍珊的でドラマチックな曲だ。印象派からの影響も感じられる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
1920年から1924年にかけて作曲された「移動遊園地」は、マニュエル・ブランカフォートの最高作である、とミケル・ビリャルバは書いている。フランス印象主義とカタロニアの民族性が見事に融合された作品だ。素朴で清楚な美しさを感じる初期の作品に比べて、ここでは力強い民族性が発揮されている。最後の「ト調のパストラル」もユーモアにあふれた大胆な作風の作品だ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ところで、このように、このCDに収められた曲の数々はとても素晴らしいものであり、もしこの第3集だけを聴いたとしても、もちろんマニュエル・ブランカフォートの魅力は十分に通じるものだ。だがしかし、やはり素朴な感性にあふれる第1集から第2集を聴き、そしてこの第3集を聴く、というのがマニュエル・ブランカフォートのより深い味わいを得る聴き方だろう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
このCDに収められた曲は、2004年1月にスペイン、ハフレ、オーディトリウムで録音された。演奏者はミケル・ビリャルバ。このCDはNAXOSから2005年に発売された。CDそのものはEU盤で、NAXOS JAPANが輸入して日本語の解説を付けて発売した日本盤だ。（20080513/yoc/カルト・ミュージック・コレクション）</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/hotikisusensei/23162239.html</link>
			<pubDate>Tue, 13 May 2008 01:23:16 +0900</pubDate>
			<category>音楽レビュー</category>
		</item>
		<item>
			<title>Complete Pianoi Music 2 / Manuel Blancafort</title>
			<description>&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-40-f6/hotikisusensei/folder/329004/50/23137950/img_0?1210523944&quot; width=&quot;260&quot;&gt;&lt;br /&gt;
ナクソスにはマニュエル・ブランカフォートのピアノ音楽全集として現時点で4枚のCDがある。このCDはその第二集だ。いずれも演奏はミケル・ビリャルバで、第一集は2002年11月の録音、2003年9月の発売となっている。ついで第二集が2003年1月に録音されて2004年7月に発売、そして第三集は2004年1月の録音で2005年10月の発売。そして先ほど、ナクソスのCD番号8.557335として第四集が発売されたところと、コンスタントに発売されている。それぞれのCDで取り上げられる作品も、第一集では1915年から1919年にかけての作品、第二集では1918年から1921年にかけての作品、第三集では1919年から1926年にかけての作品と、初期の作品から次第に新しい作品が取り上げられるようになっている。第四集はまだ聴いていないが、1920年代終わりの作品が取り上げられているようだ。これからも引き続きシリーズが続くことを楽しみにしている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
マニュエル・ブランカフォートは、州都バルセロナ市を擁するスペイン北東部の州、カタルーニャ州の出身。カタラン語という独自の公用語を使い、カタラン地方とも呼ばれ、歴史的にスペイン中部のカスティーリャ地方とは異なる文化を持っている。CDの解説にはミケル・ビリャルバが「ブランカフォートは初期の作品のほとんどを、陽射しの中や風の吹くなか、あるいは霧や雨の山で長い間過ごした後に作曲したと語った」と書いている。カタラン地方というものの民族性を知っている訳ではないが、曲の随所に感じられる新鮮さは、こうした土地の自然に親しんだ心の中から生まれたものなのだろう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
第一集は初期の作品が集められたこともあり、素朴さを印象付けられるものだった。この第二集を聴くと、第一集を聴いたときに感じた素朴な美しさに加えて、やや控えめではあるが華やかで技巧的な美しさも感じられる。「田舎の遊びと踊り」といった曲のタイトルからもうかがえるように、ユーモアのセンスも感じられる。このように、第一集と比べて時代的変遷を思いながら聴くのも楽しい。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ミケル・ビリャルバは解説の中で、この第二集に収められた曲で、マニュエル・ブランカフォートの作曲スタイルの第一期が終わると書いている。その中でも「6つの小品」と「ピアノのための8つの小品」が典型的な彼の第一期の作品で、第一期の最初と最後の典型的な例だとされている。またこれらの曲は、後の作品で形を変えて引用されているとのことである。「6つの小品」は全体としてノスタルジックで叙情的な感じを受ける。中でも3曲目の「Untitled」のメロディーが哀愁があってとてもいい。この曲などはもっと広く知られて有名になってもよいはずだ。「6つの小品」と比べると「ピアノのための8つの小品」は内省的な印象を受ける曲が多い。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「田舎の遊びと踊り」と「親密な歌機廚蓮△い困譴1918年から1920年にかけて作曲されているが、ヘレナ・パリスとの結婚の前に作曲されたものだ。マニュエル・ブランカフォートの心を映し出すように、明るく素直でポジティブな作品になっている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
このアルバムは、2003年1月にスペイン、ハフレ、オーディトリウムで録音され、NAXOSから2004年に発売された。CDそのものはEU盤で、NAXOS JAPANが輸入して日本語の解説を付けて発売した日本盤だ。（20080512/yoc/カルト・ミュージック・コレクション）</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/hotikisusensei/23137950.html</link>
			<pubDate>Mon, 12 May 2008 01:39:04 +0900</pubDate>
			<category>音楽レビュー</category>
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