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ポートエンジェルスの街から101号をさらに西へ行く。 7時だからまだ暗い道を飛ばす。 やがて、101号が大きく右へ直角に曲がる所に左へオリンピック国立公園行きの看板があり、道路が現れる。 これを入る。 川の右岸から左岸へ渡るとあとはひたすら幅の結構狭い(米国としては)ワインディングロードとなる。 まだ森の中は夜のとばりが漂い、ヘッドライトに驚いた鳥が道沿いに逃げようとして車にぶつかりそうになる。 ポートエンジェルスから約45分で到着した。 どんづまりにはゲートがあり、手前に駐車している車は10台ぐらいあるかな。 さて、さっそうと温泉に向かう。 あと、2・4マイルだという。 4・8キロ。 40分ぐらいだろう。 道はよく整備されており、車でも入れるのだ。 ただ、手前で止めてあと2・4マイルというのはむしろいい。 そうすることで風呂へ行く客が減り、同時に皆が裸になってくれるのだ。 35分でキャンプ場へと温泉の分岐に着く。 まっすぐとると、まもなく川の脇に出て、橋がかかっている。 さらに奥なのなかなとも思ったが、わざわざ橋がかけてあるということはと考えて、右岸沿いに下流へ向かう道をとるとあった。 まず右に道路のすぐ脇、5ー6人用、浅い。 続いて右、これはやや奥まっており、熱い。 地面からブクブクと湧いている。 2、3人用か。 続いて左の川底の途中の踊り場に大きいのが。 7ー8人用か。 これも浅い。 さらにいくと、右に2段構えの風呂があった。 誰もいないようにも見えたが、荷物がある。 目が悪いからおかしいなあと接近したら、こちらに背を向け、二人連れが寝そべっている。 はじめ、足が見え、それから股間が見えた。 一人は息子がついているように見えたが、もう一人はヘアだけのような気がして、更に接近すると確かにその方にはオッパイがついていた。 横になると女性の胸は小さく平たくなってしまうのだ。 50前後のおじさんとおばさんだった。 これが終点かなと思いつつ、なんとかこの2人を写真のモデルにしたいなあと思案しているうちに、さらにおじさんがもう一人現れる。 その彼が「この奥の上に登っていくともう一つある」という。 それが最後のようだ。 そこで登っていく。 すぐにあった。 ここの風呂は右上の源泉を小川のように流して風呂にいれてある。 温度はベスト。 山側に太い丸太を横にして下流側は大きな石をいくつも組んで堅牢な風呂になっている。 幅2メートル弱、長さ4メートルといったところ。 深さ20ー30センチしかなく、半分横にならないとダメ、という点では他の風呂と同じなのだろう。 湯は無色だが、これが結構、硫黄臭い。 温泉らしくていい。湯が全体的に緑なので、苔かと思ったらそうでもなく、まずまず清潔といっていいだろう。 ロウソクの跡があって、キャンパーが夜ここに来ることが想像できる。 彼らはむしろ、午後から夜来るのだ。 おかげで午前中は驚くほど静かでいい。 谷は北向きだが、ぽっかりと頭上から北へ向けて空が広がっており、明るい。 今日は残念ながら曇天。 降水確率20%だという。 確かに今にも降りそうだ。 頭が白と茶黒の結構大きな鳥が4、5羽、交互にとんできては、本当に近距離でこちらを首をかしげながら眺めていく。 このどんづまりの風呂は一番いいのかもしれない。 ただ、他の風呂も捨て難いものがある。 湯量でいえば想像を絶するものがある。 かつてここもリゾートだったという。 ここに限らず多くの温泉リゾートが30年ほど前にすたれたのは何故なのか。 もちろん、それによってこうして原始そのままの風呂をタダで楽しめるんだが。 (入り口の案内板による説明) 6つの浅いプール。 温度は80ー118度。 ペーハーは9・2。 ソルダック(山の向こう側にある)と化学組成は同じ。 たくさんの利用者があったあとは、バクテリアがたくさん発生している恐れあり。 リスクは自分で負うように。 1892年にアンドリュー・ジャコブソンによって発見される。 ネイティブアメリカンの初の温泉となった。 1908年にリゾートが完成。 1930年の大恐慌まで風呂はブームだった。 1940年火災で焼失。 再建したものの衛生問題などが指摘され、1966年12月に閉鎖。 1983年にここまで入り込めた車道が閉鎖、これで静かになった。 (10月12日訪問)
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