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独特な雰囲気の鳥居が目立つ「東谷奇玉宮」は、
入口には「本教を離れて活動する団体及び関係者の立ち入りはご遠慮申し上げます」とあり、
部外者を拒むような私的な雰囲気も漂っていますが、新宗教「天祖光教」の関連施設のようです。
聖典「スフィンクスの声」、歌聖典「天降の聖歌」を顕し、
この世を恒久平和の完全世界に開くことを目指して立教した、
教祖の清水信一氏を祀っているようです。
伊勢神宮の参道灯籠にもあるダビデの星の「籠目(かごめ)紋」が、
何故か?社前の鳥居の真中に目立っています。・・・
元巨人軍で、現在はメジャーのヤンキーズで活躍する松井秀喜選手の父親、
松井昌雄氏は宗教法人「瑠璃教会」の司教(代表役員)をしています。
氏は15歳の時に母親を亡くしていますが、27歳の時、
母に似た面影のある松井瑠璃寿さんという宗教家から「養子になってほしい」と望まれ、
はじめは冷やかしのつもりで好奇心から会ったようですが、氏が帰ろうとする時、
お祈りをする時の黒の教服を着ていた瑠璃寿さんが彼に向かって手を合わせ、
彼女の身体から突然、眩いばかりの黄金の光が放たれたのを見たような気がしたようで、
「後光がさすとはこういうことなのか、凄い人だ。」と感じ、
この人のそばで暮らしたいと無性に思うようになったそうです。
彼女は霊感が強く、悩みを抱えている多くの人が相談に訪れ、
未来を見通す不思議な力で人々の悩み事を解決したり、
患部に手を当て多くの人々の病気を治し、救っていたようです。
夫の与三松は機織物業を営み、広い敷地に工場を作り絹織物で大成功を収め、
何不自由ない暮らしを送っていたようですが、ある時、
「一所懸命働いてお金は貯まるけれど、なぜか虚しい」と覚え、
「お金儲けより、人助けがしたい」と彼女から夫に申し出たそうです。
そこで二人は、一代で財を築き全盛期をむかえていた事業をあっさりたたみ、
一時名古屋の天祖光教(てんそこうきょう)の本部に移り住んで宗教の世界に入ったようです。
後に独立して故郷に戻り、四十八歳で名前を瑠璃寿と改め、「瑠璃教会」を設立しています。
写真は、東谷山麓にある、「東谷奇玉宮(とこくにくしたまぐう)」にて。
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そんなエピソードがあったのですか。
松井昌雄氏は選ばれた人だったのですね。
2009/10/4(日) 午前 11:09 [ 双竜 ]
松井昌雄氏以上に、瑠璃寿さんとそのご主人(松井与三松)は、凄いような因縁で結ばれているようですね!?・・・凡人の域を超えているようにも、エピソードから伺えます。
2009/10/4(日) 午後 6:07 [ ほつま ]
初めまして、「ダビデの星・画像」の検索から伺いました。
じつは連休前に、白装束の美しい女性が夢に現れたのですが、頭というか前髪の生え際当たりに、丸い感じの飾りのついたはちまき?こちらを見てほほえんでいました。
次の日の白昼、再度その女性が現れて、自分の頭の飾りのはちまきを外し、私の頭に結んで下さいました。
なんだろうと思いましたが、忘れていました。
ついさっき、ウトウトしていたら、あのはちまきの丸いものが「六芒星」だった事が分かり、検索してみたらこの画像に当たりました。
知りませんでした。《伊勢神宮にダビデの星》が有るなんて
2019/5/7(火) 午後 2:16 [ k.eregans ]