ホツマのひかり

気ままな「ホツマワールド」の付録(総集編)です。

籠神社

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近江富士

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 戦国の世にあって、すぐれた刀を手にすることが戦の勝利への約束とされ、
その優れた刀に宿る神霊こそ、「アメノミカゲ神」であり、
邪気を祓う剣の神として、信仰を集めていたようです。

 「近江富士」として親しまれる三上山(標高427m)のふもとにある御上神社には、
天照大神の孫とされる「天之御影神(アマノミカゲノカミ )」が祀られています。
 養老二年(718)、藤原不比等が 現在地に社殿を建立して遷座したと伝えられ、
三上山頂には、今も磐境(イワクラ)を祭った奥宮があり、例祭が奉納されています。

*冬至の日には、琵琶湖対岸の滋賀県大津市にある近江神宮(祭神:天智天皇)から眺めると、
三上山頂からのご来光が拝めるそうです。


 天照大神が、弟の須佐之男命(スサノオノミコト)が暴虐を尽くしたため、
「天岩戸(あまのいわと)」に引き篭もってしまった時、世界は闇に閉ざされたといいます。
 困った神々が、天照大神に何とかして「天岩戸」から出てもらおうと協議(神計)して、
祭祀儀礼を色々に執り行ったとき、
刀剣など金属系祭具を作って奉祭した神が「天之御影神(アマノミカゲノミコト)」でした。
 この事跡から、天之御影神が「刀鍛冶の祖神」とされるようになったようです。


 三上山は『近江富士』とも呼ばれ、
俵藤太こと藤原秀衡のムカデ退治の伝説が残る秀麗な形の神奈備山です。
 (平安中期の関東の武将で、平将門を討った勇者として多くの伝説が語られています。)
 御伽草子の「俵藤太物語」には、龍宮の女房(乙姫)が、
俵藤太(たわらのとうた)に大百足退治を依頼する場面も語られています。

 古来、近江のあたりというのは帰化人の定着が多く見られ、
近江商人の発祥も含め、外来文化とも密接な関係が色々と指摘されます。
 先進的な鍛冶の技術もあり、野洲周辺の古墳の出土品には、
大量の銅鐸や刀剣などが含まれている事も知られています。
 この地に鍛冶の技術が根付き、中世以降は刀鍛冶として発展し、
戦国の世に革命をもたらした織田信長ゆかりの鉄砲生産地、
近江の国友村(滋賀県長浜市近郊)の鉄砲鍛冶の技術にもつながります。

 「天之御影神」は武神として崇敬を集め、御上神社への寄進者には、
木曽義仲、源頼朝、足利尊氏、近江守護の佐々木氏、豊臣秀吉などの名が見られ、
剣は邪悪を払う霊力を持ち、災いをもたらす悪霊から守護してくれるとして信仰されました。
 御上神社は三上山を神体山とし、
火徳水徳の霊威あらたかで山頂を龍王様と呼び、
お山の神は、目が一つ(片目)で一本足だという伝承も残されています。・・・

 龍神伝説と海人族との関連は密接なものがあり、
天火明(あまのほあかり)神の祀られる古代丹後の凡海郷(おゝしあまのさと)には、
民族の心を和ませる不思議な伝説が満ちあふれています。


 神奈備である奈良県桜井市の「三輪山」。
 超古代史ファンを中心に古代史関係者の注目を集めるようになり、
『日本一美しいピラミッド』と紹介される、大江町の元伊勢皇大神社の「日室ヶ嶽(岩戸山)」。
 近江富士と呼ばれる「三上山」など、日本には多くの神奈備山があり、
親しまれながらも神話とともに篤い信仰を今に伝えています。

 その代表は、何と言っても日本の名峰『富士山』です。


 帰りの新幹線の車窓に映る「近江富士」を眺めながら、
心の奥底にふつふつと、古代の霧が晴れかかっているのを感じていました。




写真は、帰りの新幹線車窓からの「近江富士」。(4/26)
/「阿蘇」の朝陽。・・・或る御仁のお写真を、イラスト風にアレンジ。

天手古舞

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 「とり船の追い風を得たるがごとく、思いごとかない、家業繁盛利得あり。
 美しき天地の道に順って功績あり、松雲に乗って名誉あり、繁栄あり。運勢は平安なる哉。」安斐路

 元伊勢「籠神社」の例祭は四月二十四日に行われ、「葵祭」と称されています。
 山城国(京都)の上・下賀茂神社の祭礼と呼称も起源も同一であると云います。
 賀茂氏との関係が濃く伺えますが、神輿に供奉する者が冠に挿すのは、
「葵」ではなくて『藤の花』となっています。

 真名井神社のある真名井原の丘は、古来「天香語山」とか「藤岡山」と呼ばれていたそうで、
水気根元の大神である豊受大神を象徴するのが、
「天の真名井の水」と「藤の花」であると伝わっています。

 宮司の海部光彦氏によれば、葵祭の前身が、豊受大神を祭る籠神社の「藤祭」なのだそうです。


 里神楽などの太鼓の音に合わせて『夢幻の境地』に舞っているような、
「てんてこ舞い」な日帰り行程の旅でしたが、すべてはスムーズに運ばれて、
とても言葉にできない程に収穫も多く、その恵まれた僥倖には只、
「嬉し、素晴らし、ありがとう!」と感謝するばかりです。・・・
 風雨はまだ治まってはいませんでしたので、帰路もモーターボートを利用しました。



写真は、「籠神社」前、船着き場の桟橋。 向うに見える松並は、「天橋立」。(4/26)
/当日の地球の「衛星画像」。 http://www.digital-typhoon.org/ /「デジタル台風」より

数意の秘伝

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 千古のたたずまいを見せる奥宮・真名井神社。・・・

 原初の神様である豊受大神〔天御中主大神)を氏神として戴いて
当地方に天降られた天孫彦火明命は、大神様をお祭りするのにふさわしい神聖なところとして、
常世の波の寄せる天橋立のこの地をお選びになりました。
 はじめは、ヨサの宮(吉佐宮)と称しておりました。

 第十代崇神天皇の時に天照大神の御神体が当宮に遷りになり、
御一緒に四年間お祭りされました。元伊勢の御由緒の起こりです。

 このように、他にも元伊勢の伝承を有する神社は数社ありますが、
「天照大神・豊受大神」を血脈の子孫が宮司家となって
御一緒にお祭り申し上げたのは当宮だけです。

 豊受大神をお祭りするのにこの地が選ばれた理由の一つは、
真名井の水という御神水が湧き出ていたからです。・・・
(豊受大神のお顔は藤の花で、そのみたまは天の真名井の水)との秘伝があります。

「二千五百年  鎮まる神の神はかり 百の御生れの 時ぞ近づく」
    
 奥宮である真名井神社の例祭は、豊受大神が御鎮座された日の九月十五日であったが、
明治以後新暦を用いるようになってからは十月十五日となった。
 豊受大神はその御神格の中に月神としての一面も持っておられ、
真名井神社の昔の例祭が、九月十五日と云う満月の日に行われた事もその反映と思われる。
 又その御神徳が数字の奇数に関わりがあり、
一年の五節句(一月七日、三月三日、五月五日、七月七日、九月九日)、
殊に後の七七・九九の二節句とは最も深い結びつきの神秘がある。
 古来中国に於いて、奇数が陽とされ、偶数は、陰を表した事と照應する数字が、
當神社祭神秘伝の中に存するようである。
                           /「籠神社」由緒書きなど



写真は、「真名井神社」の磐座西座(上宮)。/籠神社の秘密神紋入り「絵馬」の図柄。(4/26)

*この磐座は日之小宮と申し、主神は天照大神であらせられる。
 奈岐・奈美二神は大八州(日本)の国生みの伝で有名であらせられる。
 当社奥宮境内真名井原に降臨せられ、天橋立(天地通行の梯)をお造りになられた大神で、
(夫婦和合、家内安全、授子安産、延命長寿、縁結び)の御徳が著名であらせられる。
 /「籠神社」由緒書きより

**「絵馬」の図柄にも、秘められたシンボルが描かれています。(右上のマークにご注意あれ!)

***以下のURLも御覧下さい。
http://blogs.yahoo.co.jp/hotsuma816owhari/22459932.html /天の真名井の水

龍宮神示

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 真名井神社を語るなら、社殿ではなく磐座を語らなければなりません。
 神が宿っているとして信じられ、神代から崇拝されてきた岩が社殿の背後にあるのです。
 向かって右側が豊受大神(天御中主神)の磐座、
左側が天照大神・伊射奈岐大神・伊射奈美大神の磐座とされています。

伝聞・異聞

 時は昭和十三年、大本教信者の辻天水氏と三雲竜三氏の両名が真名井神社に参拝した際、
三雲氏が突然神懸かり状態となりました。
 辻氏が審神を行ったところ、
三雲氏に降りたのは真名井神社の眷属の龍神であることが判明しました。
 それ以後、真名井神社の龍神は昭和十八年にに至るまで神示を伝達し続けました。

 これが有名な『龍宮神示』です。

 神示の内容等については割愛しますが、真名井神社の龍神が神示を伝達した事に因んでか、
参道には狛犬ならぬ狛龍が睨みを利かせています。

http://kammuri.com/s1/motoise2/manai/index.htm /凡海郷(おゝしあまのさと)より




写真は、「磐座主座(上宮)」。・・・「元伊勢 籠神社」の奥の宮「真名井神社」にて。(4/26)
*豊受大神、亦名 天御中主神・国常立尊、その御顕現の神を倉稲魂命(稲荷大神)と申す。
天御中主神は宇宙根源の大元霊神であり、五穀農耕の祖神であり、開運厄除、衣食住守護、
諸業繁栄を司どられ、水の徳顕著で生命を守られる。

/「東海桜」。・・・四月のはじめ、名古屋市の徳川園にて。

**以下のURLも御覧下さい。
http://blogs.yahoo.co.jp/hotsuma816owhari/22693824.html /安らぎとゆらぎ
http://blogs.yahoo.co.jp/hotsuma816owhari/12504368.html /美の象徴「ダビデの星」

天香語山

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 『元伊勢籠神社の小冊子』によれば、当社は神代と謂れる遠い上代、
今の奥宮の地・真名井原に匏宮(よさのみや)と申し豊受大神を祭ってきましたが、
崇神天皇の御代に天照皇大神が大和国笠縫邑から御遷座され、
豊受大神と共に祭ることとなり、これを与佐宮(吉佐宮)と言った。

その後、天武天皇の 白鳳十一年(682)与佐宮を籠宮と改め、祭神を天孫彦火火出見尊とし、
元正天皇の養老三年(719)本宮を奥宮から現在地に遷した。・・・

 真名井神社の境内には真名井川の起点があり、
天(あま)の真名井の水や天香語山、天香語山旧参道、
イザナギ・イザナミ大神の磐座や天照大神の荒魂の産湯である産盥(たらい)等がある。
 また奥宮は背後が神体山となっている。

 これを統治した首長は海部(あまべ)であり、海部は氏神豊受大神を祭祀して、
漁撈・農耕・航海・機織・酒造等の優れた技術を持っていたといわれている。

http://www.shiga-miidera.or.jp/serialization/shinra/125.htm /新羅神社考より





写真は、「元伊勢籠神社」の奥宮、「真名井神社」にて。(4/26)
/「大島桜(おおしまざくら)」。・・・四月の上旬、名古屋にて。

*以下のURLも御覧下さい。
http://blogs.yahoo.co.jp/hotsuma816owhari/folder/1403801.html?m=lc&p=2 /安らぎとゆらぎ

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