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カタカムナ文献は昭和25年頃、楢崎皐月氏がある老人から伝えられたとする古代文明の記録で、
カタカムナ文字(神代文字)によって書かれていたと言われています。
しかし、その内容は他の古文書とは大きく異なり、
歴史的な記録要素が少なく現代物理学と別系統の異質な科学書となっており、
むしろ物理学を越えた宇宙の原理と呼んだ方が相応しく、
とりわけ量子物理学の考え方に類似していると思われます。
この文献には、この世の現象世界の背後に、目に見ないカムという無限に拡がる潜象世界があり、
この世にあるすべては、潜象世界の根源であるカムナと現象世界の根源であるアマナとの、
共振重合によって創られるとしていますが、
これは、私の言うところの「霊と体の二重構造」と同じだと考えています。
また、宇宙の万物は「アマ始元量」により構成されていて、
その「アマ始元量」は粒子性と波動性の両方の性質を帯びており、
「マリ」と呼ばれる究極の微粒子が三つほど集まったものであるとしています。
これは量子物理学の出発点となった「二重スリットの実験」の粒子の不思議なふるまいによって、
原子以下の粒子は粒子と波動の二重性をもつことが分かっていますが、
それと同じことを説明していると思います。
そして、この私たちのいる世界が現象世界と潜象世界と相対する世界が存在しているように、
物はすべて対立したものの組み合わせで出来ていて、
「アマ始元量」はその潜象世界で造られているものの、両方の世界に存在し、
しかも、真空と思われる宇宙空間にもあまねく満ちていて、
そこで相対する二つの世界の共振重合によって万物が造られているともカタカムナには記述してあり、現代物理学でも、原子の中の真空は電気的な力を伝える性質を持っているが、
このような性質をもつ真空は、振動によって粒子と反粒子をを生み出すことが分かっていて、
粒子のまったくない「無」の空間から「有」が発生すると考えられており、
しかも、粒子と反粒子の集まった世界がそれぞれ形成され、
私たちが粒子の集まった世界とするならばその反対の性質を帯びた世界もあることとなり、
ここでも私たちの住む宇宙と別の宇宙が想定されるのです。
このカタカムナ文献の真偽については、楢崎皐月氏がいかに天才科学者であったとしても、
太平洋戦争直後の時代に単独でアインシュタイン博士や、
現代物理学を越える理論を構築できるはずがないでしょう。
もっと不思議なことに、空海大師の真言宗・大日経には舞経と呼ばれる経典があり、
そこには「カタカムナノウタヒ」がお経として残っていて、
今日でも
「カタカムナ ヒヒキ マノスヘシ
アシア トウアン(舞教では「あしあと おわん」と発音しているようです)
ウツシマツル カタカムナ ウタヒ」
この言葉を、最初のカの字が中心となるように、左進右退で渦巻き状に写経し、
写経することによってこの世が清まると信じられており、
空海大師と楢崎氏がどうつながっているのか大きな謎です。
物理学的な話として、私が大神様から知り得た情報では、
「地球上を現世とするならば、大気圏から月までの空間を霊界と考え、
月から太陽までの空間が神界に相当する。 そして、人間が何もない真空と考えている宇宙には、
実は究極の物質である霊子が満ちていて、それは無限のエネルギーと変換でき、
しかも、その霊子は人間の住む空間にも拡がっている」と聞いていますが、
同時にこの様にも仰せになっているのです。
「人々が神界・霊界の存在を認めて、
物質文明から精神と物質の融合した文明へと意識改革ができない限り、
そのエネルギーは取り出せないこととなっている」
私たちが現代の機械文明や金権主義、利己主義を捨て、利他愛に満ち、
自然と共存する心へと向かわなければ、
人類の未来は閉ざされていると思った方が良いかもしれません。
/十重戸 董火氏の、「神界、霊界の実在について」より
*http://www.k2.dion.ne.jp/~well0369/newpage12.html /日本人の霊的使命 から
写真は、秋枯の「ヒマラヤ杉」の大樹と、「銀杏」の大木。・・・ご近所にて。(12/7)
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