ホツマのひかり

気ままな「ホツマワールド」の付録(総集編)です。

風景風物

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知恵の種

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写真は、「半夏生」の候、夏の夕暮れ。・・・(5/30)近所にて。
/アメリカ・インディアン「デニス・バンクス(アカ・ナワ・カミック)」



 インディアンの真摯な言葉に耳を傾けよう!
そのシンプルさに、神降る響きが聞こえてきます。 /安斐路



 デニス・バンクスのことば『風の知恵』より


 私たちや、私たちを取り巻く環境は皆、自然の一部である。

 すべてが命のつながりの中で生きていて、互いが互いを必要としている。
 環境を大事にすることは、自分自身を大事にすることなのだ。

 鷲やビーバーは、幾千年間同じ形で生をつないでいる。
 七世代先の人々のことを考え、
自分たちが受け継いだ生き方を子供たちに伝えよう。

 滝の音や燃える火に心を傾けること。
 幼い子供に話しかけること。
 草木の生命に思いを馳せること。

 それらは偉大な精霊と交わることである。

 私たちを含めて、すべてが地球の住人なのだ。
 空気、太陽、火、水、土 ------- すべては所有することができない。

 偉大な精霊を、どうやって所有できるというのだろう。

 火は、私たちが生きていくうえで欠かせないものである。
 火は暖かさを与えてくれるだけでなく、生きる指針も与えてくれる。
 火と対話しよう。

 水や雨を大切にしよう。
 水は私たちの考えを浄化してくれる。
 雨は空気を浄化して、地の渇きをいやしてくれる。
 私たちは水や雨なしでは生きられない。

 地球にあるものは皆、それぞれ存在する意味と役割をもつ。
 自然の音に耳を澄ませば、自然は私たちに色々なことを教えてくれる。

 鳥の鳴き声に耳を澄ませば、自分の心がわかってくる。
 魚の泳ぎに目を向ければ、自分自身の答えが見つかる。

 花には生命を絶やさないようにするという役割がある。
 花の美しさや色にもそれぞれの役割がある。

 目標に向かう私たちに力を与えてくれ、
未来への夢を広げてくれるのである。

 目がないから見えないとは限らない。
 耳がないから聞こえないとは限らない。
 鳥、魚、花、木、すべてが私たちの話を聞いている。
 彼らに向かって心を込めて話すこと。

 寒い冬の日に、木々が話をするのが聞こえてくる。
 私たちや、私たちの未来について話している。
 いつでも木々を敬うこと。

 木の枝がなければ花は咲かない。
 木があってこそ森になり、その美しさも生まれるのだ。
 なぜ木を倒したり、森を破壊したりするのだろう。

 木は私たちに生命の息吹を与えてくれる。

 鷲、鹿、ビーバー、すべてが自分たちの流儀で生きている。
 それぞれがビジョンを持っている。
 肝心なのは、他人をまねることなく自分自身のビジョンを持つことだ。

 夢は私たちにストーリーを語り、ビジョンの源を与えてくれる。
 私たちが得たビジョンは、また他の人の夢となる。
 人々に良い夢を見せてあげることだ。

 ひとりひとりの画家は夢をもっている。
 一枚の絵には、何かが隠されている。
 画家の語りかけに耳を傾け、自分たちと結びつきのある話を聞こう。

 太鼓の音や人々の歌は、私たちの心臓の音だ。
 私たちの心臓の音は、いつでも宇宙の鼓動を映している。
 歌を歌いたくなくなったり、太鼓を打ちたくなくなれば、
誰も私たちの鼓動に耳を澄まさなくなるだろう。

 知恵の種は、私たちの中心にある。
 自分自身の中心に、汚れのない思考とよい水を与えること。
 そうすれば、閉じた中心が開いてきて、知恵の実を結ぶことだろう。

 私たちの未来は過去にある。
 時は流れているのだから。

 日々くりかえす行いこそが生活であり、文化を伝えることである。
 年長者から知恵を学ばなければならない。
 そして、それを実行しなければならない。

 一日一日を生きていくことが、生きる目的なのだ。
 日が暮れてしまったら生きる目的を失う、というわけではない。

 年を重ねてから、幼いころのことや仲間のことを思い返す。
 眼にも胸にも涙が浮かんでくる。

 そんな時、人は幸せを感じ、その尊さを知る。


 /アメリカ・インディアンの言葉

*以下のURLも御覧下さい。
 /知恵の実 など





武神の系譜

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写真は、宣教師が描いたと伝わる「織田信長」の肖像画。
 /津島「天王まつり」の風俗画。


 日本武尊

 天武天皇が三種の神器の一つである草薙剣を熱田神宮に奉納したことは、
日本の根幹が此神社にあることを明示している。
 即ち熱田の大神が国作りの剣の部分を担当していることを示している。
 思えはみすまる大和を建てる使命は、
すべての戦いのカルマを一人で背負うことを希む魂にして初めて可能なことだった。
 そのような犠牲心は高級霊以外把持することはできない。
 ヤマトタケルは日本が産んだ偉大な神人である。

 では何が偉大なのか。
 唯の統一者なら織田やナポレオン等いくらでもいるが神人ではない。
 ジャンヌ・ダルクが神人であったようにヤマトタケルも神人であった。
 神々の声に従う平定者であった。

 ヤマトタケルの物語は其の時代の正確な物語ではないが、
ヤマトタケルの偉大さの片鱗は窺い知ることが出来る。
 私は弟橘媛の入水は竜神の求めに応じて捧げたものと解釈する。
 その返礼に櫛が竜神によって対岸に届けられたのだ。
 この事は総てを犠牲にして、家族を捨てきるその後の動きと同じである。
 思えは家族などに囚われて何が出来よう。
 其のことを示すのが神人の仕事なのだ。
 熱田になづまず新しい国作りの可能性を求めて剣すら捨てて、
言向け和す無血平定に賭ける最後の歩みこそ大和建の理想であった。
 そして倒れることが最後の仕事であった。
 討ち取られた人々の恨みつらみを受け死ぬことが罪を背負うことだった。

 以下五井昌久先生の熱田神宮参拝歌(白光誌19686月号) 

 雷(いかづち)のごとき光に現われし熱田の神とひびきあわせつ
逆立ちて人ら歩む叱汰する熱田の神のひびき受けつつ
人の世の穢れ醜しとくはらえ熱田の神のひびき烈しき

 明治天皇御製
    日本武尊
   まつろはぬ熊襲たけるのたけきをも
     うち平げしいさを雄々しも
 
 兄大碓命は景行天皇の怒りにふれ、岐阜、美濃に逃れた。
 其処へ度々大和健は訪ねている。
 今も兄弟仲良く伝承通りの祭りが行われている。
 従って大和健に兄殺しの汚名被せられてしまったのも
景行天皇自らの恥を隠すためだったのであろう。
 大和健は兄を逃がし助け守っていたとも考えられる。
 神社伝承はそのことを伝えている。

  柿野/「清瀬神社」、「垣野神社」
  猿投山/「猿投神社」 
  岐阜池田町/「白鳥神社」 



 「柿野まつり(神楽)」
 /「小碓命と兄の大碓命」(垣野神社・清瀬神社両神社の御祭神)を、
年に一度山車で顔を合わせる行事で、
鎌倉時代から続く「五穀豊穣、無病息災祈願」のお祭り。
 悪魔払いなどの神事が奉納され、(柿野獅子神楽保存会)による
獅子神楽や山車でのからくり人形舞いが繰り広げられます。
 /四月第二日曜日/岐阜県山県市柿野(旧美山町)の「柿野御旅所」。





不徳の至り

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写真は、「織田信長」の銅像と木像。


『立つ鳥 跡を濁さず』と云う。・・・

 「国民は、聞く耳をもたなかった」と捨て台詞を残して、
夜逃げする様に去る者は、
自ら聞く耳をもたなかった事への不徳さを公言する、
無様な言い逃れに過ぎない。

 (民意をまとめて統率する)・・・
 「政治力は、人望がないと生きては来ない。」
                         /安斐路



春の名残り

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写真は、奈良に向かう早朝の、車窓の「虹」。(4/2)鈴鹿付近。
 /「行灯絵」。(4/4)岐阜県の美山町にて。



 「風誘う 花よりもなほ われはまた 春の名残りを 遺憾せむとや」
                           /安斐路
                                 


 「薫風」/南風。 温和な風。 かんばしい風。 南薫。
 青葉の香りを吹きおくる初夏の風。
 青嵐アオアラシ。薫る風。・・・

 「風薫る」/南風が緑の草木を渡って、
すがすがしく匂うように吹いてくるのを讃えた言葉で薫風ともいう。

 「風さそう花よりもなほ我はまた春の名残をいかにとやせん」
       /浅野内匠頭(あさのたくみのかみ)の辞世の句。
 自分の中に残っている若き情熱と生命の力を
発揮出来ぬままに死んで行く無念が、この歌に込められている。

 「唐文宗」の「薫風自南来 殿閣生微涼」
(薫風南より来たる。殿閣は微涼を生ず)の漢詩。
 この薫風の漢詩は、一休禅師の書としても有名である。・・・
 まず唐文宗帝がこのように云った。 

 人皆苦炎熱(人は皆炎熱に苦しむも)             
 我愛夏日長(我は夏の日の長きを愛でむ)    

 それに柳公権が答えて云った。 

 薫風自南来(薫風は南より来たる)     
 殿閣生微涼(殿閣に微涼の生ず)    

 王様が「世の中の人間が、熱い熱い夏にふうふう苦しんでいるが、
私は日の長い夏が大好きなのだ」、と云えば、
臣下が、「いや本当にいい南風ですね。
 この城に微かな涼さを呼んでくれます。」
と何のたわいもないことを云ったに過ぎない。
 
 熱風を薫風と言い換えて、
それは南より自(おの)ずから来た風と云ったのである。
 この「自」という言葉の意味は重い。
 単に南「より」というような意味ではない。
 これは「自然」の「自」であり、「自ずから」の「自」である。
 この自然に自ずから吹いて来た風を薫風と感じることによって、
世界は一変する。
 普通の人間が、炎熱と感じる風を
「微涼」として受け取ることができるのである。
 すると世界はまさに自然の恩恵に充ち満ちていることになる。
・・・

 これは禅の名著「碧巌録」(へきがんろく)の中の
第四三則「洞山寒暑廻避」の
滅却心頭火自涼」(心頭滅却すれば火も自ずから涼し)
に符合する言葉である。
 この四三則の深い意味は、
自ずから吹いてくる風というものを避ける術などない。
 それを肯定的に感じる精神を持つことによって、
世界を一変したものとして感じることができると云っているのだ。
・・・

  自分の若さに故に招いた厄(わざわい)の風を、
無念と感じて散った内匠頭の辞世の句の精神は、
精神の未熟を顕す以外の何ものでもない。
 と同時に、我々が俳句の季語として、
単純に受け入れて、表面的に捉えている「薫風」も
実はまったくの間違いだったと気づかされることになる。
 南風が心地良いのではない。
 風を心地よしと感じる唐文宗の感受性に、
心地よき薫風を臣下の柳公権が感じたに過ぎない。

 /薫風の意味・・・



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写真は、「縮緬細工」と、「行灯絵」。
 /(4/4)愛知県の稲沢市と岐阜県の美山町にて。



「勝ち、誇り、怨み、貪るの四つは忍の一字で治まる」
                    /(5/11)松雲庵主より

 この国は今、ワヤになっています。
 私の感でも如何ともし難く、
「このままでは遺憾ぜよ!」・・・と叫びたくなる程です。

 いっそ、キムタクの『ヒーロー』にでも託した方が、
上手く荒波を乗り越えることが出来るかも?!?

 国民は、足る事知らず、満足せず。
                        /安斐路




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