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写真は、姨捨パーキングエリアからの「川中島の原」と、
遠くに見渡す「善光寺平」。
/富山旅行からの帰り、車窓から見上げる「夕空」。(3/28)
「更科紀行(さらしなきこう)」1688年 芭蕉45歳
さらしなの里、姨捨山(おばすてやま)の月見ん事、
しきりにすゝむる秋風の心に吹さわぎて、
ともに風雲の情を狂すもの又ひとり、越人(えつじん)と云。
木曾路は山深く道さがしく、旅寐の事も心もとなしと、
荷兮子(かけいし)が奴僕(ぬぼく)をして送らす。
おのおの心ざし尽すといへども、駅旅の事心えぬさまにて、
ともにおぼつかなく、物ごとのしどろにあとさきなるも、
なかなかにおかしき事のみ多し。 ・・・
姥捨の月
更科紀行では、木曽の山の中を抜けると、
いきなり更科の里に入ってしまう。
松本やその間の宿は飛び越えてしまって何もでてこない。
・・・写真は、姥捨パーキングエリアからと、姥捨の駅からで、
川中島の原と遠くに善光寺平が見渡せる。
芭蕉は更科の里の八幡の風景とともに遠く善光寺平を眺めたのだろう。
篠ノ井線・姥捨の駅からの眺望は日本の駅の中で第二位だそうだ。
なるほど眺めはすばらしいが、・・・もうひとつ、
姥捨の駅を有名にしているものがある。
姥捨て伝説と駅のホームからの棚田の眺めだ。
棚田の眺めには期待していたのだが、・・・
/「更科紀行」(私の芭蕉) より
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