ホツマのきらめき

四季折々の風景や花など、気ままな「ホツマワールド」です。

風物風景

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気違いに刃物

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写真は、「コチョウラン」と「旅客機」/(2/7)(2/3)コンデジ撮影。



2月7日
 わがことながら日本人は、敗戦から70年という歳月をかけて本当に優しくなった。「イスラム国」という名のならず者集団に空軍パイロットが焼き殺されたヨルダンは、さっそく報復爆撃を始め、指揮官を含む55人以上を殺戮(さつりく)した。
 ▼ヨルダンでは、「なぜ2人も殺された日本がともに戦わないのか」という声が高まっているという。日本には憲法の制約があって云々(うんぬん)、と説明してもまず理解されぬだろう。
 ▼憎しみの連鎖を断たねばならぬ、というご高説は一見もっともらしい。後藤健二さん自身も数年前、「憎むは人の業にあらず、裁きは神の領域。−そう教えてくれたのはアラブの兄弟たちだった」とつぶやいている。
 ▼だからといって処刑直前も彼はそんな心境だった、とどうしていえようか。助けにいった湯川遥菜さんが斬首されたときの写真を持たされ、家族に脅迫メールを送られ、心ならずも犯人側のメッセージを何度も読まされた後藤さんの心境は想像を絶する。
 ▼仇(かたき)をとってやらねばならぬ、というのは人間として当たり前の話である。第一、「日本にとっての悪夢の始まりだ」と脅すならず者集団を放っておけば、第二、第三の後藤さんが明日にも出てこよう。
 ▼日本国憲法には、「平和を愛する諸国民の公正と信義」を信頼して、わが国の「安全と生存を保持しようと決意した」とある。「イスラム国」のみならず、平和を愛していない諸国民がいかに多いことか。この一点だけでも現行憲法の世界観が、薄っぺらく、自主独立の精神から遠く離れていることがよくわかる。護憲信者のみなさんは、テロリストに「憲法を読んでね」とでも言うのだろうか。命の危険にさらされた日本人を救えないような憲法なんて、もういらない。




「危機に弱く役に立たない政府機関 対外情報機関の設置が急務」

『週刊ダイヤモンド』 201527日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1070

オレンジ色の囚人服をまとい、鎖と手錠で拘束された後藤健二さんが、124日午後11時すぎには殺害されたとみられる湯川遥菜さんの写真を、27日夜にはイスラム国に捕らわれているヨルダン人パイロットの写真を両手に持たされ、メッセージを発信させられた。
29日午前段階でのイスラム国の要求は、後藤さんとヨルダン政府が拘束している女テロリストの交換である。
日本人のためにヨルダン政府が、拘束中のテロリストを解放するという一対一の交換は、日本およびヨルダン政府にとって非常に厳しい条件だ。事態は予断を許さないが、私たちは事件が世界に発信していることを読み取り、次なる状況に備えなければならない。
安倍晋三首相の、人命は尊重するが、テロには屈しないという方針を、国民の6割が支持していることが世論調査で明らかになった。非常に心強い。法も道理も踏みにじり、暴力による支配を押し広げていく勢力は、これからも存在し続け、根絶は容易ではないだろう。私たちが慣れ親しんできた国際社会の秩序や道理が公然と否定される事態は発生し続けるだろう。
日本はこうした事態に無防備であり続けてきた。だからこそ、今、国民を守るために何をすべきかを考えたい。まず第一は、世界各地域の情報を自力で取り、分析する能力を養う体制をつくることだ。日本は、先進諸国の中でインテリジェンスに最も疎い国である。これまで日本人や日本の企業が海外で危機に陥ったとき、ありていにいって各国の在外公館をはじめとする政府機関は、ほとんど役に立たなかった。
危機に直面して、大使館や日本政府に情報を提供してきたのは日本の総合商社やメディアだった。国家としての情報収集能力を備えていないこのような実態は今も基本的に変わっていない。
大国米国が海外での紛争に介入することをためらい、軍事介入に非常に消極的になったことが、世界のルールが大きく変わることにつながっている。今回の事件に限らず、予想を超える事件が発生し続ける構造的な変化が世界政治に起きている中、日本はなんとしても国際社会の動向を察知し、備えるための情報機関をつくるべきだ。
情報機関は、世界を広く俯瞰し、およそ全ての問題を「国際社会の中の日本としてどう対処すべきか」という発想で眺め、分析し、対応策を打ち出せる能力を備えていなければならない。
例えば日米、日中関係にしても、今回のようなテロリスト問題にしても、二国間あるいはその相手との関係だけで考えるのではなく、日本の国益を担保し、日本国民の命を守るために何をするのがよいのか、全体像を見詰めた上で戦略を描けるものでなくてはならない。
であれば、北米課や中国、モンゴル課など、縦割り構造の発想にとらわれがちな外務省では役に立たないということだ。新しい情報機関は既存の役所の外に、首相直属の独立機関として設置するのがよい。
安倍首相の強い意思で設置した国家安全保障会議(NSC)も、本来、きちんとした情報を上げてくる下部組織を持っていなければ、機能しない。
NSCが正しい判断を下し、正しい戦略を打ち出すためには、判断材料と優れた情報がなければならない。あらゆる意味で、対外情報機関の設置を急ぐことだ。

次に、海外での邦人救出のためにわが国は一体、何をなすべきか、具体的に論じるべきだ。
海外で予想外の事件に巻き込まれると、日本人は現行憲法と現行法の下では、日本政府が助けに来てくれることはないという現実に直面する。助けてくれる国家を持たないこのような状況に、これからも私たちはずっと甘んじていくのか。官民挙げて現実的に語り合うときだ。









今日は「節分」

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写真は、今朝「御嶽山」と「伊吹山」。/(2/3)大曽根界隈で、コンデジ撮影。



 今日は節分。明日は「立春」! /安斐路

恵方巻き
【意味】 恵方巻きとは、節分にその年の恵方を向いて食べると縁起が良いとされる太巻き。丸かぶり寿司。恵方寿司。恵方巻。吉方巻き。
【恵方巻きの語源・由来】

恵方巻きの「恵方」は、陰陽道でその年の干支によって定められた最も良いとされる方角のことで、その方向に歳徳神(としとくじん)がいるといわれる。
その恵方に向かって巻き寿司を食べることから、「恵方巻き」や「恵方寿司」と呼ばれるようになった。
恵方巻きは、目を閉じて願い事を思い浮かべながら、恵方に向かって無言で一本丸ごとの海苔巻きを丸かぶりすることから、「丸かぶり寿司」や「丸かじり寿司」とも呼ぶ。
巻き寿司を切らず一本丸ごと食べるのは「縁を切らない」という意味が込められており、七福神にちなんで「かんぴょう」「きゅうり」「伊達巻」「うなぎ」など七種類の具材が入れられ、「福を巻き込む」という願いも込められている。
恵方巻きの起源は、江戸時代末期、大坂の船場で商売繁盛の祈願をする風習として始まったものといわれるが、正確な起源は未詳。
この風習は一時廃れたが、1970年代後半に大阪海苔問屋協同組合が道頓堀で行ったイベントによって復活し、関西地方では一般的な風習となった。
1990年代前半には一部のスーパー、1990年代後半には一部のコンビニで全国販売されるようになり、2003年〜2004年には全国のスーパー・コンビニで販売され大きく宣伝されたことから、節分に恵方巻きを食べる風習は急速に全国へ広まっていった。



*関連






日本は…凄い

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写真は、晴れ渡った今朝の「御嶽山/(2/3)天神橋にて、コンデジ撮影。




「日本は…凄い」韓国世論「イスラム国」事件の日本人家族の態度に感嘆「何でも他人のせいの韓国とは大違い」
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自宅で記者の取材に応じる、イスラム国で殺害されたとみられる湯川遥菜さんの父親の正一さん=1月25日、千葉市(代表取材)  
 教過激派「イスラム国」が日本人2人を人質にし、日本政府に殺害すると脅迫した事件は韓国でも関心を集めた。韓国人少年がイスラム国に志願したとされ、ひとごとでなくなったこともある。だが、韓国人が目を見張ったのは、人質の1人が殺害されたとみられる画像が出た後の父親の対応だ。極限のなか、「迷惑をかけた」と謝罪し、政府の尽力に感謝する言葉に「見習うべきだ」との書き込みがインターネット上にあふれた。何でも他人や政府のせいにする韓国の風潮に反省を促す声も上がった。(桜井紀雄)
被害者の父の「謝罪と感謝」に衝撃
 1月24日深夜、人質となった後藤健二さん(47)が、もう一人の人質、湯川遙菜さん(42)が殺害されたとみられる写真を持ち、「ハルナは殺された」と語る映像がインターネット上に流れた。翌25日、湯川さんの父、正一さん(74)が千葉市の自宅で報道各社の代表取材に応じた。
 正一さんがまず口にしたのは次の言葉だ。
 「今回の事件について、皆さまに大変ご迷惑をおかけしました。本当に申し訳ございません」。そしてこう続けた。「同時に、政府をはじめ、関係者に尽力いただき、ありがたいと深く感謝しています」
 終始、硬い表情を崩さず、時折、声を震わせながら、「冷静さを保つだけで手いっぱい。一人になったら耐えられない」とも語り、「嘘であれば」と息子との再会に望みを託した。それでも、その後、息子同様に殺害されたとみられる映像が流れた後藤さんについて「遙菜を心配し、命を懸けて現地に入り、拘束された。非常に心苦しい。早く解放され、日本に帰り、活動してもらいたい」と気遣っていた。
 「親として息子に十分な教育ができたのかということに責任を感じている。息子も、もう少し人生を生きて、皆さんに恩返ししたんだろうと思う」と悔しさもにじませた。
 このインタビューは韓国でも大きく報じられたが、ネットユーザーらの反応は、他の日本に関するニュースと大きく違った。
 父親の言葉に深く感じ入り、「日本の市民意識は本当にすごい。韓国人も見習うべきだ」という書き込みがあふれたのだ。ネットユーザーの一人は、父親に対し、「偉い方だ。心はどれだけ張り裂けそうか。胸が痛む。事件の一刻も早い解決を、手を合わせて祈ります」と記した。
 韓国の通信社、聯合ニュースのスマートホン版の記事へのコメントだけで4000件を優に超え、「認めざるを得ない先進国の市民意識だ」「日本は本当にすごい」といった書き込みが相次いだ。
「憎いけど、うらやましい国」ニッポン
 《いつも感じることだが、日本人たちから学ぶ点は、見習わなければ。大事件に遭ったときも、冷静に落ち着いて対応し、自分より他人に配慮する人たちの姿を見るとき−列に並んで秩序を守る姿など。わが国は、大事件が起きれば、大騒ぎし、補償を求め、日本人の姿とは正反対だ》
 《日本人のこんな姿を目にするたび、わが国も感情的に判断する誤りを正さなければと思う。どんなに悲しい出来事でも、公私は分けなければいけないのに。われわれは、何か悪いことが起きれば、すぐに誰かに責任をなすり付ける傾向が多いから》
 こういった韓国の風潮と比較した内容が多い。
 湯川さんの父親の対応に感銘したと書き込んだ人が、日本びいきというわけではなく、「日本による恥辱の歴史は忘れることができないが、日本人に学ぶ点は多いようだ」といったコメントも目につく。
 《わが国では、何か事故が起きれば、国家のせいにする。(日本は)戦犯国家だけど、こういう成熟した国民性は見習う必要がある》
 《日本、憎いがうらやましい国だ。冷淡といえるほど、卓越した市民意識は本当にすごい》
 《日本は嫌いだ。しかし、こんな状況で理性を失わず、国民に迷惑をかけてすまないなんて言う日本人たちの配慮の心は、見習わなければいけない。わが国だったらどうしたか? 泣き叫んで「国民を捨てた政府だ」と非難し、騒ぎ、デモし…》
 こうした「日本は嫌いだ」と断った上で、「認めざるを得ない」といった書き込みは少なくない。
 記事に対するコメント欄には、フェイスブックの「いいね」に当たる共感を表すアイコンがあり、日本人の対応を評価する一連の書き込みには、多くの人が「共感」にクリックした。書き込みまではしなくとも、多くのサイレントマジョリティーが支持したわけだ。
 一方、「韓国にひどいことをしておいて1人や2人のことで騒ぐな」といった心ないコメントもあったが、すぐに反論や非難が書き込まれ、感銘や評価の渦の中にかき消された。
震災でも「申し訳ない」…「迷惑かけない文化」
 東日本大震災発生時にも韓国で、秩序だって行動する日本人や家族を失っても他人への配慮を忘れない被災者の姿が驚きを持って受けとめられた。
 湯川さんの父親の記事へのコメントでも「津波で家族をうしなったおじいさんも『国民に心配をかけ、申し訳ない』と言っていた…。これはわれわれと日本の国民性の違いのようだ」と指摘する人もいた。
 人質の父親の対応について、韓国最大手紙、朝鮮日報(電子版)は「日本人の『迷惑かけない』文化」と題した東京特派員を経験した論説委員のコラムを掲載した。
 コラムは、小学生のころから「他人に迷惑をかけてはいけない」ことを教えられる日本の状況を紹介。震災時の被災者だけでなく、2009年11月に日本人10人が犠牲になった釜山の射撃場火災でも、遺族が「申し訳ない」と口にしたことに触れ、「悲しみで泣き叫ぶことは、周囲に迷惑をかけることなので、彼ら(日本人)は、自らの悲しみを心のうちに押し込める」と解説した。
 その上で、「ことあるごとに他人を攻撃することに慣れているわれわれにとって、『迷惑うんぬん』と言いながら、頭を下げる日本人の姿には、相変わらず驚かされる」と記した。
 イスラム国をめぐっては、17歳の韓国人少年がシリアとの国境付近のトルコ南部で1月10日から行方不明になった。少年はネット上でイスラム国関係者とみられる人物と接触し、「新しい人生を送りたい」などとイスラム国入りを志願する書き込みをしていたことから、警察当局は、イスラム国の支配地域に入った可能性が高いとみている。
 こうした“事件”があっただけに、韓国でもイスラム国に関するニュースへの注目は高く、日本人殺害脅迫事件についても「韓国も無関係ではいられない」といったメディアの論調が目立つ。
セウォル号での「疲弊」が引きつけた関心
 だが、湯川さんの父親の態度が韓国人の心をとらえたのは、イスラム国への関心からだけではなさそうだ。
 《韓国では、大統領や首相、長官の責任だと悪口を言い、ビンタ(バッシング)し、特別法をつくり、ハンガーストライキし、大騒ぎするのに。迷惑を掛けて申し訳ないというあの国民性。あの精神のために日本はおそろしい国なんだ》
 この書き込みは、高校生ら300人以上が犠牲になった旅客船セウォル号沈没事故をめぐる国民の動きと、惨事における日本人の態度を比較したものだ。
 セウォル号事故では、遺族の支持者を名乗る政治団体が朴槿恵(パク・クネ)大統領や首相、関係省庁トップの責任を追及。ハンガーストライキによる抗議デモも起きた。事故を受けた特別法制定をめぐって国論を二分し、国会も空転した。
 《韓国では、よくないことは全て他人のせい、政府のせいのするのに…。セウォル号事故は、船長の責任なのに、青瓦台(大統領府)に行って狼藉(ろうぜき)を働いたり、大統領の弾劾をわめいたり、代行運転手に暴行したりし、遺族にも失望させられたが》
 こんな書き込みもあった。「代行運転手に暴行」は、酒に酔った遺族団体幹部や野党議員が「俺たちが誰か知っているのか」と「遺族」をかさに着た横柄な態度を取り、運転手を暴行したとされる事件を指す。こういった状況から、韓国社会を一種の「倦怠(けんたい)感」が覆っていただけに、事件や事故の渦中に置かれた日本人の態度のあまりの違いに衝撃を受けたのだろう。
 書き込みは「韓国が先進国になれない理由はそこだ。自分自身を顧みなければ」と続け、拘束された後藤さんに対し、「無事に祖国に戻れることを祈る」と結んだ。
「息が詰まるほど誠実」な人々
 湯川さんの父親の言葉は、歴史問題などで韓国で常に批判の的にされる安倍晋三政権に対する評価も引き出した。
 《韓国人がどう考えようと、国民から信頼される日本政府の姿と日本国民の成熟した市民意識が垣間見えた。どこぞの国では、水を掛け、「首相を辞めろ」とわめくだろう》
 自分の息子の生死がかかった事件でも、政府を信頼できる日本社会の「成熟」がうらやましいというのだ。
 父親の態度に加え、イスラム国による殺害脅迫事件に対する安倍政権の対応について、日本の世論調査で60%前後の人が「評価する」と答えたことを取り上げた書き込みもあった。
 《ああ、韓国とは全然、違う! 心が切り裂かれるはずなのに。日本国民の60%以上が安倍政権の対応が適切だとしたことをみると、韓国と違う! 韓国なら政府をなじるはずなのに…。日本や日本人は嫌いだが、これは見習う点だろう》
 日本に暮らし日々、日本人と接しているという韓国人は、記事への書き込みで、日本人のこうした態度は決して“建前”からではなく、心の底から出た言葉だと強調した。
 「大部分の人たちは、こんな状況でも、心から申し訳なく感じ、たとえ、助け出せなくとも誰も恨まない。日本の大部分の人たちが、こんな事件が起きても、誰も恨まず、諦観し、受け入れ、周囲に申し訳ないと言う」
 そして、「一部の悪い人たちのせいで、日本全体を悪く言ったり、死んでよかった」としたりする一部の声を「そうじゃない」と制した上で、こう締めくくった。
 「ここ(日本)の平凡な市民たちは、本当に息が詰まるほど、誠実に暮らしている」
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【イスラム国後藤さん殺害映像】後藤健二さんの母親が会見 「無念の死を前に言葉も見つからない」







熱き想い

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写真は、夕闇迫る黄昏れ時、冬の御嶽山」/(1/13)コンデジ撮影。




[世界遺産・富士山の伝説] あなたは知っていますか?
2013年09月11日 公開

小田全宏(ルネッサンス・ユニバーシティ代表取締役)
 
名前の由来は?
 さて、富士山という名はどこから来たのでしょうか。
 はじめて「ふじ」の名前が出てくるのは、713年に出された元明天皇の詔により作られた『常陸国風土記』です。風土記というのは奈良時代に各地の文化や地勢についてまとめられたもので、一番有名なものでほぼ完全な形で残っているのは『出雲国風土記』です。常陸国は、今の茨城県にあたります。
 『常陸国風土記』の中に「福慈」という名前が出てきます。「ふじ」と呼び習わす名前には、「富士」「不二」「不尽」「不死」などがあります。「不二」は、「ふたつとないほど素晴らしい山」という意味でしょうし、「不尽」も「その素晴らしさは尽きない」とか「その大きさは尽きない」という意味でしょう。
 「不死」というのは、永遠の生命を得るという意味ですが、どうもこれは中国の神仙思想から来ているようです。世の為政者というのは、永遠の命をもとめて東奔西走するものですが、特に有名なのが秦の始皇帝の「不死の霊薬探し」です。どんなに権勢を誇った始皇帝でも、さすがに老いには勝てません。いやむしろ権力をほしいままにした人ほど盛者必衰の理を痛切に感じていたことでしょう。
 始皇帝は、部下の徐福に命じて海へ山へ不老長寿の秘薬を探させたといいます。紀元前3世紀ごろの話なので、真偽のほどは定かではありませんが、3千名を超える人々を引き連れて徐福が駿河湾から富士山へ向かったということが古文書に記されています。このような、山に仙人が住んでいるとか、万病に効く霊薬があるといった神仙思想は、日本でも広がっていきます。『竹取物語』にも、この神仙思想が色濃く出ています。
 富士山はだいたいが「ふじ」と呼ばれていたようですが、『富士山由来記』(経ケ岳から出土)を見ますと、まだまだたくさんの名前が富士山にあることがわかります。
・養老山……これは富士山が不老長寿を約束してくれる山だという説と、富士山の頭にかぶった雪が老人の白髪に見えるからだという2つの説があります。
・仙人山……これも、富士山が不老不死を約束された山であるという神仙思想から出ています。
・行向山……素直な気持ちで心を清めて富士山に登る者は素晴らしい功徳が得られるという信仰から来た名前の1つ。また、聖徳太子が馬に乗って富士山に参したところから取った名前だという説もあります。
・妙光山……富士山が常に雪をかぶり光り輝いているところからついた名前。
 変わったところでは、
・蹲虎山……ちょっと難しい呼び名ですが、富士の頂上に「虎が蹲っているような形をした石がある」ところからついた名前。
・四方山……富士山は四方八方どこから見ても同じ形をしているところからつけられた名前です。
 最後にもう1つ、「枝折山」という名前を紹介しましょう。どうして富士山が「枝を折る山」なのか。それは、こんなお話です。
 昔、富士山のふもと駿河の地に、1人の若者と年老いた父親が貧しく暮らしていました。年老いた父親はだんだん体も動かなくなり、若者はそのお世話が面倒になってきました。そこであるとき、父親を富士山に捨てに行こうと考えたのです。
 「おとう、一度富士山に登ろうや」
 息子の魂胆を知ってか知らずか父親は、「おお、それはいい」と言って、息子におぶわれ富士山に登ることになりました。
 その道すがら、父親は木の枝を祈りながら道に撒いています。息子はそんなことには一向に構わず、頂上を目指します。
 もうそろそろ頂に着くころ、一休みしていた2人でしたが、突然息子は何も言わず父親を放り出して、脱兎のごとく山を駆け下り始めました。
 息子の背中には父親の叫び声が突き刺さりましたが、お構いなしに下りていきました。
 そのときです。突然、地面が裂け、その割れ目に息子は落ちてしまいます。すんでのところで片手を岩にかけたものの、まさに墜落寸前。
 そのとき、天空から神の声がしました。
 「自分の父親を捨てて帰るとはなにごとだ。お前は自分の罪により、これから永遠に地獄で苦しむのだ」
 まさに手が離れこれまでと思った瞬間、今まで老いぼれて動けなかったはずの父親が息子のもとに駆け寄り、息子の髪の毛をむんずと掴むと神に向かって大音声をあげたのです。
  奥山に 捨つる枝折は 誰がためぞ 我身を置きて 帰る子のため
 枝を折って捨てたのは、自分を捨てていく息子が道に迷わず帰れるようにするためなのだという、悲しくも強い父親の心の叫びなのでした。
 その老人の心に神の心も打ち震え、息子の命は助かりました。
 息子は父親に抱きつきながら、「おとう、どうか許してくれ」と言って泣き崩れたということです。
 昔から「姥捨て山」とか「楢山節考」などで、老いた親を捨てる話は伝わっていますが、その1つが富士山にも伝わってきたのでしょう。
 それにしても、富士山の名前はまさに七変化です。私たちは「富をつかさどる山」ということで富士山と呼んでいます。さて、あなたはどの名前が気に入りましたでしょうか。
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かぐや姫と「不死の山」
 
 富士が「不死」とつながっているのは、徐福伝説だけではありません。あの『竹取物語』にも明確に出てきます。
 『竹取物語』は『かぐやひめ』として子どもから大人までよく知っていると思いますが、9世紀にできた日本で最初の物語だといわれています。
 ストーリーはまことに荒唐無稽、空想の賜物です。おじいさんが竹をとっていると竹の中から光り輝く美しい女の子が現れました。その子が成長し5人の若者たちから求婚されるのですが、次々と繰り出される難問にみんな轟沈。結局、帝が「后に来てくれ」と嘆願するも、かぐや姫は「私はこの世の者ではありません。もうすぐ使者がまいります」と言って、8月15日、月の光の中を昇天していくというお話ですが、この最後の場面に富士山が登場してくるのです。
 姫は最後に「不死の薬」を帝に渡して天に昇っていったのですが、「もう二度と姫に会えないのに私が長生きしても何の意味があろうか」と帝は嘆き悲しみました。
  逢ふことも なみだに浮かぶ わが身には 死なぬ薬も なににかはせむ
 そのときに詠んだ帝の歌です。帝は、姫にもらった薬を富士山の頂上で燃やしてしまいました。その最後の部分で富士山が登場します。
   不死の薬の壷並べて、火をつけて燃やすべきよし仰せ姶ふ。そのよし承リて、つはものどもあまた具して山へ登りけるよりなん、その山をふじの山とは名付けける。その煙、いまだ雲の中へ立ち昇るとぞ言い伝へたる。
 帝が「不死の薬」を山頂で焼いたから「フジの山」になったということと、もう1つ「武士」がたくさん山に登ったから「富士の山」だということと、2つ意味がかけられているのです。
 しかし、この『竹取物語』、確かに富士山は登場しますが、その登場の仕方は最後にちょっとつけたしのように出てくるだけで、「かぐや姫」と富士山との本質的なつながりは見えてきません。
 ところが、その後の物語では、この「かぐや姫」と「富士山」の関係はもっともっと密なものになっていきます。
 竹の中から美しい姫が現れたところまでは一緒ですが、ここでは帝と姫との関係が濃密になって語られます。帝は姫を后にと懇願するのですが、
 「私は神の授かりものです。子どもがいない老夫婦をあわれに思い竹の中から出てきたのです。帝がその気になれば、すべてのものを御許に呼び寄せることができるでしょう。私はそうするわけにはまいりません。かくなる上は穀集山に登り身を隠しましょう」
 と言って、老夫婦のもとを去るのです。穀集山というのは、稲をうずたかく積み上げたように見える富士山のことですが、姫は大きな川っぺりに来たときに、涙を流して歌を詠みました。
  身捨てんと 思ひ出でにし 我なれば 世の憂きことも かヘりみるなり
 そして、姫は山の中へと身を隠してしまいました。天皇はあまりの恋しさに、姫に2つの宝冠を送りましたが、山の中腹でその冠を受け取ると、美しい微笑を残し山の中へと消えていったというのです。
 ここで、姫は富士山の守り神になる余韻を残して消えていきます。
 この「かぐや姫伝説」はいろいろな形態をとって変遷し、ときには中国の女性になったり、単なる恋愛物語になったりしますが、かぐや姫が富士山と一体化していく素地が初めからあったのです。
 中曽根元総理と芥川賞作家の新井満氏が対談された折に、「富士山は男か女か?」という議論を繰り広げたそうですが、中曽根氏は「富士山は男である」と主張し、新井氏は「富士山は女である」と主張しました。イメージ的には私たちの心に強い勇気を与える存在としては「男」だともいえますが、しかし歴史的には富士は女性、いや女性神として見つめられているようです。

<書籍紹介>
ISBN978-4-569-81470-4.gif

小田全宏 著
本体価格 1,300円
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祝!富士山世界遺産。登録への道のりはどのようなものだったのか。併せて「文化としての富士」を徹底解説、富士山の魅力を解剖する。
 
<著者紹介>
小田全宏
(おだ・ぜんこう)
1958年、滋賀県彦根市生まれ。東京大学法学部卒業後、(財)松下政経塾入塾。松下幸之助翁指導のもと、一貫して人間教育を研究。91年(株)ルネッサンス・ユニバーシティを設立し、多くの企業で人材教育実践活動を行なう。
現在、〔株〕ルネッサンス・ユニバーシティ代表取締役、NPO法人日本政策フロンティア理事長、アクティブ・ブレイン協会会長、NPO法人富士山を世界遺産にする国民会議運営委員長、リンカーン・フォーラム名誉顧問、一般社団法人東京ニューシティ管弦楽団理事長。
著書に、『陽転思考』『新・陽転思考』(日本コンサルタントグループ)、『日本国改造プログラム』(編著、稲盛和夫監修)、『国民が目覚めるとき』(以上、PHP研究所)、『首相公選』『日本人の真髄』(以上、サンマーク出版)、『私たち塾生に語った熱き想い 松下幸之助翁82の教え』(小学館文庫)など多数。








中国の対日観に変化?

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写真は、市内から望む白銀眩しき「御嶽山」/今日(1/13)コンデジ撮影。



中国にとって日本はもはや「大国」ではなくなったのか
 中国にとって日本は大国か否か。中国はこれまで日本を大国として位置付けてきたが、その中国の対日観に変化はあるのだろうか。
 中国は外交において、相手国を大国、周辺国、発展途上国の3つに分けている。もっとも、この分け方も不変ではない。
 中国外務省が毎年、編集、出版している外交白書「中国外交」を見ると、2002年の外交を論じた03年版までは、西側先進国、周辺国、発展途上国の3つに分けており、日本やロシアは周辺国の範疇(はんちゅう)に入れられていた。
 03年の外交について記した04年版の外交白書からは、西側先進国が消えて大国が登場し、現在のような分け方になっている。この変化に伴い、ロシアや日本は米国や欧州連合(EU)とともに大国に分類された。
 西側先進国から大国への変化は、ちょうど江沢民時代から胡錦濤時代への転換と一致しているが、文化大革命後の急速な経済発展による中国の台頭、中国の大国化ともかかわっているといえよう。
 中国の外交白書において、日中関係はその後、常に大国との関係の一部として論じられてきた。
 ただ、両国関係が悪化していた小泉時代の05年の外交について記した06年版外交白書は、日中関係を大国との関係ではなく、周辺国との関係に含めている。
 もっとも、06年の外交を論じた07年版外交白書では、安倍政権の登場で関係が改善されたこともあり、日中関係は再び、大国との関係の中で記されている。
 胡錦濤時代から習近平時代に移行した13年の外交を論じた14年版の外交白書では、米国、ロシア、EUとの関係は従来通り、大国との関係として触れられているが、日本との関係は言及されていない。
 周辺国との関係にも日本は登場せず、わずかに別項で、尖閣諸島問題などに関する記述があるだけだ。
 中国にとって日本はもはや大国ではなくなったのか。それとも、06年版の外交白書と同じく、関係悪化を背景とする一時的なものなのか。
 王毅外相は昨年末の講演で、日中関係について、大国外交ではなく、周辺外交の部分で言及している。
 中国にとって日本とは何かという問いは、日本にとって中国とは何かという問いと同様、きわめて重要なものである。戦後70年となる今年、私は日中関係の改善を願うが、あまり楽観的にはなれない。(フジサンケイビジネスアイ 元滋賀県立大学教授・荒井利明)
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中国海軍、相反する「接近」と「挑発」 測れぬ真意、「雪解け」に暗雲? 12日に防衛当局間協議
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 海上自衛隊と中国海軍の間で不測の事態を回避するための「海上連絡メカニズム」の運用開始に向けた防衛当局間の作業部会が12日、東京都内で開かれる。昨年11月の首脳会談に続く日中間の「雪解けムード」を象徴する動きだが、昨年末には尖閣諸島(沖縄県石垣市)を含む日本周辺の空海域で中国軍の活動が活発化した。「接近」と「挑発」。相反するように見える動きに日本政府関係者は中国側の真意を測りかねている。(杉本康士、山本雄史)
 ■報道発表にも配慮?
 12日の作業部会には防衛省・海上自衛隊と中国国防省・海軍の当局者らが参加するが、事前に公表されず、協議終了後に行われる報道陣向けの説明は13日に持ち越される可能性もあるという。防衛省関係者は「中国側の意向があるから、日本だけの判断ではできない…」と漏らす。
 日中両政府は昨年11月10日の首脳会談の直前、日中間の「危機管理メカニズム」を構築することをうたった合意文書を発表。平成24年5月に大筋合意したまま凍結状態となっていた海上連絡メカニズムの運用開始に向け、ようやく動き出した。
 しかし、合意文書をめぐっては、外務省幹部ですら「具体的な何かを合意したものではない。状況は変わっていない」として緊張状態を緩和するだけの“効力”はないことを認めている。
 ■首脳会談後に変化
 首脳会談の翌月から中国軍の活動に変化も起きた。
 自衛隊は先月4日に中国海軍の駆逐艦やフリゲート艦など4隻が鹿児島県の大隅海峡を通過し、同25日には宗谷海峡を抜けて東シナ海に向けて航行したことを確認。日本列島を周回する動きは25年7月以来で、自衛隊統合幕僚監部は「特異行動」として発表した。
 先月6日以降には中国軍機が沖縄本島と宮古島の間を相次いで通過したが、これも9カ月ぶり。中旬には中国海軍艦艇が尖閣北方約70キロの海域で航行していることも確認された。
 中谷元・防衛相は今月9日の記者会見で「中国の海軍による太平洋への進出回数が増加傾向にある。今後、中国は活動領域を一層拡大するとともに、活発化をさらに進めていくものと認識している」と警戒感を表明したが、一連の背後にある中国側の意図は明らかになっていない。
 ■政府内に楽観的観測も
 日本政府内には「西太平洋で行われた演習に伴う動きで、政治的な意図はない」(防衛省幹部)と楽観する声がある一方で、「海上連絡メカニズムが運用開始されるまでの間の駆け込み的な既成事実づくり」(防衛省関係者)との見方もある。習近平国家主席が昨年9月に訪印した際、中印両国が領有権を争うカシミール地方に中国軍が越境した例もあり、「接近しながら挑発するのは、習政権の外交パターンだ」と語る政府関係者もいる。
 「海だけでなく、空にもメカニズムを広げたい」
 昨年11月、中国軍関係者は日本政府関係者に対し、海上連絡メカニズムに関して非公式にこう呼びかけた。
 メカニズムは艦船だけではなく、艦載機などの航空機も対象として大筋合意済み。新たに提案された「空」の枠組みが、中国が一方的に設定した防空識別圏の問題を含むのであれば日本側としては受け入れられない。12日の作業部会で中国側が正式にこの問題を議題とするよう求めれば「メカニズムの議論のやり直しになる」(防衛省関係者)おそれもある。
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