ホツマのきらめき

四季折々の風景や花など、気ままな「ホツマワールド」です。

冬の花

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哀しき性(さが)

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写真は、「冬の彩り」(晩秋の名残り)。/(12/14)散歩途で、ケータイ撮影。




「反日」と「情緒」が支配する 哀しき非民主国家『月刊正論』 2014年12月号
呉 善花(拓殖大学教授)

先進国にはあり得ない起訴

 韓国ソウル中央地検刑事1部が本年10月8日、朴槿恵大統領とその元秘書室長鄭允会氏の名誉を毀損したとして、産経新聞前ソウル支局長の加藤達也氏を在宅起訴した。8月3日付の産経新聞インターネット版記事「朴槿恵大統領が旅客船沈没当日、行方不明に…誰と会っていた?」が、出所不明の噂に基づく虚偽の記事だという判断からだ。容疑は「情報通信網利用促進および情報保護などに関する法律」(以下、「情報通信網法」と略記)に定めた名誉毀損、罰則は「七年以下の懲役、一〇年以下の資格停止または五千万ウォン以下の罰金」である。

 まず、この起訴は法的な観点からして、日本をはじめとする先進諸国では決してあり得ない性格のものだということを述べておきたい。

 第一に告訴権者の問題である。日本などでは名誉毀損は告訴がなければ処罰することができない親告罪であり、告訴権者は原則として被害者に限られる。しかし韓国の名誉毀損は親告罪ではあるものの、「被害者の意思」に反しない限り誰でも告訴することができ、今回の告訴は複数の保守系市民団体によってなされている。したがってソウル中央地検は、告訴が朴大統領と鄭允会氏の意思に反していないことを確認したものと思われる。

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 第二に、ソウル中央地検がこの名誉毀損は「インターネットを利用した権利侵害」とみなしたことである。問題となった産経新聞のインターネット版記事は、産経新聞が日本語で日本から発信したものだから、韓国国内法の制限を受けるいわれはない。「情報通信網法」は、インターネットの「利用者は、私生活侵害または名誉毀損等他人の権利を侵害する情報を情報通信網で流通させてはならない」と定めているが、問題の記事を流通させたのは加藤氏ではなく国外の産経新聞である。しかし起訴状は、加藤氏は次のようにインターネットを利用して権利侵害を犯したとみなしている。

「産経新聞ソウル支局の事務室でコンピューターを利用し、被害者、朴槿恵大統領と被害者、チョン・ユンフェの噂に関する記事を作成した」「記事をコンピューターファイルに保存した後、日本・東京にある産経新聞本社に送信し、8月3日正午、産経新聞インターネット記事欄に掲載した」(産経新聞10月9日付の日本語訳より抜粋)

 要するに、韓国内で記事を作り、インターネットを利用して日本に送信し、日本からインターネットを利用して発信させるようにしたのだから、「インターネットを利用した権利侵害」にあたるというのである。常軌を逸した拡大解釈というほかない。

原典はお咎めなしという不可解

 次に、何をもって名誉を毀損する「出所不明の噂に基づく虚偽の記事」としたのか、である。問題の産経新聞記事の主な内容は次の三つである。

・セウォル号事故当日、朴大統領が七時間所在不明だったとされる件について、七月七日に行なわれた国会運営委員会での朴映宣・院内代表と金淇春・大統領府秘書室長との問答の一部紹介。

・朴大統領はその間、かつて秘書室長だった鄭允会氏と密会していたのではないかとの疑惑を報じた朝鮮日報の記者コラム「大統領を取り巻く風聞」の引用。

・同記者コラムが「大統領をめぐるウワサは少し前、証券街の情報誌やタブロイド判の週刊誌に登場した」と書いたことを受けた、「証券街の関係筋」によればウワサは「朴大統領と男性の関係に関するもの」で「一種の都市伝説化している」とする観察。

 産経新聞記事は最後に、同記者コラムの「大統領個人への信頼が崩れ、あらゆるウワサが出てきている」との観測部分を引用し、「朴政権のレームダック(死に体)化は、着実に進んでいるようだ」と結んでいる。

 朝鮮日報の記者コラムや証券街の情報をもとに書いた記事であるのは明らかだ。加藤氏は「朴氏の所在をめぐる問題は国内で議論され、うわさも広がっていたと指摘し、『それをそのまま書いた』と説明」している(朝日新聞10月11日)。記者コラムを書いた崔普植記者は「悪意的に編集され、悪用された」と述べている(産経新聞8月3日)が、加藤氏の記事は最初から最後まで「そのまま」書く手法で一貫している。

 誰が見ても、問題は朝鮮日報の記者コラムにあり、これを引用した産経新聞記事が名誉毀損に問われる筋合いはない。にもかかわらず、朝鮮日報の記者コラムを書いた当の本人が何ら問題とされないのはなぜなのか。この記者を名誉毀損で告訴する者が、不思議なことに被害者を含めて一人もいないからである。

 産経新聞記事が、政権の近況を伝える公益性十分の記事であるのは明らかだ。報道が公益に関わるものであれば、内容が真実そのものだと証明できなくとも、メディアはそれを報道することができる。これが民主社会のコンセンサスである。疑惑レベルでの報道が許されないとなれば、権力を批判することはほとんど不可能となる。公人中の公人である朴大統領は、いかに不満であろうとこの報道を受忍しなくてはならない義務があるのだ。

外に悪く言ってはいけないという情緒的良識

 告発は8月6日以降相次ぎ、七日に大統領府が「産経新聞に民事、刑事上の責任を問う」と表明。翌日の8日にソウル中央地検が加藤氏に出頭要請をした。これで出国禁止となり、起訴までに61日間もかかったのは韓国では異例のことだ。検察が起訴をきめかねて逡巡していたこと、最終的には朴大統領自身の強い意向を受けての起訴だったことが想像される。

 そうであるのに、朴大統領も鄭允会氏も、2人が会っていたと「虚偽の記事」を書いた朝鮮日報の記者を告訴しようとはしなかった。その一方で、記事を引用したにすぎない加藤氏に対する告訴には、両人ともまったく異義を唱えることがなかった。

 こんなおかしな「被害者」がいたためしがあるだろうか。どう見ても、韓国の新聞ならば虚偽の記事も許されるが、日本の新聞ならば引用でもいけない、という論法である。そこには、とくに韓国について日頃から厳しい批判を展開している産経新聞だから、という意図が見えている。

 私は以前、まだ日本に帰化していなかったときだが、韓国の大使館の関係者から「あなたの韓国批判には感心させられることがいろいろとある。しかし国内でやるのではなく、国の恥をわざわざ日本に向けてさらすのはどういうわけなのか」と叱責されたことがある。つい最近も、今度は日本国籍をもつ私に対してなのだが、某韓国領事館関係者から講演の席で、まったく同じ言い方で激しく非難された。

 身内(民族)の中で身内の悪いところを指摘する分にはいいが、外に向けて身内の悪いところを指摘してはいけない、とくに日本については。これが韓民族ならば誰もが取るべき態度だというのが、韓国に特有な社会的良識なのである。だから朝鮮日報にはお咎めがない。したがって加藤氏については、彼ほどの知韓派知識人ならば我が国(身内)に味方すべきなのに、我が国の恥をこともあろうに日本に向けて発信した、そんな敵対的な行為は絶対に許せないという気持ちになるのである。こうした「韓国人の情緒的な良識」が告訴・起訴の意思に強く働いているのは確かである。

韓国紙と韓国社会の反応の怪

 告訴の時点から、外部の声は言論の自由への侵害を憂慮するものが大勢だったが、起訴となった段階での朝鮮日報をはじめとする韓国のメジャー紙は、その点には一切触れることがなかった。淡々と起訴の事実だけを報じた。言論の自由を求める声を遮断する、こんな言論機関がいったいどこにあるだろうか。それでも憂慮の念を示した新聞がまったくなかったわけではない。

 京郷新聞は「検察側は加藤前支局長のコラムに関し、『虚偽』『悪意的』だと強調するが、立証するのは容易ではないとみられる」と指摘し、「(加藤前支局長のコラムは)公益的目的のための疑惑提起だったことから、加藤前支局長が明白に虚偽であると認識していたと立証するのは困難」という学者のコメントを掲載している(産経ニュース一〇月九日より)。

 またハンギョレは「相当数の言論学者は、韓国検察の『産経新聞』記者に対する起訴が『言論の自由を萎縮させかねない』として憂慮を示した。また、裁判で無罪判決が出る可能性が高いと見た」と報じている(ハンギョレ10月10日)

 両紙は告訴の時点から「韓国の言論の自由が萎縮する」との懸念を表明していたが、いずれも反保守系の弱小紙で国内の影響力はきわめて小さい。

 外から見れば、韓国はなぜ自ら言論の自由がないことを世界に知らしめ、国家の恥を恥とも思わず堂々と開き直ってみせたのかがわからない。中国と同じに、国家の威信・尊厳に関わる問題であり、言論の自由への侵害には当たらないとしているからだ。これに対して、日本政府をはじめ各方面から言論の自由を憂慮する声明や抗議の声が噴出した。

 日本では日本民間放送連盟、日本記者クラブ、日本新聞協会、新聞労連などマスコミ関係諸団体が一斉に抗議声明を発している。ソウル駐在外国メディアの記者らでつくるソウル外信記者クラブは、韓国検事総長に対して「深刻な憂慮」を表明し、同クラブ代表者との早期の面会を求める公開書簡を公表した(ソウル共同通信)。

 米国務省のサキ報道官は10月8日の記者会見で、「われわれは自信を持って言論・表現の自由を支持する」と強調し、韓国の名誉毀損に関する法律は国務省が毎年公表している人権報告書(2013年版)でも指摘したように「懸念している」と述べ、「報道活動に萎縮効果を及ぼし得る」と批判した(ワシントン時事通信)。 

 言論の自由への侵害を憂慮する声は、告訴を受けた検察捜査開始の時点で各方面から出されていた。報道されたものからいくつか挙げておこう。

・八月二七日、国連のステファン・ドゥジャリク事務総長報道官は、定例記者会見で「特定の件についてコメントはしない」とした上で、「国連は常に、普遍的な人権を擁護するため、『報道の自由』や『表現の自由』を尊重する側に立っている」と強調。

・八月二九日、日本新聞協会編集委員会は、地検の捜査について「取材・報道活動と表現の自由が脅かされることを懸念する」との談話を発表。

・八月三一日、ネットメディア「インナーシティ・プレス」主宰のアメリカ人マシュー・リー記者は、「こうした報道が出国禁止や刑事訴追の引き金になるべきではない」「国籍やその他の事情に基づいた、記者に対する異なった取り扱いが許されるべきではない」「韓国の報道の自由に関し、韓国出身の潘基文国連事務総長の沈黙が『際立っている』」と厳しく批判。

・九月一〇日、NGO国境なき記者団は「報道機関が政治家の行動をただすのは当然だ」と批判し、ソウル支局長が出国禁止措置を受けていることにも触れ、「当局に、告発を取り下げ、行動の制約を撤廃するよう要求する」と主張。

続く・・・



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 呉善花(オ・ソンファ)
1956年、韓国生まれ。拓殖大学国際学部教授。大東文化大学卒業後、東京外国語大学大学院地域研究科修士課程修了。外語大大学院時代に発表した『スカートの風』がベストセラーに。また『攘夷の韓国 開国の日本』で第五回山本七平賞受賞。著書に『虚言と虚飾の国・韓国』など多数。








兵は詭道

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写真は、冬(晩秋)の彩り。/(12/14)散歩途の徳川園で、ケータイ撮影。




「中国を封じ込めよ!」評論家の石平氏が強調  「日本は覇権主義の阻止を」
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大阪「正論」懇話会で講演する評論家の石平氏=2日午後、大阪市北区(柿平博文撮影)
 大阪「正論」懇話会の第38回講演会が2日、大阪市北区のウェスティンホテル大阪で開かれ、評論家の石平氏が「習政権のアジア戦略と日中関係の今後」と題して講演した。中国がアジアで海洋覇権を強めているとし、米国やオーストラリアなどを中心に太平洋諸国と連携して中国を封じ込める必要性を訴えた。
 石氏は1949年に建国された中華人民共和国の歴史を振り返り、「基本的な性格は軍事政権」と指摘。?眷(=登におおざと)(トウ)小平(ショウヘイ)が権力を握った80年代に、西太平洋を支配する海洋戦略を制定し、海軍力を増強してきたとした。
 そして、現在の習近平政権について「?眷小平時代の土台の上で、次なる飛躍を図ろうとしている」と説明。「民族の偉大なる復興」を掲げて、米中で太平洋を分割して支配し、アジアのリーダーを目指そうとしているとした。
 そのうえで石氏は、中国が最も意識しているのが日本だと指摘。今後、さらに中国による反日キャンペーンが強まるとの見方を示した。日本の外交戦略に関しては「法の秩序をつくることが至上命題だ。唯一の戦略は海洋覇権主義を阻止し、自由と秩序を守ることだ」と述べた。
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【「正論」懇話会2014】中西輝政氏「安倍首相の外交が世界のオピニオン変えた」 (11月28日、下関市で開催)






戦争にはルールがあってないようなものです。
正攻法などで戦うのではなく、いかに相手を策略で陥れるかが戦術と言うものです。


>兵とは詭道なり。

 戦争とは、敵をだます行為である。

 だから、本当は自軍にある作戦行動が可能であっても、敵に対しては、とてもそうした作戦行動は不可能であるかに見せかける。本当は自軍がある効果的な運用のできる状態にあっても、敵に対しては、そうした効果的運用ができない状態にあるかのように見せかける。

 また、実際は目的地に近づいていながら、敵に対しては、まだ目的地から遠く離れているかのように見せかける。実際は目的地から遠く離れているにも関わらず、敵に対しては、既に目的地に近づいたかのように見せかける。

 こうした、いつも敵にいつわりの状態を示す方法によって、

 敵が利益を欲しがっているときは、その利益を餌に敵軍の戦力を奪い取る。
 敵の戦力が充実しているときは、敵の攻撃に備えて防禦を固める。
 敵の戦力が強大なときは、敵軍との接触を回避する。
 敵が怒り狂っているときは、わざと挑発して敵の態勢をかき乱す。
 敵が謙虚なときはそれを驕りたかぶらせる。
 敵が安楽であるときはそれを疲労させる。
 敵が親しみあっているときはそれを分裂させる。
 敵が自軍の攻撃に備えていない地点を攻撃する。
 敵が自軍の進出を予想していない地域に出撃する。

 これこそが兵家の勝ち方であって、そのときどきの敵情に応じて生み出す、臨機応変の勝利であるから、出征する前から、このようにして勝つと予告はできないのである。
http://maneuver.s16.xrea.com/cn/sonshi1.html








大師さまの教えの神髄

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写真は、「コブクザクラ(子福桜)」。/(1/28)徳川園にて、コンデジ撮影。



この瞬間も弘法大師は「考えるな、感じろ」…宇宙の真理を説いてます 今春90年ぶり秘仏“初”公開
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「五感に訴えるのが弘法大師の教え」と話す添田隆昭さん=和歌山県高野町(安元雄太撮影)
 国内外から多くの人が訪れる高野山(和歌山県)は今年、弘法大師・空海が真言密教の道場として開創してから1200年の節目を迎える。記念事業の総責任者で、高野山真言宗の宗務総長、添田隆昭さん(67)は弘法大師の息吹を感じながら、その寛容な教えを伝え続ける。(聞き手 益田暢子)
日本人が1200年間「ありがたや…大師は、いまだおわしますなる」
 −−開創1200年を記念した大法会が4月2日から行われます。どういった目的があるのでしょうか
 添田 大法会は50年に一度です。その50年間で弘法大師の人となりや教えをどれだけ社会に発信できたかを試す、弘法大師から課せられた「定期試験」みたいなものと感じております。例えば、50年前は参拝者が100万人だったのに、今回は30万人ということになりますと、社会的な変動があったとしても、やはり3分の1の努力しかしなかったということになります。
 −−高野山では、まず五感を使って雰囲気を感じることが大切と聞きました
 添田 はい。「五感に訴える」のが、弘法大師の教えの根幹にあります。身体全体を使って宇宙の真理と一体化しなさい。まず目で見て、身体で感じて、心で思う。「身口意(しんくい)」といいます。大日如来の宇宙的な身口意と一体化することが、究極の悟りです。それに向けて修行するのです。
 −−他とは違うのですか
 添田 法然は「南無阿弥陀仏」と念仏を唱えれば必ず救われるという専修念仏の教えです。道元は坐禅そのものが仏法で、日蓮は「南無妙法蓮華経」と題目を唱えることを説いています。弘法大師の教えは口にする言葉だけ、身の行いだけではなく、全部使わないといけない。ある種、総合百貨店みたいなものですね。
 −−百貨店ですか
 添田 何でも受け入れる素地があるんですね。包容力と寛容性にとんだ宗教です。
 −−弘法大師は奥の院で永遠の坐禅に入っておられるという「入定留身(にゅうじょうるしん)」が信じられてきました
 添田 「弘法大師は亡くなっていない」と、日本人のなかで1200年間ずっと生き続けてきた信仰であります。「ありがたや 高野の山の岩陰に 大師は いまだおわしますなる」と言いまして、その信仰を不断に伝えていくことが必要です。そのための大法会でもあります。
 −−大法会では、どのようなことが行われるのでしょうか
 添田 4月2日から5月21日までの50日間、1日2〜4回、奥の院や壇上伽藍、総本山金剛峯寺で法要をします。弘法大師が中国から持ち帰った衣や道具、法具などを使い、儀式そのものも1200年間、基本的に変わらず守ってきました。法会は誰でも参加できますよ。
 −−期間中には金堂のご本尊である秘仏・薬師如来も特別に公開されます
 添田 昭和元(1925)年に火災に遭い、その後再建してから一度も開けられたことがないのですが、今回は大法会ですから。
 −−今春は全国から多くの人が高野山を訪れます。何を感じてもらいたいですか
 添田 1200年の歴史が、この空間に凝縮されております。そのなかに身を置くことで、歴史の重みを感じてもらいたい。特に奥の院は日本の有名な方々が皆、お墓をもっています。日本人がどれほど弘法大師を信仰してきたか。その理由とは何か、を知っていただきたいですね。   =続く
 ◇
【プロフィル】添田隆昭(そえだ・りゅうしょう) 昭和22(1947)年生まれ。和歌山県高野町高野山の「蓮華定院(れんげじょういん)」で生まれ育つ。同寺は、戦国武将の真田幸村が関ケ原の戦い(1600年)に敗れて高野山蟄居(ちっきょ)を命じられた際、約10年間滞在したとして知られる。昭和47(1972)年に京都大学文学部を卒業後、56年に高野山真言宗企画室に入る。平成25年7月から宗務総長。任期は4年。
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【古道を歩く 特別編】真言密教の聖地・高野山への参詣道、そして友ケ島…自然と一体、弘法大師の息づかい







○○に花が咲く

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写真は、「金のなる木」に花が咲く/(1/9)自宅で、コンデジ撮影。


 老体には応える流行り風邪、ご自愛、ご慈愛。 /安斐路


イワレビコ誕生(3)幼い心に映る「水穂」の原風景
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皇子原公園に建つ、イハレビコをモチーフにした像。活発な幼少期を想像させる=宮崎県高原町


 〈(みとし)十五にして、立ちて太子(ひつぎのみこ)と為(な)りたまふ
 生まれながらにして明達(さか)しく、意かたく…とカムヤマトイワレビコノミコトの資質を書く日本書紀はすぐに、15歳以後の様子に筆を移す。古事記はいきなり、イハレビコが兄たちと東征の謀(はかりごと)を行うくだりを記す。つまり記紀は、イハレビコの幼少時に全く触れていないのだ。
 〈狭野(さの)一帯の山野を駆けめぐって遊ばれたと伝えられる
 イハレビコ生誕地の有力候補、宮崎県高原町の皇子原(おうじばる)神社の前のある石碑「神話史跡」にはそう記されている。イハレビコの幼名、狭野尊(さののみこと)の由来とされる狭野神社の伝承では、イハレビコは15歳まで、高千穂峰東麓のこの地で過ごした。霧島火山帯最大の火口湖「御池(みいけ)」にもイハレビコゆかりの「皇子港(みなと)」という伝承地があり、イハレビコが泳いで遊んだと伝えられる。
 この地からは高千穂峰が正面に望める。御池は今、130種類の野鳥が生息するバードウオッチングの聖地。同町に残る伝承は、豊かな自然の中で伸び伸びと育ったイハレビコの幼少期を想像させる。
     ◇
 「豊葦原(とよあしはら)の千秋(ちあき)の長五百秋(ながいほあき)の水穂国(みずほのくに)は我が御子の知らす国
 古事記では、天照大御神(あまてらすおおみかみ)がこう言ってオオクニヌシノミコトに国譲りさせ、天孫ニニギノミコトを高千穂峰に天下らせた。ここに語られる国は、永遠に瑞々(みずみず)しい稲穂の実る国という意味の最大の美称である。
シラス台地が広がる霧島周辺は広大な水田には適していないが、狭野神社の松坂督亮(よしあき)宮司はこう話す。
 「宮崎平野を潤す大淀川の源流で水が豊富な狭野一帯では稲作が可能でした。狭野という地名は、稲作ができる貴重な土地という意味。狭野尊は水のある地を探して田を作ったと想像できます」
 狭野一帯を稲作先進地と考える考古学的な根拠もある。稲作はもともと、中国の長江流域で発生し、北九州に最初に伝来したとされてきたが、ここ20年の発掘調査で、宮崎県の都城市やえびの市など高原町周辺の遺跡で、稲を収穫するための石包丁や土器にこびりついた籾殻(もみがら)など、初期稲作の痕跡が次々と発見されたのだ。宮崎県埋蔵文化財センター元所長の北郷泰道氏はこう指摘する。
 「南西諸島とも交流があった南九州は、北九州とは別ルートで稲作が伝来した可能性があります」
     ◇
 皇子原の「神話史跡」の碑には続きがある。
 〈やがて成人になられ、高千穂峰を仰ぎつつ将来の国造りの構想を練り、郷土高原を出発した
 高原町内には構想を練ったという伝承地「宮の宇都(うと)」もある。父、ウガヤフキアエズノミコトの皇居と伝わる。
 「稲作を広めることを話し合ったのでしょう。稲作が普及することで日本は豊かな水穂国となった」
 松坂宮司は、種籾を手に高原を後にするイハレビコの姿を想像している。   =続く
 ◇◇
【用語解説】稲作普及伝承
 考古学では、初代神武天皇は実在が証明されていない。21代雄略天皇の祖先8代の系譜が刻まれた稲荷山(いなりやま)古墳(埼玉県行田市)出土の鉄剣などから、実在が認められる最も古い天皇は10代崇神天皇で、古墳時代初期と考えられる。
 神武天皇が稲作を広めたとする伝承は、水田農耕の始まりを想起させる。稲が日本に伝来したのは縄文時代だが、当初は陸稲。水田農耕は弥生時代前期に九州から西日本に波及し、生産性が飛躍的に向上した。この時期に稲作技術を広めた人物がいたことは、歴史的に間違いない。
【用語解説】交声曲「海道東征」
 詩人・北原白秋(きたはら・はくしゅう)が記紀の記述を基に作詩し、日本洋楽の礎を作った信時潔(のぶとき・きよし)が作曲した日本初のカンタータ(交声曲)。国生み神話から神武東征までを8章で描いている。
 皇紀2600年奉祝事業のために書かれ、戦前は全国で上演されて人気を集めたが、戦後はほとんど上演されなくなった。昨年の建国記念の日、白秋の郷里・熊本で復活上演され、話題になった。
 白秋の詩は、記紀の古代歌謡や万葉集の様式を模して懐古的な味わいがあり、信時の曲は簡潔にして雄大と評される。
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【出雲学談義(3)】「出雲神話」は政治性の強いフィクションだった?







淡い初夢

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写真は、「十月桜」&「カエデ」/(12/14)(11/28)散歩途で、ケータイ撮影。



1月10日
 たいがいの日本人は、年が改まると「明けましておめでとうございます」と喜び合う。新年になっただけで、なぜめでたいのか、いい年になったいまでも腑(ふ)に落ちない。ただし、「おめでとう」と挨拶をかわすだけで、思い出したくもない「旧年中の出来事」を水に流し、心機一転できる効用はある。
 ▼昨年末、慰安婦や福島第1原発「吉田調書」報道の責任をとって前社長が辞任し、後を継いだ朝日新聞の新経営陣のみなさんも心機一転、新年を迎えたはずである。不祥事の決着を「旧年中」に一応つけ、世間の注目も薄れるであろう今年は、反転攻勢に打って出ようと。
 ▼残念ながらそれは淡い初夢に終わりそうである。元朝日記者で慰安婦報道に関わった植村隆氏が、文芸春秋や西岡力東京基督教大教授に損害賠償を求めて提訴し、寝始めた子を起こしてしまった。
 ▼植村氏は平成3年8月、「女子挺身(ていしん)隊」の名で戦場に連行され売春を強要された、とする元慰安婦の証言を記事にした。これらの記事について週刊文春などが「“慰安婦捏造(ねつぞう)”記者」などと報じたことが名誉毀損(きそん)に当たる、というのだ。
 ▼週刊誌の報道以来、彼の勤める大学や家族への脅迫が相次いだという。許されざる卑劣な行為だが、植村氏も小紙などの取材から逃げ回ったのはなぜか。挺身隊と慰安婦を混同したことへの謝罪がないのはなぜか。言論ではなく、法廷での対決を選んだのは、同じ文筆を生業(なりわい)とする者として悲しい。
 ▼こうした事態を招いたのは、慰安婦報道に関する朝日の自己検証が不十分だったためでもある。経営陣は、元社員を支援するのか、無視するのか。小紙同様、「言論の自由」を至高のものとしているはずの朝日にとって厄介なお年玉となった。





戦後70年談話 積極的に未来と歴史語れ      不当な非難に繰り返し反論を
 安全保障、経済など国際社会の構造が大きく変化する中で、日本が世界とどのようにかかわっていくべきかが問われている。
 戦後70年の節目は、自国の歴史を振り返りつつ、将来への展望を内外に示す好機にもなろう。
 安倍晋三首相が伊勢神宮参拝後の年頭記者会見で、8月にもまとめる戦後70年の首相談話に関する基本的な考え方を示した。
 首相談話をめぐっては、先の大戦に関する歴史認識の表現に関心が集まっている。しかし、首相は歴史にとどまらず、未来への歩みも盛り込む意向を強調した。妥当な判断であり、評価できる。
 ≪国際秩序の守り手たれ≫
 首相は会見で、戦後70年の日本の歩みについて「自由で民主的な国家を作り上げ、アジアや世界の友人たちの平和と発展のために、できる限りの貢献をしてきた」と語った。
 日本は自ら経済成長を遂げるとともに、アジアをはじめとする各国の近代化に手をさしのべてきた。そこには中国や韓国の経済発展への協力も含まれる。これが歴史的事実である。
 一方、中国、ロシアなどは今年を「戦勝70年記念」と位置付けている。とくに中国は韓国を巻き込んで、日本の戦争責任を改めて批判する姿勢を強めている。歴史戦はすでに始まっている。
 安倍政権が一連の安全保障改革を進めていることについても、中国は「日本は戦後の国際秩序を破壊しようとしている」と主張している。
 現実の世界はどうか。中国やロシアは国際法を無視し、力による現状変更を図っている。戦後秩序の破壊者が誰かは一目瞭然だ。
 事実に反する宣伝は受け入れられない。日本は反論し、事実に基づき冷静に情報を発信すべきだ。中国の宣伝に影響されて安全保障法制の整備が進まなければ、日本や日本国民の安全を守り抜くことはできないし、国際的地位も損なわれかねない。
 首相が会見で語ったように、「積極的平和主義の旗の下、世界の平和と安定のため一層貢献していく」という明確な意思を世界に伝えていくことが重要となる。
 政府が通常国会で実現を図ろうとしている安保法制の整備は、自衛隊法改正などを通じ、自衛隊の国際平和協力活動の拡大や集団的自衛権の行使を可能とする内容である。日米共同の抑止力の強化とともに、積極的平和主義を裏打ちするものといえよう。
 日本は一貫して、戦後秩序への挑戦者ではなく、守り手であった。談話は、これからもその役割を果たしていくとの決意を表明する機会にもなろう。
 ≪広い視野で史実見よう≫
 首相は、日本の「侵略」を明記した平成7年の村山富市首相談話(村山談話)をはじめとする歴代内閣の歴史認識を「全体として引き継いでいく」と語った。
 村山談話は戦後50年に際し、自社さ政権時代に閣議決定された。与野党が合意する形での国会決議が実現しなかったため、首相談話として出された経緯がある。
 当時の野坂浩賢官房長官は有力閣僚や与党幹部らに内容を詳しく説明しないまま、「首相の気持ちなので何も言わずに了解してほしい」と根回しして決定された。
 村山談話の閣議決定では、その場にいた多くの自民党閣僚も了承した。政府の連続性を考えた場合、注目される70年の節目にあたり、歴史認識を大きく転換することも容易ではなかろう。
 首相が歴史認識などを基本的に継承する姿勢をとっているのは、そうした判断なのだろうか。しかし、ある内閣が過去の歴史を一方的に断罪し、その後の内閣が踏襲していくことの弊害は大きい。
 それだけに、未来に向けた日本の決意や、戦後の歩みへの誇りを胸を張って表明する意義や必要性は高い。
 先の大戦での日本の行動をおとしめる主張だけが内外で行われることへの懸念は大きい。とりわけ学校教育現場における偏った歴史教育から、子供たちを守ることはより重要となる。教育の正常化の取り組みに「歴史修正主義」と一方的なレッテルを貼り、偏向の是正を妨げることは許されない。
 日本は言論や学問の自由が保障された社会で、さまざまな歴史のとらえ方があっていい。だが、広い視野で歴史を見ようと努める姿勢を忘れてはならない。






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