ほつまの憧れ

四季折々の気ままに撮った風景や花。

飛騨

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秘史奇聞

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 飛騨宮村に位山と呼ばれる聖山がある。
 万葉集でむらさき山と歌われ、標高1,500mほどの秀麗な山である。
 山の容姿がピラミッド型をしていることもあって、日本のピラミッドの一つとも言われている。
 頂上には天の石戸と呼ばれる巨石があり、飛騨一宮の水無神社の奥宮となっている。
 頂上まで続く登山道には多くの巨石群が連立していて、シュメールやケルトの遺物と考えられていて
『竹内文献』の富山の皇祖皇太神宮の大元宮があった所とも言われている。
 ・・・位山の巨石群から「 」と「井」と「 」のペトログラフが発見され、
「 」と「井」はシュメールの太陽神を象徴する図形文字で、
「井」は齊部(忌部)文字記号で数字の五を表す図形でもあり、
「 」は牛神(牛頭天王)を象徴するとともに、やはり太陽神を表す図形文字であり、
「井」は真名井の井である。

http://www1.ocn.ne.jp/~r.okabe/mananotubo.html /「妙法蓮華とマナの壺の正体」より


 終戦直後の1945年8月21日。東海軍司令本部の陸軍中尉で、
第11野戦輸送司令部=現愛知県小牧市=の副官だった同県東栄町、
山村文化研究所所長の金子功さん(86)は、
特命を受けて熱田神宮から剣を陸軍の乗用車で隠密に岐阜県宮村の水無(みなし)神社に運んだ。

 東海地方で本土決戦が想定された一時期、宮内省(当時)や陸軍、警察の間で、
草薙の剣と伊勢神宮の八咫(やた)の鏡という神器の緊急避難が極秘裏に練られた。
 終戦後は進駐軍の接収への懸念が広がった。

 前日、金子さんは上官から「尊いものを運ぶから新車を用意しておいてくれ」と頼まれた。
 翌午前8時過ぎ。45年3月と5月の空襲で灰じんに帰した本殿の跡地の北側に造られた
高さ約4メートルのトーチカの横に、車は付けられた。
 当時の長谷外余男(とよお)宮司ら神官が壕(ごう)の中から
黒い風呂敷に包まれた剣を持って出て、金子さんが運転する車の後部座席に乗った。
 9時ごろ、神宮を後にした。

 水無神社に着いたのは午後4時ごろ。宮司が車を降りる時に手渡された風呂敷包みの感触を、
金子さんは今でも覚えている。「軍刀1本分ぐらいの重さ。長さは90センチぐらいでしょうか。
湾曲のない、真っすぐな剣でした」

 剣は特別に造られた地下室に保管された後、
進駐軍の接収がないことが確実となった9月19日、29日ぶりに熱田に帰った。
「無事に運び終えた時は胸をなで下ろしたものです」と金子さんは言う。

 熱田のシンボルである草薙の剣が今に続くのは、
爆撃や進駐軍から命がけで守ってきた関係者らの努力があった。

 現在でも本殿の周りには深い堀と高いフェンスがめぐらされている。
 純木造の本殿は電気も引かれず、ロウソクなどの火気の使用も厳禁だ。

 「もっと現代的な警備を」という声もあるが、神宮総務部長の副野均さん(57)によると、
「古来の守護の仕方を変えるわけには……。
 今までと同じ形で、市民の協力を得ながら、職員全員で災害から守り抜くしかない」という。

 「アッタさん」の森は、どこまでも、伝統の中。若者たちであふれる祭りは今夕、佳境を迎える。

                                    【甲斐喜雄】

**http://www.maing.co.jp/maimai/nagoyakou/nagoya2004/n2004_040605.htm /「なごや考」より



写真は、黄昏の霊峰「位山」。/早朝の飛騨富士「船山」。

怪人二面相

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  「書記にいま一人、奇妙な怪人が殺されています。
 仁徳紀六十五年に、飛騨国に一人有り。宿儺スクナ と曰ふ。其れ為人、體を壱にして両の面有り。
  面各(おのおの)相背(あいそむ)けり。頂合ひて項無し。各手足有り。
 其れ膝有りて膕踵(ひかがみ) 無し。力多にして輕く捷し。
 左右に剣を佩きて、四の手に並に弓矢を用ふ。
 是を以て、皇命に随はず。人民を掠略カスみて楽とす。
 是に、 和珥臣の祖難波根子武振熊を遣して誅さしむ。

 この宿儺、まるでシャム双生児のような怪人二面相です。
 飛騨国といえば飛騨匠 が有名ですが、書記にこれしかない記事、
飛騨高山では尾鰭がついたなんて言う ものではなく、まさに飛騨の王国が存在してしまうのです。

  あんまり馬鹿馬鹿しいと思われたか、何処にでも書いてあるという話しではない。
  ところが、古代史への興味少なからぬ坂口安吾は、この話し、いたく気にいった らしく、
二度も文章を発表しています。
 わたしも高山に長期滞在したとき、知人 から酒の肴にたっぷり聞かされましたが、
安吾の紹介した話しとそっくり同じ内 容でしたから、余程流布しているものと思われます。

 まずもって文献があります。
  高山市の郊外、R41側に飛騨一宮の水無神社があり、
近くの位山と船山の頂上に 巨石群と古墳群があり、それがあまり精巧に出来ていることから、
あれは宇宙人 が造ったに違いないというオマケがついています。
 この位山の主は、身体が一つで頭二つ、手足四つの両面四手あり、
彼は雲の波 をわけ、天津船にのってこの山に来て、神武天皇に位を授けた。
 そこで位山と よび、船のついた山を舟山という。

 この話し、飛騨国司の姉小路基綱の飛騨八所和歌集裏書きにあるそうです。
  余談ですが、半村良の伝奇SF「産霊山秘録」の元ネタはこれだと睨んでるんで すけど、
日本列島の統治を天皇に授けた<ヒの一族>が、天皇の忍者の勅忍とな って大活躍、
テレポート・タイムマシーン駆使して月まで飛んでっちゃう話し。
  えェー、忘れてました。飛騨の怪人の名前は両面宿儺といいます。

 北アルプスは日本列島の背骨みたいなものですが、両面宿儺はそこの乗鞍岳を中 心に、
北側の飛騨と南の諏訪側の両面の国を支配したといいます。
 要するに列島 全体を支配していた。
 こんな怪人、天皇が放っとく分けない、退治されてしまっ たのです。

 そこて安吾の自らいう歴史探偵大活躍編。
 ここで注意すべきは、古事記の景行天皇紀というものは大碓小碓双生児のみな らず、
主要な登場人物が必ず二人、分身的な兄弟姉妹であることで、
日本武尊 の退治した熊襲も兄弟、大碓命の愛した娘も姉妹である。
 そして、日本神話に は、兄弟、姉妹、二組ずつの話は甚しく多いが、
特にこの類型の甚しいのは神 武天皇紀に見られるのであります。
 このように主役がそろって相似の二人であることは
二人合せて一人であること を意味する場合もあるだろうと思います。
 もつともフイクションの作法から言 うと、分身の一ツが真実を解く暗示であって、
暗示の役割の方は端役的で目立 たない。
 他の一方の、つまり暗示のカギで解かれる人物の方は表向きの主役で あるが、
これは真実が歪めてあって、
その分身の暗示することをカギとして解 明しうるものが真相であるらしい。・・・」

http://www.ne.jp/asahi/hon/bando-1000/dust/bokei/bok-51.htm 
/「草と草薙剣」(坂東千年王国)より



写真は、冬の日の早朝風景。・・・高山市久々野にて。

永遠の鑑定書

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 「あなたの行為のすべてが、到達した霊的覚醒のレベルに似合ったものになることでしょう。

 

オーラを霊視し、その意味を解釈できる人には、
その人物の秘密のすべてが丸見えということになります。
 魂が今どの程度の段階にあるか、精神がどの程度まで発達しているかが分かります。

 

要するに霊的進化の程度をオーラが物語っているのです。

 

あなたが口にしたこと、あなたが心に抱いたこと、
あなたが行なったことのすべてが、オーラに刻まれています。
 外面をいくら繕っても、あなたの内部の本性をそのまま表しておりますから、
オーラは言わば永遠の鑑定書のようなものです。」

                           
「シルバー・バーチ霊言集」から〜



写真は、冬の朝。・・・久々野にて。

雨乞いの神様

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 位山三山のひとつ、船山の山頂の巨石には舟山神社の社殿があります。
 ここには、位山の天照大神の御子、
天忍穂耳尊(あめのおしねにのみこと)を祀るといわれます。
 また舟山神社は、ふもとの無数河の人にとって、雨乞いの神様でした。
 江戸時代以前は、田に引く水路も漏水が多く、
山水利用のほとんどの水田は水温が低くて稔りが悪いうえ、
雨が降らないと飢饉になりました。
 船山での雨乞いは次の手順で行われました。
 無数河の代表4人が神官とともに里の舟山神社にお参りします。
 次に代表者を決めます。
 神官が榊でお払いをしたとき、榊に飛びついた紙片の氏名の人が代表者です。
 紙片は、4人の氏名を別々の紙に書き、それぞれ蝶結びにしたものです。
 代表者は、背負い輿に神移しをして、
山頂の舟山神社に登って雨乞い神事をしました。
 船山は、久々濃山ともいいました。
宮殿縁起によると、
「その昔、両面四手(両面宿儺)と言うものが雲の波を分け、
船に乗ってやって来た。位山に位を授け、船を止めた所が船山である。」
 との記述が久々野町史にあります。

 今、船山の山頂には、テレビ塔や電波塔が林立していて、
久々野町から自動車で山頂に行けます。
 しかし、裏側の位山峠から、「風と光の道」という登山道から山旅ができます。
 山頂は位山と同じようになだらかな平坦面です。三角点は林道のすみにありました。
 下のほうはブナ林ですが山頂付近ではヒノキが目立ちます。

http://www2.ocn.ne.jp/~ynhida/yamagatari/katari/funayama.htm /「船山と舟山神社」より


 高山市久々野町の西にそびえる船山(1479m)は飛騨富士とも呼ばれます。
 その名のとおり、平坦な山頂一帯は長さが2kmもあって、
アンテナ群が林立しており船の甲板を連想させます。
 山頂の先端部にあるスキー場からは、御嶽山から北アルプス、
白山にわたる360°の大展望が開けます。
 船山の下呂市側には古代の位山街道が通っており、貴重なブナの原生林もあって、
大自然と歴史を感じることができます。

**http://panoramahida.iza-yoi.net/hunayama.html /桃花流水さんの「船山と位山街道」より


写真は、「船山」と「アルコピア船山スキー場」。
/春未だ来の、冬の早朝。・・・高山市久々野にて。



   

人生の目的

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 「人生の目的は進化であり、成長であり、成就です。
 進化するにつれて自動的に古い身体を捨てて、次の段階に必要な新しい身体をまといます。 
 ・・・
 あなた方には複数の身体がそなわっています。 それを幽体とか霊体とか本体と呼んでいます。
 到達した次元にふさわしい身体で自我を表現します。

 
次の次元の階層へ行けば、それまでの身体は毛虫が脱皮するように脱ぎ捨てます。
 到達して発達段階にふさわしい形態で自我を表現するのです。
 そうした形で発展が無限に続くのです。
 ・・・

 全宇宙の生命の全階層が互いに混じり合い、浸透し合っており、
それに霊的側面、幽的側面、物的側面があるということです。」

                           「シルバー・バーチ霊言集」から〜



写真は、早朝の、「飛騨川」と「船山」。・・・高山市久々野にて。

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