ほつまの憧れ

四季折々の気ままに撮った風景や花。

白鳥庭園

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豊かなくらし

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「豊かなくらしとは、けっして贅沢な暮らしではありません。」・・・

 C・W・ニコルさんと女優の浜美枝さんの、生きている森での対談は、
わたしの心をほのぼのとさせてくれました。・・・安斐路


 ゴールデン・ウイークの最中、ニコルさんの森に行ってきました。
素晴らしい天候に恵まれ黒姫も美しく、穏やかな風が森を吹きぬけます。
 
「アファン」とはケルトの言葉で"風が通るところ"という意味だそうです。
 今回は5月16日放送のNHK「生活ほっとモーニング」の収録です。

*内容は、浜美枝さんのサイトをご覧ください。
http://blog.hamamie.jp/ /浜美枝ダイアリー『あなたに逢いたくて』



写真は、「なんじゃもんじゃ」の並木。・・・名古屋市の「白鳥庭園」界隈にて。

**以下のURLも御覧下さい。
http://blogs.yahoo.co.jp/hotsuma816owhari/7107309.html 
/凪ぐ雨の慰め(なんじゃもんじゃ)
http://blogs.yahoo.co.jp/hotsuma816owhari/7092319.html /なんじゃもんじゃ
http://blogs.yahoo.co.jp/hotsuma816oari/6537035.html /悪党たち

デハハナサカソウカ?

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デハハナサカソウカ?・・・

 けさの夢見は、今までになく奇妙なものでした。
 家族(亡くなった父母を含め)や仲間たちと旅をして、
富士山へ行った時の朝、山頂のお鉢、火口内の巨大な洞窟の内部に
数万人の若者たちが整然と列をなし、地下に向かって歩きながら降りていました。
 何かのイベントが始まるらしい。・・・身動きできないほどの人の多さに
行事への参加を諦めかけたとき、朝の床に目覚めていました。
・・・・・

 書紀には奇妙な記録があります。
 天智天皇七年(668)は中大兄が即位した年、
「沙門道行、草薙剣を盗みて新羅に逃げ向く。而して中路にて雨風荒れ、迷いて帰る」
という記事です。

 この僧は、天武天皇の頃に大伽藍が営まれていた
愛知県知多市の名刹「法海寺」の開基として信仰を集めていましたが、
『法海寺略由緒』によると
「むかし、新羅の明信王の子、道行法師が父の命を受け我が国に渡来し、
熱田の宝剣を盗もうとしたが、事が露顕して星崎の浦にある土牢に捕らえられた」
ことが記されています。
 道行法師は囚人となったが、修行を積んだ高僧であることが認められ、
天智天皇が病のおり加持法を執り行ったところ天皇の病が治り、
薬師如来を本尊とする法海寺の基礎ができたという。
 このことから大和朝廷による神剣奪取の陰謀が露見する。
 朱鳥(あけみどり)元年(686)に、天武天皇の病が重くなったので
「天皇の病を卜うに、草薙剣に祟れり。即日に、尾張国の熱田社に送り置く」
・・・・・

 有名な、熱田神宮の宝剣(草薙剣)盗難事件の一節です。
そのまま宝剣は長らく宮中に置かれていましたが、やがて熱田社に戻されて、返されています。



写真は、「なんじゃもんじゃ(ヒトツバタゴ)」の木。・・・「白鳥庭園」にて。

浄不浄を嫌わず

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 熊野の神は「浄不浄を嫌わず」という特別な存在であったようです。・・・

 熊野古道の中辺路を歩き、熊野本宮大社まであと一時間ほどというところに、
伏拝(ふしおがみ)という場所があるそうです。

 平安中期の女流歌人として有名な、和泉式部が熊野に参詣しようとして、
やっと熊野本宮大社が見える伏拝の付近まで来た時、にわかに月の障りとなりました。

 これでは本宮参拝もできないと悲しみ諦め、
彼方に見える熊野本宮の森を伏し拝み、歌を詠んでいます。
「晴れやらぬ 身のうき雲の たなびきて 月のさわりと なるぞかなしき」

 すると、その夜、式部の夢に熊野権現が現われ、
「もろともに 塵にまじはる 神なれば 月のさわりも なにかくるしき」
とお告げの返歌があり、和泉式部は無事に本宮へ参詣することができたという。

 歌の功徳によって神仏からご利益を受ける「歌徳説話」の一つと言われていますが、
これは時宗の僧たちが、熊野の神は「浄不浄を嫌わず」という特別な存在であったことを、
物語として伝えたところからきているようです。



写真は、「白鳥庭園」にて。

*花は、「ほおべにえにしだ (頬紅エニシダ)」。別名「ニシキエニシダ/アカバナエニシダ」。
「金雀児」とも言い、濃い緑のしなやかな枝に、蝶のかたちにも似た花が、群がって咲きます。
花言葉は(きれい好き・上品・清楚・博愛・謙遜・謙虚・卑下、幸せな家庭)など。

人類の夢

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 人類の夢であった、「チョモランマの頂き」に、聖火を高らかに掲げることができた。
と言って、自然への畏敬の念を忘れたかのように、驕るような誇る面を人間は見せていますが、
ミャンマーでのサイクロンによる大きな災害といい、
続いて中国・四川大地震の被災の大きさといい、・・・!
 人間の無力さというものを、改めて思い知らされているようです。

 人間の慢心による非情さに対する、
自然からのしっぺ返しなのだと思えてなりません。
(「しっぺ返し」というより、実は「思いやり」なのかも知れませんが?!・・・)

 被災者たちの無残な姿の映像を目にするにつれ、直接には何もできず、
手を差し延べて助けることさえできないもどかしさは、何とも心辛いものがあります。



写真の「ロウバイ」の花の実は何処となく、愛知万博で人気者だった、
『モリゾーとキッコロ』のキャラクターに似ているように見えませんか?
/庭園内の渓流の滝。・・・名古屋市熱田区の「白鳥庭園」にて。

月の障り

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 東征での数々の苦難を乗り越えて、多くの犠牲は払ったものの無事に生還し、
尾張の豪族の娘である美夜受比売(ミヤズヒメ)の元に戻ったヤマトタケルノ命は、
約束通り、やっとの想いでの結婚をします。
 美夜受比売の元に還ってみると、彼女は月経の真っ最中でした。・・・

倭建命は歌います。
 「ひさかたの 天の香具山 利鎌に さ渡る鵠 弱細 手弱腕を 枕かむとは 
  我はすれど さ寝むとは 我は思へど 汝が著せる 襲の裾に 月立ちにけり」 
     
これに美夜受比売、御歌に答へて曰く、
「高光る 日の御子 やすみしし 我が大君 あらたまの 年が来経れば 
  あらたまの 月は来経往く 諾な諾な 君待ちがたに
 我が著せる 襲の裾に 月立たなむよ」とうたひき。

 当時、女性の月経は不浄なるものと思われていました。
 ところが、倭建命は美夜受比売を強引に抱き寄せ、契りを結んでしまったのです。
 それが禁忌(タブー)な行為だと知りながら・・・。

 このことが、倭建命の運命を終焉に導いたのかも知れません。
 百戦錬磨の倭建命に魔がさしたのか、命は草薙御神剣を美夜受比売の枕元に置いたままで、
伊吹山の神との闘いに臨んでいます。

 倭建命は、死の間際に「あの時草薙さえあれば・・・!」と、
草薙御神剣を置いていった事を後悔しています。



写真は、名古屋市の「白鳥庭園」にて。

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