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「直指人心」(じきしにんしん)・・・あれこれ考えずに、じかに自分の心を見つめよ 。
人間の心は、きれいなものであれ、汚いものであれ、そのまま何でも映しだす鏡です。
それを、「般若心経」では、不増不減(ふぞうふげん)という言葉で表しています。
心の明鏡を忘れて、執着するから、心の鏡が曇ってしまうのです。
その曇りが人を迷わせて、いろいろと悩むことになるわけです。
思案に明けくれなくとも私たちの心の中には、
もともと仏心が具わっているのです。
「自分の心が仏心にほかならない」と文字や頭で理解するのではなく、
自分の心の中にある仏性を直ちに観て体感することがひとつの悟りです。
「見性成仏」(けんしょうじょうぶつ)・・・仏性に目覚めれば、おのずと仏になる。
「達磨の四聖句」の最後の句である「見性成仏」は、最も重要とされています。
私たちの心の奥にある仏心に真向き、
その心には煩悩・妄念の心を解く功徳が宿っていることを、
実感できれば「安心」を得ることができます。
外にではなく、ほんとうの自分を心の内に見いだすことが「見性成仏」です。
難しい理屈や、頭で考えたり、覚え込もうとするものではなく、
あたりまえのことにただ気がついて、あるがままに実感することが、
すなわち悟りであって、それが功徳そのものにもなるのです。
「成仏」とは、死ぬのではなく仏陀(覚者)になることを意味します。
ただ対象として見るのではなく、対象そのものになり切ることです。
本来自分が備えている仏性に目覚め、自身の真実の本性に立ち返り、
奥底に存在する仏心仏性になり切るのです。
そのままの自分の心に問いかけて、
自分の本当の姿、仏心仏性を看て取れというわけです。
写真は、「夕暮れ雲」と、多治見市の禅宗の名刹「虎渓山永保寺」の庭園にて。
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