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写真は徳川園内、「淋子梅」と「マンサク」。(3/28)(ケータイ撮影)
ただ今徳川園では、山側の四睡庵付近で、ウメが見頃となっています。
ウメの開花が遅れたことで、紅梅、白梅、アンズ、ハナモモ、サンシュユ、
ツバキ、ミツマタ等が四睡庵付近で同時に見ることができます。
めったに見られない景色かもしれませんので、
花いっぱいの徳川園へ是非お越しください。 ハナノキ、アセビなど様々な花が咲いています。
魂のと人の成長
その人間ですが、人は暗い産道を通って産まれて来ますが、
背も小さく丸まって、視界も働かず歯も生え揃っていませんが、
成長するに従い背も真っ直ぐに伸 び、歯も毛も生えて目も見えるようになって来ます。 背も丸まって小さくなって行き、最後は亡くなりますが、
暗いトンネルのような所を抜け、別の次 元に生活の場を移します。
(臨死体験者の多くは、肉体から魂が離脱した後、
暗いトン ネルのようなものを通ったと証言しています)
人間の成長自体が一つの波のような形ですが、魂の成長も又、
赤ん坊の頃は全てを親に依存し、自ら出来る自己表現は笑うか泣くかですが、
その段階か ら徐々に自立し、自我が芽生えると共に反抗期に陥ったりします。 次第に成長を重ねる毎に知識や経験も増え、円熟期を迎えます。
この人間の一生を一つの波に捉えた場合、
魂の成長自体も大きな波であり、いわば基音のよう な存在で、
何度も転生を繰り返し小さな波を作るのは倍音 のような存在です。
従って、未だ誕生期にある魂は、何処かに未成熟な部分が多く、
円熟期に入った魂は子共であっても、何処かに成熟した部分が見られたりします。 地上への転生は行われなくなるようです。
この波であったり、相似形といえるものは歴史にも見受けられ、
前述の『大本 と日本の対比』で見たものを一例として、
これほど鮮明ではないものの、あちこちに見受けられます。
良い例が「村山法則史学」でしょう。
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