ホツマの黎明のブログ

気ままな「ホツマワールド」の付録続編です。

春の花

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恩讐の彼方に

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写真は、ご近所の「シデコブシ」と「菜の花」。(3/28)(ケータイ撮影)



 矛盾を解く幸福の『青い鳥』は、恩讐の彼方に住むと云う/安斐路


神と人の関係
 話が相似形から離れてしまいましたが、
高級霊というのは自我を表現することが減ってしまい、

最後には光だけの存在になるようです。
 我々は体験も少なく、また自我で表現するものが多数あるために、

スポーツをしたり、楽器を演奏したり、絵を描いたり、
様々な形で自己表現をしようと試み ます。
 しかし、高級霊は一定段階まで成長すると、
丁度ベタなスポーツものにあるような、
元世界チャンプを目指して挫折して引退したトレーナーが、
才能ある若者に自分の夢を託してその成長を喜ぶように、
他の成長を先とするので、自我で表現するものが無くなると、
別段身体をまとわなくても良いということにな りま す。
 『ベールの彼方の生活』では、霊団の中心霊が、
地上の霊媒に自身の姿を霊視させる様子が述べられていますが、
その通信事態を経由して伝える、も う少し低い段階の霊Bにとって、

わざわざ姿を見せる必要性がないので、見えないと言 います。
 しかし、姿は見えなくとも霊Bには、

自分がいる界全体に意志として存在を感じると語ります。
 これは丁度、神と人間の関係に似ています。
 人は時に宇宙の意志などと表現しますが、何らかの意思の働きのようなものは、
おぼろげながら感じるのに して、姿も働きも全く見えません。
 また、私(わたくし)の無い天皇陛下の姿とも似ています。




*引き続きホツマのきらめきにて更新中です



肚に入る

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写真は、ご近所の「ハクモクレン」。(3/28)(ケータイ撮影)



 Good!楽。『人は皆神なり』。
 故に心魂(出自)は問わず、ただその心根を問う。/安斐路


自由意思
 ・・・スピリチュアリズムではよく「自由意思」とい うものが出てきます。
 人は成長する程にその自由意志が鍛えられ、

より大 きな自由を手に入れるというのです。
 これと同じ趣旨のことをスティーブン・R・コヴィー氏も

「刺激と反応の間にスペースがある」と表現しているのですが、
当初はこの意味が分かりかねまし た。
 自律すればする程自由さが失われ、

むしろ勝手気ままに生きている人の方が余程自由に思えたからです。
 しかし、今は徐々にその意味するところの一端に触れつつあります。

 総ては必要な出来事であった。
 このことを観念であったり知識の上で理解するよりも、過 去を振り返ってみて
「あの時は苦しかったけど、あの体験があるからこそ今がある」とか、
一見すると事態が悪くなるように見えて、実はそうではなかった、
いう様な体験が必要になってきます。
 この観念的な認識の段階から、
徐々に内心から得心する(神示で言う「神示が肚に入る」 状態になれば、
たとえどのような攻撃を受けたり喧噪の 最中にあっても、
心の中に静寂とした天国を建設するということは、

現実に可能らしいと分かって来ます。
 何でもない振りや平気だと装う事は簡単でも、

本心から平穏で、王仁三郎氏のいう危急存亡の時にあっても、
一首和歌を作るような感覚は、どうやら可能であ ると同時に、
そういった訓練(体験)を重ねないと身に付かないことでもあります。
 人は刺激に対してストレートに反応する程、実は自由意思が少ない状態なのです。
 動物はほぼ本能に従って生きている為に、
自由意思の働く余地が極めて少ないですが、
人間を生善説的に創造して、自由意思の無い本能のままに生きらせれば、
例えば動物の親に見受けられるように、献身的に子育てをしたり、
生きるのに必要な糧を得ればそれで満足するなどの
傍目に道徳的な人ばかりになるでしょう。







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写真は、「花(椿)と「神(山田天満宮)。/(3/19)ケータイ撮影。



 わたしはこの国が大好きです!
 ただ、日本という国家は今、とても頼りなげで心もとない。/安斐路


内在の天国
神の火花
 ・・・内在の天国を建設せよ、

とはイエスも『 示と霊訓』で分かる通り高級霊も語ることです。

 同時に「人は神であり、神は人である」ということも語っていますが、
これは『啓示の歴史 で紹介したように、
黒住宗忠が人は総て天照大神の分霊をいただいている、と説いています。
 神を大きな光とした場合、人間はその光の構成要素である、

光子一つというような、そういうイメージではないかと思います。
 総ての物質には霊が物質としての存在を与えている、ということを述べましたが、

あらゆるものに存在を与え、生命を賦与しているのが神であり、
シルバー バーチが神を「大霊(グレート・スピリット)」と呼ぶのは、
こうした意味合いがあるのだと思います。
 実は人間はその体が自分なのではなく、本質は霊だと述べましたが、
霊がまとう幽体が人間という訳でもなく、実際にはとかで認識され る、

形態の無い意識体のようなものらしいです。
 聖書に「神は自分に似せて人間を創った」とありますが、

これが昔の人は王様の格好をした巨人のような姿を想像してしまったのです。
 人間は人間型の物質ではなく、前述の意識体のような存在ですから、

神も形態の無い想像できない程の意識体のような存在であるかも知れません。
 何が言いたいかというと、

人間の深奥の部分は神と不分離で繋がっているという事です。
 それで、神を光とした場合に、人間はその光子一つではないか?と想 像したのです。
 そして、内在の天国、あるいは大我に接する道とも呼ばれていますが、
これがまた当サイトで紹介した哲学者たちも、
「潜勢力」など様々な表現で伝え てい る力というものも、内側にあるようです。








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写真の「山田天満宮」は紅梅・白梅ともに見頃です。/(3/19)ケータイ撮影。




価値観の転換
信じる

シルバーバーチ
・地上の如何なる賢人も、問題の総てに対する回答を手にすることは出来ません。
 三次元の世界に閉じ込められている以上、
叡智の総てを手にすることは不可能なのです。
 その三次元の殻を破らないことには悟れないことがあるのです。
 そこに信じることの必要性が生じるわけです。
・私の好きな諺がバイブルの中にあります。
 “信仰に知識を加えよというのですが、
私はこれを知識を得たらそれに信仰を加味せよと言い変えたいところです。
 所詮すべての知識を手にすることはできません。
 あなた方は人の子であり、能力に限界があるからです。
 人生の嵐に抵抗し、
何が起きようと盤石不動であるためにはその土台として霊的知識を必要としますが、
限られた知識ではすべてを網羅することはできません。
 その足らざる部分は信仰心で補いなさいと私は言うのです。
 実は高級霊もそれまでの道のりで、多くの知識を学び取り、
更にはその働きも見てきたので、その神法の完璧さに驚嘆すると言います。

 しかし、そこまで行っても尚全知識を得ることは不可能な様です。
 高級霊でも得ることのできない全叡智でも、

我々よりもずっと霊的真理に対して全幅の信頼を寄せているのは、
それまでに経た長い道程があるからです。
 我々も、仮に知人が長く付き合った上で信頼するA氏を、
「この人は信頼できるから」と紹介されても、

A氏に対してその知人ほどの信頼を直ぐには持てないでしょう。
 ただ、その知人をあなたが信頼していた場合、

この人が言うならとA氏への信頼もずっと早くなります。
 それと同じで霊的真理も長く付き合う必要があると同時に、
その霊的真理を伝えたいと思う人は信頼するに足る人物になる必要があります。
 『神示と哲学』で紹介した哲学者たちは、
多くの面でスピリチュアリズムと符合するものがある人達ばかりですが、
そうした彼らの思想に共鳴したり、
学んだりして多くの大人物が輩出しているのは確かです。
 結局のところ、先ずは理性的に受け入れられる部分を実践し、
やがて徐々に変化を来す状況を見るなどの、

体験を通して深めて行くしか方法は無いでしょう。
 そして、書物などで得たものではない、自分自身の体験ですから、

先へ行くほどに確信へと深まって行くのではないかと思います。

※2 ただ人間は勘違いして誤った方向へ行ってしまう事も多く、
例えばインドで苦行する修行僧などは、
何十年も片腕を上げていたり、片足で過ごしたりしていますが、
これは苦難を人間的成長の糧と捉えているのでしょうが、
スピリチュアリズム的に見て間違いです。
 例えば、親から「苦労は買ってでもしろ」と言われて
「なるほどそうだな」と納得した長男が、
それきり部屋にこもって食事の時間になっても出てこない、
どうしたのかと見てみると、あれからずっと逆立ちしていた。
 みたいなものです。
 また、子供のヒーローものや時代劇ものは、

バッタバッタと悪役を倒して行きますが、これも間違いです。
 パット見は威勢がよくて勧善懲悪なので、スッキリするようですが、

今や国家間の問題でも、完全ではないですが、
なるべくは武力衝突を避けて対話で解決しようと試みられています。







籠目紋

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写真は、イラスト風「マンリョウ」と「東海桜」。(いずれも一昨春)



*ダビデ紋*
*ダビデ紋=真名井紋?*
 ・・・伊勢神宮の石灯籠にはダビデ紋が刻まれていますが、
何故こうなったかについては、兵庫県西宮市の石材会社社長、
木藤昌宏氏が依頼を受けて刻んだもので、
同氏はニ荒(ふたら)伯爵と神宮奉賛会会長の盛岡善輝氏に
「伊雑(いざわ)宮の御紋であるから」と強く言われた為に掘ったと証言したそうです。
 また有名な天の橋立のある、元伊勢の籠(この)神社の宮司、
海部光彦氏は「旧約聖書」に出てくるマナの伝承とは、
真名井紋(まないもんダビデの紋と同一の紋様)と関係があるらしい、
という事を述べている様です。
 丹後周辺には昔、丹後王朝が存在し、豊受大神をを広く信仰していた様ですが、
これは古代シュメールにバール・ハモンという女神が居て、
海の水を自由に操る航海の神でもあり、また月の神でもあり、
この特性がそのまま、豊受大神に写されているとのことです。
 しかし、この女神の特性は日本の素戔嗚尊をそのまま彷彿

(海洋神であり、荒ぶる神=豊受大神も荒魂とされる)とさせます。
 また伊勢神宮外宮の禰宜、度会氏は「豊受大神=国常立命」と考えておられますが、

国常立命は大本神諭の「艮(うしとら)の金神」が別名ですから、
丹後一族、元伊勢、豊受大神、国常立命、素戔嗚尊、などのキーワードで、
どうしても大本との関連性が出てきてしまうのです。
 なにしろ大本の出口ナオ女史が産まれた綾部という所は、
豊受大神を奉る比沼麻奈為神社が元々在ったと言われる所です。
 なにしろ大本の出口ナオ女史が産まれた綾部という所は、
豊受大神を奉る比沼麻奈為神社が元々在ったと言われる所です。









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