ホツマの黎明のブログ

気ままな「ホツマワールド」の付録続編です。

ホツマワールド

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写真は、春の兆しの陽射しを浴びて、「うち」と「おんも」。/(3/16)




余りにも多かった共通項
 先ずは10年ほど前に、同じようなサイトを運営していたのですが、
その切っ掛けは大本の筆先や日月神示と出会ってから、その意味を探るうちに、

余りにも 多くの事柄と繋がったというのがあります。
 このサイトを見れば分かるように、多くの分野と関連性が出てきて、

その際に実感したのは「大本」というのは、文字通りにおおもとになっている、
とい う点です。
 それまでは霊的な事柄一つ取っても、人によって守護霊がいるとか居ないとか、
先祖がなるとかならないとか、菩薩界だとか第一天国だとか、
様々な言 い方をするので、どれ一つとっても、今一つ腑に落ちないので、
実は半信半疑の時期が長くありました。
 それが、上記(特に日月神示)を知ってから、
西洋のスピリチュアリズム、哲学、科学、東西の古代史やら元始の宗教まで、
様々な分野と関連性を見い だせたので内心驚きました。
 それが今改めてサイトを開こうと思って新たに構築している間にも、
新たな関連性ある情報を次々に発見できました。
 多分、一つの竜頭を掴んだら、
後は総て現れの側面、枝葉に過ぎないのかも知れないので、

当然のことかも知れないですが、やはり驚いてしまいます。
 恐らくはこれからも、色々な事柄に触れて行くことがあると思いますが、

その都度HPを更新して行きたいと思います。
非科学的
 日月神示にもよく大我に溶けいれよ、という言葉がでてきますが、

霊的な観点からすると、全員が繋がっています。
 深層心理では、人類は皆共通の目的を持っていると言います。

 深層心理下では人類共通の集合的無意識でつながっていると言いますが、
案外誰も不思議な事だ とは思わ ないようです。
 これは「〇〇学」のように学という名が付くと、
それは難解なもので専門家が研究する分野であり、
それ以外の人はただその研究成果を信じればよい、 という認識があるのだと思います。
 素人が専門家の話をおかしいと考えるのは滅相も無い、と思えますが、
人は無意識下でつながっているのなら、
その媒介となるものは何かあるのでは無いだろ うかと思います。
 これが同じ目に見えない事でも、

霊的な話になると途端に怪しい話になってしまう傾向があります。
 人は蒸気機関の時代に「電気」の話をすれば、きっと

「この馬無しの馬車が走る時代に、何をおかしな事を言ってるんだ、
電気とやらがあるなら目の前に出して見せてくれ」と言い出す人がいたでしょう。
 電波を利用すれば、遠く離れた人とも、地球の裏側の人とさえも話ができる。

 と言えば到底信じてもらえなかったでしょうが、それと同じことが言えま す。
 人は紫外線など可視光線の他にある電磁波を信じています。

 それは電気製品などで何らかの効果を経験しているか、
科学的に確認された、というもの等は信じ のです。
 しかし、科学的に確認できない素粒子以下のものは、

当然物的な証拠は見つからないでしょう。
 これは理論物理学者が計算で証明する時代が来るかも知れませんが、

それ以外に素人ができる確認方法は、
霊的な真理は時代も地域や国、民族の別なく働いているので、
その働きを考察・観察することしか無いように思います。








分け隔てのない共通性

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写真は、散歩途にて。/「クリスマスローズ」。(3/19)・・・いずれもケータイ撮影。



 今までに、様々な事柄を見てきましたが、
思いの外日本の神示と西洋のスピリチュアリズムに共通点があるので、

驚いた人が居るかも知れません。
 ここでは、そういった共通点を抜き出してみたいと思います。・・・


世界各地にある神柱
 英語圏のものは、それぞれ翻訳家が異なる場合がある為、
同じメッセンジャーでも異なる印象の場合がありますが、

言葉の端はしに囚われず、内容そのものを 見て下さい。
 その意味では、浅野和三郎氏が翻訳したものも、時代がかっていますから、

何処となく大本神諭等と似た様な印象を受けるかも知れませんが、
これも又言い回 しが似ているのではなくて、中身に共通性を見出してみて下さい。

*大本神諭*
世界国々所々に、世の立て替へを知らす神柱は、 沢山あらはれるぞよ。
 皆艮の金神、国常立尊の仕組みで、世界へ知らして在るぞよ。

*日月神示*
日本とにほんと取り違いすな。
 何事も神第一ぞ、神よそに なすこと伝ふことスコタンばかりぢゃ。
 分け隔てあると思ふは我が心に分け隔てあるからぢゃぞ。

 世 界中のそれぞれの国皆氏神様、産土様いよいよ天の命令通りにかかり下されよ。
 もう待たれん事に時節参りて居るぞ、世界の人民皆泥海の中に住んでいるのぢゃぞ。

 元の水流して清めてやらねばならんなり、
泥水を泥水と知らずに喜んでゐるので始末に困るぞ、
清い水にすめん魚は誠の魚ではないのぢゃぞ。
 つらい役は因縁のミタマに致さすぞ。心得なされるがよいぞ。

 神示類には、あちこちに肉体を借りて、

世の大峠を知らす者が出て来ると書かれてあります。
 しかし、他の様々な神示の類いが総てそうだと言う訳では有りません。

 色々と偽物もあるでしょう。
 しかし、冷静に考えてみて、少なくとも世界の各地に、

同類のものが無ければ、これ又おかしいのです。
 また永続性も無いと成らないでしょう。
 ある国のある地域で、決まった時期だけにポッと出たものは、

余り信用が置けません。
 そして恐らく、交霊会の様に直接的(?)に交流を持つのは、そう多くは無く、

様々な人の口を借りたインスピレーションの形を取る等、
様々なバリエーショ ンが考えられます。
 本来は、人間自らの努力と工夫で改善しなくては成らない為であり、
また地上は本来の住処ではない、と確信するという事は、
冒頭で喩えた様な「はじ めてのお使い」で、子供本人が、これはたった一人の冒険だ、
とは考えず「これはただの撮影だ」と理解していたら訓練に成らなくなります。
 しかし、そうは言っても、個々人がそれぞれ体験を通じた上でなくては、

確信へと至らないでしょう。
 誰もが、証拠や確証を得たくても、そう簡単ではないようです。

 従って、神示でも、自分の好きなようにやってみて得心改心結構
と記されています。・・・






自分で自分を救う道

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写真は、陽射しはすっかり春ですが、北風は未だ未だ冷たいです。(3/13)




内在の天国
神の火花
 大我に接する道
 この大我に接する道というのは、神法に従って歩む以外に無いと言います。
シルバーバーチ
・人間は本来その内部に、病気を治 し悩みを克服する力を持っている。   つまり天国は内部にある。
 しかるに、人はこのことをほとんど知っていない。
 この大我に 接する道は、神法に従って生きるより外に無い。
 しかるに、幾人がそれに従って生きているか。
・決して、人が神であり、神が人である事を忘れてはいけない。
 神 のものである力、すなわち貴方の中に在る力、この力 あればこそ、
貴方はいかなる物質にも 勝って、それらに犯されるものではない。
 これがまさしく、一切の悪をしりぞけ、病気を克服して、
あらゆる障害と戦うことのできる力である。
 神法というのは、総ての次元・世界を統括している"法則"のことです。
 つまりは当サイトで紹介した、原因と結果(カ ルマ)の法則、鏡の法則、
内側にある ものを引き寄せる法則などは、
神法をカテゴリ別に分類したものだと考えればよいと思います。
 この神法に従って生きる、大我に接する道も上記のように病気を治癒したり、
あやゆる困苦を跳ね除けるような、

まるで魔法の様にも見える結果を生み 出すようです。
 現実に中村天風氏は、

当時不治の病とされた肺結核症にかかったものの、治癒しています。
 基本的に病気治し、ご利益信仰などが無いスピリチュアリズムですが、

自分で自分を救う道という解釈もできるかも知れません。
 中村天風氏が完全治癒した方法とは、瞑想なのですが、実は魂の静寂を求めて、

しばし魂の内側にこもる、静寂(精神統 一)を求めるのは高級霊たちも、
J アレン氏などの哲学者たちも同じなのです。

シルバーバーチ
・道はそのうち示されます。
 導きを 祈ることです。
 あなたもこれまでの人生で、
もう少しで人間への信頼を失いそうになるほどの
精神的打撃を受けてこられまし た。

 しかし、信頼を地上への人間にのみ置いてはいけません。
 神すなわち愛と叡智(えいち)

知識の権化である大霊が存在します。
 疑念が生じた時は精神を統 一して
物質界の喧騒(けんそう) ら逃れるのです。

 すると霊的理解が得られます。
 統一状態が深まれば深まるほど内的な安らぎ、

静寂、安心感、決意といった ものが深まり、
自分にとって最良のものが授けられるとの
確信をもつことができるようになります。
 私からお答えできるのはそれだけです。







童心にも恐い鐘馗さま

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写真は、歌川国芳の<鐘馗図。/童心の「やんちゃ」。



・・・八木秀次さんという方が書いた『国民の思想』という本があります。その中に次のような話が載っています。
 「明治四三年の春、山口県の沖合で日本の潜水艦が演習をしていました。午前十時、潜航を始めると、まもなく艇に故障が起こって、海水が入り込み、艇は一四名の乗員を閉じこめたまま、海の底深く沈んで行きました。艇長の海軍大尉・佐久間勉は、すぐに部下に命じて、海水の入るのを防がせ、入った海水をできるだけ出してしまうようにさせました。しかし、電灯は消えて、艇内は暗く、その上、動力を使うこともできなくなっていたので、ただ手押しポンプを頼りに、必死の働きを続けさせました。
 どうしても、艇は浮き上がりません。母艦を見つけて、助けに来るかも知れないという、かすかな望みはありましたが、海上との連絡も絶えているので、それをあてにすることはできません。そのうちに、悪いガスが溜まって、息が次第に苦しくなって来ました。部下は、一人二人と倒れて行きます。もうこれまでと覚悟した艇長は、司令塔の覗き孔から洩れて来るかすかな光を頼りに、鉛筆で手帳に、遺言を書きつけました。
 遺書には、第一に、天皇陛下の艇を沈め、部下を死なせるようになった罪を詫び、乗員一同が、よく職分を守ったことを述べ、またこの思いがけない出来事のために、潜水艇の発達を妨げるようなことがあってはならないと考えて、特に沈んだ原因や、その様子を、詳しく記してあります。次に、部下の遺族についての願いを述べ、上官・先輩・恩師の名を書き連ねて別れを告げ、最後に『一二時四〇分』と、書いてありました。
 艇が引き揚げられた時には、艇長以下一四名の乗員が最後まで職分を守って、できる限りの力を尽くした様子が、ありありと残っていました。遺言は、この時、艇長の上着から取り出されたのでした」。


 これは一九一〇年に実際に起きた事故です。そのとき国民は、潜水艦が引き揚げられれば、そこにはきっと阿鼻叫喚の地獄絵図が広がっていて、他人を押しのけてでも逃れようとして死んだ光景があるのではないか、と不安を持っていました。
 ところが潜水艦の艦内を調べてみると、全員が整然として死についていた状況が明らかになったのです。当時三〇歳の佐久間艇長は、司令塔にいて、他の一三人の乗務員は全員、本来の位置についたまま絶命していました。
 これを知った人々の気持ちは、そのとき不安から感嘆に変わったのです。この事件が全国に知られるや否や、感動の輪は全国民に広がりました。佐久間艇長の上着のポケットから発見された黒表紙の手帳には、三九ページ、九七五字からなる鉛筆書きの遺書が見つかり、公開されました。この時、文学者の夏目漱石も非常に感激を受けたそうです。彼は佐久間艇長の遺書の写真を見て感銘を受け、ある雑誌に文章を書きました。それについて、『国民の思想』の中にこう書かれています。
 「漱石はこの中で、かつてイギリスの潜航艇で同様の事故が起きたとき、艇員が争って死を逃れようとする一念から、一カ所にかたまって水明かりの洩れる窓の下に折り重なったまま死んでいたという事実を紹介しながら、人間にとって本能がいかに義務心より強いかを証明するに足るべき、有力な出来事であると述べる」。
 さらにこうあります。
 「佐久間艇長らが死の淵に至るまで乱れずに職務を全うしたという、人間としての崇高さ(ヒロイック)をたたえたのである」。
 こうした過去の日本人たちの姿を思う時に、本当に日本人は神様に愛された人々であると感じるのは、私だけでしょうか。もしそうでなければ、このような生き方は出来なかったに違いありません。・・・
神に愛された日本






天命のままに

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写真は、双子の胎児映像(出産五ヶ月前)。/八方睨み『鳳凰図』。


『鳳凰図』 信州小布施、東町祭屋台天井絵(桐板着色肉筆画)。

 北斎八十八歳から八十九歳にかけての作品。
 北斎は八十三歳を初めとして、信州の小布施に四回訪れています。
 四回目の滞在で約一年をかけ岩松院の大広間天井に『鳳凰図』を描き、
翌年に江戸へ戻り九十歳で亡くなっています。
 現在残っている絵の中では最大の作品であり、
最晩年の作品と云われています。
(写真の画像は「令始画帳」さんによる模写作品です。)

 この「大鳳凰図」にはかくし絵として                 北斎が生涯敬慕してやまなかった富士山が描かれています。         
このかくし絵、平成二年に発見されたのだそうです!           見つけてみてくださいね 。



龍宮神示
-たま問答-
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 神々の いませることを 疑ふに     
あらねど神とは いかなるものや     
神霊は 宇宙の大に 充満し
宇宙萬象 これ神の体(み)ぞ
 八百萬 神と申して それぞれに
澤にゐませる 神々は何
宇宙 一神一元なり もろもろの
神は神の 動の御名(みな)なり
 神々は 宮居のうちには ゐまさずて
いづこの空に ましますものか
神の霊 宇宙に満ちて あるものを
などて宮居に まさぬといふや

 かくまさば 宮居といふは 偶像の
打くだきても よろしきものや
実に左なり されどそこには 因縁と
いふものあれば 侵すはかしこし
因縁の ますとはいかなる こころにや
何に因縁 ましてゐますや
 霊止の身の 知らざる神世(みよ)の
古(むかし)よりその土にこそ 因縁はあり
 土にのみ 因縁ありて 人その他
樹木などには 因縁なきや
雑霊は そのことあれど 神々は
只土にこそ 因縁のあり

 神々は 因縁深き 宮地より
世に出でまして 働きますや
働きは 霊止の肉宮 あるものぞ
宮居は神の 静のすがたぞ
 土にこそ 神の因縁 こもりゐて
霊止の肉宮 因縁なきや
否深き 因縁ありて それぞれの
霊止を定めて 神業(みわざ)なすなり
 因縁の あるは尊き み霊もつ
神人とこそ 申すべき身や
その如き 人もあれども 人目には
悪人もあり 善悪は問はず


 神々の かくゐますれば まざまざと
現れ給ひなば 人信ずるを
おのが目を みずからとぢて見じとするを
いかで目に見す 術のあるとや
 神々が 物象化して ましまさば
かくも世界は 嘆かぬものを
何いふぞ 汝(なれ)が目に見る ことごとく
更に汝すら 神の体(み)なるを
 我は知る この肉慾の けがれたる
この身が神の 体(み)とはをかしも
善悪と 正邪は人に のみありて
神にはかかる わずらひなきを


 いろいろに 伺ひまつれど 更々に
をぼつかなしも 神の本元
空間と 時間の世界の 人の知は
知るよしもなし 只光と知れ
 光りとのみ 知る由もなき 神々に
仕へまつるは はかなきことかな
神ありと 知りにし上に 愚痴をもて
何知らむとや それにて足るを
 雑霊と 神とのけじめ 立てがきて
いかに判じて 進むべきはや
それも皆 因縁ありて 立て分ける
霊止のありせば それに依るべし


 たよる人 なき時迷ふ ことあらば
いかに判じて 定むべきとや
神霊は ひとたび綱を かけたれば
生涯はなたじ 心安めよ

 宣すまま 理非曲直を 考えず
素直にあるが よろしきものや
実に左なり 神命ひとたび たまはらば
善悪正邪 問ふこといらず






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