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写真は、「片山八幡神社」と境内社の「谷龍神社」にて。(昨年5/15)
牛若丸の歌
京の鞍馬では毎年義経祭に奉唱されているそうです。
この中にも「鏡の宿の元服」が表されております。
一、父は尾張の露と消え
母は平家にとらえられ
兄は伊豆に流されて
おのれ一人は鞍馬山
二、敵の平家をほろぼして
わが家源氏をおこさんと
ひるは学問剣術は
人目をしのぶ夜のわざ
三、七つの道具をなげだして
弁慶あやまる五条橋
金売吉次がおともして
落ちゆく先は奥州路
四、鏡の宿の元服に
その名は義経源九郎
途中のなんぎ切りぬけて
秀衡やかたに着きにけり
五、ほどなく源氏の花咲くや
兄頼朝の命をうけ
朝日将軍義仲を
ただひと打ちにほろぼして
六、ひよどりごえの逆落し
屋島の海の弓流し
壇の浦では八そうとび
永くほまれをのこしけり
ここは花盛りの京の鞍馬山。
東谷の僧正は子供達を連れ花見に出掛けます。
一同が桜の下で興じていると怪しげな山伏がその席に割って入り、
団欒を乱してしまいます。
僧正は能力の立腹を止め、花見は明日にしようと言い子供達を連れ帰ります。
ところが一人だけ帰らぬ子があります。
これこそが源義朝の子沙那王です。
二人は暫く一緒に花見をしますが
やがて山伏は自分が鞍馬山の大天狗であることを明かし、
翌日兵法を授ける約束をして立ち去ります。 まず先に来た小天狗を打ち散らすと、大天狗が現れ兵法の秘伝を教えます。
そして源氏の再興を予言して立ち去ろうとしますが、
沙那王は天狗の袂を捕らえて放しません。
大天狗も名残を惜しみつつ終生の弓矢の力添えを誓い梢の奥に消えます。
(「宝生の能」平成 12年4月号より)
9月15日、鞍馬山で義経をしのぶ義経祭り。
悲劇の武将義経をしのぶお祭りが鞍馬寺で行われます。
牛若丸こと義経が幼少時(7歳)から過ごし鞍馬山、鞍馬寺で9月15日午前10時より本堂で法要が営まれ、その後本殿前で子供達による気合道の奉納が行われる。
この鞍馬寺は義経が遮那王と云われていた幼少期に住んでいたと云われ、烏天狗を相手に武道の稽古鍛錬をしたと伝えられています。
東光坊に義経公供養塔が建ち、東光坊から奥ノ院に修行に赴く際に喉の渇きを潤したとゆう息つぎの水や、16歳で奥州へ下るときにこの地を惜しんで背比べをしたとされる石、義経の死後に魂が戻ったとされる義経堂などゆかりの物が多く有る。
又、9月15日は義経の想い人、静御前の命日でもあります。
義経祭 所 :鞍馬寺
京都市左京区鞍馬本町
交通:叡山電鉄「鞍馬」駅下車 徒歩2分
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