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№321 若宮神社
所在地 姫路市夢前町置本146-1
主祭神 黒崎大神(若宮神社) クロサキノオオカミ
配祀神 若宮大神(若宮神社) 菅原大神(荒神社) 磐長姫神(荒神社)
奥津彦神(荒神社) 奥津姫神(荒神社) 大年大神(荒神社)
大山咋神(荒神社) 彦佐知神(荒神社) 手置帆負神(荒神社) ワカミヤノオオカミ スガワラノオオカミ イワナガツヒメノカミ オクツヒコノカミ
オクツヒメノカミ オオトシノオオカミ オオヤマクイノカミ ヒコサシリノカミ
タオキホオイノカミ
由 緒
若宮神社は国指定史跡の赤松氏城跡置塩城の南2kmに位置している。 村の東に番城山跡、南には置本武家屋敷跡があり、置本東自治会ではその中心部に若宮社を配置し、古来より祭られてきた。
村中安全と豊作を祈願してきたが、中でも古くより「伊勢講」があり、出発日には村中総出で若宮さんに詣で見送り、無事帰郷すれば記念の絵馬が奉納され、村中で喜び合った。伊勢講は昭和8年(1933)まで続いた。
拝殿には多くの絵馬があり、その中の「羽柴秀吉屈辱を忍ぶ」の絵馬は『夢前町の絵馬』(夢前町教育委員会発行)に写真がある。
境内には社殿が二棟あり、正面の大きな方を荒神社、左の社殿を若宮神社と呼んでいるが、全体を総称して若宮神社と呼称する。
現社殿は明治45年(1912)5月造営、昭和50年(1975)改築。
車を狭い道路に停めて徒歩で向かいました。
ウエブ上で検索しても分からず、大まかな地図を頼りに探してきました。
ここに至るまでに訳ありでご迷惑をかけた方がおられ、次回の記事で説明します。
案内板です、この「置塩中学校地域夢プラン実行委員会」作成の看板は、文化財には必ず作ってあり、漫遊する立場としては非常に助かっています。
鳥居の社額です。
急な階段の続く参道です。先に社殿が見えます。
参道を登りかけると、3人の地域の皆さんがおられ、「こんな神社に何の用?」と不思議そうに尋ねられました。
そこで、神社庁に登録されている神社を訪問している旨を答えると「ほ〜〜」と驚いたような顔をされていました。
そりゃそうですよね(汗)こんな趣味あまり持っている人はそういないですね(笑)
社殿に近づいてきます。
拝殿です。
拝殿正面です。(本来は荒神社)
同上
本殿です。
左側にあるもう一つの神社(若宮社)です。
正面です。
若宮社本殿です。
拝殿から下を見た参道です。
※ 町名の由来
明治9年(1876)に、下村と新畑村が合併して置本村となる。
置本の由来は、置塩城の城下町南に位置していたことから、置(塩)の本(基)としてつけられたからと言われている。
この地域では、古くから住む家のほとんどが、赤松一族36家の一つである「柏原家」の一族で、村全体が同姓であった。明治の戸籍法の制定時に各家がそれぞれ別の名前をつけたので、今は各家の姓がそれぞれ異なっている。
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tit*ia*dpop** さんこんにちわ。何度もコメントを頂きお返事もできずに失礼しました。言い訳ではないですが、神社漫遊に際してその他のことはあまり深い知識がありません。確かに、この地は赤松一族の城下町で、いろいろな遺跡が残っているようですね。ブログにも何回か載せていますが詳細は分かっていません。「柏原姓」の記載については、姫路の町名という図書から抜粋しています。ただ赤松36人家の一人であることは間違いないようです。
この神社は、最初位置がわからず、この場所の北方にある「性海寺」にある墓地に私宅の墓地があることから、この寺のご住職の案内してもらって訪問しています。意外とご存知かも知れませんね。まら市内の知人に「箭内」という方がおられ、最近お宮が平地に移ったと聞いております。もう一度訪問するつもりでおります。納得されるお返事ができなくて御免なさい。
2018/4/29(日) 午後 2:30 [ 黄門ちゃま ]
先ほどの知人の名前を箭内と書きましたが正しくは「柳井」です。機会があれば家紋も聞いておきます。
2018/4/29(日) 午後 2:38 [ 黄門ちゃま ]