黄門ちゃま漫遊記

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神社探訪(揖保郡)

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今回は、たつの市にある「神戸神社」を訪問しました。
詳しくは、後刻修正で記入します。
 
所在地  たつの市揖保川町神戸北山222
主祭神  大己貴命  オオナムチノミコト
配祀神  少彦名命 誉田別命(応神天皇) 息長帯比売命(神功皇后) 大物主命
 
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御祭神の鎮座されているこの宮山には山頂に大きな磐境があって播磨風土記の「神山」に擬定され、古来神の宿る霊地として人々に畏敬されてきた。
さらに応仁2年(1468)3月午の日に播磨の国の一の宮伊和神社より御分霊を勧請し、10月第二の午の日を午祭と定めて五百数十年継承してきた。
この祭が「菜食わず祭」といわれる由縁は、弘法大師が全国行脚の途次、近くの小川で菜を洗っていた女性にその菜を所望されたところ固辞したので、それ以後秋祭の日に菜を食べると腹痛を起こすという伝承との習合によるもので、当神社を「なくわずの宮」ともいう。
 社殿の創建年代は不詳。古来何回も修理・増改築を重ねて維持に努めてきたが長い年月を経るうちに損傷が甚だしく、昭和52年境内地の一部を売却して三間社流れ造りの社殿を造営し今に至る。
 御神徳は 商売繁盛・病気平癒・開運厄除・安産子授け
      交通安全・合格必勝・技芸上達・縁結び など多岐
 
 
 
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宮内八幡神社のすぐ隣にあったのが、「宮内天満宮」です。
社伝によれば、
この宮内の集落背後の山は、中世に播磨・美作・備前の三国の守護職赤松則祐が、
城山の山頂に城を築いた時その鬼門を護り、城の安泰を祈るために、
唐から祭祀した霊岳宗古禅師を開山住持に迎え、城禅寺という寺を建てたところである。
ある日、その禅師の寝枕に日ごろ崇拝していた天神(菅原道真)が現れ、
この天神を鎮守堂に祀った。これがこの天満神社の縁起である。
とされています。
古い由緒をもつこの宮は、昔から文学の神様として広く西播地域の人々の信仰を集め、
毎年2月25日の祭礼には多くの露天も並び参詣の人々が列をつくり賑わうそうです。
場所:たつの市新宮町宮内342
 
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参道です。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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重要文化財 宮内天満神社
天神(菅原道真)を祀ったこの神社は、一三六九年に創建され、それより建され、それより
一七〇余年後、当時書写山円教寺の大塔を建てた棟梁藤原新右衛門光重によって再建されました。
これが現在の社殿で様式は「堅板葺一間社流造」といい、当時の代表的な建築様式で日本社寺建築史上貴重なものです。
本殿は国の重要文化財、御神像は県の重要文化財に指定されています。
〜境内能書より〜
 
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神社案内板です。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
境内社の稲荷神社です。
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お詣り終了後、案内板に書かれていた古墳を漫遊します。   古墳のある文化会館への道です。
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たつの市埋蔵文化センターに立ち寄った際、西側集落入り口に、大鳥居が見えておりました。
センター見学終了後、この鳥居の神社を探訪すべく向かいました。
 
下の写真が、集落入り口にあった大鳥居です。「八幡宮」とありました。
 
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集落を抜けて、山裾に来るとトップの写真のように、第二の鳥居があり、さらには、
「宮内八幡宮」の案内板と、あれ?この付近いろいろあるぞ!
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鳥居を超えると随臣門があります。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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比較的新しいようです。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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門をくぐって境内へ。
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絵馬殿のようです
 
たくさんの絵馬が所狭しと掲げられています
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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拝殿正面です。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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拝殿から覗いた本殿です。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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本殿です。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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絵馬澱から振り返った境内です。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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早く終わって次ぎいこっと!
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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神前の郡姫の國探訪は少し休憩です。
そこで、以前から気になっていた「揖保の郡」の古宮神社を漫遊しました。
と言うのは、市川氏の著書「姫の國への道標」に出てくる「アマテラス神」にも関係が
あるところから、向かいました。
この神社は、1年前の1月22日に訪問した「粒坐天照神社」の中宮になっています。
ちなみに、「いいぼにますあまてらすじんじゃ」と読みます。
神社縁起によると、
推古天皇二年(五九四)、当地の有力者が神託を受け、的場山(通称・台山)の頂に祠を建て
農業の守護神天照国照彦火明命(あまてるくにてるひこほあかりのみこと)を祀ったのが始まりです。
その時一粒の稲の種と水田を授かり、これを耕作したところ大豊作となり、一粒万倍したという。
以後この土地はイイボ(粒、揖保、飯穂)の郡と呼ばれる穀倉地帯となりました。
なお、奥宮は。神社裏の「的場山」の中腹にある岩を組んだ小さな祠で、この盤座では、
今でも祭祀が行われているとのことです。
上記URLはその時の漫遊記です。
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この神社は、ヤフーの地図検索では出てくるのですが、ナビには載っていませんでした。
 
付近まで行ったのですが、なかなか分からず、かなりの時間が経って諦めかけた・・・・・その時見えたのがこの石垣でした。
 
 
 
 
 
車を路駐し神社に向かうと、神社に入る入り口は、全てフェンスで閉じられていました。
あれ?これは何の神社?中に入れず鳥居の社額が読めません。
そこへ地元の男性らしい方が、フェンスを明けて出てこられたので聞き込み開始。
この神社は、「古宮神社」でした。良かった。
兵庫県龍野市揖西町小神542
祭神  天照國照彦火明命 配祀 市杵嶋媛命
由緒  天照国照天彦火明命の使いから一粒の稲種を預かり、これを水田に播くと万倍になったと言      う。 以後この神を氏神として祀ったと言う。創祀は山頂付近で推古2年(594年)とされ
     、(天津津祀神社)が祀られています。
     後に小神の当社の地に遷座、また厳粒坐神社が火災にあった際にも、当社へ遷座していまし      た。 境内にその時の磐座がある。
とされています。
フェンスは、鹿、猪が町内に降りてこないようにとの配慮から設けられているとのことで
神社内には入れるとのことで早速お詣りです。
 
神社左側のフェンスを入ったところです。         社殿に向かう道路です。
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反対側の山に向かう道路です。              神社境内です。
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拝殿正面です。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
社額と絵馬です。
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拝殿から見た本殿です。
本殿には石の橋がかかっています。
 
弁才天をお祀りしているということで、とても水に関係が深いんだとか
 
水との関わりを思わせる社殿の堀と橋があります。
 
 
 
 
 
 
 
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本殿です。
その間に橋があります。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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磐座 高さは1m足らずです。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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同上
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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フェンスの内側から見た鳥居です。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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神社全体像です
 
揖保の郡は、風土記の地名伝承が多く残っており、早期に漫遊したいと思っています。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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播磨国風土記の「揖保の郡」の条の「林田の里」で伝承されている地名のうち、
  「稲種山についてアップします。
 
風土記では、稲種山(いなだねやま)について、
 
稲種山の名のいはれは、
大沙命(おおなむちのみこと)と少比古尼命(すくなひこのみこと)二柱(ふたはしら)の神が、
神前(かむさき)の郡(こおり)堲岡の里(はにおかのさと)生野の岑(いくののみね)
(おわ)しました。
この山を望み見られて、云
(い)われますに、
「かの山は まさに稲種を置くによし」と。
すぐさま、稲種を遣
(つかひや)りて、この山に積みました。
山の形もまた稲積みに似ています。
故に。稲種山と号(なづ)(いは)れます。
 
と述べています。
 
この、大沙命(おおなむちのみこと)少比古尼命(すくなひこのみこと)の二柱(ふたはしら)の神は、
大汝命(おほなむち)は、大国主(おおくにぬし)命のことで、出雲神話に登場する神です。
伊和大神の名称で呼ばれている神で、『播磨国風土記』での呼称を云います。
 
少比古尼命は、少彦名神とも書きます。
海の向こうの常世の国から光り輝きながらやってきた小人神です。
日本神話のなかの人気者であり、中世の「日本霊異記」の道場法師や
近世の御伽草子の一寸法師などの「小さ子」のルーツとされています。
その人気の秘密は、小人神でありながら国造りという大きな仕事を成し遂げるという、
サイズとスケールの関係の飛躍性にあります。
さらにその性格は明るく、いたずら者でユーモラス。
しかも豊かな技術や知識と優れた知恵を備えており、
力ではなく、持ち前の知恵を働かせて困難を見事に克服してみせるという
独特なヒーロー性もあります。
 大国主命が出雲の御大(ミホ)の岬にいるとき、波頭を伝わって天
の羅摩船(カガミブネ=ガガイモの殻でできた船)に乗り、
鵝(ヒムシ=蛾)の皮を着て現れました。
不思議に思った大国主命が家来の神に尋ねましたが、誰もその正体を知りませんでした。
そのときそばにいた蟇蛙(ガマガエル)が、
「クエビコ(山田のかかしのこと)なら知っているでしょう」というので、
エビコに聞くと、「神産巣日神の御子で少彦名神です」と答えました。
そこで大国主命が出雲の祖神である神産巣日神に伝えると、
は「これは私の掌の股からこぼれた子である。
これからは兄弟の契りを結び、国を造り固めるがよい」と二神に申し渡したまし。
 こうして少彦名神は、大国主命とコンビを組んで全国を巡り歩き、
国造りを行い、その任務を果たしたのちに再び常世の国に帰っていくのです。
 
今ま、この神前郡の堲岡の里を探訪中で、
少彦名神と大国主命のユーモア性を伝えるエピソードに、我慢比べの話がありますが、
近日中にアップします。
                     
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さて、問題の稲種山ですが、左の2枚の写真は、姫路市石倉と林田町の境にある「とんがり山」です。
風土記にいう稲種山は、峰相山と比定されています。
峰相山は、数え切れないほどの大小の峰が複雑に寄り集まっていることから、峰相(合)山と呼ばれたものと思われています。
 
 
山系の中でひときわ目につく、尖った峰を風早、高嶽と言われていますが、
地元では「とんがり山」と呼ばれています。
 
 
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 姫路市内から国道29号を北上し、山陽道姫路西ICを超えれば石倉です。
ここからさらに北に向かうと石倉交差点を過ぎ、道が大きく曲がる地点に着きます
その右手に見えるのが「とんがり山」です。 
 
 
 
 
 
 
 この山には、風土記以外の岩にまつわる伝説があります。
山頂から西南にのびる尾根筋に「亀岩(かめいわ)」と呼ばれる巨岩があります。
『峰相記』によれば、この岩には割れ目に水がたまっていて、
崇神天皇(すじんてんのう)13年という大昔、この岩の上に香稲が4本生えた。
朝廷はこの種子を全国に配るように命じ、当時の香稲はすべてこの種子がもとになっている、
という。そして、これをまつったのが、
峰相山の鎮守の第一であった稲根明神(いなねみょうじん)である。
当初はこの岩に稲根明神の社殿を建てたとされていますが、
稲根明神は、現在は稲荷神社として峰相山の南麓、姫路市石倉(いしくら)にまつられています。
境内には鞍状の形をした岩である「石の鞍(くら)」がまつられており、「石倉」という地区名の由来となっているそうです。イメージ 20
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足を痛めているので山登りを断念し、稲荷明神をお参りしました。 
 石倉交差点を右折し大きく曲がり集落に向かうとすぐに到着です。上の右の写真は登山道に続いています。機会があれば登りたいですね。
 
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 社殿に向かう参道です。
今までの神社探訪とは少し違う感覚でした。
 
 
 
 
 
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参道の左にある石の鞍です。石倉の地名の起こりです。
 
 
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 社殿に続く鳥居と参道です。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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 参道を登り切ったところです。
狭い境内に拝殿がありました。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
  
 
 
 
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拝殿と本殿です。 
 
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 境内の案内碑です。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
  
 
 
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境内社です。 
 
 
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 神社全体です。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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境内から見た参道です。                      神社北側の山です。ここも綺麗な形です。                  

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