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上郡町をぶらり漫遊するに際して、赤穂市立有年考古館・有年民俗資料館 を訪問するため立ち寄りましたが、丁度改修工事中のため見学することが出来ませんでした。
諦めて上郡に向かう途中にあったのが「須賀神社」です。
以前、大避神社を記事アップしましたが、この須賀神座も祭神である秦河勝を祀っていることから、いずれ制覇することもあると思い立ち寄りました。
雑な漫遊になっており反省しています。
所在地 赤穂市有年楢原1006-36
主祭神 素盞鳴尊 スサノオノミコト
由緒等 不明 無格社(兵庫県神社誌)
拝殿です。
本殿です。
明治天皇行幸碑?
明治天皇は山陽道を行幸された足跡を多く残されていますね。
上郡はあまり目立ちませんが歴史と文化を感じさせる地域です。
またいろいろと訪問したいと思っています。
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神社探訪(赤穂郡)
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所在地
赤穂郡上郡町梨ケ原360・361
主祭神 天照皇大神
配祀神 春日大神 誉田別命
秦河勝 元弘3年(1333)春赤松則村苔縄城より打ち出で山の里梨の原の間に陣を取りし時、会々六波羅の催促によりて上洛せる備前、備中、安芸、周防の勢の中に伊東大和二郎なる者武家與力の志を変じて官軍合体の思いをなし祈誓の為、一社を勧請し以て赤心を籠めたり。之即ち今の船坂神社にして後醍醐天皇隠岐遷行の際、兒嶋高徳駕を船坂山に迎えんとして待ちつつ皇室の長久を当社に祈りたり。
明治7年(1874)2月村社に列し次いで宿村大避神社を合祀し同11年(1878)8月社号を船坂神社と改称せり。同42年(1909)鼻塞神社、湯神社を合祀せり。 |
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落地八幡神社です。落地とかいて「おろち」と読みます。
所在地 赤穂郡上郡町落地579-2
主祭神 誉田別命 ホンダワケノミコト
由 緒 傳へに云ふ弘安2年(1279)夏当地方に大雨あり。里人之を眺めるに空中龍の昇降すに似たりしかば恐懼して身心を悩まし一種奇異の病魔に犯され煩悶せしに一夜老人の夢むらく、吾が村は山の里高嶺神社(御祭神牛頭天王)素盞嗚命神代に大蛇を斬り殺し殺し拾へる霊魂今此の地に現れて悩ますものなりと即ち今より村名を落地(大蛇)に作り(大蛇の霊魂地に落つるの意か)武勇なる八幡大神を祀り以って信仰すれば里人の病立ち処に平癒すと翌朝相謀るに皆同じ夢なり。依って今の地に卜し誉田別命を齋い奉る。一種の奇病忽ち癒えたり。
慶長18年(1613)池田輝政本郷を領して規模を修め金殻を寄せて祭資料を充てたり。 配電です。
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上郡町内に戻り、まずは「上郡町郷土資料館」に行きました。
場所は、上郡橋東詰からテクノポリスに向かう県道28号を少し
東に行ったところにあります。この建物は、以前県の総合庁舎
だったと思います。それまでは、少し東側の校舎のような建物
だったかな?
住所: 郵便番号678-1231 兵庫県赤穂郡上郡町上郡500番地5
フロア: 第3庁舎2階 電話番号: 0791-52-3737 ファックス番号: 0791-52-3737 営業時間: 9時から17時(入館は16時30分まで) 休日: 月・火・木曜日(事前連絡があれば入館可) この日は、事前調査なしで訪問したため休館日でした。
でも、当番で居た町職員の方が私一人のために開けて頂き恐縮しました。
そのためゆっくり見学することが出来ず早々に退出しました。
町のHPによると、
この郷土資料館は、昭和50年に上郡町合併20周年を記念して設立、開館しました。平成20年に、現在の上郡町第3庁舎2階へ移転しました。
上郡町内の考古・歴史・民俗資料を展示・公開するとともに、これらの資料の整理・調査・研究を行っています。また、特別展や企画展を開催し、資料の調査や研究成果を公表します。さらに、体験学習や歴史講座を開講し、文化財の普及啓発に努めていますとあります。 鞍居神社
資料館からさらに東に向かうと鞍居神社がありましたので足を伸ばしました。
以前に記事アップした「不慣れなグルメレポート」のおそば屋さんの近くに鎮座されています。
所在地 678-1201
赤穂郡上郡町金出地910 主祭神 帯中津比古命 タラシナカツヒコノミコト
配祀神 息長足姫命 誉田別命(オキナガタラシヒメノミコト ホンダワケノミコト) 由 緒 人皇第50代桓武天皇の御代皇子神野親王の御病気平癒のため宇佐八幡宮に御ありしとき金出地に紫雲の靉くこと日久しく宇佐八幡宮を勧請すべき瑞相の地として勅命により勧請されたと伝う 天下泰平、五穀豊穣工商繁栄、安産の守護神として往古瑞験いともあらたかなり。
主祭神の帯中津比古命は、仲哀天皇で、第十四代天皇。 日本武尊の二子。母は布多遅能伊理毘売命(両道入姫皇女)。仲哀天皇は、息長帯比売命(気長足姫尊)を皇后に立てられた。神功皇后である。
仲哀天皇は神功皇后帯同で、熊襲(曽)征伐のために筑紫の詞志比宮(香稚宮)に出征された。 そしてここで皇后は、平定の大業を定めるために神懸りされたが、その神託を天皇は受け入れず、 天皇は神の怒りを受けて琴を弾きながら崩御されたとあります。
この天皇をお祀りしている神社は、東北宮城県から九州鹿児島県までたくさんありますが、兵庫県では、この鞍居神社と南あわじ市の「久度神社」の二カ所しかなさそうです。
県道に沿って一、二の鳥居と社殿が見えます。
社殿に続く参道です。
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大鳥啓介生誕地からの帰路見つけた大避神社です。
所在地
赤穂郡上郡町岩木乙610-1 主祭神 大避大神
配祀神 天葺根命 素盞嗚尊 神倭伊和禮彦命 誉田別命 由緒 延宝8年(1680)8月の創立にして文久元年(1861)社殿を再建し、
明治7年(1874)2月村社に列せらる。同12年(1879)又社殿を再建せり。
二の鳥居です。
「播磨鏡」に岩木村之宮と記す。岩木谷倉尾村大避社(宮)と記されています。
秦河勝が描かれている絵馬です。
境内の別社
本殿です
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