黄門ちゃま漫遊記

訪問していただいてありがとう

姫路市文化財見学

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的形地区漫遊に際して気になっていた神社です。
名前から見て巨石信仰に関する神社だと思っていました。
そこで少し立ち寄ってみました。
 
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神社は、姫路市八家1255にお祀りされています。
住宅街の中にあります。
この辺は的形の「岩神社」あるように、大きな岩盤で作られているんでしょうか。
 
 
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神社正面です、
駐車禁止になっていましたので、近くの空き地に
車を止めました。
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祭神は大物主神
由緒
 創建年代は不詳です。巨石信仰そのままの神社であり、古社であることには違いないようです。
 裏山は木場の御前山で、古い時代の古墳や穴居の跡も多く発見されてい、あす。
 縄文時代より人が居住していたと言われています。
 
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本殿の後ろにある巨石です。
 
 祀られている巨石は削られた跡もなく、自然のままに信仰の対象となったようです。
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巨石の背後です。
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巨石は住宅の近くまで迫っていますが、
住宅は後から出来たんでしょうね。
 
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この辺にはまだ巨石信仰の神社があるようです。
大塩の町にもありますので漫遊してみます。
 
  
 
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ひょんなことから始めた「的形地区漫遊」ですが、今回の記事アップで最終です。
まだいろいろありますが、狭い町内に入れない場所も多く、かといって
歩くのも大変なので、今回はこれで一応ストップということにしました。
 
私たちの住む播磨の国には、沢山の歴史と多くの文化財が眠っています。
研究などという言葉は烏滸がましいですが、これらを一つ一つ訪問し、
先人の足跡を辿っていくことに生き甲斐を感じている庶民的感覚が好きです
 
され、最終の記事は、的形町の北部にある「万宝寺」です。
この寺は、千利休の孫「宗旦」の高弟「杉木普齋」の作庭とされる
「池泉観賞式庭園」があります。
庭の中心に築山があり、そこに守護石となる巨石が組み込まれ
下方に枯滝、主木はソテツが植えられているようです。
池に二カ所の石橋が架けられている他、背後の大日山を背景と
しています。
万宝寺(庭園)
 
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住宅地図より万宝寺駐車場を見つけ向かいました。
車1台がやっと通行できる細い道をそろりそろりと進みました。
この時、漫遊初めて車を擦ってしまいました(汗)
何とか止め歩いていくと行き着きました。
 
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お寺正面です。
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このお寺は寛文4年(1664)に慶雲寺(姫路市)の大悲弘済禅師が開祖
二代目住職に入山したのが、地元的形の中村勘兵衛の次男鉄心です。
この和尚は、中村家の支援もあって、本堂、金堂等の立派な伽藍を建立したとされています。
 
 
 
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境内です。
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住職の奥様に案内を請うと、本堂に案内されました。
拝観料をお尋ねすると無料とのこと。
案内された本堂脇の小部屋から見た庭園の眺めです。
奥様によれば、これから剪定しますので・・・とおっしゃっていました。
しばらくすると、お茶とお菓子を盛ってきていただきました。
無料なのに非常に恐縮しました。ありがとうございます。
帰りにお賽銭をはずんできました。
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しばらくすると住職が来られ案内用パンフを頂きました(下図)
そして、庭園右側にある茶室に案内してくれました。
兵庫庭園100選の庭らしいです。
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室から出るとき、もう一つ観てくださいと言われ、入った部屋にあったものです。
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狩野派画家の絵らしいです。表情がすごく繊細で生き生きしています。
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的形の皆さんに暖かいおもてなしを受けた今回の漫遊です。
また来たいですね。
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今回は、赤ベタ○の「湊神社」「八幡神社」の漫遊です。
的形地区の漫遊は、実はあることから「的形の神社は何だろう?」
と想い、「的形神社」で検索したところ出てきたのがこの「湊神社」です。
 
姫路市的形町的形1249
 
湊神社
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的形町の氏神様である湊神社の御祭神は、
素盞嗚尊(すさのおのみこと)と大歳大神
が祀られています。
神社の創建は定かではありませんが、古代の的形は、ひとつの入り江となり、
鵜湊(うのみなと)と称されていたようです。
当地に伝わる伝説によれば、的形の地が大きな入り江であった頃、
湊神社の御旅所である八幡神社の山が小高い島となっており、
神功皇后が西征の途中、御座船を当地に寄せられ、
現在の湊神社の地より、この小島に立てた的に向かって射儀の式を行われたといわれ、
その故事により村名を的形、社号を湊と称するようになったと伝えられています。
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湊神社は、平安時代末期頃、「播磨国神名帳」印南郡の条によると
「湊明神」と記され、室町時代末期頃に湊明神を
「大歳大明神」と改称し、明治7年から
「湊神社」と呼ばれるようになったそうです。
神仏混淆の時代では、青池山蓮台寺と称する真言宗の寺院が、神
宮寺として社務を行っていたそうですが、
明治維新の神仏分離により起こった廃仏毀釈によって廃寺となりました。
 的形町内には、児嶋、地、北山河(きたやまご)、
南山河(みなみやまご)、仮屋、鍋島、磯(いそ)、麓(ふもと)、
岩鼻、福泊、大鳥の各地区があり、
秋祭りには児嶋、地、北山河、南山河、福泊、大鳥、仮屋から屋
台が練り出されます。
福泊は、福泊神社の氏子として祭りを行っていましたが、
現在では福泊神社の祭礼と共に湊神社にも宮入りしています。

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万葉集巻七には柿本人麻呂の歌で

 『まとかたの湊の州鳥波立てや妻呼びたてて辺に近づくも』
と詠われており、この当時から奉斎されていたといわれ、
境内には詩碑も建てられています。
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(的方の湊の洲にいる鳥は波が立つであろうか、妻を呼ぶ声を立てて岸に近づいて来る )
という意味です。
 
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拝殿です。
 
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境内の力石です
 
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本殿です。
 
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境内社の「金比羅大権現」(左)と「恵比酒神社」(右)です。
 
 
社殿全体です。
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八幡神社
 
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八幡神社は湊神社の御旅所になっており、
湊神社の南方に見える山の山頂にあります。
この山を八幡山といい、八幡神社に続く道は急斜面になっており、秋
祭りの本宮に行われる神式渡御では、
行列に続く屋台がこの坂道を一気に駆け上り、秋祭りの見せ場となっています。
 
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秋祭りの見せ場の急坂                   坂を登り切った境内です。
 
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本殿です。
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八幡神社の御祭神は、
仲哀(ちゅうあい)天皇、神功皇后、応神天皇の三柱で、
創建年代は不詳ですが、神功皇后射儀の式による由緒によって社殿を創建、
八幡大神三柱を奉祀したと伝えられ、湊
神社の御旅所として古くから密接な関係があります。
 
 
境内の火の見櫓です。
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今回も、赤ベタ○の「海嶽寺」「岩神社」「的形城跡」(円光寺)の漫遊です。
 
海嶽寺
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この寺は臨済宗妙心寺派の寺となっています。
天平年間の僧行基の開基と伝えられるこの地区では最古の寺のようです。
中世に紀州無及禅師が中興し、江戸時代に現在地に再考されたようです。
ご本尊は地蔵菩薩座像(行基作)、如意輪観音座像(安阿弥法師作) です。
 
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長い石段を登ります。                         振り返ってみました
 
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海嶽寺の横手からサンパティック的形を撮影。
地区最古の寺と近代的マンションの対比です。
 
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手書き?の案内板です。
 
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山門上の鐘楼は珍しいとされています。
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岩神社
 
 
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この地区の地下に大きな岩盤があり、その一部が露出している。
人々は神を感じる小社を建て、地区の守り神として信仰を寄せているようです。
古代から伝わる岩石信仰の典型とされています。
 
 
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                                 露出している岩石は確認できませんでした。
 
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町の路地の奥にあります。
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的形城跡・円光寺
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円光寺境内にあり「的形城跡」の石碑です。
城跡は、西小嶋の背後、上ノ山の頂上にありました。
城主名は長尾朗とだけ判明しているそうです。これは福泊城主二代目と同じ人物で
兼ねていたのではとされています。
 
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国道250号です。車が側まで行けません。車を国道の邪魔にならないところに止め
南側の坂を登っていきました。
右が国道を渡る橋です。
 
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橋の上から見た国道です。車を止めた場所も見えます。ご近所の方に
教えて貰いました。
 
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的形溝居の説明碑です。
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お寺正面の階段です。郵便局員が登っていくのに出会いました。大変でしょうね。
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民家脇の崖下にある家形石棺の蓋石に阿弥陀如来と地蔵菩薩像を左右に陽刻してある
石棺仏です。
幅60センチ、高さ85センチで、南北朝時代の永和3年(1377年)の建立です。
 
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今回は、赤ベタ○の「住吉神社」。「梅山古墳」です。
 
「住吉神社」
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水上安全を祈って、平安時代に大阪・住吉大社から分霊を勧請して創建された神社です。
境内社に金比羅神社とうの海上安全に関する神社が祀られています。
また「志ぐれ松」の碑があります。志ぐれは「時雨」の意味で、
真夏にこの松の下に立ち寄ると、松葉から落ちる水玉で、衣類が通り雨にあったように
なったことから名づけられたと言われています。
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この神社に行くには、狭い道路を走らなければなりません。
対向車、民家の塀、植木に注意しながらそろりそろり・・・・。河口近くまで降りていきます。
東側の川は、ヨットハーバーのようですね。
神社は突き当たりにあります。ここで初めてUターンできるとほっとしました。
 
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神社正面です。
 
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拝殿です。                              志ぐれ松の碑                          
 
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本殿です
 
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境内社「竜神宮」                            境内社「大海神」
 
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境内社「金比羅神社」
 
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境内には大きな岩に囲まれています。
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梅山古墳
 
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通称「おんばがふところ」古墳と呼ばれている古墳です (姥が懐)
未 発掘なた. め出土遺物は不明、ほぼ原形をとどめている。磯山の南斜面に大小不規. 則 な石を積み上げた横穴式石室をもつ円墳で、古墳時代後期に属するも. のとされています。
村人の伝承によると、その昔、武烈帝(六世紀始)の時、「火の雨が降る」とのうわさが流れた。
その時に作られたものと言われます。
もし、それが真実ならば、今から約千五百年前の古墳ということになり、
歴史的にも古墳の盛んに作られ始めた時期と一致します。
また、「的形郷土史の研究」によると
間口約一・八米、奥行約四米の大きさ。
一説に武烈天皇の頃(四九八年)
「火の雨が降るそうだ、岩屋を造って避けなければ死んでしまうぞ」とのうわさが流れたため、この石室を造ったとも伝えられています。
 
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ここに行くには、住吉神社のある集落から登らなければと思っていましたが、先に漫遊した「行基が鼻」から案内板があり登れました。
的形ふるさと里山会の皆様のご苦労に感謝です。
 
 
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道なき道を切り開いたという感じの道です。
右は岩を削っています。
 
 
 
 
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曲がり角に必ずある案内標識です。助かります。      崩れた小屋です。平坦な場所は畑になっています。
 
 
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そのまま進んでいくと、突然前が開け、海が見えます。
福泊海浜公園から観た写真で中央の台地ですね。
 
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この場所からズームして撮影すると・・・・・跡で気づいたのですが「パラグライダー」が
飛んでいました。偶然に撮影してました。左上です。分かりますか?
西の木庭神社の東に、パラグライダー発着場がありましたね。
 
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古墳は突然現れます。案内標識がありますのですぐに分かります。
未発掘とはいえ、中身はなにもありません。
 
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途中で見えた的形海水浴場です。
子供達の潮干狩りの嬌声が風邪にのって
聞こえてきました。
播磨地方は平穏だと一瞬感じました。
 
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