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参道の左手に塩川神社(汐川神社)。
境内右手に多くの鳥居がある稲荷神社。
境内右奥に奥ノ院。案内板には方宮神社とあるが 社殿には伯母宮神社と記されている。 本殿の横の天満神社・三寶荒神社。
播磨風土記に見ゆる佐用都比売命にして大己貴命の妃にして此地方開拓の祖神なり仁明天皇嘉祥二年十一月官社に列せられ延喜式の制小社となり永享年間、別所敦範、本郡佐用庄、豊福庄を領し利神山に築城せしより崇敬殊に深かりき天正五年羽柴秀吉中國征伐の際上月城を攻めて火を当社に放つ降って池田輝政播備淡の三國を領し姫路に居城するや其崇敬社となり一族池田出羽守利神城を再築するに至りて同氏の崇敬を受け慶長十五年領主良照院之を崇敬せり次いで徳川幕府の旗本松下左近大輔平福に居り一萬石を領し其後数代を経たる松下石見守萬治二年拝殿を再建せり之より先寛永十七年松平主馬頭長谷村に居りて当社を崇め孫松平久之丞に至り元禄十四年九月上米十五石金子百両を捧げて現今の社殿を再建し当時用ひたる葛紋附の瓦を今に存す寶永二年、享保五年に本殿を建立す明治七年三月神饌所を新築し同年七月郷社に列し同年神饌所を新建す同三十年本殿の屋根替を行ひ四十四年社務所を新築し大正三年幣殿を建替へ同十三年二月縣社に昇格す同十五年幣殿拝殿を改築せり猶明治大正の間に於ける合祀神社は明治四十年に合祀したる荒神社以下八社なり。
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神社探訪(讃容郡)
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私の神社漫遊は、「播磨國風土記」飾磨郡の14の丘伝承から始まりました。
今までは、飾磨郡が中心で、讃容(さよ)郡は一度も訪問していませんでした。
今回訪問した「佐用都比賣神社」は郡の地名比定の場所であるところから、行ってみたいと切望していただけに十分に満足しました。
讃容郡について、風土記には
「所以云讃容者 大神妹[女+夫]二柱 各競占國之時
妹玉津日女命 捕臥生鹿 割其腹而 種稲其血 仍 一夜之間生苗 即令取殖 爾 大神勅云 汝妹者 五月夜殖哉 即去他處 故號五月夜郡 神名賛用都比賣命 今有讃容町田也 即鹿放山 號鹿庭山 々四面有十二谷 皆生鐵也 難波豊前於朝庭始進也 見顕人別部犬 其孫等 奉發之初」 と記載されています。
これを平たく読みますと、
「讃容と云う所以は、(伊和の)大神妹[女+夫]二柱 各々競いて國占めましし時、
妹玉津日女命 生ける鹿を捕り臥せて、その腹をさきて、その血に稲まきき よりて、一夜のほどに苗生いき。即ち取りて殖えしめたまいき。 ここに、大神勅りたまいしく 「汝妹は、五月夜に殖えつるかも」とのりたまいて、やがて他所(あだしどころ)に去りたまいき。 故、五月夜の郡と名付け、神を賛用都比賣命と名づく。今も讃容の町田あり。 即ち、鹿を放ちし山を鹿庭山と名づく。山の四面に十二の谷あり。皆鐵を生すなり。 難波の豊前の朝庭(孝徳天皇)に始めてたてまつりき。見顕しし人は別部の犬、其の孫等奉り初めき。」 となっています。
(出雲から来られた伊和大神と妹神(后神)・玉津日女命が当地の領有を競った時、
妹神(后神)が生きた鹿の腹をさいて、その血に稲を蒔いて一夜で苗が出たという。 伊和大神は「汝妹は五月夜(さよ)に植えつるかも」と言って去っていった。 よって、五月夜(さよ)の郡、讃容郡と名付けられ、 妹神(后神)を賛用都比賣命と名付けたとあります。) 兵庫県の佐用町にある。
中国自動車道・佐用I.C.の南西500mほど、 JR姫新線・佐用駅の北東1Kmほどの本位田甲に鎮座。 所在地 佐用郡佐用町本位田甲261
御祭神 市杵嶋姫命(狭依毘売命)
配 祀 素盞嗚尊 大國主命 誉田別命 天児屋根命
由 緒
播磨風土記に見ゆる此地方開拓の祖神。
仁明天皇嘉祥2年(849)、官社に列せられ延喜式の制小社となり、永享年間(1429〜1440)、別所敦範、本郡佐用庄・豊福庄を領し、利神山に築城。
天正5年(1577)、羽柴秀吉中国征伐の際上月城を攻めて火を当社に放つ。降って池田輝政播備淡の三国を領し姫路に居城するや、其崇敬社となり、一族池田出羽守利神城を再築。同氏の崇敬を受け慶長15年(1610)、領主良照院之を崇敬。
徳川幕府の旗本松下左近大輔平福に居り一萬石を領す。松下石見守万治2年(1659)、拝殿を再建。
寛永17年(1640)、松平主馬頭長谷村に居りて当社を崇め、孫松平久之丞に至り、元禄14年(1701)上米十五石金子百両を捧げて現今の社殿を再建。
宝永2年(1705)、享保5年(1720)に本殿を建立。
明治7年(1874)、神饌所を新築し、同年郷社に列し、同年神饌所を新建す。同30年(1897)本殿の屋根替を行ひ、44年(1911)社務所を新築し、大正3年(1914)幣殿を建替へ、同13年(1924)縣社に昇格す。同15年(1926)幣殿拝殿を改築。
由緒案内
二の鳥居
その奥に見える社殿
社殿正面
汚れている「境内社案内板」(次回アップ)
拝殿の扁額には「佐用姫大明神宮」
本殿
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